学位論文要旨



No 122598
著者(漢字) 臼井,貴彦
著者(英字)
著者(カナ) ウスイ,タカヒコ
標題(和) 骨芽細胞の分化ならびに老化におけるp57Kip2の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 122598
報告番号 甲22598
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2894号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 助教授 関根,孝司
 東京大学 講師 田中,栄
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

 骨粗鬆症とそれに伴う骨折は,高齢者が寝たきりとなる主要な原因であり,老人医療において重要な問題として知られている。骨粗鬆症の成因は幾つか想定されているが,以下の二つのモデルは特に重要と考えられる。

1)エストロゲン欠乏による骨吸収の上昇

2)骨芽細胞老化による骨形成の低下

 このような骨量減少は,骨吸収量に骨形成能が追いつかない非共役状態が原因と考えられている。この治療においては,積極的に骨形成を亢進させて骨量増加作用をおこすことが理想ではあるが,現在まで強力な骨形成促進薬は存在していない。In vitroで骨芽細胞の分化を誘導する物質は複数存在する。しかしながら,これらの臨床応用は実際には困難である。その大きな原因の一つとして,ホルモンやサイトカインをはじめとする,様々な増殖や分化の制御因子に対する骨芽細胞の反応性が,老化によって低下していることが考えられる。

 高等動物細胞の細胞増殖において,細胞周期制御因子はホルモンやサイトカインといった液性因子による細胞外シグナルによって,厳密に制御されている。細胞周期を負に制御する因子としては,CDK(Cyclin-Dependent Kinase)阻害因子が知られている。CDK阻害因子は,哺乳類細胞においてはInk4ファミリー(p16(Ink4a),p15(Ink4b),p18(Ink4c),p19(Ink4d))とCip/Kipファミリー(p21(Cip1),p27(Kip1),p57(Kip2))の2つのファミリーが知られている。CDK阻害因子は,細胞増殖時には,蛋白分解などを介した発現減少が誘導されることで細胞増殖を引き起こす。逆に増殖停止刺激に対してその発現が亢進し,細胞周期停止を誘導する。このようにCDK阻害因子は細胞増殖制御のKey regulatorであることが明らかにされている。

 CDK阻害因子は細胞老化との関連も指摘されている。培養細胞の継代,すなわち細胞老化によっておこる細胞周期停止においては,p16(Ink4a)ならびにp21(Cip1)の発現上昇が重要であることが明らかにされている。

 CDK阻害因子は,細胞分化においても重要な役割をはたしている。p21(Cip1)およびp27(Kip1)は筋細胞,神経細胞,造血細胞などの細胞種において,その分化の過程で発現誘導される。また,p57(Kip2)ノックアウトマウスは複数の臓器に発生異常がみられ,長管骨の軟骨内骨化の障害に伴う短肢となることが報告されている。このp57(Kip2)ノックアウトマウスの骨における表現系は,他のCDK阻害因子には見られないものである。このことは,p57(Kip2)は,骨芽細胞の分化ならびに骨代謝において,他のCDK阻害因子では代償されない役割を果している可能性を示唆する。しかし,骨芽細胞において,p57(Kip2)がどのような遺伝子に影響をもたらしているかに関しては,十分明らかにされていない。

 骨芽細胞の機能の一つとして骨基質蛋白の分泌が挙げられる。骨芽細胞により分泌される代表的な骨機質蛋白にはOsteocalcin,Osteopontinなどがあり,これらは骨芽細胞の分化マーカーとしても知られる。ビタミンDは骨芽細胞の増殖・分化を促進するホルモンの一つであり,Osteopontin遺伝子は,そのプロモーター領域にビタミンD応答配列(VDRE)を有するビタミンD一次応答遺伝子である。初代培養骨芽細胞において,加齢に伴うビタミンD応答性の低下がヒトやラットで報告されているが,その分子機序は十分明らかにはされていない。

