学位論文要旨



No 122612
著者(漢字) 有田,淳一
著者(英字)
著者(カナ) アリタ,ジュンイチ
標題(和) ラジオ波凝固装置の肝切除術中出血量への効果を検討するための無作為比較臨床試験
標題(洋) Randomized clinical trial of the effect of a saline-linked radiofrequency coagulator on blood loss during hepatic resection
報告番号 122612
報告番号 甲22612
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2908号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 講師 別宮,好文
 東京大学 講師 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 肝切除術はこの10〜20年間に飛躍的な進歩を遂げたが、肝離断の方法も例外ではなく、何種類もの方法が開発されてきた。

 肝切除術において出血量は患者の短期予後にも長期予後にも影響を与える。しかしながら、各肝離断法における肝切除術中出血量の比較化試験の報告は少数しか存在せず、同じ肝離断法に関しても報告により結果が異なっているため、術中出血量を減少させる最も優れた肝離断法は未だ確立されていないと言ってよい。

 近年肝切除術用に開発されたDissecting sealer(DS 3.0〓;Tissue Link社)は生理食塩水を併用したラジオ波凝固装置である。組織を水の沸点である100℃に保つことでコラーゲンを収縮させ、肝内脈管を安定的に閉鎖させるため、安定した止血効果が期待される。

 これまでに肝切除術における本機器の出血量減少効果を謳った報告が2つあるが、2つとも対象症例数が少なく、無作為比較化していない。今回われわれは本機器の肝切除術における出血量減少効果を検討するために無作為比較化臨床試験を行なったのでここに報告する。

対象と方法

 肝悪性腫瘍に対して東京大学医学部附属病院において肝切除を行なった全患者を本試験登録候補とした。本試験プロトコールは東京大学医学部附属病院倫理委員会により承認を受けた。手術室で患者を全身麻酔下に開腹し、腫瘍が切除可能であることを確認した後にDS群あるいはCC群のいずれかに無作為に割り付ける。無作為化は層別最小化法により行なった。

 DS群では肝離断をDissecting sealerを用いて行なう。本機器のハンドピースは図の如く出力ボタンがついたスティック型の形状で、通常の電気メス出力本体に接続する。肝離断に際してはDissecting sealerの先端を肝実質に接して予定肝離断面に沿って往復移動させ、白色凝固した肝実質を鉗子などで切離する。

 CC群ではペアン鉗子で予定肝離断面上の肝実質を挫滅・破砕し、破砕した肝実質を吸引した後に脈管が確認できるときにはこれを結紮切離あるいは電気メスで凝固した後に切離する。

 本研究のPrimary endpointは肝離断中出血量とし、術中総出血量と単位肝離断面積当たり出血量(ml/cm2)も測定する。Secondary endpointは肝離断時間、肝離断速度(cm2/min)、術中赤血球輸血量、術後3日目の血清GOT値・総ビリルビン値、術後7日目のドレーン排液総ビリルビン値、入院期間、胆汁漏の有無、胆汁漏以外の術後合併症の有無とする。Primary endpointである肝離断中出血量について、α誤差を5%、検出力を80%として両群間で200mlの差を検出するために各群40症例(計80症例)を予定した。

 肝離断法の術中総出血量に対する影響を推測するための多変量解析を行なった。出血量に影響することが知られている年齢、肝切除回数、ICG停滞率15分値、Child-Pugh分類、切除個所数、開胸の有無、術者、多量肝切除の有無、肝流入血遮断法で補正したロジスティック回帰モデルを作成し、Dissecting sealer使用が術中総出血量800ml以上であることに対するオッズ比の推定値と95%信頼区間ならびに尤度比検定によるP値を算出した。

結果

2003年10月17日から2004年4月26日に当院で肝悪性腫瘍に対して肝切除術を行なった患者は全部で94人であった。この内14人の患者が本試験の対象から除外され、80人をDS群とCC群に各々40人割り付けた。疾患、肝機能を含め、各患者背景因子について、両群間に統計学的有意差を認めなかった。

 術中観察項目は表1のごとくであった。各出血量測定項目について両群間に統計学的有意差を認めなかった。肝離断時間と肝離断速度についても両群間に統計学的有意差を認めなかった。

 各術後観察項目について両群間に統計学的有意差を認めなかった。周術期死亡は両群とも認めなかった。

 多変量解析の結果、多量出血に対するDissecting sealerの相関性は証明されなかった。作成したロジスティック回帰モデルにおいて、多量肝切除、複数個所切除、有開胸が独立して有意に多量出血に相関することが示された(表2)。

