学位論文要旨



No 122601
著者(漢字) 久須美,真紀
著者(英字)
著者(カナ) クスミ,マキ
標題(和) Natural Kkller(NK)細胞受容体NKG2の発現解析およびKiller cell Immunoglobulin-like receptor(KIR)の遺伝的多型解析より導き出せる脱落膜NK細胞による母児免疫寛容機構の考察
標題(洋)
報告番号 122601
報告番号 甲22601
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2897号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 久具,宏司
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

 産科領域には、妊娠性高血圧症、子宮内胎児発育遅延、習慣流産(3回以上の流産既往)など、妊娠初期の胎盤形成不全に起因する病態と考えられ、根本的な治療法のない疾患が存在する。胎盤は母体組織(脱落膜)と胎児組織(絨毛)によって形成されており、絨毛細胞の脱落膜への侵入が十分であることが胎盤形成に重要である。しかし、絨毛細胞は父系抗原を有し、母体にとって半同種移植片である。従来の移植免疫とは異なり、絨毛細胞の脱落膜への侵入を許容し維持する妊娠免疫のしくみを解明することは胎盤形成及び上記疾患の病態解明のために重要であり、本研究の目的とした。

 胎盤の母体側組織である脱落膜にはNatural Killer(NK)細胞が豊富に存在し、一方で接して存在する胎児側組織である栄養膜細胞(trophoblast)にはMajor histocompatibility complex(MHC;ヒトではHuman histocompatibility antigen(HLA))classI抗原が発現している。NK細胞受容体の多くがHLA classI抗原と結合するため、NK細胞は母児間免疫応答を担うと考えられている。そのため、NK細胞受容体のうち、Cタイプレクチン型受容体CD94/NKG2とImmunoglobulin super familyに分類されるKiller Cell Immunoglobulin-like receptor(KIR)について以下の検討を行った。

 1.Cタイプレクチン型受容体(CD94/NKG2A,CD94/NKG2C)の解析

 妊娠初期の妊婦の脱落膜NK細胞と末梢血NK細胞を用いて、trophoblast上のHLA-Eに作用する抑制型受容体NKG2Aと活性型受容体NKG2Cの発現をそれぞれ比較検討した。

 2.KIRの解析

 習慣流産患者及びその夫のDNAと健常人のDNAを用い、NK細胞受容体KIRに関してcase-control studyを行った。KIRのゲノム解析及びtrophoblast上でKIRのリガンドとなるHLA-Cのグループ分類を行い、KIR及びKIRとHLA-Cとの関係を考察した。

 脱落膜NK細胞は末梢血NK細胞とは異なる特徴を有する。妊娠初期の脱落膜では脱落膜リンパ球の約8割がNK細胞であり、そのほとんどがCD3-CD16-CD56(bright)(強陽性)である。一方、末梢血ではNK細胞はリンパ球の1割程度であり、そのうちCD3-CD16+CD56(dim)(弱陽性)タイプが80-90%を占め、CD3-CD16-CD56(bright)細胞は5-10%である。妊娠初期に脱落膜NK細胞はtrophoblastの周囲に豊富に集積し、妊娠免疫における主要な免疫細胞と考えられる。この脱落膜NK細胞の機能については、NK細胞ではあるものの細胞傷害活性は抑制されており、サイトカイン分泌などを介してtrophoblastの発育を調整していると考えられている。

 trophoblastも他の有核細胞とは異なる特徴を有する。古典的HLA classI抗原のHLA-A,-Bを発現しておらず、HLA-Cや非古典的HLA classI抗原のHLA-E,Gを発現している。そして、このHLAと脱落膜NK細胞受容体が結合し、NK細胞の働きを調節していると考えられている。

1.Cタイプレクチン型受容体CD94/NKG2の解析

 informed consentを得た妊娠5〜10週の人工妊娠中絶症例より脱落膜組織及び血液10mLを採取し、各々リンパ球を分離し、以下の検討に供した。

 (1)抗NKG2A及び抗NKG2Cモノクローナル抗体と抗CD56モノクローナル抗体との三重免疫蛍光染色にて、脱落膜CD56(bright)NK細胞と末梢血CD56(dim)NK細胞におけるNKG2A及びNKG2Cを発現する細胞集団の比率、発現パターンについてフローサイトメトリー法にて解析した。10例の検討にて、脱落膜NK細胞集団において抑制型のNKG2Aは98.4%±0.2%(平均±標準誤差)に発現していたが活性型のNKG2Cは20.5±4.9%の細胞にしか発現していなかった。一方、末梢血NK細胞集団ではNKG2Aは41.4%±5.5%、NKG2Cは10.9±5.0%の細胞に発現しており、またそれぞれが同一細胞上にはほとんど発現していないという特徴を有した。

