学位論文要旨



No 122581
著者(漢字) ス ス ムェー
著者(英字) SU SU HMWE
著者(カナ) ス ス ムェー
標題(和) 薬剤耐性を有するC型肝炎ウイルスの発現様式
標題(洋) Genetic Variation of the Hepatitis C Virus RNA Caused by Ribavirin (RBV) and Potential Mechanisms of RBV Resistance
報告番号 122581
報告番号 甲22581
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2877号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 池田,均
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

 C型肝炎ウイルス(HCV)は感染後、非常に高い確率で慢性肝炎をひき起こし、数十年間の持続感染の後、肝硬変、肝細胞癌へと進展する。HCVは、ゲノム配列が多様性に富んでおり、6種類の遺伝子型(genotype)と数10種類のサブタイプに分類される。そのうちgenotype 1と2は世界中に分布し、日本ではgenotype 1bが約70%、genotype 2aが10-15%を占めている。慢性肝炎に対する抗ウイルス療法は1990年代のインターフェロン(IFN)単独療法から、2001年に開始されたIFNとribavirin(RBV)併用療法へと移行した。2003年、ポリエチレングリコール添加IFN(PEG-IFN)が保険認可され、近い将来PEG-IFN・RBV併用療法の導入が予定されている。

 RBVは、古典的な抗ウイルス薬であり、その抗ウイルス作用の主要な機序は、細胞のIMP脱水素酵素の活性を阻害してGMP(GTP)プールを減少させRNAの合成を抑制すること,RNAの複製時にエラーを起こさせてウイルスの増殖能力を失わせること、ウイルスポリメラーゼ活性を阻害することである。

 一般的に、ウイルス感染症の化学療法において完全にウイルスが除去されない場合、残存するウイルスに遺伝子変異が観察されるケースが多い。実際、C型肝炎のIFN・RBV療法の場合も、投与終了後に肝炎が再燃するケースではHCV遺伝子変異を伴うことが報告されている。RBVに対する耐性HCVの出現は、これまでgenotype 1について報告されているが、その他のgenotypeでは研究が進んでいない。また、薬剤耐性化の分子機構についてはほとんど解明されていない。

 本研究では、HCV genotype 2aの持続複製細胞に対して長期間のRBV処理を行い変異ウイルスの出現を誘発した。その中にRBV耐性を獲得した変異ウイルスが存在するかを明らかにし、耐性ウイルスについて、そのRBV耐性の分子機構の解析を行った。

 HCV genotype 2a JFH1クローンのsubgenomic replicon RNAが持続的に複製するヒト肝癌細胞Huh-7(IH4-1)に100μM RBVを8週間処理した場合、RBV耐性細胞の出現は観察されなかったが、200μM RBV存在下で20週間培養することでIH4-1細胞がRBV耐性化することを見出した。すなわち、RBV非処理細胞では、HCV RNAレベルを50%阻害するRBV濃度(IC50)は59μMであるのに対して、RBV長期処理細胞では同等の阻害効果を示すために約9倍(531μM)のRBVを要した。

 RBV処理IH4-1細胞が獲得した薬剤耐性が、細胞の変化(薬物取り込み能の低下など)によるものかどうかを明らかにするため、RBV耐性及びコントロールIH4-1細胞からIFN処理によってHCV RNAを除去した上でRBVの感受性を調べたところ、両細胞とも同等のRBV感受性を示すことがわかった。すなわち、IH4-1細胞のRBV耐性獲得は細胞側の変化によるものではないことが示唆された。

 一方、RBV耐性が、ウイルス側の変化によるものであるかを調べるため、RBV耐性及びコントロールIH4-1細胞からそれぞれtotal RNAを抽出し、naiveなHuh-7細胞へ導入し新たにreplicon細胞を作製した。得られた2種類のreplicon細胞についてRBVの抗HCV作用を比較したところ、RBV耐性IH4-1細胞由来RNAを導入したreplicon細胞の方が明らかにRBVに対して非感受性であることが示された。

 このように、HCV遺伝子の変化によってRBV耐性が獲得された可能性が示唆されたため、RBV耐性IH4-1細胞中のHCV遺伝子(NS3〜NS5B領域:約6kb)の塩基配列を決定した。その結果、耐性細胞のHCV repliconには、アミノ酸変化を伴う特徴的な変異がNS3、NS4B、NS5A、NS5B領域に各1カ所(T1134S、P1969S、V2405A、Y2471H)存在することを見出した。

 これらのHCV変異がRBV耐性獲得に重要であるかどうかを明らかにするため、全4カ所の変異(m34B5A5B)、またはNS3、NS4B領域の2変異(m34B)、NS5A、NS5B領域の2変異(m5A5B)を導入したHCV JFH1 repliconプラスミドを構築し、各変異replicon細胞を作製した。RBVの抗HCV効果を比較したところ、高濃度RBVを添加したとき、m34B5A5Bあるいはm5A5Bの変異replicon細胞は、野生型またm34B変異replicon細胞に比べ明らかにHCV RNA阻害効果が低かった。この結果、NS5A及びNS5B領域の点変異(V2405A、Y2471H)がJFH1クローンのRBVに対する耐性獲得に関与する可能性が示された。genotype 1及び2の種々のHCVクローンのアミノ酸配列を比較解析したところ、アミノ酸2405番目のバリン、2471番目のチロシンともgenotype 2a及び2bの各クローンでは保存されているが、genotype 1a、1bでは認められなかった。よってgenotype 2特異的に出現する耐性ウイルスであることが示唆された。

 本研究で、RBVに対して耐性を示すgenotype 2のHCVが初めて見出された。さらに、この耐性獲得にはNS5A及びNS5B領域の点変異が重要であることが示された。NS5B蛋白はRNAポリメラーゼであり、NS5A蛋白もゲノム複製に重要であることが知られていることから、V2405A、Y2471Hの変異が、RBVによるHCV RNA複製阻害作用からのエスケープに働いているのかもしれない。本研究成果は、C型慢性肝炎患者への抗ウイルス療法における薬剤耐性ウイルスの出現予測とその対策に役立つとともに、核酸代謝拮抗剤の抗HCV薬としての開発研究にとって有用な知見となるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)の薬剤耐性化の分子機構を明らかにするため、HCV genotype 2a株の持続複製(replicon)細胞をC型肝炎治療薬の1種であるリバビリン(RBV)存在下で長期間培養した。これにより、RBVに対して耐性を獲得したHCV株を同定し、さらに耐性獲得の分子機構の解析を行っており、下記の結果を得ている。

1. HCV genotype 2a JFH1クローンのsubgenomic replicon RNAが持続的に複製するヒト肝癌細胞Huh-7(IH4-1)を200μM RBV存在下で20週間培養することでIH4-1細胞がRBVに対して耐性化することを見出した。すなわち、RBV非処理細胞では、HCV RNAレベルを50%阻害するRBV濃度(IC50)は59μMであるのに対して、RBV長期処理細胞では同等の阻害効果を示すために約9倍(531μM)のRBVを要した。

2. RBVの細胞障害性効果は、RBV耐性及びコントロールIH4-1細胞でほぼ同等であった。このことから、RBV処理により薬剤の取り込み能、排出能など薬剤感受性に関わる細胞側の変化は認められないことが示唆された。

3. RBV耐性及びコントロールIH4-1細胞からそれぞれtotal RNAを抽出し、naiveなHuh-7細胞へ導入し新たにreplicon細胞を作製した。得られた2種類のreplicon細胞についてRBVの抗HCV作用を比較したところ、RBV耐性IH4-1細胞由来RNAを導入したreplicon細胞の方が明らかにRBVによる抗HCV効果が低いことが示された。これにより、HCVの遺伝子変化によってRBV耐性が獲得された可能性が考えられた。

4. RBV耐性IH4-1細胞中のHCV遺伝子(NS3〜NS5B領域:約6kb)の塩基配列を決定した結果、耐性細胞のHCV repliconには、アミノ酸変化を伴う特徴的な変異がNS3、NS4B、NS5A、NS5B領域に各1カ所(T1134S、P1969S、V2405A、Y2471H)存在することを見出した。

5. 全4カ所の変異(m34B5A5B)、またはNS3、NS4B領域の2変異(m34B)、NS5A、NS5B領域の2変異(m5A5B)を導入したHCV JFH1 repliconプラスミドをそれぞれ構築し、各変異replicon細胞を作製した。RBVの抗HCV効果を比較したところ、高濃度RBVを添加したとき、m34B5A5Bあるいはm5A5Bの変異replicon細胞は、野生型またm34B変異replicon細胞に比べ明らかにHCV RNA阻害効果が低かった。この結果、NS5A及びNS5B領域の点変異(V2405A、Y2471H)がJFH1クローンのRBVに対する耐性獲得に関与する可能性が示された。

 以上、本研究のよって、RBVに対して耐性を示すgenotype 2のHCVが初めて見出された。さらに、この耐性獲得にはNS5A及びNS5B領域の点変異が重要であることが示された。NS5B蛋白はRNAポリメラーゼであり、NS5A蛋白もゲノム複製に重要であることが知られていることから、V2405A、Y2471Hの変異が、RBVによるHCV RNA複製阻害作用からのエスケープに働いているのかもしれない。これらのアミノ酸配列はgenotype 1では保存されていないことから、本研究で見出された薬剤耐性変異はgenotype 2に特徴的なものであるものと考えられる。本研究成果は、C型慢性肝炎患者への抗ウイルス療法における薬剤耐性ウイルスの出現予測とその対策に役立つとともに、核酸代謝拮抗剤の抗HCV薬としての開発研究にとって有用な知見となるものと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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