学位論文要旨



No 122621
著者(漢字) 坂井,有紀
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ユキ
標題(和) 新しく開発された超磁歪骨導デバイスによる骨導の研究 : 超音波を含めた周波数別ABRによる基礎的、臨床的評価
標題(洋)
報告番号 122621
報告番号 甲22621
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2917号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 講師 宇川,義一
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 講師 相原,一
内容要旨 要旨を表示する

研究背景および研究目的

 骨導聴力の概念は16世紀ごろより発展し、難聴を補聴するための道具として徐々に進歩してきた。現在広く使用されている骨導補聴器の基本原理は1900年代前半に開発されたものであり、骨導補聴器に使われている振動子の振動様式は電磁式と呼ばれるものである。この振動子は0.5-1 kHzにピークを持つ山型の増幅特性が特徴であり、0.25kHz以下の低音域、4kHz以上の高音域での利得には限界がある。電磁式骨導振動子には改善すべき点が多くあるが、骨導補聴器を使用する人口が少ないことや小型軽量化が難しいことなどから、これまで新たな振動子を開発する試みは少なかった。平成16-17年、日本のフレエイ社が文部科学省のGrant-in-Aid for Scientific Research (A2) 15209055 およびGrant-in-Aid for Scientific Research on Priority Areas 16659461に基づいて超磁歪素子から成る新しい骨導振動子を東京大学耳鼻咽喉科学教室と共同開発した。本研究ではこの超磁歪骨導振動子の周波数特性およびひずみなどを骨導振動子特性測定装置で測定し、振動子の性能について動物やヒトのABRの測定を実際に行い評価した。そして従来の電磁式骨導振動子の特性と比較して、超磁歪式骨導振動子の実用化ならびに発展性について考察した。

実験1:ラット周波数別骨導ABRおよびレーザードップラー振動計での頭蓋振動速度測定

研究方法

 実験はすべて東京大学動物実験マニュアルおよび規則に基づいて行った。

 10kHz以上の高音域を出力することが可能な超磁歪式骨導振動子(長さ8mm×径2mmの超磁歪素子を使用)の性能を他覚的に評価するため、可聴域が約0.15-67kHzと言われている成熟ウィスターラット6匹の骨導ABRを測定し、電磁式と比較した。骨導ABR測定後、レーザードップラー振動計(LDV)で連続正弦波を用いてラットの頭蓋振動速度を測定し、FFT (fast Fourier transformation analyzer)にて解析を行った。

データ解析

 各振動子を使って記録した骨導ABRの波形について評価し、0.5-30kHzまでの各周波数でのABRの閾値を視覚的に判定した。各振動子で測定した骨導ABRの誘発刺激の較正にはラット頭蓋振動速度測定の結果を用いた。各振動子で測定したABRの閾値での頭蓋振動速度はLDVで測定し、それぞれの頭蓋振動速度の平均値について統計学的に比較した。

 またラット頭蓋における実際の入出力信号を見るために入出力振動波形を記録し、振動子の過渡応答を調べた。骨導振動子への入力電圧とラット頭蓋振動速度の関係を示したグラフを作成し骨導振動子のlinearityについて検討した。各振動子の機械的性能は振動子に1Vppを入力したときの頭蓋振動速度を測定したのち比較し、統計解析を行った。

結果

 図1に代表例としてある一匹のラットの0.5, 2, 8, 30kHzのABRの波形を示した(図1 a,b,c,d)。ABR左側のスケールは音刺激装置から各振動子への最大電圧入力時の、レーザードップラーで測定した6匹の頭蓋振動速度の平均値(0dB re 1mm/s)を各周波数における最大値とし、骨導振動子の入力電圧に対し頭蓋振動速度が比例することを利用して5または10dB間隔で表示した。(但し図1 dの30kHzでは電磁式の場合、音刺激装置から各振動子への最大電圧入力時の、ラット頭蓋振動速度が測定できなかったため表示していない。)その結果 電磁式振動子では2kHz以上の周波数で頭蓋を振動させる速度が徐々に小さくなり、30kHzではABRをかろうじて認める程度になった。これに対し、超磁歪式振動子で測定したものは30kHzでも、ABRがよく観察され、頭蓋振動速度も測定できた。

