学位論文要旨



No 122597
著者(漢字) 新谷,かおり
著者(英字)
著者(カナ) アラヤ,カオリ
標題(和) 腫瘍状石灰沈着症発症における線維芽細胞増殖因子23の役割
標題(洋)
報告番号 122597
報告番号 甲22597
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2893号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖発達加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 関,常司
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

 近年、副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)とは独立して血清リン濃度を調節する液性因子として、線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor;FGF)23が同定された。FGF23は、近位尿細管でのリン再吸収を担うNaPi2a、NaPi2cの発現を低下させることで尿中リン排泄を促進する。またFGF23は、腎で1,25(OH)2D産生酵素である25-水酸化ビタミンD-1α水酸化酵素の発現を抑制するとともに、1,25(OH)2Dを不活性物質に代謝する25-水酸化ビタミンD-24水酸化酵素の発現を亢進させる。こうした機序によってFGF23は、血清リン濃度を低下させる作用を持つ。

 FGF23は、251個のアミノ酸からなるポリペプチドである。N端側の24個のアミノ酸からなるシグナルペプチドが離脱した後、アミノ酸227個からなる分子量約32kDの全長FGF23が分泌される。一部の全長FGF23タンパクは、プロテアーゼによってアルギニン179とセリン180の間でプロセッシングを受け、N端フラグメントFGF23とC端フラグメントFGF23に分かれる。全長FGF23のみが低リン血症を惹起する活性を有しており、N端、C端フラグントはともに活性がない。

 近年、いくつかの低リン血症性疾患が過剰なFGF23活性により惹起されることが明らかにされた。すなわち、FGF23は常染色体優性低リン血症性くる病・骨軟化症(autosomal dominant hypophosphatemic rickets/osteomalacia;ADHR)の病因遺伝子として同定された。

 一方X染色体優性低リン血症性くる病・骨軟化症(X-linked hypophophatemic rickets/osteomalacia;XLH)の原因遺伝子としてPHEX(phosphate-regulating gene with homologies to endopeptidases on the X chromosome)遺伝子が同定されている。詳細なメカニズムは明らかになっていないが、XLHの患者血中でFGF23の上昇が認められている。

 また腫瘍性くる病・骨軟化症(tumor-induced rickets/osteomalacia;TIO)は、主に中胚葉系良性腫瘍に随伴してみられる低リン血症性くる病・骨軟化症である。FGF23は、このTIOの惹起因子としても同定された。腫瘍組織におけるFGF23の過剰産生が低リン血症を惹起すると考えられている。

 TCは、異所性石灰化を特徴とする疾患である。本研究では家族性高リン血症性TCについて検討した。家族性高リン血症性TCは小児期に発症し、皮下を主とする異所性石灰化とリン再吸収亢進による高リン血症を特徴とする常染色体性劣性の遺伝性疾患である。

 ADHR、XLH、TIOでは、近位尿細管でのリン再吸収率の低下と血清1,25(OH)2D濃度の相対的な低下が認められる。一方TCでは、リン再吸率の上昇と血清1,25(OH)2D濃度の相対的な上昇が認められる。従って本症は、ADHR、XLH、TIOとは鏡面像的な疾患であるといえる。

 低リン血症性疾患の発症におけるFGF23の関与は既に確立されている。一方FGF23と高リン血症性疾患との関連には不明な点が多い。そこで高リン血症を伴うTCの発症におけるFGF23の関与を明らかにすることを目的とした。

 TCの1家系とXLH患者16名を対象とした。臨床的にXLHと診断された患者16名においても、TC患者と同様に血清FGF23濃度を測定した。

 FGF23値の測定法としては、enzyme-linked immunosorbent(ELISA)法による全長アッセイとC端アッセイとがある。全長アッセイは、プロセッシング部位のN端側とC端側に対する2種類のモノクローナル抗体を用いて全長FGF23のみを測定する。一方C端アッセイは、C端側に対する2種類のポリクローナル抗体を用いて、全長FGF23とC端フラグメントの両者を測定する。