考察

 今回われわれの行なった無作為比較化臨床試験において、Dissecting sealerの出血量減少効果は証明されなかった。Secondary endpointに挙げた各観察項目においてもDS群とCC群の間に統計学的有意差を見出さなかった。したがって、本試験の結果から、肝切除術においてDissecting sealerは従来のペアン破砕法に比べて臨床的に優位である点は見出されなかったと言える。

 本試験に先立ってDissecting sealerと同種の生理食塩水併用ラジオ波凝固装置を肝切除に用いた論文が2つ報告されており、各々肝離断中出血量が200ml前後と少量であったと報告している。

 上述の2つの報告と本試験の結果が異なった理由の一つとして、試験デザインの相違が挙げられるが、本研究は無作為比較化試験であるため最も信頼できる。他の理由の一つとして、機器を使用する技術的な差異が挙げられる。

 サンプルサイズをさらに大きくすれば、本研究で得られた両群間の160mlという出血量の差が統計学的検定で有意であると認識されたかもしれない。しかし、本研究では臨床的有用性を実証するためには少なくとも200mlの出血量の差が必要であると考えて設定ので結論は動かない。異なる出血量の差を検出するためには、新たな無作為比較化臨床試験が必要である。

 多変量解析の結果からもDissecting sealerが多量出血の減少に寄与する証拠は得られなかった。多変量解析の結果、術式・複数切除個所数・有開胸が独立して多量出血と相関したが、三因子とも術式の困難さという観点で共通していた。

表1.術中観察項目

数値は中央値(範囲);*数値は人数(%).†Mann-WhitneyのU検定.‡Fisherの正確確立検定.

表2.多量出血に関する多変量解析

*尤度比検定

審査要旨 要旨を表示する

 肝切除を受ける患者の長期予後、短期予後ともに、術中出血量が影響することが知られている。本研究は、新しく開発された肝切除用機器Dissecting sealerが肝切除術中出血量に与える影響を検討するため、肝切除80症例を対象に無作為比較化臨床試験を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1.肝腫瘍に対して肝切除を行なう80人の患者をDissecting sealerを用いるDS群40人と従来から用いられているペアン破砕法を用いるCC群40人とに無作為に振り分けて手術を行なったところ、全ての患者背景因子に関して両群に統計学的有意差を認めず、肝離断中出血量はDS群373mlに対してCC群535ml(P=0.252)、術中総出血量はDS群665mlに対してCC群733ml(P=0.450)、単位肝離断面積当たり出血量はDS群5.3ml/cm2に対してCC群7.0 ml/cm2(P=0.187)と各出血量測定項目について両群間に統計学的有意差を認めなかった(代表値は全て中央値)。また、輸血頻度(P=0.494)にも統計学的有意差を認めなかった。すなわち、本機器の使用による出血量の減少効果は証明されなかった。

2.術中観察項目として肝離断時間(P=0.740)、肝離断速度(P=0.777)、また、術後観察項目として術後3日目GOT値(P=0.091)の各々において両群間に統計学的有意差を認めず、本試験以前に行なわれた他試験の報告と異なる結果が得られた。

3.術後観察項目として、術後7日目ドレーン排液総ビリルビン値(P=0.187)、胆汁漏の有無(P=1.000)において両群間に統計学的有意差を認めず、胆汁漏防止効果は証明されなかった。

4.術後観察項目として、術後3日目総ビリルビン値(P=0.171)、入院期間(P=0.940)、胆汁漏以外の術後合併症の有無(P=1.000)において両群間に統計学的有意差を認めなかった。周術期死亡は両群とも認めなかった。

5.Dissecting sealerの術中総出血量に対する影響を推測するために作成したロジスティック回帰モデルにおいて、Dissecting sealer使用の多量出血(800m以上)に対する推定オッズ比は1.17、95%信頼区間は0.39〜3.53であり、相関性は証明されなかった。なお、多量肝切除(P=0.011)、複数個所切除(P=0.017)、有開胸(P=0.045)の3項目が有意に多量出血に相関することが示された。

 以上、本論文は新しい機器Dissecting sealerが肝切除術において出血量減少に寄与しないことをより無作為比較化臨床試験を行なって証明した。肝切除術を受ける患者の予後に大きな影響を与える出血量において、これまで優れていることが示唆されていた本機器が、従来行なわれてきたペアン破砕法に対して優位でないことを、エビデンスレベルの高い手法を用いて示した本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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