学位論文要旨



No 122619
著者(漢字) 桒野,嘉弘
著者(英字)
著者(カナ) クワノ,ヨシヒロ
標題(和) CD83によるMHC class II分子の発現制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 122619
報告番号 甲22619
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2915号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 講師 門野,岳史
内容要旨 要旨を表示する

 CD83は1992年Tedderらによりクローニングされた免疫グロブリンスーパーファミリーに属する45キロダルトンのtype1膜糖タンパクで、ヒトでは6番染色体、マウスでは13番染色体上にコードされる。胸腺樹状細胞、皮膚ランゲルハンス細胞、circulating dendritic cells、単球由来樹状細胞、interdigitating reticulum cellsといった大半の樹状細胞の細胞表面にCD83は発現しており、樹状細胞の成熟マーカーとして広く用いられている。CD83のT細胞機能における役割は単純性ヘルペスウイルスを用いた系により示唆されており、単純性ヘルペスウイルスに感染した成熟樹状細胞ではCD83の発現が低下し、同時にMLRの系においてT細胞刺激能も低下している。非感染細胞においても、CD83mRNAの核から細胞質への輸送を抑制する事によってT細胞刺激能が減少する事から、単純性ヘルペスウイルス感染成熟樹状細胞のMLRでのT細胞刺激能低下の原因として、CD83の発現低下の役割が示唆されている。また、実験的自己免疫性脳脊髄炎の系において、可溶性CD83細胞外ドメインのマウスへの投与がその発症を予防する事も示されている。マウスにおいては胸腺上皮細胞もCD83を発現している。そして、このCD83はCD4陽性T細胞の産生に必要である事が示されており、CD83欠損マウスではナイーブCD4陽性T細胞の劇的な減少を認める。さらに、CD83欠損マウスでは、接触性皮膚炎の実験系での反応が低下しており、また液性免疫の反応も低下しており、CD4陽性T細胞の減少が原因のひとつと考えられている。また、CD83欠損マウスの脾臓B細胞は、野生型に比べてMHC class IIの発現が50%低下している。これがMHC class II分子転写の減少から起こっているのか、末梢CD4陽性T細胞の減少によって2次的に起こるのかは分かっていなかったが、CD83欠損マウスから培養された骨髄由来樹状細胞がMLRの系において野生型と同程度のT細胞刺激能を有する事から、CD83の欠損は、まずCD4陽性T細胞の産生に影響し、2次的にMHC class II分子の低下を引き起こすと予想されていた。しかしながら、CD83とMHC class II分子はともにCD4陽性胸腺細胞とCD4陽性T細胞の産生に重要であることから、今回、CD83欠損とMHC class II分子の発現との間の関係について検討し、CD83欠損マウスの表現型が部分的にはMHC class II分子の欠損から引き起こされるものであるかどうかを評価した。

 まず、CD83がMHC class II分子発現にどの程度影響を与えるかを検索するため、CD83欠損マウスから単離された抗原提示細胞によるMHC class II分子発現をフローサイトメトリーにて評価した。CD83欠損マウスからの脾臓B220陽性B細胞は野生型の同腹子からのB細胞に比べて、細胞表面のMHC class II分子発現が50±2%低下していた。同様に、CD83欠損マウスからの胸腺上皮細胞、脾臓樹状細胞、マクロファージでは、野生型同腹子からの細胞に比べて、細胞表面のMHC class II分子発現がそれぞれ30±5%、25±3%、34±4%低下していた。それとは対照的に、MHC class I分子の発現及び細胞質におけるMHC class II分子発現は、野生型同腹子と同等であった。同様の結果は野生型同腹子由来の脾臓B細胞とCD83欠損マウス由来の脾臓B細胞とをLPSやF(ab')2 抗マウスIgM抗体で刺激した場合にも得られた。これらの事から、CD83の欠損は、B細胞やその他の抗原提示細胞における細胞表面MHC class II分子発現量に選択的に影響していることが分かった。

