学位論文要旨



No 122628
著者(漢字) 松本,明彦
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,アキヒコ
標題(和) 成熟樹状細胞を用いた進行性腎細胞癌に対する免疫細胞療法の実践、及び樹状細胞におけるNotchリガンド発現変化の意義に関する考察
標題(洋)
報告番号 122628
報告番号 甲22628
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2924号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 久米,春喜
 東京大学 講師 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

背景

 (第一部)進行性腎細胞癌は化学療法、放射線療法に対して治療抵抗性であり、サイトカイン療法においても約20%の治療効果にとどまる。樹状細胞(dendritic cell, 以下DC)は腫瘍免疫応答の中心的役割を司る細胞であり、その強力な抗原提示作用により腫瘍抗原特異的リンパ球を効率的に誘導することが知られている。そのDCを生体外で大量に作成し悪性腫瘍患者へ投与することで、抗腫瘍効果を得ることを目的とした臨床試験が進行性腎細胞癌に対するDC療法として行われ、現在までに合計174症例中、完全治癒3例、部分応答5例が報告されている。しかしながら報告ごとに条件設定が異なるため方法、安全性や治療効果にいまだ一定の結論は出ていない。

 (第二部)DCは自然免疫および獲得免疫において必須の細胞であり、成熟段階や活性化状態により発現するさまざまな分子がダイナミックな形態変化を起こすことで、Tリンパ球に対しては主にTh1/Th2誘導や腫瘍特異的Tリンパ球の誘導または免疫寛容の誘導などの末梢性免疫応答を制御することが知られている。またNotch遺伝子は胚発生や幹細胞の分化において、細胞運命の決定に広くかかわり、ヒトでは4種類あるNotch遺伝子に対して、Delta1、Delta4、Jagged1およびJagged2の4種類あるNotchリガンドが結合することにより、Notchシグナルがリガンド発現細胞からNotch発現細胞の細胞内へと伝達される。近年になりDCが種々の刺激因子によりNotchリガンドを発現することで、マウスやヒトの実験系でTh1/Th2バランスの制御や、腫瘍特異的Tリンパ球の増幅に影響する知見が得られており、NotchシグナルによるDCやリンパ球での末梢性免疫応答の制御に関心が持たれている。

目的

 (第一部)進行性腎細胞癌患者に対して、患者の腫瘍抽出蛋白を腫瘍抗原として、TNF-α、IL-1βおよびPGE2で患者単球由来未熟DCを成熟化させたうえで、鼠径リンパ節周囲へ皮内投与する方法を選択しDC療法を行った。エンドポイントを安全性および免疫学的抗腫瘍効果の評価に設定した。

 (第二部)DCの多岐にわたる形態変化においてNotchリガンドの発現に注目し、その発現変化をフローサイトメトリー(flow cytometry, 以下FCM)により蛋白レベルで解析することで、末梢性免疫応答におけるNotchシグナルの役割について検討した。

材料と方法

 (第一部)腫瘍抽出蛋白は患者の腎摘除術直後の原発巣腫瘍組織から抽出した。アフェレーシスにて患者より末梢血単核球を回収し、段階的な比重遠心にて単球分画を精製し回収した。培養開始時に単球分画をフラスコに付着させることで単球の純度を高めたのち、GM-CSFおよびIL-4を添加し、5日間の培養で未熟DCへ分化させた。6日目に腫瘍抽出蛋白およびKLHをパルスし、その後TNF-α、IL-1β、PGE2を添加し、2日間の培養で未熟DCを成熟化させた。作成したDCは2週間おきに計3回投与する計画とし、患者の両鼠径リンパ節周囲に皮内投与をした。患者へ投与したDCの品質管理として、CD14、CD80、CD83、CD86、HLA-DR、CCR7の発現をFCMにより解析した。また細胞洗浄液の一部について、細菌、真菌培養およびエンドトキシン濃度の測定をした。有害事象の評価基準はNCI-CTCのアレルギー/免疫の項目に基づき行った。臨床評価はDC投与後4ヵ月目にRECISTガイドラインに基づき行った。免疫学的評価はDTH法およびELISpot法を行った。(上記のDC療法の流れを図1に示す)

