学位論文要旨



No 122596
著者(漢字) 小林,貴
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タカシ
標題(和) 血管老化とSIRT1
標題(洋) Vascular senescence and SIRT1
報告番号 122596
報告番号 甲22596
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2892号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 講師 賀藤,均
内容要旨 要旨を表示する

 高齢社会を迎えた日本で3大死亡原因となる脳、心疾患に極めて重要な基礎疾患となる動脈硬化について、血管老化という視点で検討を試みた。

 Sir(silent information regulator)2はNicotinamide adenine dinucleotide(NAD)依存性ヒストン脱アセチル化酵素であり、この酵素活性は酵母におけるsilencingとribosomal DNA組み換え抑制に必要とされるばかりでなく、その寿命制御にとっても必須であることが明らかになった。Sir2蛋白のファミリーはバクテリアからヒトに至るまで広く見出されており、進化的に共通した分子メカニズムと考えられる。Sir2は核内の転写因子であり、NAD依存性にhistoneをde-acetylationすることでニコチナマイドとアセチルADPリボースを産生しクロマチン構造が変化を起こし、いわゆる不活性の構造をとる。つまり、NADによりあらわされる細胞のエネルギー代謝状態をゲノムのクロマチン制御状態に変換する"エネルギーセンサー"として機能している。

 培養血管細胞の寿命は有限であり、一定期間の分裂増殖後、細胞老化(cellular senescence)とよばれる分裂停止状態となる。細胞老化に伴う形質変化は、老化血管にみられる機能不全とよく似ており、また、老化した血管細胞は動脈硬化巣に特異的に認められ、内皮機能障害などの形質を示すことから生体内における細胞レベルの老化が動脈硬化形成に関与していると考えられている。

 進行した動脈硬化病変部位では遊走した老化平滑筋細胞が内膜に認められ、中膜には老化した平滑筋細胞がほとんど認められないことが指摘されている。また、PCI(percutaneous coronary intervention)において冠動脈ステント治療の現在の最大の問題点はNeointimaによる再狭窄であり、これには主に血管平滑筋細胞増殖が関与しており、効果的なDES(drug-eluting stent)の開発が益々重要となっている。このように血管平滑筋細胞は動脈硬化現象において中心的な役割を果たしている。

 以上の背景からSir2のオルソログであり最も代表的なヒト長寿遺伝子として知られるSIRT1によるヒト血管平滑筋細胞(Human aortic smooth muscle cell: HASMC)の増殖がどのように制御されているか検討した。

 方法として、SIRT1阻害には、Sirtinolとsmall interfering RNAを使用した。細胞増殖は細胞数測定と5-bromo-2'-deoxyuridine(BrdU)取り込み反応で測定した。成長因子刺激にはepidermal growth factor(EGF)を使用した。細胞老化の判定にはSA-β-gal(senescence-associated β-galactosidase)activityを用いた。各種蛋白質発現はWestern blotting analysisを施行した。

 今回の研究で私はヒト長寿遺伝子SIRT1の働きを阻害することにより、HASMCが増殖抑制を示すことを確認した。また、その増殖抑制された細胞体は細胞老化様形質を伴っていることを確認した。その機序として癌抑制遺伝子p53、およびp53のacetyl化が中心的な役割を果たしていることを示し、下流のp21の蛋白発現も上昇しているということから最終的にG1期でのGrowth arrestが起きていることが考えられた。また、SIRT1阻害により、成長因子であるEGF刺激に対する反応であるmitogen-activated protein kinase(MAPK)(extracellular-regulated kinases、stress-activated protein kinase/Jun N-terminal kinase)の活性化低下が確認でき、老化様形質を伴った細胞体はシグナル伝達が抑制されていることが理解できた。以上のことから老化マーカーの指標として、SA-β-gal activity、成長因子に対するMAPKの活性化低下に加え、SIRT1を用いた評価法の可能性が示唆された。これらのことは、加齢による死亡原因としてきわめて重大である動脈硬化性疾患による血管病治療の一助となる可能性を秘めている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は人口の高齢化と生活習慣の欧米化により、罹患率増加を認める動脈硬化症において重要な役割を演じていると考えられる血管平滑筋細胞の細胞増殖制御機構を明らかにするために、長寿遺伝子silent information regulator2の最も代表的なヒトホモログであるSIRT1との関連を研究したものであり、下記の結果を得ている。

1.SIRT1の特異的阻害薬であるSirtinol投与によりヒト血管平滑筋細胞(HASMC)の細胞増殖抑制が示された。細胞増殖抑制効果はSirtinol投与後9日目までの経時的な細胞数測定や投与後10日目の検体のBrdU取り込み能低下減少で示されている。

2.Sirtinol投与やsmall interfering RNAによりSIRT1阻害した細胞は形態上老化様形質をとることが老化の指標として使用されるsenescence-associated-β-galactosidase染色による陽性細胞増加により示された。

3.SIRT1阻害によるHASMCの細胞増殖抑制、老化形質発現の調節分子につきWestern blottingを用い調べたところ、p53とp53のacetyl化、p21、p27の発現上昇が認められ、p53とp53のacetyl化が中心的な役割を果していることが示された。

4.SIRT1阻害による成長因子であるEpidermal Growth Factor(EGF)に対するmitogen-activated protein kinase pathway反応についてWestern blottingを行ったところ、small interfering RNAでSIRT1をノックダウンしてから10日後の検体にEGF刺激した検体ではControl siRNA群に対しextracellular-regulated kinases、stress-activated protein kinase/Jun N-terminal kinaseの活性化低下が示された。これから老化形質をとったHASMCは成長因子に対するシグナル反応性の低下がみられることが示された。

 以上、本論文はHASMCにおいてSIRT1阻害よる解析から細胞増殖抑制、老化形質発現、その分子機序、シグナル伝達への影響を明らかにした。本研究は血管老化という視点から動脈硬化予防や機序解明だけでなく、Drug eluting stent、長寿薬(caloric restriction mimetics)などを含めた薬剤の開発研究にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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