 次に新しく細胞表面に出現したMHC class II分子の発現量を測定するため、野生型同腹子、CD83欠損マウスおよびMHC class II+/-マウス由来のB細胞をまず無標識抗MHC class II抗体で処理し、この時点で細胞表面に存在していたMHC class II分子を抗MHC class II抗体で飽和させ、これ以後新たには抗MHC class II抗体が反応できない様にしてから、37℃で90分間培養し、最後にPE結合抗MHC class II抗体で染色した。培養後に染色された蛍光量は新しく細胞表面へ出現したMHC class IIの量を反映している。無処理の場合の蛍光量(細胞表面MHC class II全体)と比べた時の処理した場合の蛍光量(新しく出現した細胞表面MHC class II)の割合を計算すると、新しく出現した細胞表面MHC class II 分子は野生型同腹子、もしくはMHC class II+/-マウス由来のB細胞では40〜41%程度であったのに対して、CD83欠損マウス由来のB細胞では62%であった。MHC class II+/-マウス由来のB細胞における新しく出現した細胞表面MHC class II分子の割合が、野生型同腹子での割合と同等であったため、CD83欠損マウスからのB細胞で新しく出現した細胞表面MHC class II分子の割合が増大しているのは細胞表面MHC class II分子の発現量が低下しているためではないと考えられた。同様にして細胞表面のB220とMHC class I分子のinternalizationの割合を測定したが、野生型同腹子とCD83欠損マウスとの間で差は認められなかった。これらの事から、CD83が存在しないと、細胞表面のMHC class II分子は選択的にturnoverが亢進している事が示唆された。

 MHC class II分子の細胞表面への発現の低下が、MHC class II分子の構造の変化によって起こっているのかどうかを評価するため、野生型同腹子とCD83欠損マウスとの脾細胞を、I-Ab上の異なるエピトープを認識する抗I-Ab抗体で染色したが、CD83欠損マウスにおける発現量低下に変化はなく、またMHC class IIへテロダイマーのSDS-PAGEによる電気泳動での泳動速度の変化も認められなかった。

 CD83欠損マウスのT細胞developmentにMHC class II分子の減少が影響を与えるかどうかを検討するため、CD83欠損MHC class II+/-マウスを作成し、胸腺及び末梢におけるCD4陽性細胞数の変化を検討した。胸腺においてはCD83単独欠損マウスとの間に有意な差を認めなかったが、末梢CD4陽性T細胞数は有意に減少していた。これらの事から、CD83欠損マウスにおいては、胸腺からT細胞が出て行き末梢に分布するにあたり、適切な MHC class II分子の発現量が必要とされると考えられた。

 次に、CD83欠損マウス由来のB細胞によるMHC class II分子turn overの亢進が、細胞自体に備わった内在性の性質を原因としているのか、それとも、B細胞以外の外的な影響を原因としているのかを検討した。まず、野生型同腹子由来B細胞とCD83欠損マウス由来B細胞とを共培養してもそれぞれのMHC class II分子発現に変化を認めなかった。また、野生型同腹仔由来B細胞とCD83欠損マウス由来B細胞とをそれぞれCD83欠損マウスと野生型同腹仔とに移入したが、それぞれの細胞のMHC class II分子発現がレシピエントの発現量に変化することはなかった。これらの事より、CD83欠損マウス由来B細胞のMHC class II turnoverの亢進は個々の細胞自体に備わっている内在性の因子によるものである事が示唆された。

 最後にLPS刺激もしくはF(ab')2 抗IgM抗体刺激を行った後のシグナル伝達を検討するため、[Ca2+]の変化やNFkBの活性化、ERKの活性化を検討したが、野生型由来B細胞とCD83欠損マウス由来B細胞との間に違いを認めなかった。このため、MHC class II分子発現の減少はシグナル伝達の障害が原因ではないと考えられた。

 これらの事より、CD83欠損抗原提示細胞においてはMHC class II分子の細胞表面における特異的な発現低下があり、これは外的な因子やシグナル伝達、明らかなMHC class II分子の構造上の変化によるものではなく、MHC class II分子の細胞表面でのturnover亢進によると考えられた。CD83欠損MHC class II+/-マウスにおけるpositive selectionの障害の程度がCD83欠損マウスにおける障害の程度と同程度であったこと等から、CD83欠損マウスにおけるpositive selectionの障害はturnover亢進によるMHC class II分子発現低下とはまた別の機序で起きていると考えられたが、末梢の免疫系においてはCD83欠損MHC class II+/-マウスにおけるCD4陽性T細胞数がCD83欠損マウスにおけるそれと比較してさらなる減少を示しており、CD83のMHC class II turnoverを介する制御の重要性が示唆される。このような制御機構は近年の報告にあるCD83による自己免疫疾患の治療可能性などを鑑みるに大変興味深いと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は皮膚免疫において中心的な役割を果たしているランゲルハンス細胞をはじめとした広範の樹状細胞に発現し、重要な役割を演じていると考えられるCD83について詳細に検討したものであり、主にCD83欠損マウスを用い解析を行い、下記の結果を得ている。