 またそれぞれの骨導振動子で測定した骨導ABR閾値上での頭蓋振動速度平均値は、繰り返しのある二元配置分散分析法(two-way repeated-measures ANOVA)で比較すると有意差はなかった。この頭蓋振動速度平均値は測定した周波数において-35dBから-50dBの範囲にあった(0dB re 1mm/s)。

 ラット頭蓋における入出力振動波形からは0.5,1kHzでは頭蓋振動速度は電磁式が大きかったが、超磁歪式に比べ、振動子に入力信号を加えて頭蓋で出力されるまでの応答時間が遅れていた。2, 4kHzでは応答時間にほとんど差はなかった。16-30kHzにおいて超磁歪式は出力振動波形にもトーンバーストが検出されたのに対し、電磁式はラット頭蓋振動速度がさらに小さくなったため、ノイズの影響が増し、出力振動波形にトーンバーストは検出できなくなった。

 1Vppを各振動子に入力したときのラット頭蓋振動速度と周波数の関係をグラフに示した(図2)。ANONAの結果、0.5,1kHzではラット頭蓋振動速度は超磁歪式が電磁式よりも有意に小さく、2-30kHzでは頭蓋振動速度は超磁歪式が電磁式よりも有意に大きくなった。

考察

 双方の振動子で測定した骨導ABR平均閾値は統計学的に有意差がなかったことから、同一ラットの骨導ABR測定において、振動子の違いによる閾値の大きな変化はないと考えられた。

 また1Vppを各振動子に入力したときの結果から電磁式は0.5,1kHzで超磁歪式よりも5-10dB、超磁歪式は2kHz以上で電磁式よりラット頭蓋を10-40dB (0dB re 1mm/s)も、より振動させることができることがわかった。

実験2:人工マストイドによる超磁歪式骨導振動子の振動特性測定およびヒト(正常例および臨床例)の骨導ABR測定

研究方法

 ヒト用超磁歪式骨導レシーバ(長さ8mm×径2mmの超磁歪素子を使用)とオージオメーターの骨導レシーバとして広く使用されているRion BR-41の周波数特性を骨導振動特性測定装置である人工マストイド(B&K 4930)を用いて8kHzまで測定した。

 各骨導レシーバへ0.1Vp、0.316Vp、1Vpと10dB間隔で電圧を入力したときの各周波数での力の出力を測定し、骨導レシーバのlinearityについて調べた。また各骨導レシーバに1Vpを入力したときの出力の関係(電圧感度)をグラフに示した。

 骨導ABRによる検査は、正常例である健聴者8人と臨床例の先天性両側外耳道閉鎖症患者6人に対して検査の説明および同意を得た上で、0.5-8kHzまでのオクターブごとの周波数でトーンバースト刺激を使用して閾値まで測定した。

データ解析

 各骨導レシーバにABR本体から直接かかる電圧を測定し、人工マストイドの較正データよりABR/各骨導ヘッドホン出力対応表を作成した。各振動子で記録した被験者の閾値について平均し、考察した。また超磁歪骨導レシーバで先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児の0.5, 2, 8kHzにおける骨導ABR閾値を調べ、健聴者の閾値と統計学的比較を行った。この結果をもとに超磁歪骨導レシーバの特性と今後の骨導補聴器に対する提案を述べた。

結果

 各骨導ヘッドホンへ0.1Vp、0.316Vp、1Vpをそれぞれ入力したときの周波数ごとの力を測定すると、各骨導ヘッドホンの入力電圧に対して力の出力は比例していた。1Vの入力に対する人工マストイド上での出力(電圧感度)については2 kHzまでは電磁式が2 kHzより上では超磁歪式が人工マストイド上での電圧感度は高かった(図3)。

 ヒト骨導ABRについては、代表例として0.5, 2, 8kHzの波形を示した(図4 a,b,c)。ABRの縦軸は刺激が入力された時点を表しており、スケールはABR/各骨導レシーバ対応表をもとにヒアリングレベル (HL)を用いて表した。0.5kHzトーンバースト刺激では力の出力は電磁式が出ており、2kHzではほとんど差がなかったが、8kHzでは、超磁歪式の力の出力が大きく、電磁式に比しABRはよく観察された。

