学位論文要旨



No 122608
著者(漢字) 呂,洋
著者(英字) Lu,Yang
著者(カナ) ロ,ヨウ
標題(和) TSC-22の白血病細胞に対する増殖抑制及び分化促進効果
標題(洋) Overexpression of TSC-22 suppresses the growth and accelerates the differentiation of leukemia cell lines
報告番号 122608
報告番号 甲22608
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2904号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 客員教授 井上,聡
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 Fms-like tyrosine kinase 3(Flt3)は、クラスIII受容体型チロシンキナーゼファミリーに属し、主に骨髄系とリンパ系の前駆細胞に発現する。一方、そのリガンドであるFLは骨髄やその他の臓器に発現し、Flt3に結合することで造血細胞に増殖や生存のシグナルを伝達する.Flt3の活性化型変異は急性骨髄性白血病(AML)において最も高頻度(約30%)に認められる遺伝子変異で、膜貫通直下の傍膜領域におけるinternal tandem duplication(Flt3-ITD)とキナーゼ領域のactivation loopにおける点突然変異(Flt3-D835)に大別される。Flt3-ITDとFlt3-D835の変異はともにリガンド非依存的な活性化とそれに伴う異常増殖や抗アポトーシス作用を示し、白血病の発生・進展に関与していると考えられる。特に、Flt3-ITDはAMLの予後不良因子として知られているが、その機序は十分に解明されていない。我々は、Flt3-ITDおよびFlt3-D835をBa/F3細胞に強制発現することで誘導されるmRNAをマイクロアレイ解析で比較検討した結果、TGF-βの標的遺伝子であるTSC-22に注目した。なぜならば、Flt3-D835により増加するTSC-22の発現量がFlt3-ITDにより顕著に抑制されていたからである。TSC-22は様々な細胞の分化や増殖に関与することが示されているが、血球細胞における機能に関しては不明のままである。我々はTSC-22を白血病細胞に過剰発現させる実験系を利用し、TSC-22が白血病の発生・進展にどのように関与しているかを分子レベルで解明することを目的として本解析を行った。

【方法と結果】

 まず、血球細胞におけるFlt3の変異がマウスに及ぼす影響を確認するため、変異Flt3を導入したBa/F3細胞をマウスの尾静脈から注入し移植した。その結果、Flt3-ITD発現細胞が移植されたマウスは、8-9週の平均潜伏期を経て致死性の造血系疾患になった。一方、Flt3-D835発現細胞が移植されたマウスは、その60%に観察期間を通して異常が認められず、より長く生存することが示された。我々は、Flt3-ITDまたはFlt3-D835によって誘導される遺伝子発現パターンの違いの中に、白血病の表現型の相違を生み出す原因が存在するかもしれないと考え、Flt3-ITDまたはFlt3-D835を発現するBa/F3細胞のRNAを抽出してマイクロアレイ解析を行い、両者で大きく発現量の異なる複数の遺伝子を同定した。Flt3-D835により発現が増強する遺伝子の中に、TGF-βの標的遺伝子であるTSC-22が認められた。TSC-22がアポトーシスの誘導に関与する腫瘍抑制遺伝子であることは知られているが、造血細胞における機能は報告されていなかったので、次にTSC-22の発現量の調節と白血病の発生・進展がどのように関連するかを明らかにすることにした。

 最初に、Ba/F3と32D細胞株を使用して、real time RT-PCRとウェスタンブロットを行い、TSC-22のmRNAおよび蛋白質の発現量が、Flt3-ITD発現細胞と比較してFlt3-D835発現細胞において増強していることを確認した。Flt3の下流ではRas/ERKとSTAT5が強く活性化されるので、この二つの経路がTSC-22の発現にどのように関与するかを調べた。Ba/F3細胞に恒常的活性型STAT5A(STAT5A1*6)あるいは恒常的活性型H-Ras(H-RasG12V)を発現し同様の実験を行ったところ、TSC-22の発現量はSTAT5A1*6により抑制され、H-Ras-G12Vにより増加することが証明された。さらに、H-Rasあるいはc-Rafの発現をIPTGあるいはβ-エストラジオールにより誘導する系を利用して、TSC-22の発現量の変化を調べたところ、ERKの活性化に一致してTSC-22の発現量の増加が誘導された。これらの結果より、TSC-22の発現はRas/ERK経路の活性化により増加し、STAT5経路の活性化により抑制されることを示唆された。

 次に、TSC-22が細胞増殖に及ぼす影響を評価するために、TSC-22を白血病細胞株(32D、WEHI、U937)に導入し、コントロール細胞との比較を行った。その結果、TSC-22を過剰発現させると細胞増殖が有意に抑制されることがLuminescent Cell Viability分析により示された。また、TSC-22の発現量が抑制されているFlt3-ITD発現細胞にTSC-22を強制発現させるとその増殖が抑えられることも示された。

 また、細胞分化の停止は細胞増殖を促進させる白血病細胞の特徴の1つであるので、TSC-22が血球分化に及ぼす影響について調べた。G-CSFは骨髄系前駆細胞32Dの好中球への分化促進作用をもつことが知られているので、この実験系を最初に利用した。TSC-22の過剰発現は、好中球への分化に影響を及さなったが、32D細胞及びFlt3-ITDを発現する32D細胞は、TSC-22の強制発現によってプラスチックプレートに接着し、単球/マクロファージのようなspreadingを示した。FACSで検討した結果では、CD11bの発現レベルがわずかに増加した以外、その他の好中球または単球/マクロファージ表面マーカーやいくつかのインテグリンの発現レベルに変化は認められなかった。これらの結果は、TSC-22が好中球への分化には大きな影響を及ぼさないが、単球系への分化に関与している可能性を示唆していた。

 そこで、白血病細胞の単球への分化に、TSC-22が果たす役割を明確にするために、分化誘導試薬を使用した実験を試みた。PMAにより4日間の分化誘導処理を行うとU937細胞は単球系へ分化誘導するが、TSC-22を発現するU937細胞ではより著明な分化の促進とそれに伴う増殖の抑制が認められた。顕微鏡を用いたギムザ染色で、広い細胞質、低いN/C比、空胞形成を成熟単球の指標として評価したところ、TSC-22を発現するU937細胞はより早い成熟単球への分化を示し、FACS解析ではそれに呼応して、CD11b,CD14,CD80,HLA-DRの発現増強が認められた.また、PMAあるいはVit.D3によるHL-60細胞の単球様細胞への分化誘導に関しても、TSC-22は同様の分化促進効果を及した。これらの結果は、TSC-22の強制発現が分化促進薬と協調して白血病細胞を単球系へ分化させることを示している.

【考察】

 我々は現時点でTSC-22をノックダウンさせるsiRNAを作り出すことができなかったので、TSC-22の発現量低下が白血病細胞の増殖を促進させるかどうかに答えることは難しい。しかし、今回の実験結果からTSC-22の強制発現が比較的発現量の低い白血病細胞の増殖を抑えることは確かであり、その機序としては成熟単球への分化促進が一定の役割を演じていると考えられる。白血病の発生に対するTSC-22の影響を真に評価するためには、TSC-22ノックアウトマウスを作製し、その骨髄細胞にFlt3変異体を発現させ移植する実験が不可欠であると考えられる。今後、白血病患者の臨床検体を利用して、どのような種類の白血病でTSC-22の発現量が高いか、予後との相関はどうかを調べることが必要である。分化誘導療法はAPLに対するATRAのように白血病治療の重要な一角を担っている。近年の研究は、ATRAとG-CSFの併用がさらに白血病細胞の分化誘導を促進することを報告しているので、血球分化を促進する分子の同定と、さらにその分子の発現を誘導する薬の開発は、新しい白血病治療法を生み出すと考えられる。TSC-22は、新規の白血病抑制分子あるいは分化誘導分子である可能性を秘めており、さらなる研究が期待される。