 (2)CD56陽性細胞を分離し、クロミウム遊離試験((51)Cr release assay)を行った。HLA-Eの発現の有無によって脱落膜NK細胞と末梢血NK細胞の細胞傷害活性が変化するか各々検討し、脱落膜NK細胞において細胞傷害活性が抑制される傾向を認めた。

(まとめ)

 活性型受容体NKG2Cおよび抑制型受容体NKG2Aは脱落膜CD56(bright)NK細胞と末梢血CD56(dim)NK細胞では発現パターンに差異が見られた。脱落膜CD56(bright)NK細胞においては、胎児を寛容する方向に働く抑制型受容体NKG2Aが特に強く発現しており、それに比べて活性型受容体NKG2Cの発現は弱く、更にNKG2Cの発現する細胞にはNKG2Aが常に発現していた。HLA-Eの存在下で脱落膜NK細胞は抑制性のシグナルが優位に働くため免疫寛容状態となり、trophoblastの適度な母体浸潤、胎盤形成を可能にしていると考えられる。一方、末梢血CD56(dim)NK細胞では抑制型受容体NKG2Aと活性型受容体NKG2Cが独立して一部の細胞に発現していた。NKG2Cのみを有する細胞分画は、高い細胞傷害活性をもち、trophoblastが過度に母体らせん血管に浸潤しないように母体免疫バリアとして働いている可能性がある。

2.KIRの解析

 KIRは霊長類において多様性を獲得した、進化的に新しいNK細胞受容体である。ヒトでは現在のところ、14種類の発現遺伝子が存在し、細胞外immunoglobulin domain(Ig)の数が2個か3個か(2Dまたは3D)、受容体の細胞内末端がimmunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif(ITIM)を有する長い抑制型受容体かDAP12と作用する短い活性型受容体か(LまたはS)により命名されている(2DS1,3DL2など)。KIR遺伝子はゲノム上のまとまった領域に存在し、規則的に配置されハプロタイプを構成する。脱落膜NK細胞にとってはtrophoblast上のHLA-C及び-Gがリガンドとなり、主に抑制性のシグナルがNK細胞に伝達される。

 日本人に限定し、1995年〜2003年に東京大学医学部附属病院習慣流産外来を受診した原因不明の原発性習慣流産患者で夫リンパ球免疫療法を受けた患者(以下、習慣流産妻群)とその夫(以下、習慣流産夫群)62組(4組は妻のみの検体)、及び対照として健常人(以下、コントロール群)100人(男32人、女68人)に対しcase-control studyを行った。ゲノムDNAを抽出しPCR-sequence specific primer(SSP)法にて17種類のKIR遺伝子、偽遺伝子についてタイピングを行った。そこから、各集団におけるKIR遺伝子の存在頻度、ハプロタイプの分布について比較検討した。また、HLA-CについてはPCR-microtitre plate hybridization法を用いてアロタイプを決定し、結合するKIR分子の違いで、α1ドメインの80番目のアミノ酸残基がAsnのC1またはLysのC2の2つのグループに分類した。

 KIR遺伝子頻度について、抑制型受容体KIR2DL2、及びそれと強い連鎖不平衡の関係にある活性型受容体KIR2DS2が、習慣流産妻群でコントロール群に比べて高い頻度で存在した(χ2検定,p=0.0239)。ハプロタイプの解析では、活性型受容体としてKIR2DS4しか有しないAハプロタイプとその他のBハプロタイプに分類したところ、習慣流産夫群ではコントロール群に比べてBハプロタイプが有意に多かった(χ2検定,p=0.0182)。HLA-Cについては一般日本人集団と同様に習慣流産妻群及び夫群でもC1ホモが約80%、C1/C2ヘテロが約15%、C2ホモが約5%という結果であった。

(まとめ)