 また各周波数において両骨導レシーバで測定したヒト骨導ABRの平均閾値には統計学的に有意差が見られなかった。

 臨床例の先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児6例の骨導ABR平均閾値は0.5, 2, 8kHzにおいて健聴者と統計学的に有意差が見られなかった。

考察

 先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児の骨導ABRでは、0.5,2,8kHzにおいて健聴者との閾値に統計学的有意差はなかったことから、これらの症例は骨導聴力が良好であるため、本来備わっている良好な骨導聴力を活用すれば、より広い範囲で音を聴取できるはずである。これまでの補聴器よりも再生周波数帯域が広い超磁歪骨導補聴器を用いることによって、先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児が健聴者の可聴域と近い範囲で聞くことが可能となる。

 理想的な音質、音量を保つには電磁式、超磁歪式が組み合わさったようなタイプの骨導補聴器が最も良いと考えられるが、超磁歪式骨導補聴器の開発は骨導補聴器の再生周波数帯域において進歩につながったと確信している。

全体のまとめ

 動物およびヒト骨導ABRの実験から8×2mmの超磁歪素子からなる超磁歪式骨導振動子は広い周波数、特に高音域で出力することができる新しい骨導振動子として使用が可能である。先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症症例では骨導ABRの結果から、少なくとも8kHzまでの骨導聴力が正常であり、フレエイ社が東大耳鼻咽喉科とともに超磁歪式システムを骨導補聴器に応用し、これをこれらの患者が使用することで、今後彼らは良好な骨導聴覚機能を広い周波数で享受できるようになると考えられる。

 図1(a,b,c,d)0.5kHzでは電磁式振動子はラット頭蓋を振動させる速度が超磁歪式よりも大きかったが、2kHz以上で徐々に小さくなり、30kHzではABRをかろうじて認める程度になった。これに対し、超磁歪式振動子で測定したものは30kHzでも、ABRがよく観察され、頭蓋振動速度も測定できた。

各周波数別に電磁式と超磁歪式に1Vpp入力したときの頭蓋振動速度の平均値を比較すると、0.5kHzでp=0.019、1kHzでp=0.001、2kHzでp<0.001、4kHzでp<0.001、8kHzでp<0.001となり、0.5,1kHzは電磁式が、2kHz以上は超磁歪式の値が有意に大きかった。

それぞれの骨導レシーバに1V入力したときに何Nの力を出力しているか(電圧感度)を人工マストイド上での測定した結果である。

2kHzまでは電磁式が2 kHzより上では超磁歪式が電圧感度は高かった。

 図4 (a,b,c)0.5kHzトーンバースト刺激では力の出力は電磁式が出ており、2kHzではほとんど差がなかったが、8kHzでは、超磁歪式の力の出力が大きく、電磁式に比しABRはよく観察された。

図1 (a)ラット骨導ABR 0.5kHz 上段 超磁歪式 下段 電磁式

図5 (b)ラット骨導ABR 2 kHz上段 超磁歪式 下段 電磁式

図1 (c)ラット骨導ABR 8kHz 上段 超磁歪式 下段 電磁式

図1 (d) ラット骨導ABR 30kHz 上段 超磁歪式 下段 電磁式

図2 各振動子に1Vppを入力したときの頭蓋振動速度

図3 人工マストイド上での骨導レシーバの電圧比較

図4 (a)ヒト骨導ABR 0.5kHz 上段 超磁歪式 下段 電磁式

図4 (b)ヒト骨導ABR 2kHz 上段 超磁歪式 下段 電磁式

図4 (c)ヒト骨導ABR 8kHz 上段 超磁歪式 下段 電磁式

審査要旨 要旨を表示する

 現在広く使用されている骨導補聴器の基本原理は1900年代前半に開発されたものであり、骨導補聴器に使われている振動子の振動様式は電磁式と呼ばれるものである。この振動子は0.5-1kHzにピークを持つ山型の増幅特性が特徴であり、0.25kHz以下の低音域、4kHz以上の高音域での利得には限界がある。電磁式骨導振動子には改善すべき点が多くあるが、骨導補聴器を使用する人口が少ないことや小型軽量化が難しいことなどから、これまで新たな振動子を開発する試みは少なかった。平成16-17年、日本のフレエイ社が超磁歪素子から成る新しい骨導振動子を東京大学耳鼻咽喉科学教室と共同開発した。本研究はこの超磁歪骨導振動子の周波数特性およびひずみなどを骨導振動子特性測定装置で測定し、振動子の性能について動物やヒトのABRの測定を実際に行い評価した。そして従来の電磁式骨導振動子の特性と比較して、下記の結果を得た。

