学位論文要旨



No 122595
著者(漢字) 小椋,真佐子
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,マサコ
標題(和) 上部消化管内視鏡検査を定期的に受けたコホートにおける胃発癌、胃癌死、および生命予後
標題(洋)
報告番号 122595
報告番号 甲22595
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2891号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 池田,均
 東京大学 講師 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】胃癌は近年減少傾向にあるとはいえ、世界における癌死亡の第2位の原因であり、依然として主要な疾患である。わが国は世界の中でも最も発癌率の高い国の一つであり、そのスクリーニング検査としての上部消化管内視鏡検査も盛んに行われてきた歴史を持つ。

 近年、ヘリコバクター・ピロリ感染が消化性潰瘍のみならず胃癌の発生とも関連していることが明らかとなったが、十二指腸潰瘍患者においては逆説的に胃癌が少ないことが知られている。しかしこれまで内視鏡検査により長期に経過を追跡した報告は乏しく、長期間におけるピロリ菌感染者の胃発癌については十分には知られていない。そこで今回、内視鏡検査にて長期間観察されたコホートを対象に、消化性潰瘍患者、及び比較のため潰瘍のない患者における胃発癌について検討した。

 更に、従来から盛んに行われてきた胃癌のスクリーニング検査(胃X線検査、あるいは上部消化管内視鏡検査)が、日本において胃癌患者の生存率が高い一因であるといわれてきたが、特に上部消化管内視鏡検査については、その有効性を示すエビデンスに乏しい。そこで前検討で胃癌の高危険群と判明した胃潰瘍群と非潰瘍群において、定期的な内視鏡検査が胃癌による死亡率、生命予後に及ぼしうる効果についても検討を行った。

【方法と対象】

1. 胃発癌率

 1965年から2004年の間、内視鏡検査で1年以上経過観察された患者を初回内視鏡検査所見により胃潰瘍群(GU群)978人、十二指腸潰瘍群(DU群)444人、非潰瘍群(NU群)2493人に分け、胃発癌につき追跡した。胃十二指腸潰瘍患者は少人数(82人)であったため、対象から除外した。

2. 累積生存率及び胃癌死

 1.の検討で胃潰瘍群、非潰瘍群が胃癌の高危険群と判明したため、1969年から2004年の間、内視鏡検査で1年以上経過観察された胃潰瘍群(GU群)833人、非潰瘍群(NU群)2547人を対象とした。両群の胃発癌、胃癌による死亡、そして生命予後について、standardized incidence and mortality ratios(SIR and SMR)を計算することにより、性・年齢を合わせた日本の一般人口と比較した。

【結果】

1. 胃発癌率

 観察期間中、GU群から32名、DU群から3名、NU群から68名の発癌が認められた。Kaplan-Meier analysisを行ったところ、DU群の発癌率はGU群、NU群に比べ、有意に低かった(log-rank testでそれぞれp=0.0059、p=0.0015)。Cox's proportional hazard modelによって性・年齢を補正した解析でも、GU群を1とした場合のDU群の胃発癌相対危険度は0.23(95% CI:0.072-0.77, p=0.016)と低かったのに対し、NU群の相対危険度は1.18(0.77-1.82, p=0.44)と有意差はなかった。

2. 累積生存率及び胃癌死

 GU群、NU群の内視鏡検査間隔はそれぞれ1.4±1.4年、1.8±1.5年であった。観察期間中、GU群から32名(年率発癌率0.40%(95% CI:0.24-0.56%))、NU群から61名(0.38%(0.28-0.48%))の発癌を認めたが、性・年齢を合わせた日本の一般人口における胃発癌率と比べたSIRは、それぞれGU群2.21(1.44-2.98)、NU群1.72(1.29-2.15)と、両群とも一般人口より高い胃発癌率をもつことが示された。胃癌死のSMRは、GU群で0.50(0.01-0.99)、NU群で0.45(0.15-0.74)であり、高い胃発癌率にも関わらず、胃癌死は一般人口より抑制されていることが示唆された。なお、発癌者の5年生存率は80%を上回るものであった。全死亡のSMRは、GU群で1.05(0.87-1.23)、NU群で0.78(0.69-0.88)であった。胃発癌率、胃癌による死亡率、全死亡率について、GU、NU群の間には有意差は認められなかった。

【結論】長期間における十二指腸潰瘍患者の胃発癌率は、胃潰瘍患者、非潰瘍患者に比べ、有意に低い。また、胃潰瘍患者、非潰瘍患者などの胃癌の高危険群においても、定期的な内視鏡検査を行うことで、胃癌による死亡率を減少させうることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は日本人に多い胃癌について、どのような内視鏡所見のヒトが高危険群であるか、また定期的内視鏡検査が胃癌死を減少させうるかどうかを検討したものである。方法としては、外来にて長期間定期的な内視鏡検査を受けた患者を対象とし、まず内視鏡所見で疾患群に分け、各群の発癌率を解析した。次にその結果胃癌の高危険群と判明したグループにつき、その胃発癌、胃癌死、全死亡を日本の一般人口と比較した。結果は以下の通りである。

 1.1965年から2004年の間、内視鏡検査で1年以上経過観察された患者を初回内視鏡検査所見により胃潰瘍群(GU群)978人、十二指腸潰瘍群(DU群)444人、非潰瘍群(NU群)2493人に分け、胃発癌につき追跡した。審査において、各群の定義の記述が不十分であることが指摘され、修正された。また各群は3群まとめて比較すると年齢や男女比などに違いがあったが、2群ずつ比較した方がよいとの指摘があり、改めてBonnferroniの方法で多重比較が行われた。観察期間中のDU群の発癌率はGU群、NU群に比べ有意に低く、多変量解析でも同様の結果が得られた。

2.1969年から2004年の間、内視鏡検査で1年以上経過観察された胃潰瘍群(GU群)833人、非潰瘍群(NU群)2547人を対象とし、両群の胃発癌、胃癌死、全死亡について、standardized incidence and mortality ratios(SIR and SMR)を計算することにより、性・年齢を合わせた日本の一般人口と比較した。観察期間中、GU群から32名(年率発癌率0.40%)、NU群から61名(0.38%)の発癌を認め、SIRは、それぞれGU群2.21(1.44-2.98)、NU群1.72(1.29-2.15)と、両群とも一般人口より高い胃発癌率をもつことが示された。審査において、この累積発癌を示す図2が、同様の結果を示すはずの図1と、スケールや観察期間において違いすぎるという指摘があり、修正された。またこのNU群がどのような集団であるのか、より詳しく記述することが求められ、修正された。胃癌死のSMRは、GU群で0.50(0.01-0.99)、NU群で0.45(0.15-0.74)であり、高い発癌率にも関わらず、胃癌死は抑制されていることが示唆された。なお、発癌者の5年生存率は80%を上回るものであった。全死亡のSMRは、GU群で1.05(0.87-1.23)、NU群で0.78(0.69-0.88)であった。胃発癌率、胃癌死亡率、全死亡率について、GU群、NU群の間には有意差は認められなかった。

 以上、本論文は内視鏡検査で長期観察されたコホートの解析から、胃潰瘍患者、非潰瘍患者は十二指腸潰瘍患者に比べて高い胃発癌率をもつこと、しかしそのような高危険群においても、定期的内視鏡検査によって胃癌死が抑制されうることを示した。これまで胃発癌につきこのように長期間の、内視鏡による観察を行った報告は少なく、また、定期的内視鏡検査の胃癌死減少効果を示すエビデンスも乏しかった。本研究はこの点で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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