No | 122585 | |
著者(漢字) | 長崎,実佳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガサキ,ミカ | |
標題(和) | 脂質メディエーターはインスリン抵抗性に寄与する | |
標題(洋) | Lipid mediators contribute to insulin resistance. | |
報告番号 | 122585 | |
報告番号 | 甲22585 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2881号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、メタボリックシンドロームと定義される、内臓脂肪の蓄積を中心に高血圧・高脂血症・耐糖能異常・肥満を合併する生活習慣病の病態が、心血管イベントの発症に重要であることが明らかとなった。しかし、肥満を基盤として、インスリン抵抗性や高血圧、さらには動脈硬化といった病態がどのようにして進展するのか、その分子機構は必ずしも明らかではない。動脈硬化性疾患の最大のリスクファクターは高コレステロール血症であるが、中でも、低比重リポ蛋白質が酸化変性を受けて生ずる酸化LDL(oxidized low density lipoprotein)が重要であると考えられている。リゾリン脂質の一つであるLPC(Lysophosphatidylcholine,別名lyso-lecithin)は、酸化LDLの主要構成成分であるが、これらは1本鎖のために生成した膜内部位から脱着しやすく、それ自身がメディエータとして生物学的活性を持つことが知られている。LPCは、内皮細胞においては、単球遊走因子(monocyte chemoattractant protein-1、MCP-1)・IL-8の発現を誘導し、平滑筋細胞においては細胞増殖を促進することから、動脈硬化の進展に強く寄与していると考えられる。また、LPC血中濃度はHbA1cの値と正の相関を示すことから、インスリン抵抗性にも関与する可能性があると考えられるが、脂肪細胞における作用については報告がない。そこで、今回私は、LPCが肥満を背景とするインスリン抵抗性に関わると仮説を立て、LPCの脂肪細胞への作用とその分子機構を検討した。さらに、その過程においてLPC・SPCがG蛋白共役受容体の一つであるGPR4(G protein-coupled receptor 4)を介して作用することを明らかにし、GPR4の拮抗薬がin vitroにおいてLPC・SPCによって惹起されたインスリン抵抗性を改善し、新規創薬のターゲットとなりうることを示した。 まず、LPC血中濃度を測定したところ、LPC値は、肥満マウス(db/dbマウス)において、コントロールマウスに比し、有意に高値であった。次に、脂肪細胞へのリゾリン脂質の作用を検討した。細胞の糖取り込み能の評価は、従来ラジオアイソトープを用いており、その手法は非常に煩雑であった。今回、私は、蛍光標識した2-Deoxy-Glucose(2NBDG)と共焦点顕微鏡を用い、イメージングによる糖取り込み能の評価手法を確立した。この手法による糖取り込みの定量、およびウエスタンブロッティングによるインスリンシグナルの解析により、リゾリン脂質は、培養脂肪細胞において、インスリン受容体へ直接作用するのではなく、JNKを活性化することにより、IRS1チロシンリン酸化を阻害し、AKTリン酸化を抑制し、細胞での糖取り込みを低下させることが示唆された。また、内皮細胞や平滑筋細胞において、LPCの作用にPKCの活性化が必要であるとの報告が散見されるため、脂肪細胞におけるリゾリン脂質のインスリンシグナル阻害機構においても、PKCが関与している可能性を検討した。LPCとPKC阻害剤を同時投与することにより、LPCによるAKTリン酸化抑制作用が減弱し、糖取り込み低下の改善を認めたが、LPC非投与下では、PKC阻害剤単独による、AKTリン酸化や糖取り込みへの影響は認められなかった。以上より、LPCによるインスリンシグナル阻害作用の少なくとも一部は、PKCを介することが示唆された。 リゾリン脂質は、内皮細胞においてはGPR4を介し機能障害をもたらすことから、脂肪細胞におけるLPCの作用に、GPR4が関与するか検討した。GPR4は白色脂肪組織を含む多くの組織に発現しており、多様な機能を有すことが推測された。白色脂肪組織を、脂肪細胞分画と多数の血管を含む間質(Stromal-Vascular fraction,SV分画)に分離し、GPR4の発現を検討したところ、両分画ともにGPR4の発現が認められた。興味深いことに、肥満マウス(db/dbマウス)の脂肪分画において、コントロールマウスと比しGPR4の発現が亢進していた。そこで、脂肪細胞におけるリゾリン脂質のインスリン抵抗性惹起に対するGPR4の関与を明らかにするために、本研究においてはGPR4阻害剤を用いて検討を行った。GPR4阻害剤は、LPC投与により減弱したAKTリン酸化や糖取り込みを濃度依存性に改善させたが、GPR4阻害剤単独では、インスリンによる糖取り込みの増強効果は認めなかった。以上より、リゾリン脂質のインスリン抵抗性作用の少なくとも一部はGPR4を介することが示唆された。なお、インスリンシグナルの解析では、LPC投与で認めたJNKリン酸化は、GPR4阻害剤の投与にても変化を認めず、このことより、LPCは、前述したJNKを介す系のほかに、GPR4が関与する別のシグナルを有すことが示唆された。 メタボリックシンドロームの臨床的帰結としては動脈硬化を原因とする心血管疾患が重要であり、GPR4阻害薬が、代謝系への作用とともに血管系への作用を併せ持つことは臨床応用の際に重要となる。LPCが平滑筋細胞において、増殖を促進することから、GPR4阻害薬が培養平滑筋細胞増殖に作用する可能性を検討した。培養平滑筋細胞に、GPR4阻害剤を投与し、増殖能を評価したところ、GPR4阻害剤の濃度依存性にDNA増殖能が抑制され、GPR4の平滑筋増殖作用への関与が示唆された。 今回、私はリゾリン脂質がGPR4を介して脂肪細胞にインスリン抵抗性を惹起することを明らかにした。GPR4の拮抗薬がインスリン抵抗性を改善することから、GPR4は肥満がもたらす糖尿病及び心血管疾患の新しい創薬ターゲットとなる可能性が考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は、リゾリン脂質の脂質メディエーターとしての脂肪細胞への直接作用を明らかにし、肥満を基礎とする糖尿病やメタボリックシンドロームといった生活習慣病の病態形成への関与を検討した。 培養脂肪細胞(3T3L1-adipocyte)において、LPC(Lysophosphatidylcholine)などのリゾリン脂質はG蛋白共役受容体の一つであるGPR4(G protein-coupled receptor 4)を介してインスリンシグナルを阻害し、インスリン抵抗性を惹起することを明らかにした。GPR4の拮抗薬はin vitroにおいてLPCによって惹起されたインスリン抵抗性を改善することから、GPR4が新規創薬のターゲットとなりうることを示した。 以上、本論文はリゾリン脂質の脂肪細胞への直接作用を明らかにすることにより、肥満に伴う糖尿病の病態解明のみならず新規治療法の開発の上でも重要な知見であると考えられ、学位に授与に値するものと考えられる。 | |
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