1. 動物実験は、東京大学動物実験マニュアルおよび規則に基づいて行った。10kHz以上の高音域を出力することが可能な超磁歪式骨導振動子(長さ8mm×径2mmの超磁歪素子を使用)の性能を他覚的に評価するために、可聴域が約0.15-67kHzと言われている成熟ウィスターラット6匹の骨導ABRを測定し、電磁式と比較した。骨導ABR測定後、レーザードップラー振動計(LDV)で連続正弦波を用いてラットの頭蓋振動速度を測定し、FFT(fast Fourier transformation analyzer)にて解析を行った。各振動子で測定した骨導ABRの誘発刺激の較正にはラット頭蓋振動速度の値を用いた。その結果 電磁式振動子では2kHz以上の周波数でラット頭蓋を振動させる速度が徐々に小さくなり、30kHzではABRをかろうじて認める程度になった。これに対し、超磁歪式振動子で測定したものは30kHzでも、ABRがよく観察され、頭蓋振動速度も測定できた。

2. 各骨導振動子で測定した骨導ABR閾値上での頭蓋振動速度平均値は、繰り返しのある二元配置分散分析法(two-way repeated-measures ANOVA)で比較すると有意差はなかった。この頭蓋振動速度平均値は測定した周波数において-35dBから-50dBの範囲にあった(0dB re 1mm/s)。

3. 各振動子に1Vppを入力した時のラット頭蓋振動速度は、統計解析(ANOVA)で比較した結果、0.5,1kHzではラット頭蓋振動速度は超磁歪式が電磁式よりも有意に小さく、2-30kHzでは頭蓋振動速度は超磁歪式が電磁式よりも有意に大きくなった。電磁式は0.5,1kHzで超磁歪式よりも5-10dB、超磁歪式は2kHz以上で電磁式よりラット頭蓋を10-40dB (0dB re 1mm/s)も、より振動させることができることがわかった。

4. 臨床実験では、ヒト用超磁歪式骨導レシーバ(長さ8mm×径2mmの超磁歪素子を使用)とオージオメーターの骨導レシーバとして広く使用されているRion BR-41の周波数特性を骨導振動特性測定装置である人工マストイド(B&K 4930)を用いて8kHzまで測定した。その結果、1Vの入力に対する人工マストイド上での出力(電圧感度)については2kHzまでは電磁式が2kHzより上では超磁歪式が人工マストイド上での電圧感度は高かった。また、正常例である健聴者8人と臨床例の先天性両側外耳道閉鎖症患者6人に対して、検査の説明と同意を得た上で、0.5-8kHzまでのオクターブごとの周波数でトーンバースト刺激を使用して骨導ABRを測定した。骨導ABRの8kHzでは、超磁歪式の力の出力が大きく、電磁式に比し健聴者のABRはよく観察された。

5. 各周波数において両骨導レシーバで測定したヒト骨導ABRの平均閾値には統計学的に有意差が見られなかった。また先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児6例の骨導ABR平均閾値は0.5, 2, 8kHzにおいて健聴者と統計学的に有意差が見られなかった。

6. 先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症症例の骨導ABR閾値が0.5,2,8kHzにおいて健聴者と統計学的有意差を認めなかったことは、先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児の骨導聴力が良好であり、骨導では健聴者と同様に音を聴取できることを意味している。超磁歪骨導補聴器を用いることで、先天性両側小耳症、外耳道閉鎖症児は健聴者の可聴域と近い範囲で聞くことが可能となる。

 理想的な音質、音量を保つには電磁式、超磁歪式が組み合わさったようなタイプの骨導補聴器が最も良いが、超磁歪式骨導補聴器の開発および本研究による評価は、骨導補聴器の再生周波数帯域において進歩につながったと考えられる。それゆえ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク