No | 122606 | |
著者(漢字) | 松本,陽子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツモト,ヨウコ | |
標題(和) | ヒトパピローマウイルスのE6癌蛋白によるユビキチンプロテアソームシステムを介する癌抑制蛋白分解のメカニズムについての解析 | |
標題(洋) | Analysis of the degradation of tumor suppressor proteins through ubiquitin proteasome system by HPV E6 oncoprotein | |
報告番号 | 122606 | |
報告番号 | 甲22606 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2902号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖発達加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】子宮頚癌は世界的に見て女性が罹患する癌の中では2番目に発生率の高い癌であり、多くの疫学的、基礎的研究をもとに、子宮頚癌発生の原因はhigh-risk型のヒトパピローマウイルス(HPV)であることが知られている。HPVは100種類ほど存在し、子宮頚癌の原因となる16型や18型をはじめとするhigh-risk型、良性の腫瘍であるコンジローマ発生の原因となる6型や11型などのlow-risk型などがある。HPVは約8000bpの2本鎖DNAウイルスで、genome内にはE6、E7癌遺伝子が含まれており、この癌遺伝子が子宮頚部上皮に感染すると細胞のDNAと組み換えを起こし、発癌すると考えられている。E7癌蛋白質はRb(retinoblastoma susceptibility)癌抑制蛋白質と結合し、その働きを阻害することで癌化を促進する。Rbは核内蛋白でS期のDNA合成を促進するE2Fの働きを止めることで、cell cycleを調節している。E6癌蛋白質はユビキチンプロテアソームシステム(ubiquitin proteasome system)を介した細胞内の蛋白分解システムを利用し、細胞のアポトーシス誘導やcell cycleに関わるp53などの癌抑制蛋白を分解する。ユビキチンはユビキチン活性酵素からユビキチン結合酵素に運搬されubiquitin protein ligaseであるE6APへと運ばれる。E6はE6APと標的癌抑制蛋白と3量体を形成し、ユビキチンがE6APから、E6と結合したp53などに付加される。複数個のユビキチン分子が結合したp53は、プロテアソームと結合しその内部に搬入し分解されると考えられている。 p53以外にE6による分解のターゲットとなるものとしては、hDlgやhuman Scribble(hScrib)などがある。hDlgやhScribはショウジョウバエの癌抑制蛋白質であるDiscs large(Dlg)およびScribbleのヒトホモローグである。hScribとhDlgはE6蛋白がC末端で特異的に結合するPDZ domainを持つという構造上の共通点がある。またhDlg、hScrib共に細胞の極性の決定に関わるとされている癌抑制蛋白で、細胞内では両者は細胞膜にcolocalizationする。 E6蛋白にはCys-X-X-Cysモチーフが4箇所あり、それらが金属結合を形成している。結合部分の間には29のアミノ酸があり二つのループ状になっている。また、E6蛋白のC末端のスレオニン、グルタミン、ロイシンの3塩基の配列は非常に特徴的で、16型や18型などhigh-riskのHPVではすべてC末端がT/S-X-L/V(スレオニンもしくはセリンとアミノ酸X、ロイシンもしくはバリン)という配列になっている。癌抑制蛋白であるhDlgやhScribbleが持っているPDZ domainとE6の末端3塩基が結合することにより、high-riskのE6蛋白はhDlgやhScribなどの癌抑制蛋白を分解する。 【目的】E6によるp53およびhScribの分解にはE6APがubiquitin protein ligaseとして関与していることが示されているが、hDlgの分解に関与するubiquitin protein ligaseは明らかにされていない。本研究ではまずhDlgの分解へのE6APの関与について検討した。また、HPV E6による細胞の癌化にはp53をはじめ複数の重要な癌抑制蛋白が関与しており、他にもユビキチンプロテアソームシステムを介した分解の標的蛋白が存在し、発癌に関与していることが考えられた。そこで新規の分解標的癌抑制蛋白を同定し、子宮頚癌発生のメカニズムのさらなる解明を進めた。 【方法】hDlgの分解へのE6APの関与を検討するため、E6とE6APとの結合に関与していると考えられるE6のループ部分のアミノ酸18箇所を一つ一つ違うアミノ酸に変異させた18種類の変異導入E6蛋白を作った。18種類のE6ミュータントをin vitroでRIラベルして発現させ、E6APとの結合の有無およびhDlgの分解の有無を調べた。また、in vitroでのhDlg分解能がin vivoでも一致するかを調べるため、HPV negativeでhDlgの発現量が非常に少ない子宮頚癌細胞株であるC33aにhDlgと代表的ないくつかのmutant E6を導入し、WesternblottingにてhDlgの発現量を比較した。さらにE6陽性の子宮頚癌細胞株である,CaSKi,SiHa,HelaでE6もしくはE6APの発現をSiRNAにより抑制し、hDlgの発現量を検討した。 次に新規の分解標的癌抑制蛋白を細胞の抽出液からGST fusion E6を用いてpull down法にてE6の結合蛋白を単離した。ゲルから目的の蛋白のバンド部分を切り出し、PMF analysisにより、新規標的蛋白であるDBC-1(deleted in breast cancer-1)を同定した。また、DBC-1の分解がp53などと同様にubiquitin proteasome systemを介したE6-E6AP complexの分解標的蛋白であるかを検討するため。E6によるDBC-1の分解をin vitro,in vivoで調べた。また、16型や18型などのhigh-risk型およびlow-riskの6型E6蛋白とDBC-1との結合をpull down法にて解析した。E6APが存在するウサギ網状赤血球上清もしくはE6APが存在しない小麦胚芽をもちいて発現させたE6蛋白とDBC-1を反応させ、DBC-1の分解能をin vitroで解析し、E6APの関与を検討した。またin vitro ubiquitinationやHPV positiveのCaSki細胞にproteosome inhibitorを作用させてDBC-1の回復を確認し、ubiquitin proteasome systemの関与を検討した。 【結果と考察】E6のミュータントをE6APでpull downすると、ミュータントはE6APに結合するもの、弱い結合を示すもの、結合しないものに分けられた。さらにRIでラベリングしたp53やhDlg、hScribと各々のE6ミュータント、E6APを混ぜて反応させ、時間の経過とともにp53などが分解され少なくなっていくかどうかを調べた。ミュータントは3種類の癌抑制蛋白を分解するもの、3種類とも分解能が減弱しているもの、または3種類とも分解しないものに別れ、このグループ分けはE6APとの結合の強弱と一致した。また、in vivoでも、hDlgの分解能はin vitroの結果と一致した。さらにE6陽性の子宮頚癌細胞株でE6もしくはE6APの発現をSiRNAにより抑制すると、ともにhDlgの発現が増加した。この研究により、既存のp53やhScribに加え、hDlgの分解においてもE6APがubiquitin protein ligaseとして関与している可能性が示された。 E6による新規の分解標的癌抑制蛋白として乳癌細胞で高頻度に欠失が認められる8番染色体短腕21に存在するdbc-1(deleted in breast cancer 1)遺伝子産物であるDBC-1を同定した。 E6によるDBC-1の分解はin vitro, in vivo共に認められた。また、16型や18型などのhigh-risk型およびlow-riskの6型E6蛋白とDBC-1との結合をpull down法にて解析したところ、high-risk型E6とのみ結合するp53やhDlg, hScribなどとは異なり、DBC-1はlow-risk型とも弱い結合を示した。またDBC-1はE6APが存在するウサギ網状赤血球上清で発現させた場合のみE6蛋白により分解を受けた。またDBC-1がin vitro でユビキチン化を受けることも示された。さらにHPV陽性のCaSki細胞にproteasome inhibitorを作用させるとDBC-1の回復が確認された。これらの結果からDBC-1の分解にubiquitin proteasome systemの関与が示された。 この研究から、DBC-1はlow-riskのE6と弱く、high-riskのE6と強い結合能をもち、E6APをubiquitin protein ligaseとするubiquitin proteasome systemを介したHPV E6の新規分解ターゲット蛋白であることが示された。 