学位論文要旨



No 122613
著者(漢字) 石崎,秀信
著者(英字)
著者(カナ) イシザキ,ヒデノブ
標題(和) Human vascular endothelial growth factor receptor 1由来エピトープペプチドを用いた抗腫瘍新生血管ワクチン療法の基礎的検討
標題(洋)
報告番号 122613
報告番号 甲22613
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2909号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 助教授 後藤,典子
 東京大学 助教授 垣見,和宏
 東京大学 講師 別宮,好文
 東京大学 講師 佐伯,秀久
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の背景と目的

 近年、腫瘍関連抗原(TAA)遺伝子が同定されるに従い、TAAを標的とした特異的癌免疫療法が開発され臨床応用が進んでいる。とりわけ、腫瘍特異的CD8陽性T細胞を生体内で惹起させるがんワクチン療法が注目されている。これは、TAA由来の9個や10個のアミノ酸残基からなるペプチドがHLA Class I分子上に提示され、T細胞受容体を介してT細胞を活性化し、腫瘍特異的細胞障害性T細胞(Cytotoxic T Lymphocyte;CTL)を誘導する機序が解明されたことによる。現在、種々のTAAや個々のHLA分子に拘束性を示すエピトープペプチドの同定が精力的に進んでいる。これらのペプチドを用いたがんワクチン療法の臨床試験の結果から、担癌患者の生体内でCTLが誘導できることがわかり、一部の症例では臨床効果が得られたという報告もある。しかし、腫瘍細胞におけるHLA Class I分子の発現低下や消失、さらに標的分子の欠落などの問題点も明らかになり、その臨床的な有効性も問題となってきた。一方で腫瘍組織に存在する腫瘍新生血管内皮細胞は腫瘍細胞と比較して個々の細胞が均一であり、HLA Class I分子が安定していることが明らかとなってきた。またTAAを標的としたペプチドワクチン療法においてはその癌腫のみを標的とする特異性が生じるが、腫瘍新生血管内皮細胞を標的とした場合には癌腫を問わず共通であるため全ての癌腫を網羅できることになる。

 我々は、これらの問題点を解決するために標的細胞を腫瘍ではなく腫瘍新生血管における内皮細胞としたがんワクチン療法の開発に取り組んできた。腫瘍新生血管内皮細胞においては血管内皮細胞増殖因子(Vascular endothelial growth factor;VEGF)のレセプターが強発現しており、内皮細胞の増殖に強く関与すると考えられているVEGF receptor 2(VEGFR2)を標的としたがんワクチン療法の有用性を既に報告している。一方で、腫瘍新生血管内皮細胞ではVEGF receptor 1(VEGFR1)も強発現しており、近年腫瘍血管新生におけるVEGFR1の重要性が注目されている。VEGFR1を標的としたワクチン療法の報告は未だなく、本研究ではVEGFR1を標的としたがんワクチン療法の有用性について基礎的解析を施行した。

2. 研究方法

 VEGFR1の免疫原性をそのエピト−プペプチドを決定することにより証明した。VEGFR1由来でHLA-A*0201、HLA-A*2402それぞれに結合する可能性のあるエピト−プ候補ペプチドを各々20種類ずつ合成した。

 臨床応用を前提としたanimal modelの検討のため、in vivoにおけるワクチン効果の解析は、C57BL/6(H-2b)由来で、そのClass Iのα1、α2ドメインをHLA-A*0201に置換したA2/Kbトランスジェニックマウス(A2/Kb TGM)を用いて行った。このA2/Kb TGMにヒトと同じシークエンスを持つエピト−プ候補ペプチドをワクチンすることによりHLA-A*0201拘束性のCTLを誘導することができ、誘導されたCTLはVEGFR1を強発現する腫瘍新生血管内皮細胞を認識しこれを傷害することによって腫瘍血管新生抑制効果を発揮する。腫瘍モデルにおいては、移植された同系マウス腫瘍細胞はHLAを発現していないため認識されることはなく、腫瘍血管新生抑制効果によって抗腫瘍効果を発揮するものであり、HLA分子の発現のない腫瘍細胞に対するペプチドワクチン療法の抗腫瘍効果を評価できるモデルとなっている。

 まずHLA-A*0201拘束性のエピトープ候補ペプチドをワクチンすることによりペプチド特異的CTLの誘導能の検討を行った。

 同定されたHLA-A*0201拘束性のエピトープ候補ペプチドはヒトでも同様にCTLが誘導しうるかどうかをHLA-A*0201陽性の健常人末梢血単核球を用いて検討した。末梢血単核球由来樹状細胞にペプチドをパルスし、CD8陽性T細胞と共培養して20日後に細胞傷害活性を解析した。活性を認めたものは、限界希釈法にてCTLクローンを樹立した。

 同定されたHLA-A*0201拘束性のエピトープ候補ペプチドは更にA2/Kb TGMを用いてin vivoでの新生血管抑制効果の検討、皮下腫瘍モデル及び肺転移モデルにおける抗腫瘍効果の検討、またワクチン効果における有害事象の検討を行った。更により強い抗腫瘍効果を得るため、既に同定しているVEGFR2由来のエピト−プペプチドを併用したワクチン効果の検討を行った。

 HLA-A*2402拘束性のエピトープ候補ペプチドに関してはHLA-A*2402陽性の健常人末梢血単核球を用いて免疫原性の検討を行った。HLA-A*0201と同様の手法でペプチド特異的CTLクローンを樹立し、更に内因性にVEGFR1を発現する標的細胞に対する細胞傷害活性を検討し、エピトープペプチドを同定した。更に、臨床応用を目的として癌患者におけるエピトープペプチドに対する免疫活性をHLA-A*2402陽性の悪性黒色腫の患者の末梢血を使用して解析した。

3. 結果と考察

 A2/Kb TGMにHLA-A*0201拘束性のエピトープ候補ペプチドをワクチンすることにより3種類のペプチドにおいてペプチド特異的にIFN-γの産生と細胞傷害活性を示すCTLを誘導することが明らかとなった。

 このうち2種類のペプチドにおいて、HLA-A*0201陽性の健常人末梢血単核球からペプチドをパルスした標的細胞に対して強い細胞傷害活性を示すCTLクローンを樹立した。

 この2種類のペプチドをA2/Kb TGMにワクチンすることにより、背部皮下法(Dorsal air sac assay)にて有意な腫瘍新生血管の抑制効果が証明できた。

 抗腫瘍効果の解析では、皮下腫瘍の治療モデルにおいて異なる3種類の癌腫の腫瘍細胞株に対して有意な腫瘍増殖抑制効果を認めた。また、肺転移の治療モデルにおいても同様に有意な抑制効果を認めた。更にVEGFR2由来のエピト−プペプチドワクチンを併用することにより、VEGFR1およびVEGFR2単独よりも有意な抗腫瘍効果の増強を認めた。

 有害事象の検討では、VEGFR2を標的とした血管新生に対するワクチン療法で報告されているものに準じて創傷治癒および妊娠反応に関して検討を行ったが、明らかな有害事象は認めなかった。また、VEGFR1は造血幹細胞にも発現していることが報告されているが、ワクチンを施行されたマウスにおいて骨髄細胞数および末梢血の白血球数に減少を認めず、造血系には影響ないものと考えられた。

 HLA-A*2402拘束性のエピト−プ候補ペプチドの中から1種類において、ペプチド特異的に強い細胞傷害活性を示すCTLクローンを樹立した。このCTLクローンは、ペプチドをパルスした標的細胞に対して強い細胞傷害活性を示すだけでなく、VEGFR1を内因性に発現する標的細胞に対しても強い細胞傷害活性を示すことが明らかとなりエピト−プペプチドであることが同定された。

 更にHLA-A*2402陽性の癌患者末梢血単核球を用いた解析では、同定したエピトープペプチドに反応するCTL が癌患者にも存在することが証明された。

4. 結語

 VEGFR1には細胞性免疫反応の標的となるエピトープペプチドが存在し、これを用いることにより今日のがんペプチドワクチン療法の問題点を克服し、さらに複数の癌種を標的としうる腫瘍新生血管ワクチン療法の新しいターゲットとなりうる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、腫瘍新生血管を標的とする新たな治療法として腫瘍新生血管内皮細胞上に強発現するVascular Endothelial Growth Factor Receptor 1(VEGFR1)を抗原とした抗腫瘍新生血管ワクチン療法について基礎的検討を行い、以下の結果を得ている。

1.HLA拘束性エピト−プペプチドの同定のため、日本人の約20%を占めるHLA-A*0201および約60%を占めるHLA-A*2402においてHLA class I分子に結合能の高い順にヒトVEGFR1蛋白由来エピト−プ候補ペプチドを予測し合成した。

2.MHC class I分子のα1ドメインとα2ドメインをヒトのHLA-A*0201に置換させたA2/Kbトランスジェニックマウスを用いて、ヒトVEGFR1由来のHLA-A*0201拘束性エピトープ候補ペプチドをワクチンすることによりペプチド特異的CTLの誘導能をスクリーニングした。その結果、3種類のペプチドで特異的CTLを誘導することができた。

3.in vivoのスクリーニングにより同定した3種類のペプチドのうち、2種類のペプチドでHLA-A*0201陽性の健常人末梢血単核球からCTLクローンが樹立できた。

4.HLA-A*2402陽性の健常人末梢血単核球から1種類のペプチドでCTLクローンが樹立できた。このCTLクローンは内因性にVEGFR1を発現する標的細胞に対してHLA class I拘束性に細胞傷害活性を示したことから、HLA-A*2402拘束性のエピト−プペプチドであることが同定された。

5.ヒトにおいてペプチド特異的CTLクローンを樹立できた2種類のペプチドをA2/Kbトランスジェニックマウスにワクチンすることにより、背部皮下法において腫瘍新生血管を有意に抑制した。

6.この2種類のペプチドをA2/Kbトランスジェニックマウスにワクチンすることにより、皮下腫瘍治療モデルでは癌腫によらず有意な腫瘍増殖抑制効果を認め、肺転移治療モデルにおいても有意な抑制効果を認めた。更に、VEGFR1由来およびVEGFR2由来エピトープペプチドを併用したワクチンにより抗腫瘍効果の増強が認められた。

7.VEGFR1を標的としたペプチドワクチンによる明らかな有害事象は認めなかった。

8.がん患者においてもVEGFR1由来エピトープペプチドに反応するCTLが存在することが証明された。

 以上本論文は、VEGFR1のエピトープペプチドを同定することによりその免疫原性を証明した。また、がん患者においても特異的CTLが誘導されることが証明されたことから、複数の癌腫に対して臨床応用が可能であり、更にVEGFR2由来エピトープペプチドとのワクチン併用により強力な抗腫瘍効果が期待される。本研究は、これまで報告されていないVEGFR1を標的とした抗腫瘍新生血管ワクチン療法の有用性を明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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