学位論文要旨



No 122600
著者(漢字) 清末,美奈子
著者(英字)
著者(カナ) キヨスエ,ミナコ
標題(和) 着床期ヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸の発現調節機序及び機能の解析
標題(洋)
報告番号 122600
報告番号 甲22600
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2896号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 藤井,知行
 東京大学 講師 高見沢,勝
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】着床とは、受精卵が分割し形成された胚盤胞が子宮内膜上皮へ接着、貫通し、子宮内膜間質を浸潤して絨毛構造を形成するまでの一連の現象をいう。胚盤胞から分化したトロフォブラストが浸潤していく過程で、多種類の細胞外マトリックスの分解と再構築が行われるが、これを担う主なプロテアーゼとして、MMP系とプラスミノーゲンアクチベーター/プラスミン系が知られている。着床の成立にはこの浸潤の過程において局所的な調節機構が必要であるが、これに関わる新しい物質としてコレステロール硫酸を候補とし、検討を進めることとした。コレステロール硫酸は、家兎子宮内膜において着床期特異的に発現が増加することが知られるが、その機能としてプラスミンを含むセリンプロテアーゼを抑制することが知られている。今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテアーゼ活性に対する効果を検討することとした。

 コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために、合成酵素であるコレステロール硫酸基転移酵素(SULT2B1b)に着目した。ヒト子宮内膜は排卵後、脱落膜化にむけて分化を始めるが、プロラクチン(PRL)等の分泌が特徴的で、これらは脱落膜化のマーカーとして認識されている。脱落膜化を誘導する物質としてプロゲステロンが証明されているが、cAMPのシグナル伝達系がその誘導に直接介在していることが示されている。SULT2B1bがヒトにおいても着床期に誘導される場合、脱落膜化の起因物質であるプロゲステロン及びcAMPが発現に関与しているのではないかと仮定した。そこで、本研究において、まず(1)SULT2B1bがヒト子宮内膜において着床の時期で発現が誘導されていることを確認した後、性ステロイドホルモンとcAMPによる発現調節について検討した。次に(2)コレステロール硫酸の着床期ヒト子宮内膜における機能解析として、プロテアーゼに対する作用を検討した。

【方法及び結果】ヒト子宮内膜におけるSULT2B1b発現の局在をin situ hybridization法にて検討したところ、子宮内膜腺管上皮及び間質に発現が認められた。腺管上皮に発現を認めたことから、コレステロール硫酸が子宮内膜より分泌される可能性が示されたため、[(35)S]-PAPSをトレーサーとして子宮内膜上皮細胞の上清中に添加し培養後、細胞及び培養上清から脂質を抽出、薄層クロマトグラフィー法にて展開したところ、双方においてコレステロール硫酸のバンドを認め、さらに培養上清におけるコレステロール硫酸の方が多いことが確認された。これは、細胞中で合成されたコレステロール硫酸が培養上清中に分泌されたことを示しており、分泌能が確認された。

 ヒト子宮内膜における月経周期でのSULT2B1bの発現の変化を定量的PCR法にて検討したところ、分泌中期において発現が有意に高いことが示された。この結果から、ヒトにおいても着床期に胚の存在に関わらずSULT2B1bの発現が誘導される可能性が示唆されたため、この発現誘導の機序について、まず子宮内膜間質細胞の培養系を用いて検討した。エストロゲン(E2)10(-8)Mとプロゲステロン(P4)10(-8)M、cAMP 1mMの添加によるSULT2B1bの発現の変化を検討したところ、培養9日目ではE2とP4の同時添加及びcAMPの添加でSULT2B1bが誘導された。次にE2とP4の同時添加によるSULT2B1bの発現量の経時的変化を調べたところ、培養9日目と11日目で有意に増加を認めた。なお、同じ培養系で脱落膜化のマーカーとして知られるプロラクチンの発現について調べたところ、培養13日目において発現の誘導を認めたことから、SULT2B1bの発現の誘導は、脱落膜化が進む時期より早期に認められることが示唆された。さらに、P4のSULT2B1bの発現誘導における容量依存性を検討したところ、10(-8)Mでその効果は最大となった。この発現誘導は、プロゲステロンレセプターとcAMPの特異的インヒビターの同時添加にて各々抑制された。このことから、プロゲステロンによるSULT2B1bの発現誘導はcAMPの経路を介することが示唆された。