 申請者は,老化に伴う骨芽細胞の分化能の低下の分子機序の一つとして,CDK阻害因子の関与を検証するため,骨芽細胞の細胞老化モデルの作成を試みた。また7種類のCDK阻害因子の中で,特にp57(Kip2)に注目し,p57(Kip2)がOsteopontin遺伝子のビタミンD応答性に影響をあたえる可能性を検証した。

【方法】

 以下の方法で,ラット初代培養骨芽細胞を継代培養し,骨芽細胞の細胞老化モデルの系を作成した。ラット頭蓋骨より酵素消化により分離した,初代培養骨芽細胞をβ-glycerophostate添加α-MEMメディウムにて,3日毎に3倍の表面積に継代培養した。細胞老化の誘導を検証するため,senescence-associated-β-galactosidase(SA-β-Gal)染色を施行した。本系を用いて,継代により細胞老化を誘導した時の,7種類のCDK阻害因子の発現量を39日間,13Passageに渡り,定量的RT-PCRにて測定した。

 ラット骨芽細胞様株UMR106を用いた,p57(Kip2)安定発現細胞株(UMR106 p57(Kip2)安定発現cell line)を樹立した。本細胞株を用いたマイクロアレイにて,p57(Kip2)によって発現に影響を受ける遺伝子を網羅的に検索した。また,ヒト骨芽細胞様株SaOS-2を用いて,Tet-offシステムを導入したp57(Kip2)安定発現細胞株(SaOS-2 Tet-Off p57(Kip2)安定発現cell line)を樹立した。本cell lineを用いて,p57(Kip2)によるOsteopontin遺伝子の発現制御を,定量的RT-PCRにより検証した。更に,ラット初代培養骨芽細胞の継代に伴う,p57(Kip2)ならびにOsteopontinの発現量の変化,1,25(OH)2D3(活性型ビタミンD)応答性の変化を検証した。

 COS-7細胞に,p57(Kip2)およびビタミンDレセプター(VDR)を共発現させた系を用いた免疫沈降法により,p57(Kip2)とVDRとの結合を検証した。また,両分子のドメイン欠失変異体を共発現させた系にて,この2分子の結合に関与するドメインの同定を行った。

 マウスゲノムDNAよりVDRE(ビタミンD応答配列)を含むOsteopontinプロモーター領域をPCR法により合成した。これをルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入した,レポータープラスミド(マウスOsteopontin promotor luciferaseレポータープラスミド)を作成した。SaOS-2細胞において,本レポータープラスミド,VDRおよびp57(Kip2)を一過性共発現系させた系にて,ルシフェラーゼアッセイを施行し,VDR,p57(Kip2)および1,25(OH)2D3が,Osteopontin遺伝子のプロモーターの転写活性に及ぼす影響を解析した。また,SaOS-2 Tet-Off p57(Kip2)安定発現cell lineを用いて,同様の解析を行った。

【結果】

 継代培養されたラット初代培養骨芽細胞において,継代の進行に伴うSA-β-Gal活性陽性細胞の増加を認めた。このことから,本系において細胞老化が誘導されていると考えられた。本系の第13Passageまでの細胞において,定量的RT-PCR法により各種CDK阻害因子の発現量を検証したところ,継代の進行に伴うp16(Ink4a),p21(Cip1)の発現量の増加,p57(Kip2)の発現量の減少を認めた。

 UMR106 p57(Kip2)安定発現cell lineによる,ラットゲノムマイクロアレイにおいては,p57(Kip2)による正の発現制御を受ける分子の候補として,Osteopontinを含む33個の遺伝子を同定した。また,SaOS-2 Tet-Off p57(Kip2)安定発現cell lineにおいて,テトラサイクリン除去によるp57(Kip2)の発現誘導に伴い,OsteopontinのmRNAレベルでの発現量の増加が誘導されることが示された。

 ラット初代培養骨芽細胞において,p57(Kip2)の蛋白レベルの発現は,継代の進行に伴い減少した。また,p57(Kip2)の蛋白レベルの発現は,1,25(OH)2D3添加により増加を認めたが,この応答性も,継代の進行に伴い減少した。一方,Osteopontin遺伝子の1,25(OH)2D3によるmRNAレベルでの発現誘導も,継代の進行に伴い低下した。

 COS-7細胞での免疫沈降法によりp57(Kip2)とVDRの結合が確認された。この結合に関与するドメインは,p57(Kip2)のCDK阻害ドメインと,VDRのリガンド結合ドメインであることが示唆された。

 SaOS-2細胞およびSaOS-2 Tet-Off p57(Kip2)安定発現cell lineを用いて,マウスOsteopontin promotor luciferaseレポータープラスミドを用いたルシフェラーゼアッセイにおいて,p57(Kip2)はVDR,1,25(OH)2D3とともにOsteopontinプロモーターの転写活性を増強することが示された。

【結論】

 p57(Kip2)は骨芽細胞の細胞老化に伴い,発現量が減少する。また,p57(Kip2)はVDRと直接結合し,p57(Kip2)はOsteopontin遺伝子のビタミンD応答性の発現を制御する。これらのことから,p57(Kip2)の発現量減少が,老化に伴う骨芽細胞のビタミンD応答性の低下の一因となる可能性が示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,高齢者の骨量減少の一因と考えられる,老化に伴う骨芽細胞のホルモン応答性の低下に,CDK(Cyclin Dependent Kinase)阻害因子の一つであるp57(Kip2)が関与する可能性を検証するため,骨芽細胞の細胞老化モデルを用いて解析を試みたものであり,下記の結果を得ている。

1.ラット初代培養骨芽細胞を3日毎に13Passageまで継代培養した系を作成した。本系の初代培養骨芽細胞において,senescence-associated-β-galactosidase(SA-β-Gal)染色を行った結果,継代の進行に伴いSA-β-Gal活性陽性細胞の割合の増加を認めた。これより,本系において,継代による骨芽細胞の細胞老化が誘導されていると考えられた。

2. ラット初代培養骨芽細胞の継代による細胞老化の系において,各Passageの細胞における,p57(Kip2)を含むCDK阻害因子の発現量を,RT-PCRにより検証したところ,継代の進行に伴うp57(Kip2)の発現量の減少を認めた。また,p57(Kip2)は蛋白レベルにおいても継代の進行に伴い発現量の減少を認めた。

3. ラット骨芽細胞様株UMR106にp57(Kip2)を安定過剰発現させたcell lineを用いたマイクロアレイ解析において,Osteopontin遺伝子がp57(Kip2)により発現が上昇する遺伝子の一つとして同定された。また,ヒト骨芽細胞様株SaOS-2にTet-offシステムを導入してp57(Kip2)を安定過剰発現させたcell lineにおいても,p57(Kip2)によるOsteopontin遺伝子の正の発現制御が示された。更に,ラット初代培養骨芽細胞の継代による細胞老化の系において,継代の進行に伴いOsteopontin遺伝子の1,25(OH)2D3応答性がmRNAレベルで低下することが示された。

4. 培養細胞における免疫沈降法により,p57(Kip2)とビタミンDレセプター(VDR)が培養細胞内で結合することが示された。また,この結合に関与するドメインは,p57(Kip2)のCDK阻害ドメインと,VDRのリガンド結合ドメインであることが示唆された。

5. SaOS-2細胞およびTet-offシステムを導入したSaOS-2 p57(Kip2)安定発現cell lineにおける,マウスOsteopontin promotorレポータープラスミドを用いた,ルシフェラーゼアッセイにおいて,p57(Kip2)は,VDRおよび1,25(OH)2D3と共にOsteopontin promotorの転写活性を増強することが示された。

 以上,本論文はp57(Kip2)は骨芽細胞の細胞老化に伴い,その発現が減少すること,ならびにp57(Kip2)が,骨芽細胞の細胞老化の過程において,Osteopontin遺伝子のビタミンD応答性を修飾する可能性を示した。p57(Kip2)による,ビタミンD応答遺伝子の発現調節はこれまで報告されておらず,また本結果は,加齢に伴う骨芽細胞のホルモン応答性の低下を説明する,新たな分子機序を提案しており,学位の授与に値するものと考えられる。

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