学位論文要旨



No 122588
著者(漢字) 根岸,康介
著者(英字)
著者(カナ) ネギシ,コウスケ
標題(和) PPARアゴニストによる尿細管L−FABP発現増強を介したCisplatin腎症の抑制効果
標題(洋)
報告番号 122588
報告番号 甲22588
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2884号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 藤乗,嗣泰
内容要旨 要旨を表示する

背景

急性腎不全の死亡率は、持続的血液濾過透析(CHDF)などを含めたICUでの集学的治療が進歩した今日においても依然として40〜70%と高い。また、日本では2004年末までに透析患者総数は24万人を超え、毎年1万人ずつ増加している。特に糖尿病性腎症による透析導入患者が全体の40%を超え、さらに増え続けている日本において、糖尿病とその標的臓器障害の一つである腎障害の早期診断・治療が重要である。つまり、急性・慢性腎不全ともにこれまで以上に病態早期からの治療介入が不可欠であるが、有用な早期診断ツールがなく、バイオマーカーの確立が求められている。

 近年、心臓(2)や腸管(3)の虚血性疾患において、障害早期に脂肪酸結合蛋白(Fatty acid binding protein,FABP)が血中で上昇することが報告された。また、細胞内のROS scavengerとして機能している可能性が示唆されている。

 さらには種々の腎疾患においても尿中のL-FABPが高値となることが報告されている(6-10)。肝臓型であるL-FABPはヒトにおいて肝臓で強く発現するとともに腎臓では近位尿細管に発現しており、核内受容体の一つであるPPARがプロモーター領域に結合することで転写の制御を受ける。腎臓におけるPPARの関与についてはマウスCisplatin腎症において、PPARα活性の低下により尿細管への脂質の蓄積、Apoptosisの誘導が起こり、PPARαアゴニスト投与で尿細管での脂質蓄積が消失すると同時に尿細管障害が著明に改善することが確認されている。

 ここで、尿細管障害での尿中L-FABPの役割を検討するにあたり、げっ歯類では一般に、L-FABP遺伝子のプロモーター領域に腎臓での発現に対するsilencing sequenceが存在する(14)ため、腎臓においてはノックアウト動物であることが知られており、human L-FABP(hL-FABP)遺伝子を導入した"humanized mice"を用いることでヒトでの腎障害における病態生理の解析を試みることにした。

目的と方法

 第一に、尿細管障害でのバイオマーカーとしての有用性を評価するため、腎虚血再灌流障害とCisplatin腎症という異なる急性腎不全モデルについて通常の障害とさらに軽度の障害モデルを作製し、既存の腎機能マーカーと尿中L-FABPとの感度の違いを検討した。第二に、尿細管においてもPPARアゴニストによってL-FABPが誘導されることをin vitro studyで検討した。最後に、PPARアゴニストによるCisplatin腎症の介入効果をhumanized miceを使用して、尿中L-FABPをモニタリングすることで検討した。尿中L-FABPの測定には、高感度なsandwich ELISAキットを使用した。

結果

 野生型マウスの両腎30分間虚血により再灌流3時間後、24時間後いずれにおいても偽手術群(sham)に比べて有意なBUNの増加を認めた(50.8±1.0,118.8±4.4;n=10)。変異型マウスの両腎30分間虚血においても再灌流3時間後、24時間後ともに偽手術群に比べて有意なBUNの増加(33.6±3.4,94.1±4.7;n=5)、尿中NAG増加、組織学的な尿細管障害所見を認めたが、野生型マウスの30分間虚血群と比較して再灌流3時間後、24時間後いずれにおいても有意なBUN増加の抑制や、再灌流24時間後の尿細管障害の軽減を認めた。一方、変異型マウスの5分間虚血群では偽手術群と比較して有意なBUN増加や尿中NAG増加はみられなかったが、S3領域のごく一部に尿細管上皮の脱落がみられた。また、偽手術群ではBUNや組織学的所見に有意な変化は認めなかった。腎組織hL-FABP免疫染色では、野生型マウス腎に陽性像はみられなかったが、変異型マウス偽手術群では皮質外層の近位尿細管上皮細胞、Bowman嚢上皮細胞で陽性であり、変異型マウス5分間及び30分間虚血群では皮質外層から髄質外層付近の近位尿細管上皮に発現の増強が認められたが、30分間虚血群でより顕著だった。変異型マウスの30分間または5分間両腎虚血再灌流障害での尿中hL-FABPは、30分間虚血群、5分間虚血群ともに再灌流1時間後にそれぞれ虚血前のおよそ1300倍、150倍まで著明に増加し、再灌流3時間後以降は徐々に減少したが、12時間後まで虚血前に比較して有意な高値を示した。30分間虚血群と5分間虚血群では再灌流24時間後、及び全経過で比較しても30分間虚血群で有意に増加しており、虚血時間が長いほど尿中排出量も増加した。

 変異型マウスでのCisplatin5または20mg/kg投与後のBUNは、Cisplatin投与前と比較して、48、72時間後に高用量群のみ有意な増加を示した。低用量群では経過中に有意なBUNの増加はみられなかったが、尿中hL-FABPは高用量群、低用量群ともにCisplatin投与前と比較して(15.3±3.3,14.0±1.9)、投与24時間後には有意な増加を示した(1334.9±220.3,70.1±25.8)。両群とも経時的に増加し、72時間後にはそれぞれ8422.6±1673.6、165.1±50.3に達した。

 hL-FABP遺伝子を導入したマウス近位尿細管培養細胞をBezafibrateと24時間共培養し、定量的リアルタイムPCRで発現量を比較したところ、Bezafibrateの用量依存性にhL-FABP mRNAが誘導された。

 L-FABPの尿細管での発現増強によるマウスCisplatin腎症への効果を検討するため、Cisplatin投与7日前より通常飼料もしくは0.5%Bezafibrate混合飼料を投与し、変異型、野生型マウスにそれぞれCisplatinまたは生食を投与した(表1)。野生型マウスのCP群、Bz+CP群、及び変異型マウスのCP群では48時間後、72時間後に経時的なBUNの増加を認めたが、Bz+CP群では72時間後にControl群と比較して明らかな増加を示したものの、CP群の増加よりも有意に抑制されていた。Cisplatin投与72時間後のATN score及びApoptosis indexは、野生型のCP群、Bz+CP群、変異型のCP群ではいずれも高値であったが、変異型のBz+CP群では有意に軽減していた。Cisplatin投与24、72時間後の腎組織hL-FABP免疫染色は、変異型Control群に比べてBz群でS1、S2領域の近位尿細管上皮に発現が誘導されており、変異型CP群、Bz+CP群ではS1、S2領域と一部のS3領域の近位尿細管上皮に強い発現がみられた。またhL-FABP陽性細胞の多い尿細管は比較的形態が保たれていたが、障害による管腔の拡大や上皮の脱落を伴う尿細管には陽性細胞が減少もしくは消失していた。変異型マウスの尿中hL-FABPはControl群に対してBz群は有意に増加していた。CP群は24時間後には15.3±3.3[μg/gCr]から1335.0±220.3まで著増し、その後も経時的に増加していき、72時間後には8422.6±1673.6と著しい高値を示した。一方、Bz+CP群は24時間後に1984.7±478.7まで増加したのち、48時間後、72時間後にはそれぞれ1795.5±346.5、1120.1±335.2と徐々に減少した。この結果から、Cisplatin投与24時間後の早期に尿細管障害を反映してCP群、Bz+CP群ともに尿中hL-FABPは著しい高値を示したが、Bz+CP群ではその後は逆に徐々に低下しており、Bezafibrateによる治療効果を示唆するものと考えられた。変異型マウス腎でのhL-FABP mRNAはControl群に対してBz群では5.2倍まで有意に増加していた。Cisplatin投与24時間後にCP群では1.7倍と増加傾向は認められたが、Bz+CP群ではControl群の34.7倍、Bz群の6.5倍まで増加しており、Bezafibrate投与によりCisplatinで誘導されるhL-FABP mRNA発現がさらに増幅されていた。Cisplatin投与72時間後の腎Sudan-III染色では、野生型のCP群、Bz+CP群、及び変異型のCP群で尿細管への著しい脂質陽性像を認めたが、Bz+CP群では陽性像はほとんどみられなかった。

考察

 尿中L-FABPは既存のものよりも高感度な尿細管障害のバイオマーカーであり、障害の定量性とともに介入による治療効果も反映させることが確認された。急性腎不全モデルにおいて、近位尿細管での発現が障害早期より増強するストレス応答蛋白と考えられ、細胞質内から尿中へ出ていく過程で細胞内での脂質過酸化をはじめとした酸化ストレスを減弱し、病態の改善に寄与する可能性が示唆された。また、組織学的には尿細管細胞のviabilityの低下とともにその発現が減弱・消失するviability markerと考えられた。そしてPPARアゴニストにより、基礎レベルでの近位尿細管上皮細胞内でのL-FABP発現増強だけでなく、ストレス応答性も増幅させることで急性腎不全を改善しうることが示された。

今後の展望として、hL-FABP遺伝子改変マウスと、hL-FABPを発現させたmProx-L、sandwich ELISA測定系とをあわせて、humanized animal modelがヒトにおける腎疾患の病態解明に有用であると同時に、動物種間での相違を考慮した有効性、安全性の評価に活用していくことも考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、急性腎不全における尿細管障害のバイオマーカーとしての尿L-FABPの有用性、及びPPARアゴニストによる尿細管

 L-FABP発現増強を介したCisplatin腎症の抑制効果について検討したものであり、以下の結果を得ている。

 1. 尿中L-FABPは既存のものよりも高感度な尿細管障害のバイオマーカーであり、障害の定量性とともに介入による治療効果も反映させることが確認された。

 2.急性腎不全モデルにおいて、近位尿細管での発現が障害早期より増強するストレス応答蛋白と考えられ、細胞質内から尿中へ出ていく過程で細胞内での脂質過酸化をはじめとした酸化ストレスを減弱し、病態の改善に寄与する可能性が示唆された。

 3.PPARアゴニストにより、基礎レベルでの近位尿細管上皮細胞内でのL-FABP発現増強だけでなく、ストレス応答性も増幅させることで急性腎不全を改善しうることが示された。

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