学位論文要旨



No 122587
著者(漢字) 布矢,純一
著者(英字)
著者(カナ) ヌノヤ,ジュンイチ
標題(和) HIV由来抗原ペプチドを提示したMHC class I/ペプチド複合体と特異的に結合する単クローン抗体の作製に関する研究
標題(洋)
報告番号 122587
報告番号 甲22587
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2883号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 講師 三崎,義堅
内容要旨 要旨を表示する

 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染において、細胞傷害性T細胞(CTL)による細胞性免疫がウイルスのコントロールに重要な働きを担っていると考えられている。近年、細胞性免疫を解析する種々の方法が確立されたことにより、HIV特異的な細胞性免疫の解析が進んだ。しかしながら、通常の方法ではCTLの頻度やその抗原特異性しか評価できない。ウイルス感染細胞あるいは抗原提示細胞の表面には、10000個以上の抗原ペプチドがMHC class I分子により提示されているといわれている。ウイルス特異的な抗原提示を解析することは、ウイルス特異的な細胞性免疫応答を理解する上で重要である。しかしながら、細胞表面における抗原提示の複雑さが細胞レベルでのウイルス特異的な抗原提示の解析を困難にしていたと考えられる。細胞レベルでのウイルス特異的な抗原提示を検出する1つの手段として、ウイルスタンパク質に由来する抗原ペプチドを提示したMHC class I分子と特異的に結合できる単クローン抗体を用いる解析方法が有用だ。また本研究の開始頃、ヒトMHC class I分子であるHLA-A*2402(以下、HLA-A24)が約70%を占める日本人のHIV感染患者集団において、HIV Nefタンパク質に由来する抗原ペプチド(Nef138)のアミノ酸配列中に生じる特徴的な変化が報告された。そこで本研究では、HLA-A24によって提示されるHIV Nefタンパク質由来の抗原ペプチドに着目した。細胞表面でのウイルス特異的な抗原提示を検出するために、Nefタンパク質由来抗原ペプチドを提示したHLA-A24分子(A24/Nef)と特異的に結合する単クローン抗体の作製を試みた。

1.ハイブリドーマ法を用いた単クローン抗体の作製

 まず、古典的な方法であるハイブリドーマ法を用いて、単クローン抗体の作製を試みた。免疫したマウスよりハイブリドーマ法を用いて抗体を作製した。1920のハイブリドーマをスクリーニングしたところ、A24/Nef複合体に結合する50のハイブリドーマを樹立した。これは、解析したハイブリドーマの2.6%であった。また、限界希釈法によりクローニングして得られた単クローン抗体したが、解析したほとんどのクローンがMHC class I分子の構成タンパク質であるβ2-ミクログロブリンを認識していた。

2.免疫マウス由来単鎖抗体ファージディスプレイライブラリーからの単クローン抗体の作製

 次に、より効率的に単クローン抗体を作製できる方法として、ファージディスプレイ法を用いて単クローン抗体の作製を試みた。免疫マウスの脾臓細胞より単鎖抗体ライブラリーを作製した。このライブラリーから23クローンの単鎖抗体提示ファージをクローニングし、A24/Nef複合体と単クローン抗体を10クローン樹立した。これらのクローンは、すべてA24/Env複合体にも結合し、A24/Nef複合体に特異的な結合を有する単クローン抗体ではなかった。

3.非免疫マウス由来単鎖抗体ファージディスプレイライブラリーからの単クローン抗体の作製

 従来の免疫した試料から単クローン抗体を作製する方法では、MHC class I分子によって提示された抗原ペプチドの違いを認識する単クローン抗体を作製することが困難であるという報告があった。そこで、非免疫ヒト由来単鎖抗体ファージディスプレイライブラリーより、単クローン抗体の作製を試みた。80クローンの単鎖抗体提示ファージをクローニングして結合特異性を解析したところ、16クローンがA24/Nef複合体に特異的に結合した。単クローン抗体の可変領域の塩基配列を決定し、重複したクローンを除去すると、A24/Nef複合体に特異的に結合する8クローンの単鎖抗体を樹立できた。また、樹立した単クローン抗体の可変領域のアミノ酸配列を解析したところ、全てのクローンにおいて、由来するgermline segmentが異なる組み合わせであった。さらに、相補性決定領域のアミノ酸配列においても特徴的な配列は無く、多様な配列を有していた。また、数種類のHLA-A24拘束性抗原ペプチドをパルスしたHLA-A24陽性細胞及びHLA-A24陰性細胞は、樹立した抗体により染色されなかった。一方、HLA-A24拘束性Nef138抗原ペプチドをパルスしたHLA-A24陽性細胞のみ樹立した抗体で染色された。蛍光染色により得られた蛍光強度は、クローン3で染色した場合よりもクローン27で染色した場合の方が高かった。さらに、単クローン抗体としての有用性を高めるため、組換えバキュロウイルスを用いて完全ヒト型免疫グロブリンG(IgG)の発現系を構築した。この発現系を用いて作製したヒト型IgGは、同じ可変領域の配列を持った単鎖抗体の結合特異性を再現していた。また、表面プラズモン共鳴法を用いた抗原抗体反応の解析から、クローン3の解離定数(KD)は23μM、クローン27のKDは20μMであることが分かった。