1. CD83欠損マウスから単離された抗原提示細胞によるMHC class II分子発現をフローサイトメトリーにて評価したところ、CD83欠損マウス由来の脾臓B220陽性B細胞、胸腺上皮細胞、脾臓樹状細胞、マクロファージでは、野生型同腹仔由来の細胞に比べて、細胞表面のMHC class II分子発現がそれぞれ50±2%、30±5%、25±3%、34±4%低下していることが示された。MHC class I分子の発現についても測定したところ、これは野生型同腹仔由来の細胞と同等であることが示された。同様の結果は脾臓B細胞をLPSやF(ab')2 抗マウスIgM抗体で刺激した場合にも示された。これに対して、細胞質におけるMHC class II分子発現を測定したところ、CD83欠損マウス由来のB細胞と野生型同腹仔由来のB細胞との間で大きな違いが無いことが示された。定量的RT-PCR法を用いて、CD83欠損マウスからのB細胞と野生型同腹仔からのB細胞におけるMHC class IIアルファ鎖とMHC class IIベータ鎖のmRNAの発現レベルも比較したところ、やはり有意な差が認められないことが示された。

2. シクロヘキサミドを加えた系において、MHC class II分子発現を測定したところ、CD83欠損B220陽性脾細胞では、野生型同腹仔由来の場合に比べ発現の著しい低下があることが示された。次に、単離した細胞表面のMHC class II分子を無標識の抗体で飽和させた後、一定時間培養し、その後PE標識された抗MHC class II分子抗体で反応させることによりMHC class II分子のturnoverを測定したところCD83欠損B220陽性脾細胞において亢進していることが示された。これに対しMHC class II+/-マウス由来のB細胞においては亢進が無いことも示された。

3. 野生型同腹仔とCD83欠損マウスとの脾細胞を、I-Ab上の異なるエピトープを認識する抗I-Ab抗体で染色したところ、CD83欠損マウス由来脾細胞におけるMFI値の低下の度合いが同程度であることから、CD83欠損マウスではペプチドのprocessingやloadingが正常に起こっていること、および、CLIPの除去も正常に起こっており、細胞表面のMHC class II分子ヘテロダイマーが、正常より高頻度にCLIPに占拠されている訳ではない事が示された。また、CD83欠損マウス由来のMHC class II分子をSDS-PAGEによる電気泳動にて解析したところ、泳動速度の低下を認めなかったことからも同様のことが示された。

4. 野生型同腹仔とCD83欠損マウスとを交配することによりCD83欠損MHC class II+/-マウスを作成し、そのCD4陽性細胞産生を検討したところ、胸腺においてはCD83欠損マウスとの間に有意な差を見いだせなかったが、末梢においてはその産生細胞数が低下しており、MHC class II分子が半減した程度では問題なく機能を発揮するというMHC class II分子本来の正常な機能にとって、CD83分子が必須の分子であることが示された。

5. CD83欠損マウス由来B細胞と野生型同腹仔由来B細胞を単独で培養した場合と、それぞれを、CFSEで標識した野生型同腹仔由来B細胞、またはCD83欠損マウス由来B細胞と共培養した場合とにおいて、MHC class II分子発現を検討したところ、共培養において、その発現量は単独で培養した場合と変化しないことが示された。また、CFSE染色したCD83欠損マウス由来の脾細胞と野生型同腹仔由来の脾細胞を、レシピエントのCD83欠損マウスおよび野生型同腹仔に静脈内注射し、一週間後、これらの細胞を回収し、そのMHC class II分子発現を検討したところ、レシピエントマウスの遺伝子型は、移入されたレシピエントCD83欠損マウス由来B細胞のMHC class II分子発現に有意な影響を与えなかった事から、CD83欠損マウス由来B細胞のMHC class II turnoverの亢進は個々の細胞自体に備わっている内在性の因子によるものである事が示された。

 6. CD83欠損マウス由来B細胞をLPSやF(ab')2 抗マウスIgM抗体で刺激し、CD86、CD69、ICAM-1分子、CD44分子発現をフローサイトメトリーにて評価したところ、CD83欠損マウス由来B細胞においてCD86発現のみ低下しており、CD69、ICAM-1分子、CD44分子発現は問題なく、活性化は問題なく起きていることが示された。CD83欠損マウス由来B細胞における[Ca2+]の変化やNFkBの活性化、ERKの活性化を測定したところ、正常だったため、CD83欠損マウス由来B細胞におけるMHC class II分子発現の減少はシグナル伝達の障害が原因ではない事が示された。

 以上、本論文はCD83欠損マウス及びCD83欠損マウス由来B細胞を用いた解析から、CD83の持つ、これまで未知だったturnover亢進を介するMHC class II分子発現制御機構を明らかにした。本研究は、CD83の免疫系における複雑な役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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