現在DBC-1の機能についてはほとんど解明がなされていないが、DBC-1と同じ領域に存在し、高率に乳癌細胞で欠失が認められるDBC-2は癌抑制蛋白として細胞周期やアポトーシスなどに関与しているという報告がある。また、TNFなどのcaspase依存型のアポトーシスを細胞に誘導した際に、DBC-1のN末端部の核移行シグナルを含む部分が切断され、DBC-1は核から細胞質に移動しミトコンドリアに集積するという報告がある。 HPV E6によるDBC-1の分解と、子宮頸部発癌メカニズムとの関連を検討するためにC33a細胞の培養液にcaspase-9やcaspase-3依存型のアポトーシスを起こすエトポシドを添加してアポトーシス誘導型の細胞傷害を起こし、DBC-1の局在の変化を蛍光抗体染色法で解析した。エトポシドの添加によってもDBC-1は核内からミトコンドリアに集積することが明らかになった。Caspaseによるアポトーシスのシグナル伝達は多くの場合ミトコンドリアを介することなどから、DBC-1はcaspaseによる修飾でアポトーシス関連癌抑制蛋白としての機能が活性化されると考えられている。HPV E6癌蛋白およびE6APによるDBC-1の分解は、ミトコンドリアで起こるアポトーシス経路を阻害することで子宮頸癌の発生に関与している可能性が示された。 以上の研究から、子宮頚癌の原因であるHPVの発癌のプロセスにはE6癌蛋白による複数の癌抑制蛋白分解が重要な役割を担っており、E6は細胞内の蛋白分解システムであるubiquitin proteasome systemを利用してubiquitin protein ligaseであるE6APと標的蛋白と結合し、ターゲットを分解する。細胞周期やアポトーシス誘導に関与するp53、細胞の極性や構造維持に関わるhDlgやhScrib、アポトーシス実行のプロセスに関与するDBC-1など細胞、組織の恒常性を維持している様々な種類の重要蛋白を標的としていることが明らかとなった。 | |
審査要旨 | 本研究は子宮頚癌発癌の原因であるヒトパピローマウイルス(HPV)の癌蛋白であるE6が、発癌を促進するプロセスの一つとしてp53など複数の癌抑制蛋白を分解するメカニズムについて解析・検討したものであり、下記の結果を得ている。 1. p53やhuman scribble等の癌抑制蛋白分解に関わるubiquitin protein ligaseはE6APであることが明らかになっているが、分解標的蛋白の一つであるhDlgの分解に関わるubiquitin protein ligaseは明らかにされていなかった。本研究により、p53等の標的蛋白同様、hDlgの分解に関わるubiquitin protein ligaseはE6AP単独であることが示された。 2. 癌蛋白E6による新規の分解標的癌抑制蛋白として、乳癌細胞で高頻度に欠失が認められる8番染色体短腕21に存在するdbc-1(deleted in breast cancer 1)遺伝子産物であるDBC-1を同定した。E6によるDBC-1の分解はin vitro, in vivo共に認められ、p53等と同様にDBC-1の分解にはubiquitin proteasome systemの関与が示された。また、DBC-1の分解に関わるubiquitin protein ligaseもE6APであることが強く示唆された。 3. DBC-1はcaspaseによる修飾でアポトーシス関連癌抑制蛋白としての機能が活性化されると考えられており、本研究でもHPV陰性の癌細胞株にアポトーシス誘導型の細胞傷害を起こし、DBC-1の局在の変化を解析した。その結果HPV E6癌蛋白およびE6APによるDBC-1の分解は、ミトコンドリアで起こるアポトーシス経路を阻害することで子宮頸癌の発生に関与している可能性が示された。 以上、本論文は、子宮頚癌の原因であるHPVの発癌のプロセスにおいてE6が細胞内の蛋白分解システムであるubiquitin proteasome systemを利用してubiquitin protein ligaseであるE6APと標的蛋白と結合し、ターゲットを分解する機構のさらなる解明を進めた。本研究はhDlg分解に関与するubiquitin protein ligaseがE6AP単独であることを示し、アポトーシス実行のプロセスに関与するDBC-1を新規の分解標的蛋白として同定しており、ウイルスが原因となる発癌メカニズムの解明に貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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