学位論文要旨



No 122618
著者(漢字) 熊谷,仁平
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,ジンペイ
標題(和) EBAG9の膀胱癌における役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 122618
報告番号 甲22618
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2914号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 助教授 冨田,京一
 東京大学 講師 朝陰,孝宏
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

膀胱癌は、尿路 (腎臓・腎盂,尿管,膀胱,尿道, 前立腺) に発生する悪性腫瘍の中で、男性では前立腺癌についで2番目に、女性では最も頻度が高い癌である。膀胱癌は、表在性膀胱癌と浸潤性膀胱癌(筋層、膀胱外への浸潤)に分けられる。新規に診断される膀胱癌の55−60%は表在性膀胱癌である。表在性膀胱癌の臨床上の問題点としては、経尿道的膀胱腫瘍切除後に頻回に再発を繰り返すため定期的な精査が必要であること、10−20%は浸潤性膀胱癌に進行することが挙げられる。浸潤性膀胱癌の治療は、膀胱全摘術であるが、臨床上の問題点として膀胱全摘術後に再発した場合の治療が困難であること、予後因子として腫瘍進達度(T)、細胞異型度(G)が知られているが予後予測が不十分であることが挙げられる。近年、DNAチップ、マイクロアレイ、TOF-MASによるプロテオミクス、などの分子生物学的手法の技術が進歩したことにより、膀胱癌においても分子生物学的アプローチがなされ、転移に関係する分子としてE-cadherin,N-cadherin、増殖を反映する分子としてKi-67、Cell cycle regulator (polo-like kinase, Cyclin)などの研究が進められているが、分子標的治療のtargetとして、あるいは予後因子として活用し日常的にスクリーニングで使用できるレベルには至っていない。

 EBAG9(Estrogen receptor binding fragment-associated antigen 9)は、1998年にWatanabeらにより報告された遺伝子である。免疫組織化学の手法により、乳癌、前立腺癌、腎癌、肝細胞癌、卵巣癌において悪性度の高い癌で、EBAG9発現が増大することが示された。またEBAG9の機能に関する報告として、我々の研究によりヒト腎癌において、EBAG9の発現が予後不良因子であり、腎癌細胞株RencaにEBAG9を過剰発現させた株(Renca-EBAG9)は、培養細胞の系では、増殖に変化はないが、BALB/c マウスに移植したところRenca-EBAG9がコントロールと比較して有意に大きな腫瘍を形成することが示された。以上より、EBAG9はさまざまな腫瘍で過剰発現し、悪性の表現型に寄与していると考えられるが、分子学的機序については明らかでないことが多い。

2 ヒト膀胱癌におけるEBAG9の発現と予後との関係 (研究1)

本研究では、1982年より2000年までに当院において根治的膀胱全摘術を実施し、文書にて患者の同意を得た膀胱癌60症例を対象とした。EBAG9免疫染色により、EBAG9発現と臨床病理パラメーターとの相関、およびKaplan-Meier法によりEBAG9と生命予後との相関を解析した。本研究の結果、EBAG9は正常膀胱組織においては、膀胱粘膜上皮に染色を弱く認めた。一方、膀胱癌60例中27例(45%)にEBAG9の染色を強く認めた。膀胱癌における細胞内局在に関しては、EBAG9陽性群では、細胞質に均一かつ強い発現を認めた。EBAG9と臨床病理パラメーターの相関を解析した結果では、EBAG9発現は、リンパ節転移およびリンパ管浸潤と相関した。(P=0.0008および0.0017)。Kaplan-Meier法により生存曲線を解析した結果からEBAG9高発現群は低発現群に比べて癌特異生存率は有意に不良であった(P=0.0001)。各臨床病理パラメーターと癌特異生存率との相関を単変量解析した結果、リンパ節転移およびStageと有意に相関した(P=0.005, 0.018)。一方、EBAG9の発現はP<0.001と癌特異生存率との最も有意な相関を認めた。Cox regression hazard modelを用いて多変量解析をした結果、EBAG9は4つのパラメーターのうち唯一有意な予後因子であった(P=0.003)。

3 EBAG9が培養細胞の系での増殖、軟寒天内コロニー形成、移動能、に及ぼす作用 (研究2)

免疫組織化学の結果を説明するモデルを構築するため、ヒト膀胱癌細胞株EJを用いて、癌増殖の機構におけるEBAG9の機能解析を行なった。まずヒト膀胱癌細胞株EJにN末FLAG tagつきのEBAG9遺伝子またはベクター(pCDNA3)のみを導入した後、薬剤選択にて生存したクローンを回収し、EBAG9安定発現株(EBAG9株)、およびコントロール株(Vector株)を得た。次に得られたクローンのEBAG9の発現を抗FLAG抗体および抗EBAG9抗体を用いて、Western Blottingにて確認した。EBAG9発現が、培養細胞の系での増殖に及ぼす影響を調べるため、セルカウンターにより細胞数を経時的に計測した。次にEBAG9発現が、軟寒天培地コロニー形成に及ぼす影響を調べるため、軟寒天培地で3週間培養後コロニー数をカウントした。さらにEBAG9発現が細胞移動能に及ぼす影響を調べるため、Boyden Chamber法によりメンブレン孔を通過する細胞を計測した。本研究の結果、培養条件下での増殖および軟寒天培地でのコロニー形成は、EBAG9株およびVector株で統計学的に有意な差はなかった。一方で、EBAG9株で、同様な培養条件下で、Vector株と比較して細胞移動能亢進が起きていることを示した。

4 EBAG9がin vivoにおいて腫瘍増殖に及ぼす作用 (研究3)

 EBAG9発現がin vivoにおいて腫瘍の増殖に及ぼす作用を検討するために、EBAG9安定発現細胞株をBALB/c nude mouseの背部皮下に移植し、形成された腫瘍を経時的に解析した。移植後、14日から両群ともマウス背部皮下に肉眼的な腫瘍を確認できた。その後、両群の腫瘍は時間経過とともに増大していったが、計測後、4週の時点でEJ-EBAG9腫瘍群は、対照EJ-Vector腫瘍群に比べて統計学的に有意に腫瘍増大を認めた。

5 まとめ

本研究の目的は、膀胱癌におけるEBAG9の役割を探ることである。まず、私はヒト膀胱癌組織におけるEBAG9の発現を検討した。膀胱癌の約半数(45%)にEBAG9の発現が確認され、EBAG9は膀胱癌患者における有用な予後不良因子であった。次に、同蛋白の機能を解析するために、膀胱癌細胞株EJに、EBAG9を導入したEBAG9安定発現細胞株を作成した。培養細胞を用いた系での腫瘍増殖および軟寒天培地コロニー形成能についてEBAG9発現株とVector株で有意な差はなかった。一方、Boyden chamberを用いた細胞移動能の計測により、EBAG9発現株ではVector株と比べ、細胞移動能が有意に亢進していた。またヌードマウスにEJ細胞を移植し腫瘍形成を計測したところ、EBAG9発現株ではVector株と比べ、腫瘍が有意に増大していた。以上より、EBAG9はヒト膀胱癌において予後不良因子であり、EBAG9発現そのものが、腫瘍の増大に寄与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 EBAG9は悪性度の高い癌で高発現しており、癌の進展や転移の機構に重要な役割を果たしていると考えられている。本研究は、EBAG9の膀胱癌における役割を明らかにしようとしたものである。まず、ヒト膀胱癌組織の免疫染色を施行しEBAG9の膀胱全摘後の予後因子としての役割を検討した。次に、膀胱癌細胞株EJを用いてEBAG9過剰発現株を樹立し、EBAG9が膀胱癌細胞株に与える影響を、増殖、軟寒天培地コロニー形成、移動能について検討した。さらに、ヌードマウス腫瘍移植モデルを用いて、EBAG9が造腫瘍能に与える影響を検討した。以上の検討より下記の結果を得ている。

1. ヒト膀胱癌におけるEBAG9の膀胱全摘後の予後因子としての役割を調べるため、1982年から2000年までに膀胱全摘術を施行した膀胱癌60症例を対象とし、免疫染色を施行した。その結果、膀胱癌60例中27例(45.0%)にEBAG9陽性例を認めた。膀胱癌におけるEBAG9の発現はリンパ節転移、リンパ管浸潤と有意に相関した。また、EBAG9陽性群は陰性群に比べ癌特異生存率は有意に不良であり、EBAG9は単変量および多変量解析にて予後不良因子であった。

2. ヒト膀胱癌細胞株EJを用いてEBAG9が増殖、軟寒天培地コロニー形成、移動能に及ぼす作用の検討を行った。EJ細胞にEBAG9を過剰発現させてEBAG9過剰発現株EJ-EBAG9を作製した。培養細胞の系を用いて、細胞増殖、軟寒天培地コロニー形成、移動能について検討を行った。増殖、軟寒天培地コロニー形成については、Vector株、EBAG9過剰発現株で有意な差を認めなかったが、移動能はEBAG9過剰発現株で有意に亢進していた。このことからEBAG9は移動能を亢進させ、癌浸潤の機構に関与している可能性が示唆された

3. EBAG9過剰発現が、造腫瘍能に及ぼす影響を調べるため、BALB/c ヌードマウスに腫瘍移植したところ、EJ-EBAG9株の方が腫瘍の容積は有意に増大した。このことから、EBAG9発現が、造腫瘍能に関与している可能性が示唆された。

 以上、本論文よりEBAG9は膀胱癌の有用な予後因子であり、腫瘍が増殖・浸潤する機構において何らかの役割を有していることが示唆された。今後、EBAG9の更なる機能解析が必要となるが、本研究により膀胱癌の新しい予後予測マーカーとしての応用が期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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