 (第二部)ヒトNotchリガンドの遺伝子導入をCHO(r)細胞に対してリポフェクション法およびゼオシンによる薬剤選択によりモノクローナルな細胞株を樹立した。ヒトDelta1およびDelta4導入CHO(r)細胞はヒトNotch2-Fcをプローブとし、ヒトJagged1およびJagged2導入CHO(r)細胞はGFP発現により、それぞれFCMでその発現量を確認した。それらの細胞を用いてその後共同開発されたヒトNotchリガンド抗体による染色を行いFCMで解析した。ヒト末梢血由来白血球濃縮液より段階的な比重遠心法にて単球分画を精製し回収した。ヒトCD14マイクロビーズによる磁気ソーティングによりCD14陽性単球分画を回収した。さらにGM-CSFおよびIL-4を添加し、5日間培養を行い未熟DCへ分化させた。DCの成熟化にはTNF-α、IL-1β、PGE2を添加し2日間培養を行った。上記により作成したヒト単球、未熟DCおよび成熟DCについてヒトNotchリガンド抗体を用いてFCMにより解析した。ヒト成熟DCに可溶性ヒトCD40リガンドを添加し24時間培養を行い、Delta4の発現変化をFCMにより解析する系と、ヒト成熟DCにヒトCD40リガンド発現U251細胞を培養したプレートで24時間共培養を行い、回収したDCのDelta4の発現変化をFCMにより解析する系の2種類を行った。ヒト未熟DCにCD40リガンド導入能を有するAxCAhCD40Lウイルスベクターを感染させ48時間培養し、CD83、CD40リガンド、Delta4およびJagged1の発現変化をFCMにより解析した。ヒト未熟DCをヒトDelta4-Fcをコーティングしたウェルで48時間培養し、CD83、CD86およびDelta4の発現変化についてFCMにより解析した。ヒト末梢血由来白血球濃縮液よりヒトCD8マイクロビーズを用いた磁気ソーティングで回収したヒトCD8Tリンパ球を、CD3抗体コーティングしたウェルで48時間培養し、刺激前後のCD8Tリンパ球についてCD8、CD69およびヒトNotch2の発現変化をFCMにより解析した。ゲノム転写因子配列解析用のオンラインデータベースであるMAPPERを用いて、ヒトDelta4配列の上流500bpからエクソン1までの配列にNF-κBとの結合部位が保存されているかについて予測的解析を行った。ヒト成熟DCをDMSOまたはNF-κB阻害剤であるSC-514を3, 10μMの濃度で1時間培養後、mockベクターのAx3またはAxCAhCD40Lをさらに添加し48時間後CD40リガンド、CD83およびDelta4およびJagged1の発現量をFCMにより解析した。

結果

 (第一部)進行性腎細胞癌患者に対して試験を行い、患者1〜3ともFCMによる解析で95%以上の細胞はCD80、CD83、CD86、CCR7が強度陽性となり、成熟DCへの分化を確認した。なお投与時の細胞液の細菌および真菌培養検査はすべて陰性であり、エンドトキシン濃度は測定限界以下であった。有害事象は皮内投与部位の軽度発赤のみで、NCI-CTCのgrade 3〜5に該当する所見はなかった。臨床評価では、患者1は癌性リンパ管症による腫瘍関連死となりPDと判定した。患者2は肺転移が増大傾向となり、新たに腰椎への骨転移を認めPDと判定した。患者3は評価対象部位の肺転移に変化なくSDと判定した。免疫学的評価では、DTH法は患者2においてはKLHのみで4〜16週間後まで陽性所見を認めた。患者3においてはKLHおよび腫瘍抽出蛋白で4〜16週間後まで陽性所見を認めた。さらに同上の患者でELISpot法を施行したが、2症例とも末梢血単核球中のIFN-γ産生細胞数の有意な増加を認めなかった。

