学位論文要旨



No 122627
著者(漢字) 星川,慎弥
著者(英字)
著者(カナ) ホシカワ,シンヤ
標題(和) Myelin-associated glycoprotein (MAG)遺伝子プロモーター解析によるシュワン細胞分化機構の研究
標題(洋)
報告番号 122627
報告番号 甲22627
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2923号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 講師 星地,亜都司
内容要旨 要旨を表示する

 シュワン細胞は末梢神経軸索の周囲にミエリンを形成する細胞であり、軸索の伝導機能を維持するのみならず末梢神経損傷の際は軸索を誘導する働きも知られている。神経提から発生するシュワン細胞は未分化シュワン細胞、前ミエリン形成シュワン細胞を経てミエリンを形成するにいたるが、その分化のメカニズムは必ずしも明らかではない。

 これまでの報告から細胞内のcAMP上昇が分化を誘導すること、そしてさまざまなサイトカインがその分化過程を修飾することが知られており、シュワン細胞の増殖・分化の研究はcAMPとサイトカイン刺激を中心に行われてきている。

 これらサイトカインからのシグナルの下流では転写因子による転写制御が行われていると考えられる。シュワン細胞で重要な働きをしている転写因子は、Sox-10,Oct-6,Krox-20が知られている。それぞれノックアウトマウスが作出されており、Sox-10 K.O.では早期の末梢グリア細胞が消失、Oct-6 K.O.ではミエリン形成が極度に遅延、Krox-20 K.O.ではミエリンが全く形成されない、といずれもミエリン形成の障害がある。これらの中でSox-10はシュワン細胞の分化マーカーであるP0を転写の標的としているが、他の分化マーカーに関して発現の上昇を制御する特異的転写因子は明らかになっていない。

 本研究では、未分化シュワン細胞から前ミエリンシュワン細胞へのステップで発現レベルが大きく上昇する分化マーカーであり、ミエリンの構成蛋白であるMyelin-associated glycoprotein(MAG)に着目し、その遺伝子のプロモーター解析を行うことにより、MAGを上昇させシュワン細胞を分化に導く転写制御因子の同定、さらにその因子がシュワン細胞分化機構に及ぼす影響の解明を目的とした。

 ラットゲノム遺伝子よりMyelin-associated glycoprotein(MAG)遺伝子プロモーター領域をクローニングし、ルシフェラーゼレポーターベクターに組み込んだ。シュワン細胞へ導入し、デリーション解析を行うことにより、同遺伝子のシスエレメントを同定した。MAG 遺伝子転写開始点上流、-136位より-117位の20塩基配列(5'-acaagggcccctttgtgccc-3')がMAG プロモーターにおけるシスエレメントであることが判明した。同部の塩基配列は種間(ヒト、ラット、マウス)で完全に保存されており、既知の転写因子の結合コンセンサスは含んでいなかった。同部にシュワン細胞核抽出蛋白が結合することをEMSAにより証明した。

 判明したシスエレメントをベイト配列に用い、酵母ワンハイブリッドスクリーニングにより、シスエレメントに結合し転写活性を高める新規蛋白、RING finger protein 10(RNF10)を同定した。RNF10は2000年にコードする遺伝子が新規にクローニングされた蛋白で、機能の報告は、血管平滑筋の分化・増殖を制御する転写因子Mesenchyme Homeobox 2(Meox2)に結合し、転写活性を増強するというもの一報のみである。

 in vitro翻訳によりRNF10蛋白を合成し、シスエレメントを含む2本鎖 DNA プローブとともにEMSAを行った。その結果、DNA-蛋白複合体のバンドが観察され、RNF10蛋白とシスエレメントの結合が証明された。

 次に、RNF10のシュワン細胞における機能を検討した。RNF10を発現ベクターを用いてシュワン細胞で強制発現させたところ、MAGプロモーターのルシフェラーゼ活性は上昇した。ルシフェラーゼレポーター単独の導入では活性の上昇が見られなかったROS細胞(Rat Osteoblast cell line)においても、RNF10を同時発現させることによりシュワン細胞において見られたものほどではないが、活性の上昇が見られた。このことから、RNF10はMAGプロモーターのシスエレメントに作用し転写活性を上昇させているものと考えられた。HAタグで標識したRNF10をシュワン細胞内で発現させ免疫染色すると、RNF10は核内に分布しており、核内で転写調節に関与していることが示唆された。

 RNAi技術を用いて、シュワン細胞でRNF10をノックダウンすると、ルシフェラーゼ活性の低下がみられ、またMAGの発現はメッセンジャーレベルでも、蛋白レベルでも低下していることが確認され、RNF10はMAGの発現に必須であることが示された。しかしながら、RNF10のシュワン細胞での強制発現系においてMAGメッセンジャーおよび蛋白の上昇は見られず、RNF10は単独で十分にMAGの転写活性を高めているわけではなく、他の因子の関与が示唆された。このことは前述のROS細胞におけるルシフェラーゼアッセイの結果とも符合するものと考えられる。

 細胞増殖アッセイによりRNF10ノックダウンシュワン細胞の増殖能を検討したところ、コントロールの細胞に較べて、増殖能が亢進していた。シュワン細胞はミエリン形成初期に細胞周期から逸脱し増殖を停止するが、そのメカニズムはほとんどわかっていない。しかし、MAGの発現と共に細胞増殖が停止することから、MAGの発現を制御するRNF10が細胞増殖に何らかの役割を持っている可能性があり、今後の検討課題である。

 ここまで、RNF10はシュワン細胞におけるMAG発現に重要な因子であることを明らかにしてきたが、シュワン細胞分化の最終形態であるミエリン形成能に対するRNF10の影響を検討するため、in vitroミエリン形成アッセイを行った。ラット後根神経節より採取したニューロンとシュワン細胞を2-3週間共存培養することで、ミエリンの形成を観察できる。レトロウイルスによりRNF10 siRNAを安定発現させたシュワン細胞を用いて共存培養を行った。コントロールにはGFP siRNAの安定発現細胞を用いた。RNF10遺伝子が抑制されたシュワン細胞はミエリンを形成せず、RNF10がMAGの発現調節だけではなく、シュワン細胞の分化・ミエリン形成に重要な役割をしていることが示唆された。

 今後は、ノックアウトマウス作成などによる、in vivoでの検証も必要であると考えられる。

 本研究により新たに同定されたRING finger protein 10(RNF10)はMAG遺伝子の転写調節および、シュワン細胞分化・ミエリン形成制御に重要な働きをしているものと考えられる。シュワン細胞はすでに中枢、末梢神経領域での細胞治療に利用されることが検討されている細胞であり、今後の応用技術のためにもこうした細胞の分化メカニズムの詳細な理解が欠かせないと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は末梢神経のミエリンを形成し伝導機能の維持、恒常性の維持に重要な働きをするシュワン細胞の分化機構を解明するために、ミエリン形成初期に上昇するシュワン細胞の分化マーカーでありミエリンの構成蛋白であるMyelin-associated glycoprotein(MAG)の遺伝子プロモーターの解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.ラットゲノム遺伝子のMAG遺伝子プロモーター領域をルシフェラーゼベクターに組み込み、デリーション解析を行うことにより、MAG遺伝子転写活性を高めるシスエレメントを新規に同定した。その配列は5'-acaagggcccctttgtgccc-3'の20塩基であり、シュワン細胞特異的に作用し、種間(ヒト、ラット、マウス)で完全に保存されていた。また、既知の転写因子の結合コンセンサスを含んでいなかった。このシスエレメントを含む2本鎖DNAプローブ(DIG標識)およびシュワン細胞核抽出蛋白を用いてゲルシフトアッセイを行ったところ、DNA-蛋白複合体のバンドが観察され、シスエレメントとシュワン細胞核蛋白の結合が示された。

2.シスエレメントに結合し、MAG遺伝子転写活性を高める蛋白を同定するため、酵母ワンハイブリッドスクリーニングを行った。シュワン細胞のmRNAより作成したライブラリープラスミド由来の蛋白、およびシスエレメントをベイトに持つレポータープラスミドの相互作用で、栄養欠乏培地での酵母のコロニー生育が見られる。陽性コロニー800検体からライブラリープラスミドを回収し、シークエンス解析を行った。得られた候補遺伝子をシュワン細胞に導入し、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、MAG転写活性を高める蛋白として、RING finger protein 10(RNF10)を新規に同定した。

3.RNF10の機能解析を行った。in vitro翻訳により合成したRNF10を用いてゲルシフトアッセイを行い、シスエレメントとRNF10の結合が示された。RNF10を強制発現させたシュワン細胞およびROS細胞(Rat Osteoblast cell line)で、ルシフェラーゼアッセイを行うとシスエレメントの存在時のみ活性の上昇が見られ、RNF10がシスエレメントに作用しMAGの転写活性を高めていることが示された。また、RNF10のRINGドメインを欠失させた変異体では活性の上昇は見られず、同ドメインが転写活性化に必要であることが示された。HA-RNF10を発現させたシュワン細胞の免疫染色によりRNF10の核局在が示され、転写への関与を支持するものであった。

 RNAi技術を用いてシュワン細胞においてRNF10をノックダウンしたところ、ルシフェラーゼアッセイで活性の上昇を示さなかった。また、MAGの発現はmRNAレベル(リアルタイムPCR)、蛋白レベル(ウエスタンブロット)、共に抑制されており、RNF10がMAG転写活性化・発現に必須の因子であることが示された。In vitroミエリン形成アッセイにおいて、RNF10をノックダウンしたシュワン細胞では、ミエリン形成が著しく抑制されており、RNF10はMAGの転写調節および、シュワン細胞分化の最終形態であるミエリン形成に重要な因子であることが示された。

 以上、本論文はMAG遺伝子プロモーター解析により、MAG遺伝子におけるシュワン細胞特異的な新規のシスエレメントを同定した。また、シスエレメントに結合し転写制御を行う蛋白RNF10の存在を明らかにし、MAGの発現、ミエリン形成に重要な働きをしていることを示した。本研究はいまだ未知の部分が多いシュワン細胞分化、ミエリン形成における転写制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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