【結論】

 TSC-22の発現は、Flt3-D835の下流、特にRas/ERKの活性化によって増強し、一方、STAT5Aの活性化により抑制される。TSC-22の強制発現は白血病細胞の増殖を抑える。特に、分化誘導試薬との組合せによって白血病細胞の単球系への分化が促進される。今後、TSC-22は白血病治療の新たな標的分子となる可能性を秘めている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、急性骨髄性白血病(AML)において最も高頻度に認められる遺伝子変異Flt3-ITDまたはFlt3-D835によって誘導される遺伝子発現パターンを明らかにするため、Ba/F3細胞に強制発現することで誘導されるmRNAをマイクロアレイ解析して、発現量の異なる遺伝子を同定し、その遺伝子の機能の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. 変異Flt3を導入したBa/F3細胞をマウスの尾静脈から注入し移植した。その結果、Flt3-ITD発現細胞が移植されたマウスは、8-9週の平均潜伏期を経て致死性の造血系疾患になった。一方、Flt3-D835発現細胞が移植されたマウスは、その60%に観察期間を通して異常が認められず、より長く生存することが示された。

2. Flt3-ITDまたはFlt3-D835を発現するBa/F3細胞のRNAを抽出してマイクロアレイ解析を行い、両者で大きく発現量の異なる複数の遺伝子を同定した。Flt3-D835により発現が増強する遺伝子の中に、TGF-βの標的遺伝子であるTSC-22が認められた。TSC-22がアポトーシスの誘導に関与する腫瘍抑制遺伝子であることは知られているが、造血細胞における機能は報告されていなかったので、TSC-22の発現量の調節と白血病の発生・進展がどのように関連するかを明らかにするため、その分子に着目し、機能解析を行った。

3. Ba/F3と32D細胞株を使用して、real time RT-PCRとウェスタンブロットを行い、TSC-22のmRNAおよび蛋白質の発現量が、Flt3-ITD発現細胞と比較してFlt3-D835発現細胞において増強していることを確認した。さらに、Flt3の下流ではRas/ERKとSTAT5が強く活性化されるので、この二つの経路がTSC-22の発現にどのように関与するかを調べたところ、TSC-22の発現量はSTAT5Aにより抑制され、Ras/ERKにより増加することが証明された。

4. TSC-22を白血病細胞株(32D、WEHI、U937)に導入し、細胞増殖を調べたところ、TSC-22を過剰発現させると細胞増殖が有意に抑制されることが示された。また、TSC-22の発現量が抑制されているFlt3-ITD発現細胞にTSC-22を強制発現させるとその増殖が抑えられることも示された。

5. 白血病細胞の単球への分化に、TSC-22が果たす役割を明確にするために、分化誘導試薬を使用した実験を試みた。PMAにより4日間の分化誘導処理を行うとU937細胞は単球系へ分化誘導するが、TSC-22を発現するU937細胞ではより著明な分化の促進とそれに伴う増殖の抑制が認められた。FACS解析ではそれに呼応して、CD11b,CD14,CD80,HLA-DRの発現増強が認められた.また、PMAあるいはVit.D3によるHL-60細胞の単球様細胞への分化誘導に関しても、TSC-22は同様の分化促進効果を及した。これらの結果は、TSC-22の強制発現が分化促進薬と協調して白血病細胞を単球系へ分化させることを示している.

 以上、本論文はFlt3-ITDおよびFlt3-D835をBa/F3細胞に強制発現することで誘導されるmRNAをマイクロアレイ解析で比較検討した結果、TSC-22の発現は、Flt3-D835の下流、特にRas/ERKにより増加することを明らかにした。また、TSC-22の強制発現は白血病細胞の増殖を抑えた。特に、分化誘導試薬との組合せによって白血病細胞の単球系への分化が促進された。本研究は、TSC-22の白血病細胞における機能を解明するとともに、白血病の新たな治療法の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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