 子宮内膜上皮細胞培養系においても同様に検討したところ、培養3日目においてcAMPによるSULT2B1bの発現誘導はみられたものの、E2及びP4による変化はみられなかった。次に、子宮内膜上皮細胞においてcAMP濃度を上昇させる因子であるhCG及びリラキシンのSULT2B1bの発現に対する作用を検討したところ、培養3日間でhCG 100ng/mlの添加による発現誘導はみられなかったが、リラキシン100ng/mlの添加により培養3日目において有意に発現の誘導を認めた。

 次にコレステロール硫酸の機能解析として、子宮内膜間質培養系におけるプロテアーゼ活性に対する作用を検討した。まずプラスミンの前駆物質であるプラスミノーゲンを培養上清に添加し、コレステロール硫酸を添加して活性の変化を蛍光基質法にて検討したところ、プラスミン活性はコレステロール硫酸の濃度依存的に活性の低下がみられ、過去のin vitroの反応系で得られた結果と同様の結果であった。

 MMP活性はin vitroの反応系ではコレステロール硫酸によって抑制を受けないが、実際の生体内において、MMPは不活性型MMPとして分泌された後、プラスミンによって活性化を受けて活性型MMPとなるため、MMPがプラスミンと共在する子宮内膜間質細胞培養系においては、MMP活性はコレステロール硫酸による抑制を受けるのではないかと仮定した。これを証明するため、プラスミノーゲン及びコレステロール硫酸を添加した同様の系でMMP-3活性を蛍光基質法で検討したところ、MMP-3活性は有意に低下を認めた。ウエスタンブロット法でも、コレステロール硫酸による不活性型MMP-3から活性型MMP-3への移行の抑制が示された。次に、MMP-2及びMMP-9の活性化に対するコレステロール硫酸の作用についてMMP-2/-9の共通の蛍光基質を用いて検討した。コレステロール硫酸の濃度依存的に活性の抑制はみられたものの、その程度は軽度であった。ゼラチンザイモグラフィー法による検討において、MMP-9活性がコレステロール硫酸によって抑制されることが示されたが、MMP-2ではみられなかったことから、このMMP-2の結果が蛍光基質法で示された、活性の抑制が軽度であることを説明しうると考えられた。

【考察】コレステロールの硫酸化に特異的に働く酵素として知られるSULT2B1bが、ヒト子宮内膜において着床期にあたる分泌中期に発現が増加することを証明し、その発現機序解明のために子宮内膜間質細胞の一次培養系を用いてcAMPの伝達経路を介したプロゲステロンの作用を明らかにした。さらに、トロフォブラストの浸潤に最も重要なプロテアーゼとして知られるMMPの活性をコレステロール硫酸の濃度依存的に抑制することを示した。

 排卵後、プロゲステロンの増加により子宮内膜は間質の脱落膜化がおこるが、脱落膜化を直接起こす因子としてcAMPの経路の持続的な活性化が知られ、プロゲステロンによりcAMPが誘導されることが報告されている。本研究において、SULT2B1bがプロゲステロンの濃度依存的に発現が誘導され、さらにPKA(プロテインキナーゼA)の抑制によりその発現が減少することを示し、脱落膜化が起こる過程でSULT2B1bも誘導される可能性が示唆された。脱落膜化のマーカーであるプロラクチンより早期に発現が増加することから、いわゆる"predecidualization"の時期に発現する遺伝子であることが推測された。

 子宮内膜上皮細胞におけるSULT2B1bの発現調節についても検討し、間質細胞と同様にcAMPにおける発現の誘導を認め、さらに細胞内のcAMPを上昇させうる物質として知られるリラキシンの添加でも有意に発現の誘導を認めた。リラキシンは排卵後の黄体より分泌されること、リラキシンの細胞膜上のレセプターであるLGR 7の月経周期における発現が分泌前期に増加することから、SULT2B1bの発現誘導を起こす物質の候補として矛盾しないものと考えられる。

