学位論文要旨



No 122611
著者(漢字) 山本,晃太
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,コウタ
標題(和) 下肢虚血患者における運動負荷法としてのPlantar Flexion法導入についての検討
標題(洋)
報告番号 122611
報告番号 甲22611
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2907号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 師田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 近年、下肢の症状を主訴に血管外科へ来院する末梢動脈疾患患者は増加している。その様な流れの中で検査および治療において患者の負担を可能な限り軽くすることは今後の大きな課題となっている。

 閉塞性動脈硬化症(Arteriosclerosis obliterans:ASO)患者においては、現在でも侵襲的な血管撮影などは手術前に必要不可欠な検査である反面、画像診断のみでは本来考慮すべき機能の客観的評価はできていない。また、機能評価の結果などからこれら侵襲的検査が不要と判断されることもある。これらの点から、低侵襲であり機能評価も可能である検査を侵襲的検査前に施行することが現在の主流となっている。

 安静時には症状はなく、歩行などの下肢への負荷があって初めて症状が出現するような間欠性跛行を訴えるASO患者の機能評価の際は、運動負荷のもと各種検査を行うことがより正確である。トレッドミル検査(Treadmill test:TM)はもっとも汎用されている負荷検査である。その利点は歩行運動をそのまま応用しているため間欠性跛行をもっとも忠実に再現できる点である。

 このように低侵襲検査の中心にあるTMであるがその短所としては、(1)循環器系への負荷(2)普通の歩行ができなければこの検査ができないということがある。これらの背景を元に本研究では新たな負荷装置としての足底屈運動(Plantar Flexion:PF)に着目した。PFは足底の屈伸運動をすることで下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)を収縮させている。下腿三頭筋はもっとも跛行症状の出やすい部位であり、歩行サイクルでもっとも重要な筋の一つである。これらの事実より下腿三頭筋の収縮運動であるPFによる症状は歩行の時の症状と類似することが推測された。また、PF装置は仰臥位がとれれば施行可能であることも利点と考えられた。従って、本研究はPFの血管外科領域における新たな負荷検査としての導入の適否を検討することを目的とした。

【対象】

 2005年11月より2006年8月までに下腿の間欠性跛行を主訴に東京大学血管外科を受診し、精査目的に入院したASO患者を対象とした。また、除外基準としては、(1)下腿以外の部位に跛行症状を認める(2)整形外科医に脊柱管狭窄と診断されていることとした。

【方法】

 対象患者は入院中にPFとTMを各2回施行した。これらは全て異なる日に行われ、検査時刻も午後3時から4時の間と設定された。

(1)Plantar Flexionプロトコール

 膝関節以下は足関節以外を固定し、各負荷は体重の10%とした。ピッチは2秒踏み込み、2秒かけた脱力の15Hzとした。運動開始後に下腿三頭筋に痛みやだるさなどの違和感を患者が自発的に感じた際には、この時点を跛行出現時間(pain-free exercise time:PET)とした。痛みでこれ以上続行できない場合にはこの時点を最大運動時間(maximum exercise time:MET)として記録した。

(2)トレッドミル プロトコール

 時速2.4km、傾斜12%で設定した。PF同様に患者が下腿に痛み等を訴えた際には跛行出現距離(pain-free walking distance:PWT)とし、更に歩行を続けてもらいこれ以上の歩行が不可能と訴えた時点を最大歩行距離(maximum walking distance:MWT)とした。

(3)モニター項目

・足関節血圧変化

 各運動の1回目においては運動前後における足関節血圧を測定し、変化を「(運動前足関節血圧-運動後足関節血圧)/運動前足関節血圧*100」と定めた。

・近赤外線分光法モニター

 各運動の2回目は近赤外線分光法モニターを用いた虚血評価を行った。プローベを下腿後面に装着し、両側腓腹筋の酸素化状況の測定を試みた。近赤外線分光法にて(a)組織酸素飽和度(SdO2)(b)回復時間(Recovery time:RT)を測定した。

・循環動態

 各1回目の運動の際に血圧・脈拍を測定・記録、これらの積をRate pressure product(RPP)とした。

(4)分析法

・信頼性

 各運動において1回目と2回目のPET、MET、PWD、MWDを比較し、Cronbachのαを算出した。α値は0.8以上を信頼性が高いと判断した。

・相関性

 PFおよびTMの各パラメータにおけるSpearmanの順位相関係数を算出した。

・優位性

 RPPの平均値をWilcoxon検定で比較した。

【結果】

 対象は27人であった。TMでは9人において2回とも息切れが観察され、2人に胸部不快感が認められた。胸部不快の2人はこれを理由に運動を中止した。PFにおいては下腿の跛行症状以外は認められなかった。

