学位論文要旨



No 122589
著者(漢字) 鈴川,真穂
著者(英字)
著者(カナ) スズカワ,マホ
標題(和) アレルギー性炎症における好塩基球集積機構
標題(洋)
報告番号 122589
報告番号 甲22589
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2885号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 講師 森屋,恭爾
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 森本,幾夫
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 アレルギー疾患は、罹患率が増加傾向にあり、社会的にも、医療経済の上でも大きな問題となっており、各種アレルギー疾患の病態解明と治療確立は急務となっている。

 アレルギー反応の中でもI型反応は抗原曝露直後に惹起される即時相のみならず、抗原曝露後4〜8時間後にアレルギー症状が再出現する遅発相が存在し、2相性反応として認識されている。この遅発相、あるいは慢性アレルギー疾患において好塩基球の局所への浸潤が報告されており、好塩基球はアレルギー疾患の病態形成に重要な役割を果たすものと考えられている。好塩基球は末梢血中白血球の1%にも満たない稀少な白血球であるが、細胞表面にFcεRIを有し、IgE、FcεRIを介した刺激によりケミカルメディエーターを産生、放出することでI型アレルギー反応の惹起や増悪に関与している。

 好塩基球は骨髄で分化し、体内循環系に入る。好塩基球が炎症局所に浸潤する際には、血流中から血管壁に接着し、血管内皮細胞間を通過(transendothelial migration, TEM)し、さらに組織内を遊走することが必要であるが、好塩基球の集積過程は、その全貌が明らかになったわけではない。そこで本研究においては好塩基球の炎症局所への集積機構を明らかにすることを目標とし、具体的には好塩基球遊走に対する抗原の関与並びに好塩基球の基底膜通過機構に関し検討を行った。

【方法】

 末梢血よりPercollによる比重遠心法で好塩基球を分離し、一部の実験にはさらにMACSを用いたnegative selectionで高純度に精製した。遊走には、chemotaxicellを使用し、基底膜通過遊走には人工基底膜モデル、Matrigelを用いた。遊走した細胞を回収後、FITC-conjugated goat anti-human IgEで好塩基球を標識し、flow cytometryで一定時間測定し、細胞数を計測した。CD11b、CCR3、MMP発現の解析にはflow cytometryを用いた。脱顆粒の解析には、Percollで分離した好塩基球を用い、遊離したヒスタミンをオートアナライザーで解析した。

 Real-time PCR、免疫染色、ELISAにより、MMP-2およびMMP-9のmRNAとタンパクの発現を解析した。

【結果】

まずanti-FcεRI α-chain mAb,CRA-1を用いてFcεRI架橋による好塩基球遊走を検討した。CRA-1 mAbは、既知の好塩基球遊走因子であるeotaxin,MCP-1,PGD2,C5aなどに比較して弱いものの、コントロールIgG2b mAbに比較して有意な遊走作用を示した。MACSで分離した好塩基球も同様にCRA-1 mAbにより有意に遊走したことから、CRA-1 mAbが直接好塩基球に遊走作用を及ぼすことが示された。checkerboard解析から、CRA-1 mAbによる好塩基球遊走は主にchemotaxisであることが判明した。CRA-1 mAbによる好塩基球活性化作用の比較を行ったところ、脱顆粒、CD11b発現増強より低濃度で遊走作用を惹起することが示された。Der fに対するRAST陽性の喘息患者由来の好塩基球は、Der f 2に対して有意に遊走した。Sykの欠損が報告されているnonreleaser好塩基球はCRA-1 mAbに対し遊走しなかったことから、CRA-1 mAbによる好塩基球遊走にはSykが関与していることが示唆された。CRA-1 mAb 1 ng/mlの存在下において、好塩基球のCCR3発現レベルは変化しないものの、eotaxinに対する遊走は有意に増強した。

 引き続き、人工基底膜モデルであるMatrigelを用いて通過遊走実験を行い、好塩基球の基底膜通過機構を検討した。上室にIL-3 300pMを加えると、好塩基球の基底膜通過遊走は増強し、下室にIL-8、RANTES、5-oxo-ETEまたはPAFを加えることでさらに増強した。タイムコース解析において、好塩基球の基底膜通過遊走は、緩やかに増強し18時間後まで増加した。MACSで分離した高純度好塩基球においても同様に基底膜通過が見られたことから、他の細胞による間接的な作用ではなく、好塩基球自体の基底膜通過遊走であることが示された。ケモカインレセプターの中和実験より、好塩基球の基底膜通過遊走には、CCR3のみならず、CCR1、CXCR1といった複数のケモカインレセプターが関与していることが判明した。インテグリンの構成成分であるCD29及びCD18の中和抗体を用いて実験を行ったところ、anti-CD18 Abは好塩基球基底膜通過を著明に抑制したが、anti-CD29は抑制しなかった。このことから、好塩基球の基底膜通過には主にβ2 integrinが関与していることが示唆された。さらにMMP-2、MMP-9の阻害剤を用いて好塩基球基底膜通過遊走を検討した。阻害剤により基底膜通過遊走が最大75%と著明に抑制されたことより、好塩基球の基底膜通過にはこれらのMMPが関与していることが示唆された。

 引き続き、好塩基球によるMMP発現を検討した。real-time PCRの結果、好塩基球においてMMP-2 mRNAの発現は低レベルであり、MMP-9の発現レベルは好中球に比較して低レベルであったが、好酸球と同等かやや高レベルであった。MMP-2、MMP-9のタンパク発現をフローサイトメトリーで解析したところ、好塩基球細胞表面のMMP-9は高レベルで発現を認め、さらにIL-3 300pMでovernight処理後は発現レベルが増強した。免疫染色により、好塩基球の細胞質にMMP-9の染色を認めた。細胞の培養上清中に遊離したMMP-9をELISAにより測定したところ、好塩基球は測定感度内でMMP-9を分泌していたが、その量は好中球より低かった。

 さらに喘息発作で同愛記念病院を受診した患者を対象に、好塩基球を分離してMMP-9の細胞表面発現を解析した。その結果として、喘息発作患者由来の好塩基球では健常人好塩基球と比較して、細胞表面のMMP-9発現が増強していた。

【考察】

IgE、FcεRIは抗原依存性の即時型アレルギー反応の惹起において重要な位置を占める。さらに最近、IgE架橋刺激がマウスマスト細胞を遊走させることが報告されている。本研究から、ヒト好塩基球もマスト細胞と同様にIgE、FcεRI依存的に遊走することが示された。また、CRA-1mAbが低濃度で、好塩基球のeotaxinに対する遊走を増強することが判明した。

 抗原誘発性アレルギー反応の遅発相において、炎症局所への好塩基球の集積が報告されている。通常、好塩基球は血流中にしか存在しないため、アレルギー性炎症局所へ遊走する機序が存在することは明白である。現在までに、補体、細菌由来ペプチド、サイトカイン、ケモカイン、酵素、脂質メディエーターなど様々な物質が好塩基球遊走因子として報告されてきた。しかしこれらの遊走因子は好塩基球に選択的ではなく、他の炎症細胞も遊走させる働きを持つ。本研究で示した抗原による遊走はIgE、FcεRI依存的であり、白血球の中でも専ら好塩基球に選択的に作用すると言える。さらに特異抗原に感作された個体にのみ反応を起こすと考えられ、既知の遊走因子とは趣を異にする。この抗原依存性遊走は、遷延する抗原曝露がアレルギー性炎症の増悪につながるメカニズムの少なくとも一部を構成していると考えられる。

 さらに本研究では、基底膜モデルMatrigelを用いて好塩基球の基底膜通過機序を初めて解析した。好塩基球の基底膜通過増強がIL-3の存在下でのみ認められたことは好塩基球の基底膜通過に特徴的である。また興味深いことに、好塩基球の基底膜通過を増強する遊走因子のrepertoireは、好塩基球遊走やTEMと異なっていた。

 本研究により、接着分子の中でも特にβ2 integrinが好塩基球の基底膜通過に関与していることが示された。β2 integrinは好塩基球のTEM、好酸球のTEM、基底膜通過にも中心的役割を演じることが報告されており、アレルギー性炎症の病態形成に重要な位置を占めることが推察される。また、MMPも好塩基球の基底膜通過に関与していることが示された。MMPは他の炎症細胞や腫瘍細胞の基底膜通過に必須であることが知られているが、好塩基球もまた、MMPを用い基底膜を通過することが示唆された。

 real-time PCR、flow cytometry、免疫染色、ELISAによる解析で、好塩基球がMMP-9を産生し、さらに細胞外へ分泌することが示された。好塩基球がMMP-9の産生源となりうること、およびMMP-9が好塩基球の基底膜通過において重要な役割を演じていることが推察される。

 さらに本研究では、喘息発作患者由来の好塩基球においてMMP-9の表面発現が増強していることを示した。MMP-9が実際のアレルギー性疾患において重要な役割を果たしていることを示唆する新たな知見と考えられる。

 以上の通り、本研究においてはヒト好塩基球の組織集積メカニズムに対しあらたな視点から解析を行った。本研究成果を基に、今後も研究面、臨床面双方からのアプローチを組み合わせることでアレルギー疾患の成立機序を明らかにし、アレルギー疾患の治療法と予防法の発展に微力ながら貢献して行きたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患は世界中で罹患率が増加傾向にあり、病態解明と治療確立は急務となっている。慢性アレルギー疾患において好塩基球の局所への浸潤が報告されており、組織中の好塩基球はアレルギー疾患の病態形成に重要な役割を果たすものと考えられている。好塩基球は血流中に存在するため炎症局所に浸潤する機構は存在するはずだが、好塩基球の集積過程は全てが明らかにはされていない。本研究では好塩基球の炎症局所への集積機構を明らかにすることを目的に検討されており、以下の結果を得ている。

1. anti-FcεRI α-chain mAb,CRA-1を用いたFcεRI架橋刺激は、既知の好塩基球遊走因子であるeotaxin,MCP-1,PGD2,C5aなどに比較して弱いものの、好塩基球を遊走させた。CRA-1 mAbによる好塩基球遊走は主にchemotaxisであった。CRA-1 mAbによる好塩基球遊走は、脱顆粒、CD11b発現増強を引き起こす濃度より低濃度で惹起された。

2. Der fに対するRAST陽性の喘息患者由来の好塩基球は、Der f 2に対して遊走した。

3. Sykの欠損が報告されているnonreleaser好塩基球はCRA-1 mAbに対し遊走しなかったことから、CRA-1 mAbによる好塩基球遊走にはSykが関与していることが示唆された。

4. CRA-1 mAb 1 ng/ml存在下では、好塩基球のCCR3発現レベルには変化が見られなかったが、好塩基球のeotaxinに対する遊走は有意に増強した。

5. 人工基底膜モデルであるMatrigelを用いて好塩基球の基底膜通過機構を検討したところ、上室にIL-3 300 pMを加えると、好塩基球の基底膜通過遊走は増強し、下室にIL-8、RANTES、5-oxo-ETEおよびPAFを加えることでさらに増強した。ケモカインレセプターの中和実験より、好塩基球の基底膜通過遊走には、CCR3のみならず、CCR1、CXCR1など複数のケモカインレセプターが関与していることが判明した。

6. インテグリンの構成成分であるCD29及びCD18の中和抗体を用いて実験を行ったところ、anti-CD18 Abは好塩基球基底膜通過を著明に抑制したが、anti-CD29は抑制しなかった。

7. MMP-2、MMP-9の阻害剤を用いて好塩基球基底膜通過遊走を検討したところ、最大75%と著明に抑制されたことより、好塩基球の基底膜通過にはMMP-2、MMP-9が関与していることが示唆された。

8. real-time PCRの結果、好塩基球においてMMP-2のmRNA発現は低レベルであり、MMP-9の発現レベルは好酸球と同等かやや高レベルであった。MMP-2、MMP-9のタンパク発現をフローサイトメトリーで解析したところ、好塩基球細胞表面のMMP-9は高レベルで発現を認め、さらにIL-3 300 pMで処理後は発現レベルが増強した。免疫染色により、好塩基球の細胞質にMMP-9の染色を認めた。細胞の培養上清中に遊離したMMP-9をELISAにより測定したところ、好塩基球は測定感度内でMMP-9を分泌していたが、その量は好中球より低かった。

9. 喘息発作患者を対象に、好塩基球を用いてMMP-9の細胞表面発現を解析したところ、喘息発作患者由来の好塩基球では健常人好塩基球と比較して、細胞表面のMMP-9発現が増強していた。

以上、本論文は好塩基球の集積機構に関して詳細に解析している。FcεRI、IgEを介した刺激が好塩基球を遊走させることを明らかにし、好塩基球の基底膜通過機序を解明した。これらの結果は新規であり、今後アレルギー性疾患の制御機構に関する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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