学位論文要旨



No 122579
著者(漢字) 柴田,茂
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,シゲル
標題(和) 糸球体上皮細胞傷害の分子機序解明とスタチン製剤による治療の有用性
標題(洋) Molecular Mechanisms of Glomerular Epithelial Cell Damage and Possible Role of Statin Therapy in Kidney Diseases
報告番号 122579
報告番号 甲22579
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2875号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 野入,英世
内容要旨 要旨を表示する

 腎糸球体上皮細胞(足細胞、ポドサイト)は糸球体基底膜の外層に位置する一層の細胞群である。ポドサイトの大きな特徴のひとつはその複雑な細胞形態であり、細胞体から足突起と呼ばれる多数の突起を伸ばし隣接するポドサイトの足突起と相互に噛み合う形で糸球体基底膜を覆っている。このポドサイトの足突起間にはネフリン・ポドシンなどの分子から構成される特殊な細胞間接着装置(スリット膜)が存在する。ネフローゼ症候群ではポドサイトの足突起癒合やスリット膜の消失が認められ、またネフリンやポドシンは先天性ネフローゼ症候群の原因遺伝子のひとつであることから、ポドサイトの足突起やスリット膜は糸球体において濾過障壁を形成し、血漿蛋白の尿中への漏出を防いでいると考えられている。ポドサイトではその複雑な細胞形態を維持するためにアクチン線維を初めとする細胞骨格が発達しており、その制御機構のひとつとして低分子量G蛋白質Rhoの関与が報告されているが、細胞骨格形成の詳細な機構やポドサイト傷害時に見られる足突起癒合などの形態学的変化の分子機序は現在までのところ明らかとなっていない。

 3-hidroxy-3-methylglutaryl-CoA(HMG-CoA)還元酵素阻害薬、いわゆるスタチンは多くの大規模臨床試験から、心血管保護作用を有することが報告されている。スタチンの心血管保護効果はその脂質低下作用に依存するところが大きいが、脂質低下作用とは独立したいわゆる多面的作用を有することも知られている。この多面的作用としては抗炎症作用、核転写因子の抑制、低分子量G蛋白質Rho familyの抑制などがあり、虚血再灌流モデル、シクロスポリン腎症モデルなどの動物モデルにおいてスタチンが多面的作用を介して腎障害を軽減することが報告されている。

 近年いくつかの臨床試験から、スタチンが糸球体腎炎やネフローゼ症候群において蛋白尿減少効果を有することが報告されている。しかし、その機序はこれまでのところ明らかにされておらず、またスタチン製剤のポドサイト傷害に対する効果はこれまでほとんど検討されていない。そこで、我々はポドサイト傷害時の形態変化に低分子量G蛋白質Rhoの過剰な活性化が関与し、スタチン製剤はRhoの過剰活性化を抑制することによってポドサイトに対して保護的に作用する、という仮説のもと、動物ネフローゼモデルにおいてポドサイト傷害の機序およびスタチンの保護効果の検討を行った。

【方法】

In vivo:ラットpuromycin腎症にフルバスタチン(10mg/kg/日)を経口投与し、蛋白尿、糸球体上皮細胞関連分子の発現変化ならびにRhoA活性を比較検討した。RhoAの活性は膜分画RhoAのウエスタンブロッティングにより評価した。また、特異的Rho-kinase阻害薬であるファスジルの効果を合わせて検討した。

In vitro:培養糸球体上皮細胞においてpuromycinおよびフルバスタチンのRhoA活性および細胞骨格に及ぼす影響を検討した。

【研究成果】

結果1.スタチンは動物ネフローゼモデルにおいて蛋白尿・podocyte傷害を軽減する。

puromycin(10mg/100gBW)投与により投与7日目で著明な蛋白尿が認められたが(432±25.1mg/日)、スタチン治療群では蛋白尿は有意に抑制されていた(292.6±40.1mg/日、P<0.01)。免疫染色ではpuromycin腎症において糸球体上皮細胞関連分子であるnephrinおよびpodocinの著明な発現低下がみられたが、スタチン投与群ではこれらの分子の発現低下が改善しており、ウエスタンブロッティング法でも同様の結果が得られた。遺伝子レベルの解析ではnephrinのmRNA発現はpuromycin投与後24時間で有意に低下しており、スタチンはこの変化を抑制していた。また、電子顕微鏡を用いた検討では、puromycin腎症群ではpodocyte foot processの広範な癒合が認められたが、スタチン投与群では、foot process癒合の軽減が認められた。

結果2.puromycin腎症におけるpodocyte傷害においてRhoの過剰活性化が認められる。

腎臓および糸球体分画においてRhoA活性の解析を行ったところ、puromycin腎症において有意なRhoA活性の上昇が認められ、スタチン群ではRhoAの活性化が抑制されていた。さらに、培養糸球体上皮細胞を用いた検討では、puromycin(5μg/ml)負荷により糸球体上皮細胞においてRhoA活性が上昇しており(P<0.05)、同時にアクチン線維の再構成が認められた。スタチン存在下ではpuromycinによるRhoAの活性化は抑制され、アクチン線維の変化も抑えられた。

結果3.特異的Rho-kinase阻害薬によるRho/Rho-kinase系の抑制はpuromycin腎症における蛋白尿、podocyte傷害を軽減する。

Rho-kinase阻害薬を用いてpuromycin腎症におけるRho/Rho-kinase系抑制の効果を検討した。特異的Rho kinase阻害薬であるファスジルをpuromycin腎症に対し30mg/kgBWにて投与したところ蛋白尿は有意に減少し、podocyte傷害の軽減も認められた。この結果より、本モデルのpodocyte傷害にRho過剰活性化が関与し、スタチンのpodocyte保護作用の機序としてRho活性化を抑制することが一因と考えられた。

【結論】

腎糸球体上皮細胞障害にRhoの活性異常が関与すると考えられた。スタチン製剤はRhoの過剰活性化を抑制することにより糸球体上皮細胞保護的に作用する可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は蛋白尿の発症及び腎障害の進行に重要な役割を演じていると考えられる糸球体上皮細胞の障害機序及び治療法を明らかにするため、糸球体上皮細胞障害を来たすpuromycin腎症モデルを用いて低分子量G蛋白質Rhoの関与とHMG-CoA阻害薬(スタチン)による治療の有用性について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Sprague-Dawleyラットにおいてpuromycin投与7日目で認められた著明な蛋白尿は、スタチン製剤による治療群では有意な抑制が認められた。また、糸球体上皮細胞関連分子であるnephrinおよびpodocinの蛋白発現は、puromycin腎症では顕著な発現低下がみられたが、スタチン治療群ではこれらの分子の発現低下が改善していた。遺伝子レベルの解析ではnephrinのmRNA発現はpuromycin投与後24時間にて低下しており、スタチンはこの変化を抑制していた。また、電子顕微鏡を用いた検討では、puromycin腎症群ではpodocyte foot processの広範な癒合が認められたが、スタチン投与群では、foot process癒合の軽減が認められ、本モデルにおいてスタチン製剤が糸球体上皮細胞に対して保護的に作用することが示された。

2.本モデルにおいて低分子量G蛋白質RhoAの活性は有意に上昇しており、スタチン治療群ではこの活性化が抑制された。培養糸球体上皮細胞を用いた検討でも、puromycin負荷によるRhoAの活性化とスタチン製剤による抑制が認められ、糸球体上皮細胞障害におけるRhoAの関与が示唆された。

3.特異的Rho-kinase阻害薬であるファスジルを用いてpuromycin腎症におけるRho/Rho-kinase系抑制の効果を検討したところ、ファスジルの投与にてpuromycin腎症における蛋白尿は有意に減少し、糸球体上皮細胞に対しても保護効果が確認された。このことから本モデルにおける糸球体上皮細胞障害にRhoの過剰活性化が関与し、スタチンはRho活性化を抑制することが保護的に作用する可能性が考えられた。

以上、本論文は腎糸球体上皮細胞障害に低分子量G蛋白質Rhoの異常が関与することを示し、スタチン製剤による治療の有用性の分子機序を明らかにした。本研究はこれまで未解明であった糸球体上皮細胞の機能制御におけるRhoの役割に関して、その解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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