学位論文要旨



No 122622
著者(漢字) 篠田,裕介
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,ユウスケ
標題(和) Kruppel-like transcription factor KLF5による骨軟骨代謝制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 122622
報告番号 甲22622
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2918号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 講師 小宮根,真弓
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

Kruppel-like transcription factor KLF5(以下KLF5)(別名IKLF, BTEB2)は、C末端側にC2H2型のZinc-finger motifを3回繰り返す特徴的な構造を持つKLFファミリーの一員である。 KLFファミリーは、現在人間で17種類が同定されており成長因子を含む多様な遺伝子プロモーター領域に存在するGC-boxやCACCC-box及びその類似配列を認識し、その転写を巧妙に調節している。近縁の転写因子であるSp1ファミリーが細胞種に関わらない一般的な機能を持つのに対して、KLF ファミリーには、細胞種に特異的な機能を持つ物が多く、細胞分化や胎生期の発達に重要な役割を果たしていると考えられている。

 KLF5は、腸管上皮細胞・血管平滑筋細胞・脂肪細胞等における発現が報告されているが、胎生期における発現の報告も多く、他のKLFファミリー同様、発達の過程で重要な役割を果たしていると考えられている。

 KLF5遺伝子ノックアウトマウスは、東京大学大学院医学系研究科循環器内科の新藤先生・真鍋先生らによって作製された。ホモノックアウトマウスは胎生8.5日以内に死亡するため、主にヘテロノックアウトマウス(以下KLF5+/-マウス)の解析が行われている。KLF5+/-マウスは、寿命・生殖能は正常であり、肉眼的には血管に明らかな異常を認めない。しかし、ポリエチレンチューブのカフを大腿動脈に巻き付け血管損傷をおこすと、野生型では厚い肉芽組織が生じ血管内に明らかな新生内膜が認められたのに対し、KLF5+/-マウスにおいては肉芽組織や新生内膜はほとんど形成されなかった。これより、KLF5は外的ストレスに応じて発現し、組織のリモデリングに重要な役割を果たすと考えられた。また、KLF5が血管侵入や血管の再生に重要であるとの報告もある。

 現在、骨軟骨組織においては、KLFファミリーの発現の報告はないが、この転写因子群は近年発見されたものであり、骨軟骨組織における発現の検討が行われていない可能性が高い。実際、類縁のSpファミリーの中では、Sp1, Sp3, Osterix (Sp7)が発現していることが知られており、中でもOsterixは骨芽細胞分化に必須の分子であり、KLF/SPファミリーが骨軟骨組織において重要な役割を果たしている可能性が示唆される。

 そこで、本論文においては、まずKLF5の骨軟骨組織における発現を確認し、KLF5+/-マウスの表現型を検討した。次に、KLF5が組織リモデリングや炎症にも重要であるため、骨折モデルと関節炎モデルをKLF5+/-マウスに導入した。また、KLF5の骨軟骨組織における機能をin vitroにて検討した。

2. KLF5+/-マウスの解析

最初に、KLF5の骨軟骨組織での発現を確認したところ、RT-PCRでは初代骨芽細胞、初代軟骨細胞、骨芽細胞系細胞のMC3T3E-1、軟骨細胞系細胞のOUMS27に多く発現していたが、破骨細胞やマクロファージ系細胞のRaw264.7細胞には発現が少なかった。免疫組織学的にも、胎生15.5日齢、生後1日齢、8週齢マウスの脛骨において、主に骨芽細胞と軟骨細胞に発現が認められた。そのため、KLF5は骨軟骨組織において何らかの機能を果たしている可能性が高いと考えたが、生後4週齢・8週齢・50週齢においては、体重、単純レントゲン像、骨密度、脛骨組織像において、野生型とKLF5+/-マウスに明らかな違いを認めなかった。このことより、KLF5が成体の骨軟骨組織においては、それほど重要な役割を果たしていない可能性も否定はできない。しかし、KLF5の発現は胎生期に多いとの報告や、出生直後はKLF5+/-マウスで体重が軽いとの報告もあり、KLF5のhaploinsufficiencyの状態は、成長と共に、KLF5遺伝子そのもの、または他の遺伝子によって、その機能が代償されている可能性が高い。

 胎生期の長管骨においては、軟骨内骨化により骨組織が形成される。この過程には、組織のリモデリングや血管の侵入が非常に重要であり、その後もリモデリングによりその構造を保つ。KLF5は前述の様に、組織リモデリングや血管侵入に重要であると考えられているため、KLF5がこの過程においても関与していないかを、KLF5+/-マウスの胎児を用いて検討した。

