学位論文要旨



No 122594
著者(漢字) 渡邉,尚子
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ナオコ
標題(和) 肝疾患におけるAutotaxinとLysophosphatidic acidの意義の検討
標題(洋)
報告番号 122594
報告番号 甲22594
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2890号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 講師 椎名,秀一朗
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

 Lysophosphatidic acid(LPA)は、細胞の増殖促進や血小板凝集促進など多くの生理活性が報告されている。また、LPAの受容体はG蛋白共役型で、LPAの血液中の濃度は0.1μMと、in vitroで作用を発現する量に近く、創薬ターゲットとしての研究も行われている。

 一方、melanoma細胞から抽出された細胞運動促進因子であるAutotaxin(ATX)は、近年LPAの産生酵素と判明し、注目を浴びることとなった。ATXは、多くのDomainをもつ約125kDの糖蛋白質で、II型膜蛋白質としての構造を有する。Ecto型酵素活性を有しており、一部は細胞膜直下にて切断され、細胞外へ放出されることが報告されている。しかし、ATXの産生・代謝の部位、生体における動態はまだ明らかとなっていない。

 我々はこれまでにLPAが肝細胞でDNA合成を抑制し、星細胞では増殖・運動・収縮を促進し、アポトーシスを抑制することを報告してきた。このようにLPAは、肝臓の線維化促進や再生抑制を介して、肝疾患との関与が示唆されている。ATXはLPAの産生酵素であり、ATXもまた肝疾患に何らかの関与が考えられるが、これまでに報告はない。

 そこで、本研究では、ATX・LPAの肝疾患、特にLPAのin vitroでの肝線維化への関与の可能性から、肝線維化における意義の解明を目的として検討した。肝線維化を起こす疾患で最も多いのがC型肝炎ウイルスによる慢性肝疾患(以下、C型慢性肝疾患)である。実際、本邦において、その多くが慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌に進行するC型慢性肝疾患は臨床の場で直面する大きな疾患の一つである。そこで、臨床例ではC型慢性肝疾患を中心に検討し、さらに、ラット・マウスで作成した肝障害モデルも用いて、各種病態における血液・肝臓でのATX・LPAの動態を検討した。こうして実際に、生体内でのATX・LPAの動態を検討することで、肝疾患、特に肝線維化における臨床的な意義の解明を目指した。

方法

 臨床症例としてC型慢性肝疾患患者、動物モデルとしてCarbon Tetrachloride(CCl4)投与慢性肝障害ラット・マウス、70%部分肝切除ラット、Dimethylnitrosamine(DMN)投与急性肝障害ラットで検討した。血清ATX活性は、血液採取後、血清分離し、lysophosphatidylcholineを基質として、lysophospholipase D活性(ATXの有する活性)により産生された血清中のコリンを酵素的に定量した。血漿LPA濃度は、血液採取後、血漿分離し、酵素的に比色分析によって定量した。血清ATX活性ならびに血漿LPA濃度と、肝線維化との関係については、病理組織学的所見を用いて検討した。また、活性亢進の機序の検討として、肝臓におけるATXの発現に対しRT-PCR、Westernblot分析を行い、さらに、肝臓構成細胞における局在の有無を確かめるため、免疫染色も行った。

結果

 C型慢性肝疾患患者において、血清ATX活性と血漿LPA濃度は、健常成人よりも有意に上昇しており、互いに相関関係が認められた。また、ヒアルロン酸とは相関を、血小板、アルブミン、プロトロンビン時間とは逆相関を認めた。Westernblot分析では、血清中のATX活性はATX蛋白量と相関がみられ、活性亢進が蛋白量増加を反映していることが示された。また、血清ATX活性と血漿LPA濃度は、病理組織学的にも線維化の程度と相関が認められた。

 血清ATX活性亢進の機序として、肝臓でのATX産生亢進、或いは肝臓でのATXのクリアランス低下などの可能性が考えられたため、各種病態において更に調べるべく、動物モデルを用いて検討した。CCl4投与慢性肝障害ラットでも同様に、血清ATX活性と血漿LPA濃度は互いに相関して、有意に上昇しており、さらに病理組織学的に肝線維化と相関していることを確認した。また、RT-PCR分析により、肝臓におけるATX mRNA発現はCCl4投与群で亢進しておらず、CCl4投与慢性肝障害ラットにおける血清ATX活性亢進は、肝臓における転写レベルでのATX産生亢進によるものではないことが示された。

 CCl4投与マウス線維肝に対し免疫染色を行ったところ、ATXの発現は、肝細胞・非肝細胞間で差はなく、肝臓構成細胞における局在はみられなかった。

 ラット部分肝切除モデルでは、肝切除3時間後から血清ATX活性亢進がみられ、肝臓でのATXのクリアランス低下の可能性が示唆され、急性肝障害においても同様に血清ATX活性が亢進している可能性が考えられた。そこでDMN投与急性肝障害ラットで検討したところ、血清ATX活性と血漿LPA濃度は互いに相関し、いずれも有意に上昇しており、また、血清ATX活性は、急性肝障害で臨床上、肝障害の程度の指標として用いられるalanine aminotransferase(ALT)と相関を認めた。

考察

 本研究では、C型慢性肝疾患患者、CCl4投与慢性肝障害ラット、70%部分肝切除ラットならびにDMN投与急性肝障害ラットにおいて血清ATX活性亢進が認められた。また、血清ATX活性と血漿LPA濃度は、C型慢性肝疾患患者・慢性肝障害ラットの病理組織学的検討における実際の肝線維化の程度、ならびにC型慢性肝疾患患者においては肝線維化の指標となりうる血液マーカーと相関を認めた。さらに、急性肝障害ラットでは、ALTと血清ATX活性に相関がみられた。これらより、ATXとLPAは、慢性肝疾患において肝線維化に関与している可能性、さらに急性肝障害においては肝障害の程度に関与している可能性が示唆された。

 病理組織学的な所見を用いた検討でも、肝線維化において血清ATX活性と血漿LPA濃度が上昇していることを確かめたことは、本研究における重要な発見の一つである。これまで報告された血漿LPA濃度の測定系の正確性には異議を唱える論文もみられ、事実、共同研究者の中村らにより、採取や測定における温度変化によって測定値に誤差が生じることが分かっている。今回、LPAの測定を厳重な温度管理のもとで行うことにより、正確な測定値を用いた検討を行うことができた。また、肝障害における血中ATX・LPAの動態についての報告は今までになく、本研究が事実上、初めての報告と思われる。

 血漿LPA濃度は、LPAの産生と分解のバランスにより規定されると考えられている。LPA産生においてはlysophospholipase D活性を有するATXが重要であり、また、LPA分解においては、脱リン酸化を司るlipid phosphate phosphatases(LPPs)familyが作用しているとされる。このうち、血漿LPA濃度の規定に大きく寄与しているのは産生系のATXであると報告されている。本研究では血清ATX活性と血漿LPA濃度は互いに相関しており、やはり血漿LPA濃度の規定にはATXが重要な役割を有すると考えられた。

 一方、こうしたATX活性亢進の機序の検討で重要となる、ATXの産生・代謝経路は、依然解明されていない。

 本検討においてCCl4投与ラット線維肝ではATX mRNAの発現亢進がみられず、血清ATX活性亢進が、肝臓における転写レベルでのATX産生亢進によるものでは説明できないことが示された。

 これより血清ATX活性亢進の機序として、ATXの肝臓におけるクリアランス低下の可能性が考えられたため、部分肝切除モデルを用いて、その可能性について検討した。70%部分肝切除モデルでは、肝切除3時間後には、既に切除24時間後と同レベルまで血清ATX活性が亢進しており、血清ATX活性亢進の機序は、ATXの産生亢進というよりは、むしろ、肝臓におけるクリアランス低下の可能性が考えられた。さらに、その可能性は、DMN投与急性肝障害ラットにおける検討でも支持された。

 我々は既述のごとく、LPAのラット肝細胞、星細胞における検討を報告したが、肝星細胞が肝線維化の中心的な役割を果たすことはよく知られている。肝星細胞のアポトーシスが肝線維化に重要な働きを有する報告もある。今回、最も注目すべき結果となった、肝線維化での血清ATX活性亢進ならびに血漿LPA濃度増加、さらに血清ATX活性が血漿LPA濃度を規定している可能性より、ATXおよびLPAが、肝線維化ならびに肝障害に何らかの働きを有する可能性が示唆された。肝障害の進行した肝線維化でのATX・LPAの増加が、単に結果か、或いは原因となるのかは、今後、明らかにすべき課題であり、産生・代謝の経路も含めて現在、検討中である。

結語

 本研究では、C型慢性肝疾患患者、急性・慢性肝障害動物モデルにおけるATX・LPAを検討した。血清ATX活性は血漿LPA濃度と相関しており、慢性肝障害において肝線維化と相関し、急性肝障害においては肝障害の程度と相関して上昇を認めた。また、血清ATX活性亢進は血清中のATX蛋白量の増加を反映しており、亢進の機序としては、肝臓における産生亢進というより、クリアランス低下の可能性が考えられた。肝線維化・急性肝障害においてLPAと、その産生酵素の働きを有するATXは何らかの働きを有する可能性が示唆された。この研究は、血清ATX活性と血漿LPA濃度が肝疾患において特異的に上昇することを初めて報告したものであり、今後、より詳細な検討を行うことで、肝疾患、特に肝線維化の診断に役立つ可能性があると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は多彩な生理活性を有するLysophosphatidic acid(LPA)と、その産生酵素であるAutotaxin(ATX)の、肝疾患における意義の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. C型慢性肝疾患患者において、血清ATX活性と血漿LPA濃度は、健常成人よりも有意に上昇しており、互いに相関関係が認められた。肝線維化の指標となりうる血液マーカーとの相関もみられ、さらに、血清ATX活性と血漿LPA濃度は、病理組織学的にも線維化の程度と相関が認められた。また、Westernblot分析では、血清中のATX活性はATX蛋白量と相関がみられ、活性亢進が蛋白量増加を反映していることが示された。

2. Carbon Tetrachloride(CCl4)投与慢性肝障害ラットでも同様に、血清ATX活性と血漿LPA濃度は互いに相関して、有意に上昇しており、さらに病理組織学的に肝線維化と相関していることを確認した。また、RT-PCR分析により、線維肝におけるATX mRNAの発現量はCCl4投与群で亢進しておらず、CCl4投与慢性肝障害ラットにおける血清ATX活性亢進は、肝臓における転写レベルでのATX産生亢進によるものではないことが示された。CCl4投与マウス線維肝に対し免疫染色を行ったところ、ATXの発現は、肝細胞・非肝細胞間で差はなく、肝臓構成細胞における局在はみられなかった。

3. 70%部分肝切除ラットでは、肝切除3時間後から血清ATX活性亢進がみられ、肝臓でのATXのクリアランス低下の可能性が示唆された。

4. Dimethylnitrosamine(DMN)投与急性肝障害ラットでは、血清ATX活性と血漿LPA濃度は互いに相関し、いずれも有意に上昇していた。また、血清ATX活性は、alanine aminotransferase(ALT)と相関を認め、急性肝障害においては肝障害の程度に関与している可能性が示唆された。

 以上、本論文は、肝線維化での血清ATX活性亢進ならびに血漿LPA濃度増加、さらに血清ATX活性が血漿LPA濃度を規定している可能性より、ATXおよびLPAが、肝線維化ならびに肝障害に何らかの働きを有する可能性があることを示した。ATXの産生・代謝経路は、依然解明されていないが、肝障害における血清ATX活性亢進の機序として、ATXの肝臓における産生亢進というよりクリアランス低下の可能性が考えられた。肝障害における血中ATX・LPAの動態についての報告は今までになく、本研究が初めての報告と思われる。肝疾患、特に肝線維化の診断に貢献することが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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