学位論文要旨



No 122590
著者(漢字) 松村,武史
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,タケシ
標題(和) 急性呼吸器感染症診断におけるLAMP法の有用性の検討
標題(洋)
報告番号 122590
報告番号 甲22590
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2886号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 講師 小田原,隆
内容要旨 要旨を表示する

 発熱、咽頭痛、咳嗽、喀痰、鼻汁などを呈する急性呼吸器感染症は日常診療においてしばしば遭遇する疾患である。急性呼吸器感染症の原因となる病原微生物はさまざまであるが、なかでもウイルスは頻度が多くインフルエンザのように流行や肺炎の合併をおこすものがあり、病原微生物として重要である。しかし、症状や所見では特異的なものはなく、臨床症状からウイルスを特定することは不可能であり、一般的に用いられてきた検査はウイルス分離や特異的な抗体を測定する血清学的検査であり、診断までに数週間の期間を要するため、日常診療において治療法選択のための手段として用いることは不可能であった。さらに、近年、重症急性呼吸器症候群(SARS)やトリインフルエンザウイルスのヒトへの感染などが登場したことにより、死亡率の高い新興ウイルス性呼吸器感染症が流行したときに、従来の方法では迅速に的確な対応を即座にとることができないことが明らかになった。そのためウイルス感染症の迅速でかつ感度、特異度の良い診断法の登場が期待されるようになった。

 最近では、イムノクロマトグラフィーを用いて抗原を検出する迅速診断法(IC法)が臨床の場においてインフルエンザウイルスやRSウイルスの診断に役立っている。しかし、ウイルスの種類が限られ、また、検体の採取時期や採取手技などにより偽陰性を生じるなどの問題がある。また、感度や特異度が優れたpolymerase chain reaction(PCR)法は価格、手技、設備などの問題があり、外来や病棟で行われることなく、専門の検査機関へ依頼されているのが実情である。これらの短所を克服する新たな核酸増幅法としてloop-mediated isothermal amplification method(LAMP法)が開発された。

 LAMP法は標的遺伝子の6つの領域を認識する4種類のプライマーを用いた恒温下に反応を進める、感度の極めて高い核酸増幅法であり、その特異性の高さから検出も容易である。また、RNA増幅においては、逆転写酵素を反応系に加えるだけでDNAと同様の手技で増幅を行うことができる利点を持つ。当教室では数年前よりSARSをはじめとする急性呼吸器感染症の迅速診断法を確立するためにLAMP法の研究に取り組んでおり、複数の病原微生物のプライマーを作成してきた。

 この研究では、LAMP法を用いて臨床検体を測定し、臨床で使用頻度の高いIC法と比較することで有用性を検討した。さらにLAMP法の工程を簡易にするために核酸抽出を省略したLAMP法でのRNAウイルスの検出も試みた。対象としたのはインフルエンザウイルスA/B(Flu-A/B)、RSウイルスA/B(RSV-A/B)、メタニューモウイルス(MPV)であり、これらはいずれもRNAウイルスであり、冬季に多く、インフルエンザ様の症状をきたすことが知られている。これらに対するプライマーはすでに当教室において開発されており、インフルエンザウイルスとRSウイルスについてLAMP法とIC法と比較したところ、LAMP法はIC法の限界の10分の1以下のウイルス濃度も検出可能であった。また、インフルエンザウイルスAについてLAMP法とほぼ同じ配列を増幅するRT-PCRとnested-PCRを作成し、実験室株を用いてLAMP法と感度を比較したところ、LAMP法はRT-PCRより優れ、nested-PCRより劣っていることがわかった。

 臨床検体は、発熱や咽頭痛などを訴えて外来を受診し、臨床的にインフルエンザが疑われIC法を行った患者の鼻腔ぬぐい液であり、IC法の結果と体温や症状、ワクチン接種の有無などの患者情報を同時に記録した。2005年12月から2006年3月の間に、230人から236検体の検体を採取した(6人の患者は同一エピソード内に2回受診し、2回IC法を行った)。患者の基本情報は男性99人、女性131人、平均年齢は36.7歳、基礎疾患は19.1%に、6ヶ月以内のインフルエンザワクチン接種歴は13.9%に、インフルエンザ患者との明らかな接触は18.2%にみられた。患者に診られた症状は38.5度以上の発熱が87.3%にみられ最も多く、次いで咽頭痛や咳嗽、鼻汁が30%以上の患者にみられた。症状の発現から検体採取までの平均日数は1.95日であった。