 症例は28歳のアラビア人男性で、両親はいとこ婚である。小児期より、白色分泌物を伴う皮下腫瘤を左肩甲骨周囲と左股関節周囲に自覚していた。家系図から、本疾患が常染色体劣性遺伝様式をとることが推察された。血清リン濃度は5〜10mg/dl(基準値:2.5〜4.5),リン再吸収率(tubular reabsorption of phosphate;TRP)は96〜100%(80〜95)と高値であった。また血清1,25(OH)2D濃度も59〜89pg/ml(15〜55)と高値であった。

 XLH患者では、全長アッセイのFGF23濃度とC端アッセイでのFGF23濃度に有意の正相関関係が認められた。一方本症例の血清FGF23は、全長アッセイとC端アッセイで以下のような乖離を示した。すなわち全長アッセイではFGF23濃度は正常低値であった。これに対し、C端アッセイでは著明な高値であった。これらの結果より、本患者血中には全長FGF23が少量しか存在していないこと、その一方で、プロセスされたC端フラグメントが蓄積していることが示唆された。

 この全長アッセイとC端アッセイとのFGF23値の乖離の原因を明らかにするため、本症例のFGF23遺伝子を解析した。コドン129においてセリンがフェニルアラニンに変換されるミスセンス変異が同定された。本症例はこの変異のホモ接合体であった。

 次にS129F変異がFGF23タンパクに及ぼす影響を明らかにするために、in vitroでS129F変異型FGF23を発現させて、培養液と細胞融解液をウエスタンブロット法で分析した。野生型FGF23を発現させ、培養液を抗N端抗体と抗C端抗体を用いてウエスタンブロットすると、全長FGF23とプロセスされたフラグメントの両者が観察された。一方S129F変異型では、培養液中に全長FGF23とN端フラグメントはほとんど検出できず、C端フラグメントのみ認められた。従って、S129Fミスセンス変異によって全長FGF23タンパクのプロセッシングが亢進したと考えられた。さらにコドン129のセリンの重要性を調べるため、他のいくつかの変異型FGF23を作成した。S129A変異型の培養液では、野生型に比べて全長FGF23もプロセスされたフラグメントも減少していた。一方、S129T変異型、S129W変異型の培養液ではS129F変異型と同様に全長FGF23とN端フラグメントの消失が認められた。また培養液中の全長FGF23タンパク濃度を測定すると、これらの変異FGF23では明らかな低値が認められた。従って、これらの変異型FGF23では、全長FGF23タンパクの分泌が低下していることが示された。さらに細胞融解液をウエスタンブロットで解析すると、野生型においても変異型FGF23タンパクを合成する細胞と同様に、30kDあたりにバンドが検出された。全長FGF23タンパクよりもやや分子量が小さいこれらのタンパクの本態は明確にはわかっていないが、未成熟なFGF23タンパクである可能性がある。つまりこれらの結果はコドン129におけるセリンが、全長FGF23タンパクの成熟と分泌に欠くことのできないものであることを示していると考えられる。

 近年、FGF23の生理作用を検討するため、FGF23ノックアウトマウスが作成された。このTCとFGF23ノックアウトマウスの病態の類似性は、TCがFGF23作用不全による疾患であることを示唆している。

