学位論文要旨



No 122599
著者(漢字) 木下,博之
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,ヒロユキ
標題(和) ビタミンK依存性ガンマカルボキシラーゼ遺伝子の多型性からみた骨粗鬆症および脊椎変形性関節症の遺伝的素因
標題(洋)
報告番号 122599
報告番号 甲22599
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2895号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖発達加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 助教授 川口,浩
 東京大学 講師 渡辺,博
 東京大学 講師 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 骨粗鬆症および変形性関節症は、高齢者、特に閉経後女性に多く見られる骨代謝疾患である。これらの疾患は個人のADLおよびQOLを損なうばかりでなく、社会的にも大きな損失をもたらす。このため、これらの原因を究明し、効果的な予防および治療の方法を開発することの重要性は、近年の高齢社会においてますます高まっている。

 骨粗鬆症および変形性関節症の発症には多くの要因が関連し、それらは遺伝要因と環境要因に分けることができる。環境要因に含まれる栄養因子の一つにビタミンKがあるが、その主要な作用は、ビタミンK依存性ガンマカルボキシラーゼ(vitamin K dependent gamma glutamyl carboxylase;GGCX;EC 6,4,-,-)に対する補酵素としての役割である。GGCXは、ビタミンK依存性タンパク質のグルタミン酸残基をカルボキシル化し、ガンマカルボキシグルタミン酸残基に変換するという翻訳後修飾を行い、生理活性を持たせる酵素である。ビタミンK依存性タンパク質にはbone Gla protein(BGP=osteocalcin)、matrix Gla protein(MGP)も含まれているが、これらは骨組織に多く含まれており、骨代謝に重要な役割を果たしていると考えられている。これらのことからGGCX遺伝子の個人差、つまり多型性が骨代謝の個人差に結びつくことが予想される。

 本研究では、GGCXの遺伝子多型性と、骨粗鬆症および脊椎変形性関節症との関係を検討し、さらに異なった遺伝子型に由来するタンパク質の酵素活性の差異についても検討を行なった。

【方法】

1. 対象

 グループ1;九州地域に在住する65歳以上の検診に訪れた閉経後女性500人(年齢73.60±5.74;平均±標準偏差)を対象とした。さらに年齢よって対象を3つのサブグループに分けた。サブグループ1;70歳未満(n=148)、サブグループ2;70-75歳(n=181)、サブグループ3;76歳以上(n=171)。

 グループ2;検診のために東京都老人医療センターを訪れた70歳以上の閉経後女性113人(年齢75.07±3.81)を対象とした。

2. 遺伝子多型性スクリーニングおよび遺伝子タイピング

 GGCXの全15エクソンに対してPCRを施行し、変性HPLC法にて一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)を検出し、更に遺伝子タイピングを行なった。

3. 骨密度測定

 グループ1;非利き手の前腕骨の骨密度をDXA法にて測定した。

 グループ2;大腿骨近位部の骨密度をDXA法にて測定した。

 骨密度測定値をもとにZスコアが計算され、さらに回帰分析を用いてZスコアをBMIで補正した。

4. 変性性脊椎変形の評価

 グループ2につき、通常の胸椎および腰椎(Th4-L4)のX線撮影を、正面および側面から行なった。そして、椎間腔狭小化、椎体終板硬化および骨棘形成を、Genantの方法に修正を加えて評価した。評価結果はスコア化され、回帰分析にて年齢とBMIで補正した。

5. GGCX cDNA(c.8762=Aおよびc.8762=G)発現プラスミドの構築およびGGCXタンパク質(325Glnおよび325Arg)の精製

 ヒトGGCX cDNA(c.8762=A)の入ったpCMV5を購入し、Mutagenesisにて、c.8762=GのGGCX cDNAの入ったpCMV5を作成した。その後、pcDNA3.1/V5-His/lacZにライゲーションを行なった。このプラスミドをCOS-7細胞にトランスフェクションし、GGCXタンパク質(325Glnおよび325Arg)を精製した。

6. カルボキシラーゼ活性の測定

 GGCXのカルボキシラーゼ活性測定における標準的基質として用いられているFLEELを用い、30分間での(14)CO2取り込みを、シンチレーションカウンターで測定した。還元型ビタミンK2に関する用量依存性の検討は、酵素サンプルと基質(3mMのFLEEL)の濃度を一定にし、還元型ビタミンK2濃度を増加させて行った。

7. 統計解析

 アレル頻度、ハプロタイプ頻度、連鎖不平衡の指標としてはD,D',r2を用いた。ジェノタイプのハーディーワインベルク平衡の検定には、自由度1で、イェーツの連続補正を行なったカイ2乗検定(適合度の検定)を用いた。ジェノタイプごとの患者背景(年齢、身長、体重、BMI)の比較には分散分析を用いた。補正Zスコアおよび補正脊椎変形症スコアの検討にはマン・ホィットニーのU検定を用いた。遺伝要因の影響力の評価には、回帰分析の自由度調整済み決定係数を用いた。カルボキシラーゼ活性の比較には対応のないt検定を用いた。

【結果】

1. 遺伝子多型性および遺伝子タイピング

 今回はc.8762 G>A、c.9167 C>Tおよびc.9191 C>Tの3つのSNPが検索されたが、これらはハーディーワインベルク平衡に従っていた(p>0.05)。そしてc.8762 G>Aはアミノ酸置換(Arg325Gln)を伴うSNPであった。これらの3つのSNPはハプロタイプブロックを構成しており、さらにc.8762 G>Aはc.9167 C>Tに完全に連鎖していた。グループ1(n=500)およびグループ2(n=113)において、ジェノタイプごとの患者背景(年齢、身長、体重、BMI)に有意差は見られなかった。

2. グループ1におけるGGCX遺伝子多型性と骨密度の解析

 c.8762 G>Aの骨密度に対する影響はGアレルの優性発現であると考え、補正前腕ZスコアをAA群とAG+GG群で比較検討した。その結果、サブグループ3(76歳以上、n=171)において、c8762 G>Aの影響は有意であり、補正前腕骨Zスコアは0.722±0.844(AA),0.146±0.889(AG+GG),p=0.0344。ジェノタイプの影響力は1.9%であった。サブグループ1(70歳未満、n=148)およびサブグループ2(70-75歳、n=181)では、有意な相関は見られなかった。

3. グループ2におけるGGCX遺伝子多型性と骨密度の関連

 グループ1と同様に、補正大腿骨頸部ZスコアをAA群とAG+GG群で比較検討した。その結果、補正大腿骨頸部Zスコアは、1.059±0.604(AA),0.548±0.819(AG+GG),p=0.0315,影響力2.6%であり、有意であった。

4. グループ2におけるGGCX遺伝子多型性と脊椎変形性関節症スコアの関連

 補正椎間腔狭小化スコア、補正椎体終板硬化スコアおよび補正骨棘形成スコアを算出したが、補正椎体終板硬化スコアはc.8762=AAにおいて特に低値であった。そこで骨密度の検討と同様に、補正スコアをAA群とAG+GG群で比較検討した。その結果、椎間腔狭小化スコアおよび補正骨棘形成スコアについては有意な相関は見られなかったが、補正椎体終板硬化スコアは、0.314±0.678(AA),1.682±2.369(AG+GG),p=0.0186,影響力2.3%であり、c.8762 G>Aの影響は有意であった。

5. カルボキシラーゼ活性の測定

 GGCX(325Gln)のビタミンK2に対するKm値は71.34±4.63μMであった。GGCX(325Arg)においては90.31±4.63μMであった(p=0.029)。325GlnのVmaxは191±9.45pmol/30min/mg、325Argは186±7.88pmol/30min/mgであった(p=0.033)。325GlnのVmax/Kmは2.68±0.20pmol/30min/mg/μMであり、325Argでは2.06±0.12pmol/30min/mg/μMであった(p=0.032)。

 325GlnのFLEELに対するKm値は0.27±0.02mMであった。325Argでは0.32±0.03mMだった(p=0.016)。325GlnのVmaxは255±6.33pmol/30min/mg、325Argは215±5.28pmol/30min/mgであった(p=0.011)。325GlnのVmax/Kmは944.4±9.21pmol/30min/mg/mMであり、325Argでは671.9±10.79pmol/30min/mg/mMであった(p=0.018)。

 以上より、GGCXの325Glnは、325Argに比べてカルボキシラーゼ活性が高いことが示唆された。

【考察】

 本研究は、閉経後の日本人女性において、GGCXの遺伝子多型性と骨粗鬆症および脊椎変形性関節症を検討した初めての研究である。特に骨密度については2つの対象群において、2つの部位について検討して同様の結果が得られ、再現性についても確認された。

 本研究の結果は、GGCX c.8762=AAのジェノタイプは、骨粗鬆症と脊椎変形性関節症の両者に対して予防的効果を持つことを示唆している。またc.8762=Aに対応する325Glnのカルボキシラーゼ活性が、c.8762=Gに対応する325Argよりも高いことより、GGCXジェノタイプの両疾患に対する影響は、カルボキシラーゼ活性の差異を介したものである可能性が示唆された。これらの結果は骨粗鬆症や脊椎変形性関節症の予防と治療におけるビタミンKの重要性や個人の特性に合わせた栄養因子調整の可能性を示すものである。