 KLF5+/-マウスは、胎生15.5日から16.5日齢において、全身の大きさが明らかに小さく、脛骨長が有意に短かったが、生後1日齢においては差が見られなくなった。胎生15.5日から16.5日齢では、10型コラーゲンの発現の遅れは見られないにも関わらず、肥大軟骨細胞周囲の軟骨基質の石灰化が遅れており、骨髄腔形成の遅延が見られた。さらに、生後1日齢においても、軟骨基質の残存と石灰化遅延が見られ、肥大軟骨層が延長していた。よって、KLF5は軟骨基質の石灰化や、軟骨基質の分解に重要な役割を果たしていると考えられた。骨髄腔の形成には、軟骨基質の分解とともに血管侵入も非常に重要であり、KLF5が血管侵入にも関与している可能性が示唆された。これは、前述した様にKLF5が組織のリモデリングに関与する重要な遺伝子であることを裏付ける結果であった。

3. KLF5+/-マウスへの負荷モデル導入

 骨折の治癒過程においては、膜性骨化と並行して軟骨内骨化が起こり、胎生期と同様にリモデリングが進行する。そこで、8週齢のKLF5+/-マウスに骨折モデルを導入し、この過程におけるKLF5の役割を検討した。しかし、KLF5+/-マウスと野生型で明らかな差を認めなかった。骨折治癒過程において、KLF5が重要な役割を果たしていない可能性も考えられたが、KLF5が軟骨組織のリモデリングに重要であることが確認されており、骨折モデルにおいて差を認めなかったのは、すでにKLF5のhaploinsufficiencyを代償する遺伝子が十分に発現しているためである可能性が高い。

 整形外科で重要な疾患のひとつに慢性関節リウマチがある。KLF5が炎症に関与しているとの報告もあり、KLF5+/-マウスに関節炎モデルを導入し野生型と比較検討したが、関節炎スコアには差が見られなかった。関節炎モデルにおいてKLF5の発現は野生型マウスと変わらず、関節軟骨破壊に関与する破骨細胞やマクロファージにおいてKLF5の発現レベルが低いことからも、このモデルにおいてはKLF5の関与が少ないと考えられた。

4. KLF5の骨軟骨組織における機能の解析

 KLF5+/-マウスの胎生期と周産期の表現型から、KLF5が軟骨基質の石灰化や分解、血管侵入に関わっていると考えられた。そこで、KLF5がどの様なメカニズムでこれらの調節を行っているのかを考えた。

 成長板において、軟骨基質分解や、血管侵入に重要と考えられている代表的な分子としてMatrix metalloproteinase 9(MMP9)、Matrix metalloproteinase 13(MMP13)、VEGF-Aが挙げられる。KLF5は転写因子であり、これらの分子の転写を調節している可能性があると考え、KLF5過剰発現によるこれらの分子の発現をin vitroにて検討した。すると、OUMS27細胞においてKLF5を過剰発現すると、MMP13やVEGFのmRNA発現の変化はわずかであったが、MMP9のmRNA発現、酵素活性が著明に上昇した。逆に、KLF5+/-マウス由来の初代軟骨細胞においてもMMP9の発現が低下しており、免疫組織学的にも胎生15.5日齢のKLF5+/-マウスの脛骨骨幹部において野生型に比しMMP9の発現が低下していた。さらに、OUMS27細胞においてKLF5のRNAiを行うと、MMP9の発現が抑制された。これより、KLF5は軟骨細胞においてMMP9の転写を制御していることが示された。さらに、OUMS27細胞にKLF5を過剰発現し、細胞外基質・接着因子の制御や血管形成に関連する遺伝子のPCRarrayを行ったところ、軟骨に発現する遺伝子の中ではMMP9の発現誘導が最も顕著であることが確認された。

 軟骨基質分解には破(軟)骨細胞が重要であるため、KLF5が破骨細胞形成に与える影響を検討したが、retro virusを用いてKLF5を過剰発現しても、破骨細胞形成には差を認めなかった。さらに、MMP9は破骨細胞で多く発現している蛋白であるため、KLF5を過剰発現した破骨細胞におけるMMP9発現量を検討したが、やはり明らかな差を認めることはできなかった。

5. 考察

 KLF5+/-マウスにおいては、軟骨基質の石灰化や分解の遅延、骨髄腔形成の遅延が起きていたが、この表現系の一部は軟骨細胞におけるMMP9の発現の低下によるものと考えられた。しかし、MMP9の発現の低下のみでKLF5+/-マウスの表現型をすべて説明するのは難しいと思われる。

 KLF5は軟骨最終分化、軟骨基質の分解、血管侵入に関わる分子としてMMP9、MMP13、VEGF-Aとともに非常に重要であることが示されたが、転写による発現制御のみならず、これらの分子との関係をより詳しく精査していく必要がある。また、軟骨組織におけるKLF5の役割を明確にするために、Cre-loxP systemを使用して軟骨特異的なKLF5ノックアウトマウスを作成し、解析を進めたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、細胞分化や胎生期の発達に重要な役割を果たしていると考えられているKruppel-like transcription factor KLF5の、骨軟骨代謝制御機構を明らかにするために、KLF5へテロノックアウトマウスの解析を行い、さらにin vitroにおいてその機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. まず、KLF5の骨軟骨組織での発現を確認したところ、RT-PCRでは初代骨芽細胞、初代軟骨細胞、骨芽細胞系細胞のMC3T3E1、軟骨細胞系細胞のOUMS27に多く発現していたが、破骨細胞やマクロファージ系細胞のRaw264.7細胞には発現が少なかった。免疫組織学的にも、胎生15.5日齢、生後1日齢、8週齢マウスの脛骨において、主に骨芽細胞と軟骨細胞に発現が認められた。次にKLF5+/-マウスの解析を行った。生後4週齢・8週齢・50週齢においては、KLF5+/-マウスの骨軟骨組織に明らかな異常を認めなかったが、胎生15.5日から16.5日齢においては、全身の大きさが明らかに小さく、脛骨長が有意に短かった。胎生15.5日から16.5日齢では、10型コラーゲンの発現の遅れは見られないにも関わらず、肥大軟骨細胞周囲の血管形成、軟骨基質の石灰化が遅れており、骨髄腔形成の遅延が見られた。さらに、生後1日齢においても、軟骨基質の残存と石灰化遅延が見られ、肥大軟骨層が延長していた。よって、KLF5は軟骨基質の石灰化や、軟骨基質の分解に重要な役割を果たしていると考えられた。

2. 8週齢のKLF5+/-マウスに骨折モデル及び関節炎モデルを導入し、この過程におけるKLF5の役割を検討した。しかし、KLF5+/-マウスと野生型で明らかな差を認めなかった。骨折治癒過程や関節炎において、KLF5が重要な役割を果たしていない可能性も考えられたが、KLF5が前述の様に軟骨組織のリモデリングや炎症に重要であることが確認されており、骨折モデルにおいて差を認めなかったのは、すでにKLF5のhaploinsufficiencyを代償する遺伝子が十分に発現しているためである可能性が高いと考えられた。

3. 成長板において、軟骨基質分解や、血管侵入に重要と考えられている代表的な分子としてMatrix metalloproteinase 9(MMP9)、Matrix metalloproteinase 13(MMP13)、VEGF-Aが挙げられる。KLF5は転写因子であり、これらの分子の転写を調節している可能性があると考え、KLF5過剰発現によるこれらの分子の発現をin vitroにて検討した。軟骨細胞系細胞であるOUMS27細胞においてKLF5を過剰発現すると、MMP13やVEGFのmRNA発現の変化はわずかであったが、MMP9のmRNA発現、酵素活性が著明に上昇した。逆に、KLF5+/-マウス由来の初代軟骨細胞においてはMMP9の発現が低下しており、免疫組織学的にも胎生15.5日齢のKLF5+/-マウスの脛骨骨幹部において野生型に比しMMP9の発現が低下していた。さらに、OUMS27細胞においてKLF5のRNAiを行うと、MMP9の発現が抑制された。これより、KLF5は軟骨細胞においてMMP9の転写を制御していることが示された。さらに、OUMS27細胞にKLF5を過剰発現し、細胞外基質・接着因子の制御や血管形成に関連する遺伝子のPCRarrayを行ったところ、軟骨に発現する遺伝子の中ではMMP9の発現誘導が最も顕著であることが確認された。軟骨基質分解には破(軟)骨細胞が重要であるため、KLF5が破骨細胞形成に与える影響を検討したが、retro virusを用いてKLF5を過剰発現しても、破骨細胞形成には差を認めず、さらにKLF5を過剰発現した破骨細胞におけるMMP9発現量を検討したが、やはり明らかな差は認めなかった。これより、KLF5+/-マウスの表現系の一部は、軟骨細胞におけるMMP9の発現減少によるものと考えられた。

以上、本論文はKLF5が軟骨細胞におけるMMP9の発現を制御する遺伝子であり、軟骨基質の石灰化や、軟骨基質の分解に重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は、骨軟骨組織において重要な役割を果たしているKLF5の発現及び機能について検討した初めての論文であり、軟骨の最終分化と軟骨基質の分解機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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