No | 122617 | |
著者(漢字) | 岸,庸二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キシ,ヨウジ | |
標題(和) | 生体肝移植後急性拒絶反応の補助診断としての血液中及び組織中好酸球増多 | |
標題(洋) | Blood and histologic eosinophilia as an aid to diagnose acute cellular rejection after living donor liver transplantation | |
報告番号 | 122617 | |
報告番号 | 甲22617 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2913号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景及び目的 肝移植後の急性拒絶反応(ACR)は、グラフトの組織所見、具体的には門脈周囲のリンパ球浸潤、胆管上皮の変性、中心静脈内皮炎の程度で評価される。C型肝炎をはじめとし、ACRの組織像と鑑別が難しい病態の存在もあり、これは必ずしも絶対基準ではない。ACR鑑別のための指標として、血液中及び、グラフト組織中の好酸球増加が有効であるとの報告があるが、散発的で評価が定まっていない。今回、生体肝移植症例にて、血液中、グラフト組織中の好酸球増多がACRの診断に有用であるかを検討した。 研究1(血中好酸球増多と急性拒絶反応の関連) 【方法】 東京大学人工臓器移植外科で1996年1月〜2004年10月に生体肝移植を施行し、術後6ヶ月以内に肝生検を施行した167例を対象とした。計314回の生検を施行し、病理医による組織所見から、拒絶の程度により、G0、拒絶所見なし;G1、軽度:G2、中等度;G3、重度と分類した。生検3日前(AECb)と当日(AECo)の末梢血液中の好酸球数と、拒絶の程度との関係を、一元配置分散分析にて分析した。また、好酸球増多がACRを予測する感度、特異度を評価した。さらに、ステロイドによる拒絶の治療後、治療反応例と不応例で、好酸球数の変化に差があるかを比較した。なお、好酸球増多は、過去の報告に準じ、400個/mm3以上と定義した。 【結果】 AECb、AECoとも、拒絶重症度が高いほど、高値を示した(p<0. 0001)。AECb、AECo≧400個/mm3がACRを予測する感度は、それぞれ26%、33%、特異度は、94%、93%であった。ステロイド治療前後で好酸球数が減少する症例数は、ステロイド反応群(40/80)と不応群(34/60)との間で、有意差は無かった。 研究2(組織中好酸球増多と急性拒絶反応の関連) 【方法】 東京大学人工臓器移植外科で1996年1月〜2005年6月に生体肝移植を施行し、術後6ヶ月以内に肝生検を施行したのは181例398検体であった。うち検討できたものは139例263検体で、さらに、ACRの診断に必要な5個以上のグリソンを含んでいない78検体を除外し、計185検体を対象とした。すべての肝生検は、術後、血清肝機能データの悪化を認め、超音波にてグラフトの血流異常や胆管などを認めず、ACRが疑われる際に施行した。対象となった検体で、グリソン内に浸潤している好酸球数をすべて計測した。好酸球増多は、Em:1グリソン領域内に含まれる最多好酸球数、及び、Er:好酸球を1個以上浸潤しているグリソン数/検体内の総グリソン数(%)にて定量化した。上記同様、各検体を拒絶の程度(G0-G3)により分類し、以下の項目について検定を行った。 1. 血中及び組織中好酸球増多がACRを予測する感度、特異度を評価し、receiver operating characteristic curve(ROC曲線)より、Em、Erのカットオフ値を算出。さらに、生検施行日を早期(術後30日以内)と晩期(術後30日以降)にわけ、各感度、特異度に差がないかをWilcoxon signed rank testにて評価した。 2. AECb、AECoについて、同様に、感度特異度分析を行った。 3. Em、ErがそれぞれACRの重症度、また、ステロイドに対する反応の有無により差があるかを、それぞれ一元配置分散分析、Wilcoxon signed rank testにて比較した。 4. AECと、Em、Er間の相関を、Spearman順位相関係数を用いて評価した。 5. ACR診断に用いられる、P(門脈周囲のリンパ球浸潤の程度)、B(胆管上皮の変性の程度)、V(中心静脈内皮炎の程度)の各スコアに加え、Em、ErがACRを予測する因子になるか、単変量及び多変量解析(Logistic regression test)にて評価した。 【結果】 1. ROC曲線から算出されたEm、Erのカットオフ値はそれぞれ2、8%であった。Em≧2、Er≧8%がACRを予測する感度/特異度はそれぞれ、54%/84%、72%/65%で、早期対晩期の比較では、Er≧8%の感度のみ、81%対53%で早期の方が有意に高感度であった。 2. ROC曲線から算出されたAECb、AECoのカットオフ値はそれぞれ68個/mm3(感度53%、特異度77%)、82個/mm3(感度64%、特異度79%)であった。早期対晩期の比較では、AECo≧82個/mm3の感度のみ、73%、43%で早期の方が高感度であった。カットオフ値を400個/mm3とすると、AECbの感度、特異度はそれぞれ16%、97%、AECoの感度、特異度は21%、97%となった。 3. G0-G3の標本数はそれぞれ95、76、13、1であったため、G3はG2に含めて比較した。Em、Erとも、重症度が高いほど有意に高値であった(p<0. 0001)。G2、G3群の方が、G1群に比べて、有意にステロイド不応性ACRが多かった(p=0. 04)が、ステロイド治療反応例対不応例でのEm、Erの比較では、いずれも有意差を認めなかった(p=0. 63、p=0. 38)。 4. AECb/AECo対Em/Er間でのρ値は、0.35-0.45にとどまった。 5. ACR(+)対ACR(-)の比較で、P、B、V、Em、Erすべて、有意に前者で高値を示した(いずれもp<0.0001)。しかし、多変量解析では、各5因子のp値は、0.002、0.0003、<0.0001、0.94、0.74で、Em、Erは有意な予測因子とはならなかった。 【考察】 ACRを早期に正確に診断するには、簡便で高感度の指標で拾い上げをし、特異度の高い検査で確定するのが理想である。血清肝機能異常だけでは、41%(164/398)のACR診断率にとどまっている。AECbがACRを予測する感度も低く、生検前のスクリーングに適していない。しかし、AECのカットオフ値を高値に設定すれば、特異度は90%以上と高くなり、ACR診断の特定には有用と考えられた。組織中好酸球増多の評価では、AECとの相関は高くなかったが、Em、Erとも、ACRを予測する感度は低く、術後1ヶ月以内の生検でのEr≧8%が80%以上の感度でACRを予測するにとどまった。一方で、EmのACRを予測する特異度は84%と比較的高く、Em、ErともACR重症度とは有意に相関する結果が得られた。多変量解析では、P、B、Vスコアに比べ、Em、ErのACR予測因子としての役割は否定的な結果が得られたが、本後ろ向き研究では、ACRの診断をP、B、Vスコアに基づいて行っているという前提があるため、P、B、Vスコアが有意な予想因子となるという結果が得られるのは当然で、むしろ過大評価されている可能性も考えられる。 Royal Free Hospitalグループが提唱したACR診断法では、P、B、Vスコアに加え、本研究のEmに相当する数値を、0→1点、1〜4→1点、5〜9→2点、≧10→3点とスコア化し、ACR診断基準に取り入れている。他に、一グリソン領域あたりに浸潤している好酸球数の平均値が、拒絶の重症度と相関するという報告もある。現在のP、B、Vスコアによる拒絶診断は完璧なものではなく、特にC型肝炎再燃との組織像との鑑別は困難であると言われている。従って、血液中、組織中好酸球増多は、ACR診断において、偽陰性は多いものの、ACRの確定診断には有用で、拒絶以外に肝機能以上を示す病態との鑑別に役立つ可能性がある。さらに症例を重ね、より的確な好酸球増多の定量化を行うことが今後の課題である。 | |
審査要旨 | 本研究は、生体肝移植後の急性拒絶反応(ACR)の診断における、末梢血液中及び肝グラフト組織中の好酸球増多が果たす役割について解析し、以下の結果を得ている。 1. 肝生検施行3日前及び当日の、末梢血液中の好酸球数(AEC)及び白血球中の割合(REC)の、それぞれ400cells/mm3及び4%以上の増多がACRを予測する感度は20-33%と低いものの、特異度は93-97%と非常に高かった。ROC曲線から生検3日前、当日のAECのbest cut−off valueはそれぞれ68, 82 cells/mm3で、ACRを予測する感度は53%, 64%、特異度は77%, 79%であった。 一方、肝組織中の好酸球浸潤は、Em:検体内で1グリソンあたりの最多好酸球数、Er:好酸球浸潤を認めるグリソンの割合にて定量化し、それぞれのbest cut-off value、Em≧2、Er≧8%がACRを予測する感度は54%, 72%、特異度は84%, 65%であった。 以上より、好酸球増多がACRを予測する感度は低いものの、末梢血好酸球増多及びEm≧2がACRを予測する特異度は高く、ACR診断確定に補助的な役割を果たす可能性が示唆された。 2. AEC, REC及び、Em, Erとも、ACRの重症度が高いほど高値を呈し、有意に相関することが示された。 3. ACRに対する、ステロイドリサイクル療法に反応した症例と反応しなかった(治療後1ヶ月以内に拒絶反応が再燃した)症例とを比較すると、AECは有意にステロイド不応例で高値であったが、REC, Em, Erには有意差を認めなかった。また、ステロイド投与後1週間後のAEC, RECが減少した頻度は、ステロイド反応例、不応例とも50%前後で有意差はなく、AEC, REC減少がステロイド治療への反応を予測する感度は50%, 45%、特異度は43%, 50%にとどまった。ステロイドによる好酸球抑制効果が強く、ACRそのものをにおいても好酸球増多が抑えられるためと考えられた。 4. 組織診断における、P(門脈周囲のリンパ球浸潤の程度)、B(胆管上皮の変性の程度)、V(中心静脈内皮炎の程度)の各スコアとともに、Em, ErがACRの予測因子になるか単変量、多変量解析を行ったところ、単変量解析では、5項目すべて有意な因子となったが、多変量解析では、P,B,Vスコアのみが有意な予測因子であるという結果が得られた。 以上より、抹消血液中、組織の好酸球増多は、ACR診断において、感度の低さすなわち偽陰性の多さが問題ではあるが、特異度の高さ、及びACR重症度との相関の高さから、ACRの診断確定、重症度診断に少なくとも補助的な役割を果たすことが明らかにされた。 上記4については、考察にも述べられているが、本研究では、前提として、ACR診断がP,B,Vスコアに基づいてされており、これらが有意な予測因子になるのは当然で、C型肝炎再燃など組織診断で鑑別が困難な病態もあることから、むしろ、P,B,Vスコアの予測効果が過大評価されている可能性がある。Em, Erの予測効果が否定されたとは言い切れない。 本研究は、組織診断が唯一の方法で、ときにC型肝炎再燃など他の病態との鑑別が困難な、生体肝移植後ACRの診断において、新たな鑑別手段とその有用性を示唆するものであり、学位の授与に値すると考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |