学位論文要旨



No 122609
著者(漢字) 坪野,洋平
著者(英字)
著者(カナ) ツボノ,ヨウヘイ
標題(和) 線虫のMAPK kinaseのホモログであるSEK-1は酸化ストレスによって、カスパーゼ3のホモログであるCED-3を介してAKT-1を制御する
標題(洋) Caenorhabditis elegans SEK-1 MAPK kinase regulates AKT-1 through CED-3 by oxidative stress
報告番号 122609
報告番号 甲22609
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2905号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 客員教授 井上,聡
 東京大学 助教授 中田,隆夫
 東京大学 講師 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

p38 MAPKは様々なストレス、シグナルに反応して、炎症性サイトカイン産生、細胞の分化、アポトーシスなどに関与する。MAPKはERK,JNK,p38の3つに大きく分類される。p38を特異的に活性化するMAPK kinaseとしてMKK3,6が知られている。MKK3,6の線虫のホモログがSEK-1であり、線虫では免役系や発生過程に関与することが分かっている。

 インスリンシグナルは、インスリン/IGF-1がレセプターに結合することによって、PI3 kinase,AKTが次々にリン酸化され活性化する。AKTがその下流のforkhead transcription factorをリン酸化し不活化する。forkhead transcription factorは細胞周期抑制、アポトーシス誘導、肝臓における糖新生などに関与する蛋白の転写を促進する。線虫におけるインスリンシグナルは、寿命や耐性幼虫の形成に深く関与している。また、線虫のforkhead transcription factorのホモログはDAF-16であり、DAF-16は飢餓や熱、酸化ストレスなどに反応して核内に移行する。

 パラコートは細胞に吸収されると強力に活性酸素を誘導して細胞破壊をもたらす製剤である。DAF-16はパラコートの一定時間の刺激にも反応して核内へ移行する。ただ、SEK-1の変異体ではこのDAF-16の核内移行が見られず、SEK-1がパラコートによる酸化ストレスに関与し、インスリンシグナルを抑制する可能性が示唆されたが、この機序は明らかにされていない。

 哺乳類においては培養細胞を用いた過去の実験において、酸化ストレスによってp38 MAPK kinaseが活性化し、その結果としてカスパーゼ3が活性化することが分かっている。また、別の文献ではカスパーゼ3がAKTを基質として分解することが報告されている。これらの報告をもとに線虫においてパラコートの酸化ストレス刺激によってSEK-1が活性化し、線虫のカスパーゼ3のホモログであるCED-3が活性化することにより、AKT-1が分解され結果としてDAF-16が核内移行するという仮説をたてた。

 CED-3の変異体ではSEK-1の変異体と同じくパラコート刺激によってDAF-16の核内移行が見られなかった。また、AKT-1::GFP発現ベクターを作製し、パラコート刺激したところ、N2、JNK-1変異体ではAKT-1の発現低下がみられたのに対し、SEK-1,CED-3変異体ではAKT-1の発現に変化はなかった。以上のことよりパラコートによるDAF-16の核内移行はSEK-1,CED-3が関与し、AKT-1の発現低下によっておこることが分かった。

 また、SEK-1の活性化による変化をみるためにSEK-1過剰発現トランスジェニック線虫を作製した。すると、SEK-1の過剰発現により、DAF-16/forkhead transcription factorによって転写が促進されると考えられる CKI-1/p27,EGL-1/Bimなどの細胞周期抑制やアポトーシス誘導に関与する遺伝子の転写増加が認められた。また、SEK-1の過剰発現により卵のアポトーシス細胞の増加も認められ、この結果はSEK-1を介するインスリンシグナルの抑制の可能性を示唆した。

 インスリンシグナルは生物の生存、成長、癌化などに重要な役割を果たしており、一方、MAPKは様々なストレスに反応し、ストレスに抵抗する蛋白の活性化や、ときにはアポトーシスを誘導し細胞死へと導く。細胞の生と死という生物にとって必須な機能に深く関与した上記の二つの経路の相互作用の一部を今回、 線虫を使ったin vivoの実験によって示したことは、今後、マウスなどの哺乳動物を使った研究につながり、さらにはヒトにおける老化、癌の治療などの研究の進歩につながるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は線虫を用いて、パラコートによる酸化ストレスによってSEK-1/MAPK kinaseを介してインスリンシグナルを抑制し、DAF-16/forkhead transcription factorが核内に移行するメカニズムを、それらの経路に関係すると思われる蛋白をノックアウトした線虫にDAF-16やAKT-1とGFPの融合蛋白を発現させて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. DAF-16::GFP融合蛋白の発現ベクターを線虫にインジェクションし、体内で発現させ、0.3mMパラコートで約4時間刺激したときの反応を蛍光顕微鏡で観察した。N2(wild-type)やJNK-1などの変異体では刺激後4時間後にDAF-16が核内へ移行するのが観察された。一方、SEK-1とCED-3の変異体においてはDAF-16の核内移行は見られなかった。よって、パラコート刺激によるDAF-16の核内移行にはSEK-1とCED-3が関与することが示された。

2. AKT-1::GFP融合蛋白発現ベクターを線虫のゲノムDNAからクローニングして、各変異体にインジェクションし発現させ、上記と同様な実験を行ったところ、N2とJNK-1の変異体においてはパラコート刺激によってAKT-1の発現低下が認められたが、一方SEK-1とCED-3の変異体においてはAKT-1の発現に変化は見られなかった。パラコート刺激によるDAF-16の核内移行にはその上流にあるAKT-1の蛋白の発現低下が関与していることが示された。

3. 線虫の全身で強く発現し続けるlet-858 蛋白のpromotorの下流にSEK-1 cDNAをつなげたベクターをつくり、それをインジェクションし、SEK-1を過剰発現するトランスジェニック線虫を作製した。SEK-1の過剰発現により、forhead transcription factorの下流で転写が促進されるp27,Bimの線虫のホモログであるCKI-1,EGL-1遺伝子の転写の増加が認められた。

4. SEK-1の過剰発現によって、線虫の成長の抑制と卵におけるアポトーシス細胞の増加が認められ、SEK-1の下流ではアポトーシスや成長を抑制する蛋白の活性化の関与が考えられた。

以上、本論文は線虫を用いて、SEK-1のパラコートを用いた酸化ストレスによって、CED-3、AKT-1が関与することによって、DAF-16が核内移行する可能性を示した。また、in vivoにおいてSEK-1が成長抑制や、アポトーシス誘導に関係する可能性も示した。インスリンシグナルは細胞の成長、老化、癌化などに深く関わっていることがわかっており、本研究はin vivoでインスリンシグナルとMAPKの相互作用の一部を示したことにより、今後、マウスなどの哺乳動物を使った研究、さらにはヒトにおける老化や癌治療の研究に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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