学位論文要旨



No 122593
著者(漢字) 坂田(柳元),麻実子
著者(英字)
著者(カナ) サカタ(ヤナギモト),マミコ
標題(和) Notchシグナルによる肥満細胞の分化および機能制御の解析
標題(洋)
報告番号 122593
報告番号 甲22593
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2889号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,潔
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 池田,均
 東京大学 講師 世古,義規
内容要旨 要旨を表示する

 Notchシグナルは細胞の分化運命を決定するシステムとしてハエ、線虫からヒトにいたるまで幅広い生物種で高度に保存されている。血液系ではNotch1欠損マウスでは胸腺のT細胞が形成されず、Notch2欠損マウスは脾臓の辺縁帯B細胞を欠損することから、Notchシグナルはリンパ球の分化運命決定に重要な役割を担うことが示されてきた。また、近年ではNotchシグナルがTh1、Th2分化など末梢免疫においても重要な役割を担うことが示されつつある。

 一方、Notchシグナルのその他の血液系統の分化制御については、赤血球、骨髄球系、樹状細胞などへの分化制御を示唆するデータはあるものの、不明瞭な点も多い。肥満細胞については、Notch1、2、3、Jagged1が発現するというデータはあるものの、分化あるいは機能制御に関するデータは示されていない。本研究ではNotchシグナルが肥満細胞の分化を制御することを下流の機構を含めて明らかにした。また、肥満細胞の機能への関与について、寄生虫感染モデルを用いて明らかにした。以下に詳細を述べる。

[1]肥満細胞の初期分化へのNotchシグナルの関与

 マウス骨髄から骨髄球系前駆細胞(骨髄球共通前駆細胞および顆粒球マクロファージ前駆細胞)を分離し、培養皿にコーテイングしたNotchリガンドとFc蛋白の融合蛋白(Delta1-Fc)あるいはコントロールFcで刺激しながら、Stem cell factor(SCF)およびインターロイキン3、インターロイキン6、トロンポエチン存在下で7日間培養した。コントロールFc下では顆粒球、マクロファージが大部分を占めるのに対して、Delta1-Fcで刺激したところ、顆粒球あるいはマクロファージへの分化は抑制され、肥満細胞への分化が促進された。Mx-Cre、Notch2コンデイショナルノックアウトマウス(N2-MxcKO)由来の骨髄球系前駆細胞では、Delta1-Fcの効果はみられないことから、Notch1-4のうちNotch2が責任分子であると考えられた。下流の転写機構を明らかにするため、骨髄球系前駆細胞をDelta1-FcあるいはコントロールFcで刺激し、mRNAをReal-time PCR法により定量的に解析した。Hes-1は血液細胞でNotchシグナルの直接の下流でしばしば働いている転写抑制因子であるが、骨髄球系前駆細胞のDelta1-Fc刺激でもコントロールに比較して発現が上昇していた。一方、GATAファミリーについては、GATA2は肥満細胞への分化やNotchシグナルによる骨髄系への分化抑制に重要であることをin vitroで示す報告がある。しかし、GATA3は肥満細胞の分化に関する報告はなかった。今回の研究では、Delta1-Fc刺激によって、GATA2の発現には影響がみられなかったが、GATA3は発現が著明に上昇していた。このことから、Notchシグナルによる骨髄球系前駆細胞から肥満細胞への分化促進において、GATA2ではなくGATA3が下流分子として働いていると考えられた。

 Hes-1およびGATA3が実際に肥満細胞の分化促進において下流で働いているか否かについて検証するために、骨髄球系前駆細胞にHes-1、GATA3をレトロウイルスを用いて共発現させた。液体培養8日後の解析では、肥満細胞の割合はHes-1、GATA3共発現分画でコントロールウイルスに比較して著明に増加していた。また、Hes-1およびGATA3発現分画を分離し、半固形培地にて培養したところ、コントロールウイルスでは顆粒球コロニーあるいは顆粒球マクロファージコロニーができるのに対して、Hes-1およびGATA3共発現細胞では、肥満細胞コロニーが増加していた。

 C/EBPαは骨髄球系細胞の顆粒球への分化において重要な転写因子であり、一方、肥満細胞ではC/EBPαの発現が低下していることが知られる。骨髄球系前駆細胞にHes-1を導入してmRNAをReal-time PCR法により定量的に解析したところ、コントロールウイルスを導入した場合に比較してC/EBPαが抑制されていた。

 このことから、NotchシグナルはHes-1を介したC/EBPαの抑制、およびGATA3の発現上昇によって骨髄系前駆細胞から肥満細胞への分化運命を決定していることが示された。また、この現象にはNotch分子のうちNotch2が関わっていることが示された。

[2]粘膜型肥満細胞への分化におけるNotchシグナルの役割

 肥満細胞は、胃、腸管等に分布する粘膜型肥満細胞と、皮膚等に分布する結合織型肥満細胞に大別され、それぞれ特異的なプロテアーゼ (mouse mast cell protease: mMCP)の発現パターンにより区別される。Notchシグナルによる肥満細胞の成熟の制御について調べるために、骨髄由来肥満細胞をDelta1-FcあるいはコントロールFcにより刺激し、プロテアーゼの発現変化を調べたところ、Delta1-Fc刺激により粘膜型で発現がみられるmMCP1、mMCP2の発現は著明に増加し、組織型でみられるmMCP5、mMCP6の発現には影響はなかった。このことから、Notchシグナルは肥満細胞の粘膜型への成熟を誘導することが示された。また、骨髄由来肥満細胞ではTGF-β1によりmMCP1の上清中への分泌が誘導されることが知られるが、Notchリガンド刺激によりTGF-β1存在下でmMCP1の上清中への分泌が著増していた。これにより、In vitroでNotchがTGF-β1存在下で粘膜型肥満細胞の活性化を亢進させることが示された。N2-MxcKOの骨髄由来肥満細胞を用いてmMCP1の発現解析を行ったところ、Notchリガンド刺激によりmMCP1増加は軽度みられるものの、コントロールマウスの骨髄由来肥満細胞に比べてその変化は乏しいことから、Notch1-4のうちNotch2が主要な責任分子であることが示された。

[3]個体におけるNotchシグナルの肥満細胞における役割

 Notchシグナルの個体での機能を実際に調べるため、N2-MxcKOを用いた。

 コントロールマウスでは腸管には肥満細胞はほとんどみられないものの、N2-MxcKOでは、肥満細胞が粘膜固有層に異常集積していた。pI: pCによるMx-プロモーター下でのCreリコンビナーゼの誘導により、一部腸管上皮でもNotch2が欠損することが知られる。Notch2分子の欠損が腸管側で必要であるのか、肥満細胞側で必要であるのかを同定するために、Ly5.1により標識されるN2-MxcKO由来の骨髄をLy5.2マウスに移植し、腸管の組織を解析した。N2-MxcKOと同様に、Notch2欠損骨髄を移植したマウスでも、肥満細胞は粘膜固有層に異常集積していた。このことから、肥満細胞の腸管での遊走に際して、Notch2は腸管側ではなく、骨髄由来細胞側に必要なことが示されたが、詳細なメカニズムの解明は、今後の課題である。

 また、肥満細胞の成体での分化課程は十分に明らかにはなっていない。近年、骨髄中の肥満細胞前駆細胞を同定したとの報告や、脾臓中の好塩基球-肥満細胞前駆細胞を同定したとの報告がなされた。N2-MxcKOでは、骨髄中の肥満細胞前駆細胞分画はコントロールマウスと差を認めなかった。しかしながら、脾臓中の好塩基球-肥満細胞前駆細胞分画はコントロールマウスに比較してむしろ増加していた。Notch2は成体での肥満細胞の分化においても、好塩基球-肥満細胞前駆細胞以降の分化段階で重要な役割を担うことが示唆される。

[4]肥満細胞の寄生虫排除機能におけるNotchシグナルの役割

 Strongyloides venezuelensisはげっ歯類へ感染する寄生虫であり、排虫はT細胞依存性により誘導される肥満細胞の機能に依存することから、成体での肥満細胞の分化、機能を調べるモデルとして広く使われてきた。S. venezuelensisをN2-MxcKOあるいはコントロールマウスに感染させたところ、N2-MxcKOでは糞便中への虫卵の排泄が遷延していた。感染8日目の小腸粘膜面での肥満細胞の数はN2-MxcKOでは減少していることから、Notch2は肥満細胞の分化、増殖に重要なことが示された。また、コントロールマウスでは肥満細胞は上皮内に主に存在していたが、N2-MxcKOでは肥満細胞は粘膜固有層にとどまっていた。mMCP1はS.venezuelensisなどの寄生虫感染モデルでは血清中のmMCP1が1000倍以上に著増することが知られ、小腸肥満細胞の活性化の指標として用いられている。血清中のmMCP1の濃度はN2-MxcKOではコントロールマウスに比較して低かった。これはin vitroでのNotch2による粘膜型肥満細胞への分化誘導および機能活性化の結果に沿うものであった。

 このように、Notch2が肥満細胞の分化および小腸粘膜への遊走を制御し、またmMCP1の発現を制御することで、排虫に生理的に重要な役割を担うことが示された。

 本研究においてNotchシグナルが肥満細胞の分化、成熟、遊走、機能に重要な役割をはたしていることがin vitro、in vivoの双方から明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は造血細胞のうちリンパ球の分化および機能に重要な役割を果たすことが知られているNotchシグナルが肥満細胞の分化および機能をも制御する仕組みを明らかにするために行われた。in vitroでは骨髄球系前駆細胞から肥満細胞への分化および骨髄由来肥満細胞の成熟に対するNotchシグナルの影響を調べるとともに、Notch2を血液細胞特異的に欠損するマウスの解析を行い、下記の結果を得ている。

1.マウス骨髄球系前駆細胞(骨髄球共通前駆細胞および顆粒球マクロファージ前駆細胞)をNotchリガンドとFc蛋白の融合蛋白(Delta1-Fc)下で培養したところ、コントロール下では顆粒球、マクロファージが大部分を占めるのに対して、Delta1-Fc下では顆粒球あるいはマクロファージへの分化は抑制され、肥満細胞への分化が促進された。Mx-Cre、Notch2コンデイショナルノックアウトマウス(N2-MxcKO)由来の骨髄球系前駆細胞では、Delta1-Fcの効果はみられないことから、Notch1-4のうちNotch2が責任分子であると考えられた。

2.骨髄球系前駆細胞をDelta1-FcあるいはコントロールFcで刺激し、mRNAをReal-time PCR法により定量的に解析した。Delta1-Fc刺激後早期の観察ではHes-1 mRNAの上昇が見られ、刺激後後期にはGATA3が上昇していた。骨髄球系前駆細胞にHes-1、GATA3をレトロウイルスを用いて共発現させた。液体培養および半固形培地での培養の双方で、コントロールウイルスでは顆粒球あるいはマクロファージへ分化するのに対して、Hes-1およびGATA3共発現細胞では、肥満細胞への分化が誘導された。骨髄球系前駆細胞にHes-1を導入してmRNAをReal-time PCR法により定量的に解析したところ、コントロールウイルスを導入した場合に比較してC/EBPαの発現が抑制されていた。

3.骨髄由来肥満細胞をDelta1-FcあるいはコントロールFcにより刺激し、肥満細胞プロテアーゼの発現変化を調べたところ、Delta1-Fc刺激により粘膜型肥満細胞で発現がみられるmMCP1、mMCP2の発現は著明に増加し、結合織型肥満細胞でみられるmMCP5、mMCP6の発現には影響はなかった。骨髄由来肥満細胞ではTGF-β1によりmMCP1の上清中への分泌が誘導されることが知られるが、Notchリガンド刺激によりTGF-β1存在下でmMCP1の上清中への分泌が著増していた。これにより、In vitroでNotchがTGF-β1存在下で粘膜型肥満細胞の活性化を亢進させることが示された。N2-MxcKOの骨髄由来肥満細胞を用いてmMCP1の発現解析を行ったところ、Notchリガンド刺激によりmMCP1増加は軽度みられるものの、コントロールマウスの骨髄由来肥満細胞に比べてその変化は乏しいことから、Notch1-4のうちNotch2が主要な責任分子であることが示された。

4.Notchシグナルの個体での機能を実際に調べるため、N2-MxcKOを解析した。コントロールマウスでは腸管には肥満細胞はほとんどみられないものの、N2-MxcKOでは、肥満細胞が粘膜固有層に異常集積していた。

5.寄生虫Strongyloides venezuelensisをN2-MxcKOあるいはコントロールマウスに感染させたところ、N2-MxcKOではコントロールマウスに比較して糞便中への虫卵の排泄が亢進していた。感染8日目の小腸粘膜面での肥満細胞の数はN2-MxcKOでは減少していた。また、コントロールマウスでは肥満細胞は上皮内に主に存在していたが、N2-MxcKOでは肥満細胞の大部分は粘膜固有層にとどまっていた。mMCP1は小腸肥満細胞の活性化の指標として用いられている。血清中のmMCP1の濃度はN2-MxcKOではコントロールマウスに比較して低かった。

以上、本論文はNotchシグナルが肥満細胞の分化および小腸粘膜での遊走を制御し、またmMCP1の発現を制御することで、排虫に生理的に重要な役割を担うことが示した。また、肥満細胞の分化促進においてNotchシグナルの下流で働く転写因子の発現制御の機構を明らかにした。本研究はこれまで全く知られていなかったNotchシグナルの肥満細胞における重要な役割をin vitroとin vivoの双方で明らかにすることにより、肥満細胞の分化および機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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