学位論文要旨



No 122580
著者(漢字) 邵,潤軒
著者(英字)
著者(カナ) ショウ,ジュンケン
標題(和) 非環式レチノイドは線維芽細胞増殖因子関連シグナル伝達経路を抑制することによりヒト肝癌細胞の増殖を阻害する
標題(洋) Acyclic Retinoid Inhibits Human Hepatoma Cell Growth by Suppressing Fibroblast Growth Factor-Mediated Signaling Pathways
報告番号 122580
報告番号 甲22580
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2876号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 助教授 池田,均
 東京大学 助教授 國土,典宏
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景及び目的

 肝細胞癌(HCC)は発生率と死亡率が高い悪性腫瘍である。近年、ラジオ波焼灼療法(RFA)を始めとして、経皮的エタノール注入療法(PEIT)、経皮的マイクロ波凝固壊死療法(PMCT)、外科的切除、肝動脈塞栓療法(TAE)などの治療法の進歩に伴い、HCC患者の生存率は著明に改善したが、大部分のHCCは慢性C型肝炎と慢性B型肝炎をベースとして発生し、発見されたときには既に肝内転移などがあることも多く、長期予後は未だあまりよくない。従って、HCCに対して治療効果が良く、副作用の少ない化学療法を確立することは、HCC患者の長期予後を改善する良い方法であると考えられる。

 非環式レチノイド(Acyclic retinoid, ACR)は新しく合成されたビタミンAで、既にラットでの化学物質による肝発癌とマウスでの自然発生肝癌を抑制することが報告され、ヒトでもHCC手術後の再発を予防し、非環式レチノイド投与群で非投与群に比し生存率が明らかに高いことが実証されている。しかも、他の抗がん剤に見られる様な深刻な副作用もないため、将来有望な化学療法として多くの研究者の興味を引いている。近年、非環式レチノイドによるHCC発生の抑制作用のメカニズムとして、アポトーシス、Ras-Erk 1/2 singnal pathwayの抑制、細胞周期関連因子Cyclin D1の抑制などが報告されたが、その作用機序はまだ十分に解明されていない。

 本研究の目的は非環式レチノイドによるHCC再発を予防する作用の分子メカニズムを明確にして、非環式レチノイドが作用する標的分子を見つけ、将来的によりこの標的分子に特異性が高く、効率の良い薬剤を見つけるのにつなげることである。

方法

 まず肝癌細胞HepG2, HLF, HuH7を用いて、MTT assayと直接細胞数を数える方法(trypan blue dye exclusion method)の二つの方法で非環式レチノイドによる肝癌細胞の増殖に対する抑制作用を検討した。次に非環式レチノイドの肝癌細胞に対する増殖抑制作用の標的遺伝子を見つけるために、非環式レチノイドを添加したものと非添加の細胞核抽出物を使って転写因子arrayを行った。またluciferase reporter assayで非環式レチノイドがNF-κB、p53、APC/β-catenin、SRFの四つのsingnal pathwaysに対して与える影響についても検討した。其のほか、luciferase reporter assayでSRF関連因子であるSRE、c-fosに対する非環式レチノイドの作用も検討し、免疫沈降法を用いてSRFの上流因子であるRhoとRacの活性に対する非環式レチノイドの影響も検討した。

 非環式レチノイドの作用の標的分子をより明確にするために、われわれは自分らで作製した消化器病関連因子cDNA microarray system(4300cDNAsを含む)と市販のAce Gene Human Oligo Chip 30K subset A(Hitachi Software Engineering Co., Yokohama, Japan)(10,800 open reading frame oligo probesを含む)の2つのマイクロアレイを用いて非環式レチノイドの作用について検討した。非環式レチノイドを添加したものと非添加のものを比較して、線維芽細胞増殖因子受容体3(FGF receptor 3)への影響をluciferase reporter assayとreal time PCRとWestern blotで検討した。更に、われわれはFGF receptor 3を恒常的に強制発現する細胞株を作成して、これを用いて親細胞と比較して非環式レチノイドによる抑制作用をキャンセルできるか否かについても検討し、また、basic FGFを過剰量添加して非環式レチノイドによる抑制作用をキャンセルできるか否かについても検討した。

 次にわれわれはFGF receptor 3 singnal pathwayが肝癌細胞の増殖に重要であることを証明するために、anti-FGF receptor 3 antibodyが肝癌細胞の増殖とSRF reporter活性に与える影響について検討し、また、RNA干渉(RNAi)の技術を使ってFGF receptor 3のノックダウンによる肝癌細胞増殖に対する影響も検討した。

結果

 非環式レチノイドは濃度依存的に肝癌細胞HepG2, HLF, HuH7の増殖を抑制した。そのIC50はそれぞれ45μM、10μM、45μMであった。その抑制作用は非環式レチノイドを添加後48時間から認められた。転写因子arrayを用いた実験では、非環式レチノイドは54種類の転写因子に対して影響はなかったが、luciferase reporter assayではSRF singnal pathwayを抑制することが分かった。SRFの活性調節に強く関わるRhoの活性も非環式レチノイドにより抑えられることが確認された。