 全検体にFlu-A/B、RSV-A/B、MPVの5種類のプライマーを用いてLAMP法による検出を行った。Flu-A/BのIC法は検体採取時に全検体に、RSVのIC法はLAMP法施行時に一部の検体に施行した。LAMP法の結果は236検体中Flu-Aがもっとも多く135検体(57.2%)から検出され、Flu-Bは7検体(3.0%)、RSV-AとRSV-Bはそれぞれ4検体から検出された。MPVは1検体も検出されなかった。IC法では、Flu-Aは236検体中90検体(38.1%)から検出され、Flu-Bは1検体(0.4%)のみから検出、RSVは186検体について行ったが1検体(0.5%)のみから検出された。LAMP法とIC法の結果を比較したところ、陽性率はFlu-A、Flu-BにおいてLAMP法の方が高く、IC法陰性の検体からFlu-Aでは146検体中52検体、Flu-Bでは235検体中6検体で陽性となった。RSVはIC法が陰性の185検体中4検体がLAMP法で陽性となったが、LAMP法がIC法より陽性率が高いとはいえなかった。同一エピソード内に2回病院を受診し、1回目はFlu-A/BのIC法が陰性であったが、2回目にFlu-A陽性となった症例が3例存在したが、この3症例の1回目の受診時に採取した検体におけるLAMP法の結果は、3検体中2検体においてFlu-A陽性であった。しかし、LAMP法とIC法がともに陽性の患者と、IC法が陰性でLAMP法が陽性の患者のデータを比較したところ、最高体温と発症から来院までの日数には統計学的な差はなかった。また、Flu-Aに対して核酸抽出を省略して行ったLAMP法では、従来のLAMP法に比べ感度は50%と低いものの特異性には問題がなく、ウイルスを短時間で検出できる可能性があることが示された。

 さらに、入院中の急性呼吸器感染症症状のある患者11名の鼻腔ぬぐい液検体に対して同様のLAMP法を行ったが、血液疾患や免疫不全の基礎疾患のある患者3名から、RSV-Aを1検体で、RSV-Bを2検体で検出することができた。

 Flu-AについてIC法が陽性でLAMPが陰性の検体が7検体存在し、それらにLAMP法と同一の遺伝子配列を増幅するRT-PCRやnested-PCRを行ったところ、RT-PCRでは7検体のうち1検体から、nested-PCRでは前述の1検体を含む4検体から目的遺伝子を検出した。このことから、LAMP法はプライマーの設定部分が多いため臨床検体では偽陰性が出現する可能性や、IC法に偽陽性が存在する可能性が示唆された。

 今回はインフルエンザウイルス、RSウイルス、メタニューモウイルスに対してLAMP法を用い、急性呼吸器感染症患者の鼻腔ぬぐい液からの病原微生物の検出に成功した。臨床的にインフルエンザを疑う患者を対象としたため疫学的な検討はできなかったが、LAMP法がインフルエンザウイルスA/BについてIC法より感度が良く、LAMP法がIC法より発症早期の患者から検出できる可能性があることが示された。RSウイルスやメタニューモウイルスについては今回の研究ではIC法に比べ感度が良いとは結論できなかったが、入院中の急性呼吸器感染症症状のある患者からRSウイルスを検出したことや、予備的実験においてIC法より感度が良かったことなどから、小児や免疫不全者など対象とした場合に有用となる可能性があると考えられた。さらにLAMP法は核酸抽出を行わない場合にも検出できる可能性があり、PCR法に比べ簡便さの面で優れていることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、急性呼吸器感染症の診断法として核酸増幅法であるLAMP法の有用性を検討するために、インフルエンザ様症状をきたした患者鼻腔ぬぐい液からLAMP法を用いてインフルエンザウイルス、RSウイルス、メタニューモウイルスの検出を試み、日常診療で用いられているIC法と結果を比較し、さらに、RNA抽出を省略したLAMP法による検出も試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.急性呼吸器感染症症状を有する患者の鼻腔ぬぐい液からLAMP法を用いて、インフルエンザウイルスおよびRSウイルスを検出することができた。

2.インフルエンザウイルスA/Bの検出においてLAMP法は、現在臨床で用いられているIC法より感度が高く、より発症早期から診断できる可能性がある。しかし、臨床検体では実験室株での感度を実現できていないと考えられた例も1例あったことから、さらに臨床検体での精度を検討する必要も考えられた。

3.より簡便で迅速な方法としてRNA抽出を省略したLAMP法は、通常のLAMP法と比較して感度はまだ50%足らずにとどまっており、さらに感度を上げるための工夫が必要と考えられる。

4.RSウイルスは一部の検体で検出できたものの、IC法より統計学的に有意に感度がよいとはいえず、メタニューモウイルスは検出できなかった。

 以上、本論文は急性呼吸器感染症の診断としてLAMP法を用いたものであり、インフルエンザウイルスに関して、従来法であるIC法に対して良好な感度と早期診断の可能性を示すことができた。さらに簡便で迅速に行う方法として、核酸抽出過程を省略したRNA検出に成功した。そのため、本研究はウイルス性呼吸器感染症の診断法の確立とその簡便化に貢献したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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