 信頼度の比較では、PWD、MWD、METにおいてCronbachのα値は非常に高い値を示したが、PETは0.66とやや低かった。

 足関節血圧の変化で相関係数は0.49(p=0.0004)であった。近赤外分光法モニターのにおける組織酸素飽和度の相関係数は0.41(p=0.00027)、回復時間の相関係数は0.50(p<0.0001)であった。

 患者の主観的要素で、PETとPWDの相関係数は0.56(p=0.0044)であった。

 血圧・脈拍数・RPPの比較では運動前はPFとTM間に差はなかったが、運動後ではTMがPFよりも有意に高かった。また各運動ごとの運動前後の比較では、TMでは有意なRPPの増加を認められたのに対し、PFでは有意な変化が認められなかった。

【考察】

 新しい検査や治療を導入する際には以下の項目を満たす必要がある

(1) 信頼性

 どんなにその内容が優れていても同一条件にて再現性が乏しければ一般化することが難しいと考えられる。PFの跛行出現時間(PET:Cronbach α=0.66)を除いて概ね良好な信頼性と思われた。PETの信頼性が悪い理由としては跛行という現症が突然出現するものではなく、ある時間の範囲をもって痛みを自覚するためにこの範囲内でのばらつきがあったと思われた。逆に最大運動時間はそれ以上がんばることができないことよりおこるためその範囲は狭いものと考えられ、そのためPFの最大運動時間(MET:0.90)は良好な信頼度を示している。

(2) 相関性

 TMの利点は虚血肢であれば確実に虚血を誘発する点であり、これらの点をPFも持ち合わせるべきである。比較項目としては主観的要素である跛行出現時間(距離)と最大運動時間(歩行距離)を、客観的要素としては足関節血圧変化および近赤外線分光法モニターについて検討した。結果としては全ての項目において、対側肢を含めても概ねよい相関が得られたと考えられた。以上よりPFはTMとその長所である虚血の誘発という点においてはよい相関性が得られたと思われた。

(3) 優位性

 TMの短所である他臓器負荷および対象制限をPFは克服すべきである。主観的な観点から見るとTMでは胸部不快感が2名、息切れが9名の合計11名にみられたのに対し、PFでは皆無であった。客観的な循環器系指標に関してもPFが有意であった。さらにRPPに関してはTMと比較して優位であったのみならず、PFにおいては運動前後で差がなかった。すなわち心負荷がほぼ無いと考えられた。

【結論】

 Plantar flexion法を閉塞性動脈硬化症の症例においてその虚血を評価する際の負荷装置として、その安全性および信頼性は高く、また虚血を正確に誘発する点から今後の血管外科における低侵襲検査における負荷装置としての有用性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では閉塞性動脈硬化症患者に対する低侵襲検査のトレッドミル(TM)負荷装置の代用としてのPlantar flexion(PF)装置の有用性を明らかにするため、健常者および間欠性跛行患者に対し両負荷装置を使用し、以下の結果を得ている。

0.プロトコールの作成

 健常者における試行の結果、荷重は体重の10%、ピッチは2秒踏み込み2秒脱力とすることが本実験を行うにあたっての適切なプロトコールと考えられた。

1.信頼性

 PFおよびTMの各2回の運動において、それぞれの跛行出現時間・距離と最大運動時間・距離を比較した。PFの跛行出現時間を除いて概ね良好な信頼性と思われた。

2.相関性

 相関性の検定ではTM負荷において測定される虚血の指標に着目した。比較項目としては主観的要素としては跛行出現時間(距離)と最大運動時間(歩行距離)を、客観的要素としては足関節血圧変化および近赤外線分光法モニターについて検討した。全ての項目において、対側肢を含めても概ねよい相関が得られたと考えられる。これによりPFはTMとその長所である虚血の誘発という点においてはよい相関性が得られたと思われた。

3.優位性

 最後にTMの短所との比較を試みた。主観的な観点から見るとTMでは胸部不快感が2名、息切れが9名の合計11名にみられたのに対し、PFでは皆無であった。客観的な指標であるRate pressure product(RPP)に関してもPFが有意であった。ただし、RPPに関してはTMと比較して優位であったのみならず、PFにおいては運動前後で差がなかった。すなわち心負荷がPFではほとんど無いと考えられた。

 以上、血管外科領域においてはまだ応用されていないPlantar flexion法を閉塞性動脈硬化症の症例において、その虚血を評価する際の負荷装置として提示した。他の負荷装置と比較し、その安全性および信頼性は高く、また虚血を正確に誘発する点から今後の血管外科における低侵襲検査における負荷装置としての有用性が示唆された。これらの結果によりPFはTMの代用負荷検査として妥当であると思われ、今後の血管外科領域の低侵襲検査の発展に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク