学位論文要旨



No 122626
著者(漢字) 別所,雅彦
著者(英字)
著者(カナ) ベッショ,マサヒコ
標題(和) CT画像を用いた有限要素法解析による大腿骨近位部強度の予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 122626
報告番号 甲22626
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2922号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 助教授 高取,吉雄
内容要旨 要旨を表示する

 近年、高齢者の人口比の増加に伴い骨粗鬆症患者が急増している。骨粗鬆症が原因である大腿骨近位部骨折の患者は、近年発生件数が年間約12万人となり、年々確実に増えている。このため、骨折危険度の評価は骨粗鬆症の診断にきわめて重要である。現在の骨折危険度の評価法は、X線写真に基づいた医師の経験からの推定や、超音波、定量的コンピュータ断層撮影法(quantitative computed tomography:QCT)、二重エネルギーX線吸収法(dual energy x-ray absorptiometry:DXA)による骨密度の測定が主流である。しかし、これらの方法は骨密度の測定が主体であり、立体構造的評価ができないという限界がある。十分な精度と再現性のある骨強度評価法がなく、診断および治療効果の判定を確実に行う技術の確立が必要になっている。我々は、任意の方向や大きさの荷重に対する構造物の力学的強度を計算することができる有限要素法に着目し、「ヒト大腿骨近位部の強度を十分な精度で予測できる有限要素解析モデルを構築すること」を本研究の目的とした。

 本研究では以下のことを行った。

・予備試験として模擬大腿骨(Sawbones)の解析モデルを構築し、力学試験による模擬骨の単軸圧縮荷重試験を行った。破壊強度・破壊部位・模擬骨表面のひずみを測定し解析モデルの検証を行うことにより、有限要素法解析ソフトウエアの動作検証、実証試験の手順の確認を行った。

・ヒト新鮮凍結大腿骨の解析モデルを構築し、単軸圧縮荷重試験を行い構築した解析モデルの精確性を検証した。

・ヒト大腿骨解析モデルを用いて大腿骨近位部骨折患者の非骨折側の骨強度評価を行い臨床応用の可能性を検討した。

1.模擬大腿骨の解析

 解析モデルの精確性を評価するためには、実験条件と解析条件を精確に合わせることが重要である。このため、2次元デジタル画像を用いた実験と解析モデルの位置合わせ(Registration)の方法を開発した。模擬骨表面にエポキシ樹脂Markerを貼付し、Markerを利用してRegistrationを行った。Registrationの誤差は、約0.8mmであった。

 模擬大腿骨近位部を対象に12枚のひずみゲージを貼付し単軸圧縮荷重試験を行い、ひずみ・破壊荷重を測定し、破壊部位を確認した。模擬骨の解析モデルは、CT撮影により取り込んだ形状データから4面体要素と3角形平板要素を用い構築した。Registrationにより実験条件と解析条件をあわせ非線形解析を行った。解析モデルの破壊を、1つ以上の3角形平板要素の最大主応力がその要素の引張り強度を超える場合(クラック)、または、1つの3角形平板要素のDrucker-Prager相当応力が要素の圧縮強度を超え、かつ最小主ひずみの絶対値が3000 microstrain以上の場合(圧潰)とした。

 実験値と解析値の破壊荷重は10 %程度の誤差があった。実験値と解析値の主ひずみの相関は、r=0.976(p<0.0001)と高い相関性が得られた。実験の破壊部位は、解析の破壊部位と近似していた。有限要素法解析ソフトウエアの動作検証、実証試験の手順の確認を行った。

2.ヒト大腿骨新鮮凍結大腿骨標本を用いた実証試験

 男性5人(30〜90歳平均56.8歳)、女性6人(52〜85歳平均71.5歳)ら摘出した右大腿骨11本を使用した。東京大学医学部倫理委員会の承認をへて遺族への説明同意を得た後に、死後24時間以内に採取し、実験まで凍結保存した。CT画像、軟X線にて摘出大腿骨に骨折、ガン転移などの骨病変がないことを確認した。大腿骨は、小転子中央から遠位に140mmの部分で骨幹部を切断し、近位の軟部・骨膜を除去した。Registration用にエポキシ樹脂Markerを計11個貼り付けた。CT(Aquilion Super 4、東芝メディカルシステムズ)を用いて、骨量ファントム(B-MAS200, 京都科学)とともに、検体を3mmスライスで撮影を行った。また、DXA装置(XR36、Norland Medical Systems)を用いて大腿骨頚部の骨密度を測定した。大腿骨にひずみゲージを計12枚貼付し、大腿骨骨軸20度傾けて骨頭に対して準静的に圧縮を行った。降伏荷重、骨折荷重、ひずみの測定を行った。実験後、骨折部位同定のため、断層CT撮影を行った。一方、CT画像から海綿骨に3mmの4面体要素と、皮質骨外層に0.4mmの3角形平板要素を使用し3次元骨強度解析モデルを作成した。骨は不均質材料とし、骨密度は各要素のHounsfield値をもとに骨量ファントムの検量線から作成した換算式で計算した。各要素のヤング率および降伏応力は、各要素の骨密度から、Keyak(1998)ら、Keller(1994)らの方法を用いて個々に設定した。ポアソン比は0.4とした。Registrationを用い荷重拘束条件は実験条件と同じにした。非線形解析を行い、1つの4面体要素のDrucker-Prager相当応力が要素の降伏応力を超えた場合をモデルの降伏とした。1つの3角形平板要素の最大主応力がその要素の臨界引張り応力を超える場合(クラック)、または、1つの3角形平板要素のDrucker-Prager相当応力が要素の降伏応力を超え、かつ最小主ひずみの絶対値が10000microstrain以上の場合(圧潰)をそれぞれモデルの骨折と定義した。骨折荷重・降伏荷重の実験値と解析値、弾性領域・塑性領域・骨折後領域における主ひずみの実験値と解析値、実験と解析の骨折部位を比較した。DXA法による骨密度と実験の骨折荷重の相関性を検討した。統計学的評価は、Pearsonの相関係数検定、直線回帰を行い、有意水準をp<0.05とした。

 X軸を降伏の解析値、Y軸を同実験値とした回帰直線は、Y=1592+0.809X(r=0.942,95% confidence interval,0.786-0.985;standard error of the estimate(SEE)=394N;p<0.0001)であった。

 X軸を降伏の解析値、Y軸を同実験値とした回帰直線は、Y=642+0.936X(r=0.979,95%confidence interval,0.920-0.995;SEE=228N;p<0.0001)であった。

 弾性領域・塑性領域・骨折後領域の主ひずみの実験値と解析値の相関は、それぞれr=0.963(p<0.0001)、0.964(p<0.0001)、0.950(p<0.0001)で高い相関性があった。

 冠状断の断層CT画像では、骨頭が頚部に陥入するような骨折型が見られた。海綿骨の骨折は、最小主ひずみ分布のひずみの絶対値が大きい部分や4面体要素の破壊部位に近く、また、皮質骨の骨折部分は、3角形平板要素の破壊部位に近かった。

 DXA法による骨密度と骨折荷重の相関は、r=0.844(p<0.001)であった。骨折荷重の実験値と有限要素法による解析値の相関は、骨折荷重とDXA法による骨密度の相関より明らかに高かった(p=0.015)。

 骨折荷重の実験と解析の相関性は、Keyakら(1998)、Codyら(1999)、Keyak(2001)の先行研究と比較しても、明らかに劣っていなかった。主ひずみの実験値と解析値の相関性は、Keyakら(1993)、Lengsfeldら(1998)やOtaら(1999)の先行研究と比較すると明らかに高かった。

 CTを用いた有限要素法解析は、骨折荷重予測、骨折部位予測、ひずみの予測が可能であり、大腿骨近位部の強度を精確に評価することができた。

3.大腿骨近位部骨折患者の非骨折側の骨強度評価

 女性大腿骨近位部骨折患者37名を対象とした。年齢は、70〜95歳(平均83歳)。骨折型は大腿骨頚部内側骨折17名、転子部骨折20名であった。患者および患者家族への説明同意を得た後に、入院後3日以内に患者の非骨折側の大腿骨をCT撮影を行った。ヒト大腿骨実証試験と同様に解析モデルを作成した。Fujiiら(1987)とKeyakら(2001)の方法を参考に1種類の立位条件、7種類の転倒条件を設定した。

 立位条件は転倒条件より明らかに予測骨折荷重は高かった。側方に転倒するよりも後側方に転倒する条件が、予測骨折荷重は明らかに低下した。転倒では、1つの条件を除いてすべての症例で転子部骨折が予測された。

 荷重方向による予測骨折荷重や予測骨折部位の変化の結果は、先行研究の結果と矛盾せず、生体内で大腿骨近位部の強度評価が可能であった。

 骨強度測定を精確に評価できることは、既存の骨密度測定法では骨粗鬆症とは判定されない患者に適切な治療を行うことが可能である。これにより骨折患者の発生件数が抑えられる可能性がある。骨粗鬆症患者での大腿骨近位部の骨折危険度の判定、骨粗鬆症治療薬による治療効果判定として臨床応用されることが期待される。今後、既存の骨密度測定装置に代わる検査方法に発展させていく一方、臨床で簡便に使用できる方法として改良を行っていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

 従来から行われている骨強度予測は、X線写真に基づいた医師の経験からの推定や二重エネルギーX線吸収法による骨密度の測定が主流である。しかし、これらの方法は骨の定量的な立体構造的強度評価ができない。本研究は、有限要素法を用いてヒト大腿骨近位部の立体構造的強度を十分な精度で予測する方法の確立を目的としたもので、下記の結果を得ている。

1. 有限要素法で使用する大腿骨近位部に適する解析モデルを構築し、模擬大腿骨近位部の圧縮試験によって、そのモデルの精度の検証を行った。破壊荷重の実験値と解析値、模擬骨表面の主ひずみの実験値と解析値、破壊部位の実験と解析の比較によって、構築した解析モデルは模擬大腿骨近位部の強度を高い精度で予測可能であることを明らかにし、ヒト大腿骨近位部の強度予測の可能性を示した。

2. CT画像を用いた有限要素法(CT/有限要素法)によりヒト大腿骨近位部の強度を予測が可能であるかを、ヒト新鮮凍結大腿骨を用いた圧縮試験によって検証した。骨折荷重の実験値と解析値、骨表面の主ひずみの実験値と解析値、骨折部位の実験と解析の比較によって、大腿骨近位部の強度をCT/有限要素法で予測可能であることを明らかにした。

3. 臨床において、CT/有限要素法で大腿骨近位部の強度を予測が可能であるかを検証するために、大腿骨近位部骨折患者の非骨折側の強度予測を行った。解析モデルに対して、立位条件や転倒条件を模擬した8種類の荷重拘束条件を与え、それぞれ骨折荷重と骨折部位を解析した。荷重拘束条件による骨折荷重や骨折部位の変化の結果は、荷重方向による骨折荷重や骨折部位の変化を解剖大腿骨で検証した先行研究の結果と矛盾しなかった。CT画像を用いた有限要素法解析による骨強度予測法は、臨床においても応用可能であることが示された。

 以上、本論文は、ヒト大腿骨近位部の強度を十分な精度で予測可能な、CT画像を用いた有限要素法解析の手法を確立した。この手法によって、骨粗鬆症の治療において骨強度を定量的に立体構造的強度評価が可能であり、診断・治療、骨折予防等に今後重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値する者と考えられる。

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