 今後の課題としては、サンプルサイズを増やし、他の集団においても解析を加え、性別、年齢、人種について検討すること。臨床的生化学パラメーターの評価。GGCXの酵素活性の測定に、骨や軟骨に存在する基質タンパク質を用いること。などが挙げられ、今後取り組んで行きたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、高齢者骨代謝疾患として代表的な骨粗鬆症および脊椎変形性関節症における遺伝的素因として、ビタミンK依存性ガンマカルボキシラーゼ遺伝子に着目し、臨床的にはこの遺伝子多型性のスクリーニング、タイピング、そして骨粗鬆症および脊椎変形性関節症に対する関連分析を行い、生化学的には遺伝子多型性に由来するプラスミドの構築およびトランスフェクション後のタンパク精製を行い、酵素活性を比較している。そして下記の結果を得ている。

1. 遺伝子多型性および遺伝子タイピングの結果、c.8762 G>A、c.9167 C>Tおよびc.9191 C>Tの3つのSNPが検索されたが、これらはハーディーワインベルク平衡に従っていた(p>0.05)。そしてc.8762 G>Aはアミノ酸置換(Arg325Gln)を伴うSNPであった。これらの3つのSNPはハプロタイプブロックを構成しており、さらにc.8762 G>Aはc.9167 C>Tに完全に連鎖していた。グループ1(n=500)およびグループ2(n=113)において、ジェノタイプごとの患者背景(年齢、身長、体重、BMI)に有意差は見られなかった。

2. グループ1におけるGGCX遺伝子多型性と骨密度の解析においては、c.8762 G>Aの骨密度に対する影響はGアレルの優性発現であると考え、補正前腕ZスコアをAA群とAG+GG群で比較検討した。その結果、サブグループ3(76歳以上、n=171)において、c8762 G>Aの影響は有意であり、補正前腕骨Zスコアは0.722±0.844(AA), 0.146±0.889(AG+GG), p=0.0344。ジェノタイプの影響力は1.9%であった。サブグループ1(70歳未満、n=148)およびサブグループ2(70-75歳、n=181)では、有意な相関は見られなかった。

3. グループ2におけるGGCX遺伝子多型性と骨密度の関連においては、グループ1と同様に、補正大腿骨頸部ZスコアをAA群とAG+GG群で比較検討した。その結果、補正大腿骨頸部Zスコアは、1.059±0.604(AA),0.548±0.819(AG+GG),p=0.0315,影響力2.6%であり、有意であった。

4. グループ2におけるGGCX遺伝子多型性と脊椎変形性関節症スコアの関連においては、補正椎間腔狭小化スコア、補正椎体終板硬化スコアおよび補正骨棘形成スコアを算出したが、補正椎体終板硬化スコアはc.8762=AAにおいて特に低値であった。そこで骨密度の検討と同様に、補正スコアをAA群とAG+GG群で比較検討した。その結果、椎間腔狭小化スコアおよび補正骨棘形成スコアについては有意な相関は見られなかったが、補正椎体終板硬化スコアは、0.314±0.678(AA),1.682±2.369(AG+GG),p=0.0186,影響力2.3%であり、c.8762 G>Aの影響は有意であった。

5. カルボキシラーゼ活性の測定においては、GGCX(325Gln)のビタミンK2に対するKm値は71.34±4.63μMであった。GGCX(325Arg)においては90.31±4.63μMであった(p=0.029)。325GlnのVmaxは191±9.45pmol/30min/mg、325Argは186±7.88pmol/30min/mgであった(p=0.033)。325GlnのVmax/Kmは2.68±0.20pmol/30min/mg/μMであり、325Argでは2.06±0.12pmol/30min/mg/μMであった(p=0.032)。

 325GlnのFLEELに対するKm値は0.27±0.02mMであった。325Argでは0.32±0.03mMだった(p=0.016)。325GlnのVmaxは255±6.33pmol/30min/mg、325Argは215±5.28pmol/30min/mgであった(p=0.011)。325GlnのVmax/Kmは944.4±9.21pmol/30min/mg/mMであり、325Argでは671.9±10.79pmol/30min/mg/mMであった(p=0.018)。

 以上より、GGCXの325Glnは、325Argに比べてカルボキシラーゼ活性が高いことが示唆された。

 本研究の結果は、GGCX c.8762=AAのジェノタイプは、骨粗鬆症と脊椎変形性関節症の両者に対して予防的効果を持つことを示唆している。またc.8762=Aに対応する325Glnのカルボキシラーゼ活性が、c.8762=Gに対応する325Argよりも高いことより、GGCXジェノタイプの両疾患に対する影響は、カルボキシラーゼ活性の差異を介したものである可能性が示唆された。

 これらの結果は骨粗鬆症や脊椎変形性関節症の予防と治療におけるビタミンKの重要性や個人の特性に合わせた栄養因子調整の可能性を示すものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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