No | 122615 | |||
著者(漢字) | エンヘサイハン ジグジド | |||
著者(英字) | Enkhsaikhan Jigjid | |||
著者(カナ) | エンヘサイハン ジグジド | |||
標題(和) | 慢性脳卒中患者における下肢筋の酸素化にEasy Stand Gliderによる下肢運動が与える影響 | |||
標題(洋) | Effects of the Leg Movement by Easy Stand Glider on the Oxygenation Level of Lower Limb Muscle in Chronic Stroke Patients | |||
報告番号 | 122615 | |||
報告番号 | 甲22615 | |||
学位授与日 | 2007.03.22 | |||
学位種別 | 課程博士 | |||
学位種類 | 博士(医学) | |||
学位記番号 | 博医第2911号 | |||
研究科 | 医学系研究科 | |||
専攻 | 外科学専攻 | |||
論文審査委員 | ||||
内容要旨 | 研究の背景と目的: 脳卒中は死亡原因の第3位を占め、生存者にも様々な程度の移動機能障害を残す。脳卒中が患者に与える影響は多面的であるため、その管理には包括的アプローチが必要である。脳卒中に伴う神経学的脱落症状は多彩であるが、中でも下肢の運動機能障害は日常生活動作の遂行能力に大きく影響する。そのため、早期からの高レベルのリハビリテーション導入が推奨されている。 一方、脳卒中後の後遺症には、神経学的異常のみならず、メタボリックな変化、すなわち不動による筋萎縮や脂肪沈着、骨萎縮などが関与するとされ、神経学的変化とメタボリックな変化の総和のために運動機能の回復や将来の移動機能が妨げられる。脳卒中後のこういった機能障害からの回復には運動療法が通常行われる。脳卒中のためのリハビリテーション法の多くには、全関節の可動域を維持し痙性による筋緊張を軽減するための四肢誘導運動 (induced movement) が含まれている。先行するKawashimaらの研究によると、脊髄損傷完全対麻痺患者において誘導下肢運動は筋の活性を誘発するのみならず、筋の酸素化レベルに変化を生じた。しかし脳卒中患者における麻痺筋の代謝に誘導運動が及ぼす効果に関する研究はない。 筋の代謝変化を計測する方法の一つにNIRS(近赤外線分光分析装置)がある。近赤外線は生物学的組織を貫通し、非侵襲的にヒトの組織内酸素化指数を計測することができる。本研究の目的は、NIRSおよび筋電計を用い、誘導下肢運動による慢性脳卒中患者の麻痺側下肢の筋肉酸素処理レベルの変化と筋電活動を測定することである。脳卒中患者の下肢に運動を引き起こすために、私はEasy Stand Glider6000(機能障害をもっている患者のための歩行訓練装置)を使用した。 調査対象者: 発症後6ヶ月以上経過した慢性脳卒中患者を対象とした。臨床状態が不安定なもの、運動療法を妨げるような合併症や下肢の整形外科疾患を伴うもの、激しい筋攣縮(Ashworth modified scale for spasticityにてスコア2以上)を伴うものは対象から除外した。12人の調査対象者のうち(梗塞6人、出血6人)、8人は左片麻痺、4人は右片麻痺であった。年齢は平均63.5±7.5歳、脳卒中発症後の経過期間は平均7.3±3.9年であった。 方法: 調査方式:横断的な研究 実施内容:誘導下肢運動が慢性脳卒中患者の麻痺側下肢の筋肉酸素化と筋肉活動にどのような影響を与えるかを評価した。 歩行訓練装置 (Easy Stand Glider) で両下肢に誘導運動を10分間0.8Hzの頻度で行った。患者には随意運動を行わないように指示し、実験者が歩行訓練装置のハンドルをメトロノームの音に合わせて動かした。運動中の足関節角度を等しくするため電気関節角度計を使用して動きをコントロールした。 NIRO-300システム(Hamamatsu Phototonics, Inc., Hamamatsu, Shizuoka, Japan)を使用して麻痺側と健側の腓腹筋の酸素化を測定した。主なパラメーターはOxy_Hb (oxygenatedヘモグロビン), Deoxy_Hb (deoxygenatedヘモグロビン), Tot_Hb (全ヘモグロビン), TOI (組織の酸素化インデックス)である。他動運動中、筋電計を使用してヒラメ筋と腓腹筋の筋電活動を測定した。 脳卒中後の運動回復レベルによる違いがあるかどうかを調べるために、同時にBrunnstrom スコア、MMT、Ashworth、Motricity Indexを用い臨床的な評価を行った。 結果: 臨床的な評価により片麻痺の患者12人を、運動回復が良好であったサブグループ(Brunnstrom スコア5〜6)と、運動回復がより低いサブグループ(Brunnstrom スコア3〜4)に分けた。 近赤外線分光分析の結果: 片麻痺の患者では麻痺側と健側で異なる結果が得られた。麻痺側のOxy_Hbレベルは誘導下肢運動開始後に増加し、健側のOxy_Hbレベルは減少した。運動開始後10分のOxy_Hbレベルは麻痺側の方が健側より有意に高かった(0.13±0.09/-0.18±0.10μm; p<0.05)。しかし麻痺側のOxy_Hbレベルの増加にはDeoxy_Hbの増加を伴わず、Deoxy_Hbは麻痺側、健側とも低下した(麻痺側-0.89±0.12μm、健側-0.79±0.2μm;ns)。TOIは誘導下肢運動に伴い麻痺側、健側とも上昇し、麻痺側でやや大きかった(麻痺側0.11±0.02 、健側0.08±0.03;ns)。 運動回復により分けたサブグループの結果は以下の通りであった。サブグループ間での酸素化の差は有意に大きくはなかったが、それぞれのサブグループ内で麻痺側と健側で差を認めた。例えば、運動回復がより低いサブグループの患者では、麻痺側と健側の間で運動中(麻痺側0.12+0.1μm、健側-0.29±0.18μm;p<0.05)、回復中(麻痺側0.22+0.25μm、健側0.05±0.06μm;p<0.05)ともにOxy_Hbレベルの違いが大きかった。運動回復が良好であったサブグループでは麻痺側、健側の間の差がより小さかった。運動中のOxy_Hbレベルは麻痺側の方が大きかったが、有意な差はなかった(麻痺側0.13±0.17μm、健側-0.06+0.09μm;ns)。また運動回復がより低いサブグループとは対照的に、運動回復が良好であったサブグループのDeoxy_Hbは麻痺側で高かった。 筋電図のデータ: 誘導下肢運動中にほとんどの患者で麻痺側、健側両者に筋電活動が見られ、その電位は多様であった。健側に比べると麻痺側腓腹筋の筋電活動は低かった(麻痺側2.66μv±2.7μv、健側12.66±12.3μv;p<0.05)がヒラメ筋の活動が両者で差がなかった(麻痺側5.76μv±4.3μv、健側5.43±4.3μv;p<0.05)。運動回復により分けたサブグループ間では結果に差がなかった。 考察: 誘導下肢運動が慢性脳卒中患者の下腿三頭筋の酸素化に及ぼす影響を調査した。まず最初の観察結果は、誘導下肢運動中に麻痺側と健側で酸素レベルの変化が異なったということである。一方、酸素レベルの変化が異なっていたにも関わらず、筋活動は観察され、筋組織の酸素化は、麻痺側と健側で同様であった。 本研究の結果から、下腿三頭筋の酸素化レベルは麻痺側、健側とも誘導下肢運動により上昇することが示された。片麻痺、両側麻痺の患者いずれもで他動運動の効果を観察した。麻痺側、健側の効果を比較するため、片麻痺のグループに注目した。麻痺側では誘導運動中にOxy_Hbレベルは徐々に上昇したが、健側では低下した。このOxy_Hbレベルの大きな差にもかかわらず、Deoxy_Hbの変化には麻痺側、健側で差がなかった。正常ではヒトの筋は運動中に酸素を消費するため脱酸素化する。Oxy_Hb、Deoxy_Hbの変化は組織における酸素の需要供給の相対的バランスで決まる。従って、麻痺側ではOxy_Hbレベルが高くDeoxy_Hbレベルが低かったことから、酸素の供給が健側と比較して需要を大きく上回っていたと考えられる。しかし、酸素消費の横で、酸素供給と全血量が今度のOxy-Hbの変化に影響する可能性かある。血流を反映する酸素供給がOxy-Hbのレベルに直接影響をされる。したがって、Oxy-Hbのレベルの増加と低い脱酸素は麻痺筋肉への不十分な血流の結果であるかもしれない。 運動回復がより低いサブグループでは、運動中のOxy_Hbレベルが麻痺側では上昇し健側では低下した。Oxy_Hbの上昇にも関わらず、Deoxy_Hbは上昇しなかった。このサブグループでは筋力が弱く、高度の筋萎縮のために酸素消費が少なかったと考える。対照的に運動回復が良好であったサブグループでは酸素化は麻痺側、健側で同様であった。 筋活動は麻痺側、健側とも観察された。誘導運動の間、固有受容器や圧受容器からの求心性入力が周期的に生じたと考える。ヒラメ筋と腓腹筋の筋活動レベルの差は、それぞれの筋に関連する神経特性の影響を受けていると考える。 麻痺した筋肉の酸素処理パラメタの間の不均衡にもかかわらず、誘導運動中にTOIは両足に増やした。TOIは休息に比例して組織飽和の変化を反映します。一定のレートの筋収縮と共にTOIの増加が行っていると言う事は、一定の酸素消費が誘導運動中あった事のを意味するであろう。したがって、麻痺した筋肉への不十分な血流にもかかわらず、Easy Stand Gliderによる誘導運動中には酸素消費は高められた。 発症後3ヶ月経過し最大限の機能回復に達したと考える慢性期の脳卒中患者で、他動下肢運動が麻痺筋の酸素化レベルを変えることができたことは意味がある。歩行訓練装置(Easy Stand Glider)を用いた誘導下肢運動は慢性期の脳卒中患者の全身的な身体的生理的状態を改善する選択肢の一つになりうる。しかし下肢誘導運動による現実的な利益を証明し、トレーニングプログラムを完成させるには更なる研究が必要である。 結語: Easy Stand Gliderによる誘導下肢運動は脳卒中患者の麻痺側においても、筋活動を引き起こして、酸素化を強める能力を持っている。誘導下肢運動の効果は運動機能の回復レベルにより異なった。麻痺側の酸素供給は酸素消費を上回ったが、この傾向は運動回復が良好であった患者では明らかでなかった。このタイプの下肢運動は慢性脳卒中患者のリハビリテーションにおいて、筋肉のメタボリックな劣化を防ぐための効果的な方法であるかもしれない。 | |||
審査要旨 | 本研究は脳卒中のリハビリテーションにて広く行われている誘導下肢運動(induced leg movement)が慢性脳卒中患者の麻痺側下肢に及ぼす影響を明らかにするため、Easy Stand Glider6000(機能障害をもっている患者のための歩行訓練装置)を用いた際のNIRS(近赤外線分光分析装置)および筋電図の変化を解析したものであり、下記の結果を得ている。 1. 近赤外線分光分析の結果(麻痺側と健側の違い) 片麻痺の患者では麻痺側と健側で異なる結果が得られた。麻痺側のOxy_Hbレベルは誘導下肢運動開始後に増加し、健側のOxy_Hbレベルは減少した。しかし麻痺側のOxy_Hbレベルの増加にはDeoxy_Hbの増加を伴わず、Deoxy_Hbは麻痺側、健側とも低下した。TOI(組織の酸素化インデックス)は誘導下肢運動に伴い麻痺側、健側とも上昇し、麻痺側でやや大きかった。 2. 近赤外線分光分析の結果(運動回復による違い) 運動回復により分けたサブグループの結果は以下の通りであった。サブグループ間での酸素化の差は有意に大きくはなかったが、それぞれのサブグループ内で麻痺側と健側で差を認めた。運動回復がより低いサブグループの患者では、麻痺側と健側の間で運動中、回復中ともにOxy_Hbレベルの違いが大きかった。運動回復が良好であったサブグループでは麻痺側、健側の間の差がより小さかった。運動中のOxy_Hbレベルは麻痺側の方が大きかったが、有意な差はなかった。また運動回復がより低いサブグループとは対照的に、運動回復が良好であったサブグループのDeoxy_Hbは麻痺側で高かった。 3. 筋電図の結果 誘導下肢運動中にほとんどの患者で麻痺側、健側両者に筋電活動が見られ、その電位は多様であった。健側に比べると麻痺側腓腹筋の筋電活動は低かったがヒラメ筋の活動が両者で差がなかった。運動回復により分けたサブグループ間では結果に差がなかった。 以上、本論文はEasy Stand Gliderによる誘導下肢運動は脳卒中患者の麻痺側においても、筋活動を引き起こして、酸素化を強める能力を持っていること、誘導下肢運動の効果は運動機能の回復レベルにより異なっていたこと、麻痺側の酸素供給は酸素消費を上回ったが、この傾向は運動回復が良好であった患者では明らかでなかったこと、を明らかにした。本研究はこのタイプの下肢運動が慢性脳卒中患者のリハビリテーションにおいて、筋肉のメタボリックな劣化を防ぐための効果的な方法である可能性を示しており、学位の授与に値するものと考えられる。 | |||
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