 次に、コレステロール硫酸の着床期における働きとして、着床に重要なプロテアーゼの調節因子として働くことを見出した。子宮内膜間質培養系において、コレステロール硫酸はトロフォブラストの浸潤に重要であることが知られるプラスミン及びMMP-3,MMP-9に対し抑制的に働くことが本研究で示された。コレステロール硫酸により不活性型MMPの発現は変化がみられなかったものの、不活性型から活性型への移行が抑制されたことから、MMPの活性の抑制はプラスミン活性の抑制を介して間接的に起こったと考えられる。プラスミンは多くのサブタイプのMMPの活性化に主として働く物質であるため、他のサブタイプのMMP活性をも抑制している可能性がある。

 本研究において、コレステロール硫酸がヒト子宮内膜において着床期に特異的に発現を認めうることが示され、この分子学的機構としてcAMPの経路を介したプロゲステロンによる誘導作用が明らかとなった。さらにコレステロール硫酸のヒト子宮内膜における新たな作用として、トロフォブラストの浸潤に重要であるMMP系とプラスミノーゲンアクチベーター/プラスミン系に対して抑制的に働くことで、着床現象の浸潤の過程における制御因子の一つとしての役割を担う可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は着床期の家兎子宮内膜において、特異的に発現が増加することが知られるコレステロール硫酸に着目し、ヒト子宮内膜における着床期特異的な発現の確認とその発現調節機序の解明、さらにその機能について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.コレステロール硫酸の合成酵素であるSULT2B1bについて、ヒト子宮内膜における発現の局在を検討したところ、腺管上皮細胞及び間質細胞双方で発現を認めた。腺管上皮細胞に発現を認めたことから、分泌される可能性が示唆されたため、[(35)S]-PAPSをトレーサーとして分離培養した子宮内膜腺管上皮細胞に添加して検討したところ、培養上清及び細胞の双方からコレステロール硫酸の存在を確認し、分泌能を確認した。

2.SULT2B1bの子宮内膜組織中の月経周期における発現の変化を検討するために定量的RT-PCR法を行ったところ、着床期にあたる分泌中期で有意に発現の増加を認めた。この発現誘導の機序について、子宮内膜間質細胞培養系を用いて検討したところ、脱落膜化の誘導因子であるcAMPの添加及びエストロゲンとプロゲステロンの同時添加でSULT2B1bの発現が誘導されることが示された。脱落膜化のマーカーであるプロラクチンよりも早期に発現が誘導され、SULT2B1bは脱落膜化のより早期に誘導される遺伝子であることが示唆された。さらに、SULT2B1bの発現誘導に対するプロゲステロンの用量依存性を確認した。最後に、プロゲステロンによるSULT2B1bの発現誘導がcAMPの経路を介することを、プロゲステロンレセプター及びPKAの特異的なインヒビターを用いて証明した。

3.子宮内膜上皮細胞培養系でもSULT2B1bの発現誘導に関与する因子を定量的RT-PCR法で検討したところ、cAMPでも同様に発現が誘導され、さらにcAMPを誘導する因子であるリラキシンでも発現誘導がみられた。

4.コレステロール硫酸の着床期子宮内膜における機能解析として、着床に重要なプロテアーゼであるMMPとプラスミンに対する作用を、子宮内膜間質細胞培養系を用いて蛍光基質法、ウエスタンブロット法、ゼラチンザイモグラフィー法で検討したところ、in vitroの系で証明されていたプラスミン活性の抑制を示しただけでなく、MMP-3,MMP-9の活性も抑制することを示した。一方でMMP-2活性に対する抑制作用はみられなかった。

 以上、本論文はコレステロール硫酸がヒト子宮内膜において着床期に特異的に発現を認めうることを示し、この分子生物学的機構としてcAMPの経路を介したプロゲステロンによる誘導作用を明らかにした。さらにコレステロール硫酸のヒト子宮内膜における新たな作用として、トロフォブラストの浸潤に重要であるMMP系とプラスミノーゲンアクチベーター/プラスミン系に対して抑制的に働くことを示した。本研究は、未解明な部分の多い、着床にかかわる因子の発現調節及び機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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