 マイクロアレイの結果、Rhoの活性に関与することが知られているFGF receptor 3の発現が強く抑制されていた。この結果はFGF receptor 3のpromoterを用いたreporter assay、FGF receptor 3のreal time PCR とWestern blotでも確認された。Reporter assayでは非環式レチノイドは主にFGF receptor 3のpromoter活性を抑制することが分かった。Real time PCRではFGF receptor 3発現は、mRNAレベルで非環式レチノイド添加後24時間と48時間に著しい減少を認めた。Western blotではFGF receptor 3発現は、蛋白質レベルで非環式レチノイド添加後24時間から72時間まで著しい減少を認めた。FGF receptor 3を恒常的に強制発現する細胞株では親細胞と比較して非環式レチノイドによるHepG2細胞の増殖抑制作用がキャンセルされることが確認された。basic FGFを過剰量添加しても同様のことが確認された。

 Anti-FGF receptor 3 antibodyを使って、非環式レチノイドと類似のHepG2細胞の増殖抑制作用があることが明らかとなり(HepG2細胞の増殖は対照と比べて51.8%抑制された)、SRF reporter活性の抑制も認められた(対照と比べて55.7%抑制された)。RNAiの技術を用いて、HepG2細胞においてFGF receptor 3をノックダウンした。このノックダウンHepG2細胞では増殖が抑制されることも確認された。

結論

 本研究では、われわれは初めて非環式レチノイドがFGF receptor 3の発現抑制を介して、Rho活性およびSRF mediated transcriptionを抑制して、最終的にHepG2細胞の増殖を抑制することを証明した。逆に、FGF Receptor 3を恒常的に強制発現あるいはbasic FGFを過剰量添加したら、非環式レチノイドによるHepG2細胞の増殖抑制作用は抑えられることも確認した。さらに、anti-FGF receptor 3 antibodyあるいはRNAiにより、FGF receptor 3発現を抑制すれば、非環式レチノイドと類似のHepG2細胞の増殖抑制作用が認められることも確認した。以上より、非環式レチノイドはFGF singnaling pathwayの強力な抑制剤であり、FGF singnaling pathwayを抑制することが将来的にも有望なHCC治療法であると考えられた。今後、非環式レチノイドより副作用が少なく、より効率的なFGF singnaling pathway特異的阻害剤の開発が肝癌の新たな治療法につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 非環式レチノイド(Acyclic retinoid, ACR)は新しく合成されたビタミンAで、既にヒトでHCC手術後の再発を予防することが実証されている。しかも、他の抗がん剤に見られる様な深刻な副作用もないため、将来有望な化学療法として多くの研究者の興味を引いている。本研究は非環式レチノイドによるHCCの再発予防における分子メカニズムを明らかにするために、まず非環式レチノイドを添加した細胞と非添加の細胞に対し転写因子array、luciferase reporter assay、cDNA microarrayを行い非環式レチノイドの作用標的分子を同定した。更に同定した分子について解析を進め、下記の結果を得ている。

1、非環式レチノイドは濃度依存的に肝癌細胞HepG2, HLF, HuH7の増殖を抑制した。

2、非環式レチノイドはFGF receptor 3の発現抑制を介して、Rho活性およびSRF mediated transcriptionを抑制し、最終的にHepG2細胞の増殖を抑制した。

3、FGF Receptor 3を恒常的に強制発現あるいはbasic FGFの過剰量添加により、非環式レチノイドによるHepG2細胞の増殖抑制作用は減弱した。

4、anti-FGF receptor 3 antibodyあるいはRNAiにより、FGF receptor 3発現を抑制すると、非環式レチノイドと同様にHepG2細胞の増殖抑制作用が認められた。

 以上のように、本論文は初めて非環式レチノイドがFGF singnaling pathwayを抑制することによりHepG2細胞の増殖を抑制することを証明した論文であり、学位の授与に値すると考えられる。

尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

1、Fig 1の(b)の説明において細胞数を「HepG2 cells were plated at a concentration of 5 x 104 cells/well in 6-well plates.」から「HepG2 cells were plated at a concentration of 1.5 x 104 cells/well in 6-well plates.」に訂正した。

2、Fig 5 はコントロールも入れた棒グラフを新しく作成した。

3、審査会において「FGF添加後のHepG2細胞では、なぜFGFの刺激による増殖作用が認められないか、其の原因について言及すること」との発言があったため、Discussion 36 ページで以下の説明を加えた。「In this study, we have shown that the anti-proliferative effect of ACR was neutralized by the addition of FGF (Figure 6). We noticed that proliferation of HepG2 cells was not stimulated by FGF. Asada et al (71) reported that addition of exogenous FGF stimulated hepatoma-derived cell lines Hep3B, HLE, HLF, Huh6, Huh7, KIM1, Li7, and PLC/PRF/5 proliferation, but didn't stimulate hepetoblastoma-derived cell line HepG2 proliferation. Our results were consistent with their study.」

4、タイトルにおいての繊維芽細胞の「繊」を「線」に訂正した。

5、Abstractにおいて「HCC cell」を「HepG2 cell」に訂正した。

6、論文の内容の要旨は方法と結果を分けて書き直した。

7、ACRの副作用について、論文の中に以下の説明を加えた。「The ACR toxicity in the clinical patients was reported by Muto et al(16) that one patient had severe headache and another patient had toxic effects among 45 patients.」

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