 本研究では、妊婦がKIR2DS2及び2DL2を有していることが習慣流産のリスクファクターの1つである可能性が示された。KIR2DL1,2DL2,2DL3はHLA-Cをリガンドに持ち、2DL1とC2タイプが、2DL2,2DL3とC1タイプが結合する。今回の研究対象集団はほぼ全員が2DL1、2DL3を有しているため、2DL2を有している個人はHLA-Cに結合する抑制型受容体すべてが発現していることになる。KIR2DL1、2DL2、2DL3を3つとも有するNK細胞は、HLA-C1ホモまたはC2ホモの細胞に対し傷害活性を示すという報告がある。日本人集団ではC1ホモ(2DL2と2DL3がリガンド)とC2ホモ(2DL1がリガンド)が約85%を占めるため、KIR2DL1,2,3を有する母体NK細胞には胎児のHLA-Cに対しリガンドのない抑制型KIR受容体(C1ホモでは2DL1、C2ホモでは2DL2と2DL3)に起因するアロ反応性(missing-self hypothesis)が惹起されやすいと考えられる。それに2DS2による活性化シグナルが加わり、胎児拒絶反応が起こりやすくなる可能性がある。

 また、ハプロタイプの解析に関しては今回の結果のみでは結論付けることはできないが、妊娠免疫における、KIRハプロタイプの関与を示唆する結果になったと考える。今後の更なる検討が必要である。

 KIRに関わる母体NK細胞活性化が胎児に対する拒絶反応に関わる可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は哺乳類の妊娠免疫機構(母児間免疫応答)において重要な役割を演じていると考えられるNatural Killer(NK)細胞の働きを明らかにするため、NK細胞受容体の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.妊娠初期の妊婦から脱落膜NK細胞と末梢血NK細胞を分離し、trophoblast上のHLA-Eに作用するCタイプレクチン型受容体NKG2A(抑制型)とNKG2C(活性型)の発現を各々比較、その違いを明らかにした。フローサイトメトリー法にて、脱落膜NK細胞にはNKG2Aがほぼ100%発現し、加えて一部にNKG2Cが発現しており、一方、末梢血NK細胞にはNKG2AとNKG2Cがそれぞれ独立して一部の細胞上に発現していることを示した。

2.クロニウム遊離試験によって脱落膜NK細胞の細胞傷害活性はHLA-Eによって抑制される傾向にあることを示した。末梢血NK細胞に関しては変化を認めず、NKG2AとNKG2Cの発現パターンの違いによる細胞傷害活性への影響について示唆を得た。

3.日本人に限定し、習慣流産患者及びその夫のDNAと健常人のDNAを用い、NK細胞受容体であるKiller Cell Immunoglobulin-like receptor(KIR)に関して、ゲノム解析及びtrophoblast上でKIRのリガンドとなるHLA-Cのグループ分類(C1及びC2)を行い、流産に関するKIRとHLA-Cとの関係を考察した。そこで、妊婦がKIR2DL2及び2DS2を有することが習慣流産のリスクファクターの1つである可能性を示した。また、一般日本人集団と同様に、習慣流産患者及びその夫もC1グループの存在頻度極めて高く、C1ホモ(KIR2DL2と2DL3がリガンド)とC2ホモ(2DL1がリガンド)が約85%を占めることを示した。今回の研究対象集団ではほぼ全員が2DL1、2DL3を有しているため、2DL2を有している個人にはそれらすべてが発現する。KIR2DL1,2,3を発現する母体NK細胞には胎児のHLA-Cに対しリガンドのない抑制型KIR受容体(C1ホモでは2DL1、C2ホモでは2DL2と2DL3)に起因するアロ反応性(missing-self hypothesis)が惹起されると考えられる。それに2DS2による活性化シグナルが加わり、胎児拒絶反応が起こりやすくなる可能性がある。妊娠免疫におけるKIRとHLA-Cによる流産モデルを作成した。

 以上、本論文はヒト初期胎盤形成において、母体免疫細胞として豊富に存在するNK細胞に関して、その受容体の解析から、妊娠免疫について一定の見解を得た。これらの事実は、現在まで未知に等しい妊娠免疫のしくみについて、NK細胞による母児間免疫応答の解明に寄与し、学位の授与に値するものと考えられる。

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