 本研究においてHIV Nefタンパク質由来抗原ペプチドを提示したHLA-A24分子と特異的に結合する単クローン抗体を樹立した。これまでに、MHC class I/ペプチド複合体により提示された抗原ペプチドの違いを認識する抗体はいくつか樹立されている。しかしながら、このような特異性を有する単クローン抗体は樹立するのが非常に困難なであり、世界でも数グループしか樹立に成功していない。また、これまでにHIV由来の抗原ペプチドを提示したMHC class I/ペプチド複合体を特異的に認識できる抗体を樹立した報告はなく、本研究で樹立した単クローン抗体が初めての報告である。

 HIVは変異が多いウイルスであり、CTL選択圧下において、患者個体内で抗原ペプチドのアミノ酸配列に変化が生じることが知られている。ファージディスプレイ法を用いた手法により、このような変異型抗原ペプチドを特異的に認識する単クローン抗体も作製できる可能性がある。これにより、1つの細胞の細胞表面に提示されている変異型抗原ペプチドと野生型抗原ペプチドを定量することにも応用できると考えられる。変異型抗原ペプチドのみを特異的に認識するような特異性の改変やより高い親和性を得るための親和性増強を行うことにより、単クローン抗体の最適化を検討することが今後の課題であると考える。

 近年、T細胞レセプター(TCR)を多量体化した分子を用いる方法、変異を導入して高親和性にしたTCRを用いる方法、特異的な単クローン抗体を用いる方法により、抗原ペプチドに特異的な抗原提示を細胞レベルで検出する試みがなされている。本研究で樹立した単クローン抗体は、細胞表面で何分子の抗原ペプチドが提示されているか、細胞内でのタンパク質の発現量との関係性など、HIV感染における細胞レベルでのHIV特異的抗原提示の解析に応用できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はHIV感染における特異的抗原提示の解析を行う手法を確立することを目的として、HIV Nefタンパク質由来抗原ペプチドを提示したHLA-A24分子と特異的に結合する単クローン抗体の作製を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. 免疫したマウスよりハイブリドーマ法を用いて抗体を作製し、1920のハイブリドーマをスクリーニングしたところ、A24/Nef複合体に結合する50のハイブリドーマを樹立した。これは、解析したハイブリドーマの2.6%であった。また、限界希釈法によりクローニングして得られた単クローン抗体は、ほとんどのクローンがβ2mを認識していた。

2. 免疫マウス由来単鎖抗体ファージディスプレイライブラリーから、23クローンの単鎖抗体提示ファージをクローニングした。単鎖抗体提示ファージを用いてA24/Nef複合体との結合特異性を解析し、10クローン(43.5%)の単鎖抗体を樹立した。これらのクローンは、すべてA24/Env複合体にも結合し、A24/Nef複合体に特異的な結合を有する単クローン抗体ではなかった。

3. 非免疫ヒト由来単鎖抗体ファージディスプレイライブラリーから、80クローンの単鎖抗体提示ファージをクローニングした。単鎖抗体提示ファージを用いて結合特異性を解析したところ、16クローン(20%)がA24/Nef複合体に特異的に結合した。単クローン抗体の塩基配列を決定し、重複したクローンを除去すると、A24/Nef複合体に特異的に結合する8クローンの単鎖抗体を樹立できた。

4. A24/Nef複合体に特異的に結合する抗体は、全てのクローンにおいて、由来するgermline segmentが異なる組み合わせであった。また、CDRのアミノ酸配列に特徴的な配列は無く、多様な配列を有していた。

5. Gag28、Env584、CMV pp65由来のHLA-A24拘束性抗原ペプチドをパルスしたHLA-A24陽性細胞及びHLA-A24陰性細胞は、樹立した単クローン抗体により染色されなかった。一方、HLA-A24拘束性Nef138抗原ペプチドをパルスしたHLA-A24陽性細胞のみ樹立した抗体で染色された。また、蛍光染色により得られた蛍光強度は、クローン3で染色した場合よりもクローン27で染色した場合の方が高かった。

6. 組換えバキュロウイルスを用いて、完全ヒト型IgGの発現系を構築した。この発現系を用いて作製した完全ヒト型IgGは、同じ可変領域の配列を持った単鎖抗体の結合特異性を再現していた。

7. 表面プラズモン共鳴法を用いた抗原抗体反応の解析から、クローン3のKDは23μM、クローン27のKDは20μMであることが分かった。

以上、本論文ではHIV Nefタンパク質由来抗原ペプチドであるNef138を提示したHLA-A24分子と特異的に結合する単クローン抗体の樹立及びその性状の解析を行った。本研究で樹立した単クローン抗体は、HIV由来抗原ペプチドを提示したHLA-A24分子と特異的に結合する単クローン抗体の初めての報告である。また、これまで未知に等しかったHIV特異的な抗原提示を解析する方法の一つとして、HIV特異的な抗原提示の解析に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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