 また、これまでの研究で以下の知見により、FGF23遺伝子発現は血中リン濃度などにより厳密に調節されているものと考えられている。第1に、FGF23ノックアウトマウスのヘテロ接合体は、野生型と同様の表現型、血清リン値、FGF23値を示す。第2にTIOの責任腫瘍を除去した直後には、腫瘍摘出前は高値であったFGF23値が検出感度以下の低値になる。このことは慢性の低リン血症下では、正常組織におけるFGF23産生が抑制されていることを示している。第3にFGF23濃度は、げっ歯類においては高リン食を与えると上昇する。またヒトにおいても、慢性腎不全やリン負荷が血清FGF23値を上昇させることがわかっている。したがってこの症例でC端アッセイでのFGF23濃度が上昇していたのは、高リン血症、あるいは高リン血症に伴う他の代謝変化に対する代償的なFGF23産生の亢進によるものであると考えられる。FGF23遺伝子のS129Fミスセンス変異によって全長FGF23タンパクのプロセッシングの亢進がおこり、活性を有する全長FGF23タンパクが減少することによって高リン血症が惹起され、代償性変化をもたらすと推測される。

 また、本研究では細胞融解液のウエスタンブロットでは、25〜30kDaの大きさのタンパクが検出された。このタンパクの本態は明確にはわからないが、全長FGF23よりもやや分子量が小さいことから、糖化が不十分であるFGF23タンパクを表している可能性がある。このタンパクは細胞融解液中において野生型と変異型FGF23の両方で検出された。一方細胞融解液中では野生型においても、変異型FGF23と同様に、糖化が完成していると考えられる32kDaの全長FGF23を示すバンドは認められなかった。したがって糖化が完了したFGF23は細胞内に蓄えられず、迅速に細胞外に分泌されていると考えられる。

 これらの結果から、FGF23ノックアウトマウスの場合と同様にFGF23は生理的なリンと1,25(OH)2Dの調節因子であることを最後に言う。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、低リン血症惹起作用を有し、生体内での血中リン濃度の恒常性維持に必須のホルモンである線維芽細胞増殖因子23と家族性高リン血症性腫瘍状石灰沈着症の発症との関連を明らかにするため、本症患者の線維芽細胞増殖因子23遺伝子の解析や、変異型DNAの発現によって産生されるタンパクの分析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.本患者白血球ゲノムDNAを用いて線維芽細胞増殖因子23遺伝子のすべてのエクソンをPCR法で増幅し、線維芽細胞増殖因子23遺伝子の全コード領域のシークエンスを、PCR産物の直接シークエンス法により決定した。その結果、本症例はコドン129のセリンからフェニルアラニンへのミスセンス変異のホモ接合体であることが明らかになった。また、同様の症状を有する同胞にも同じ線維芽細胞増殖因子23遺伝子変異が確認された。

2.このS129F変異が線維芽細胞増殖因子23タンパクに及ぼす影響を明らかにするため、S129F変異型線維芽細胞増殖因子23をpeak rapid cellを用いてin vitroで発現させ、培養液中と細胞融解液中をウエスタンブロット法で分析した。またコドン129のセリンの重要性を検討するために、S129A、S129T、S129Wの変異型線維芽細胞増殖因子23を作製し、同じようにin vitroで発現させた。その結果、S129F変異やその他のコドン129のセリンの変異型では、活性のある全長型線維芽細胞増殖因子23の成熟の障害と分泌の低下が認められた。一方、活性のないC端フラグメント線維芽細胞増殖因子23の著明な産生亢進が認められた。

3.患者血中の線維芽細胞増殖因子23の濃度測定や、上記培養液中の線維芽細胞増殖因子23濃度の測定からも全長型線維芽細胞増殖因子23濃度とC端フラグメント線維芽細胞増殖因子23濃度との乖離が裏付けられた。すなわち、S129F変異によって活性のある全長型線維芽細胞増殖因子23の分解が亢進し相対的低値となり、高リン血症をひきおこし代償的作用によりC端フラグメント線維芽細胞増殖因子の産生が著明に亢進していると考えられた。

 以上、本論文では家族性高リン血症性腫瘍状石灰沈着症患者において、これまで知られていなかった線維芽細胞増殖因子23のS129F変異を報告した。また、S129F変異が線維芽細胞増殖因子23タンパクに及ぼす影響を解析し、家族性高リン血症性腫瘍状石灰沈着症発症における線維芽細胞増殖因子23の役割を明らかにしたものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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