 (第二部)ヒトNotchリガンド導入CHO(r)細胞のそれぞれの発現量をFCMで解析し、いずれも発現良好なクローン細胞を樹立した。それらの細胞に対してヒトNotchリガンド抗体が特異的な抗体反応を示すことを確認した。Notchリガンド抗体によるFCM解析により、ヒト単球ではDelta1、Jagged1およびJagged2が発現していた。未熟DCではJagged1のみが発現し、Delta1およびJagged2の発現は消失した。成熟DCではJagged1の発現が未熟DCの発現より減弱した。成熟DCに可溶性ヒトCD40リガンドまたはヒトCD40リガンド発現U251細胞を用いる2種類の系とも、DCにおけるDelta4発現の上昇を認めた。また未熟DCにAxCAhCD40Lを感染させた場合、CD40リガンド、CD83およびDelta4発現の上昇が確認され、Jagged1発現の変化は認められなかった(上記のヒト単球およびDCにおけるNotchリガンド発現を図2に示す)。ヒト未熟DCに対してヒトDelta4の刺激を行うことでDCの成熟化マーカーであるCD83発現の上昇や、共刺激分子であるCD86発現の増強を確認した。またヒト未熟DCをサイトカインにより成熟化させる際に、ヒトDelta4の刺激を行うことで、DCのDelta4発現が上昇することを確認した。ヒトCD8Tリンパ球をCD3抗体で刺激することでその90%以上で活性化マーカーのCD69発現が陽性となり、さらにNotch2発現の増強が確認された。MAPPERによる解析によりDelta4の上流500bpからエクソン1までの配列において、NF-κBファミリーであるp50と4ヶ所、p65と3ヶ所、c-Relと2ヶ所での結合が予測された。ヒト未熟DCに対してAxCAhCD40Lの感染により発現したDelta4が、SC-514を添加した場合では濃度依存性にその発現が抑制されたが、CD40L、CD83およびJagged1の発現には変化はなかった。

考察

 (第一部)進行性腎癌の治療に対してどのようなDCを投与すべきかについてはいまだ議論の続いているところであるが、過去の報告例より成熟DCで得られた結果が有望と考えられる。そのため本試験ではTNF-α、IL-1βおよびPGE2を用いて成熟DCを作成し、また投与方法としてDCがすみやかにリンパ節内で腫瘍抗原提示を行うことができ、リンパ節へのアプローチも容易である両側鼠径部リンパ節近傍への皮内投与を選択した。有害事象については皮内投与部位の軽度発赤があったのみで、治療中止となる重篤な副作用はなかったことから、本試験の安全性を確認することが出来た。免疫学的評価での特記すべき点としてはDTH法の腫瘍抽出蛋白において1名で4〜16週目まで明らかな陽性所見が続いたことである。しかしながら臨床評価では原疾患の進行を抑制するには不十分な結果であり、今後は早期症例を対象とすることで臨床効果を期待できると思われる。

 (第二部)まずヒト単球、単球由来未熟DC、単球由来成熟DCについてのNotchリガンド発現の変化において注目すべき点は、ヒト未熟DCに発現していたJagged1が成熟DCで減弱することである。これはJagged1がT細胞を免疫寛容へ誘導することや未熟DCがT細胞を免疫寛容に誘導するが成熟DCでは誘導しない報告と矛盾しない所見と考えられる。さらにヒト成熟DCに対して、可溶性ヒトCD40リガンドを用いた系とヒトCD40リガンド発現U251細胞を用いた系によりCD40リガンド刺激で活性化させたところ、両者でDelta4の発現が上昇し、ヒト未熟DCに対してアデノウイルスによるCD40リガンド遺伝子導入を行った系では、CD40リガンドがDCに発現することでDC同士の接触によりCD40シグナルが入り、DCが成熟化し、かつDelta4の発現の上昇が認められた。これらの結果より、主に活性化CD4Tリンパ球に発現するCD40リガンドの刺激で活性化されたDC、いわば活性化DCがDelta4を発現することで、たとえばTリンパ球の活性化に関与する分子になりうると考えられる。そのため活性化DCにおけるDelta4発現の検討が今後の課題になると思われる。その他、未熟DCに対してDelta4刺激等を行うことで、成熟化やDelta4発現を確認したことや、CD8Tリンパ球に対してCD3抗体刺激をすることでNotch2発現の増強を確認する結果を得たことで、Notchシグナルが末梢性免疫応答の活性化や免疫寛容の制御などに関与することが示唆された。将来的にはこれらのNotchシグナルによる制御機構を解明することで、悪性腫瘍や自己免疫疾患に対する免疫療法の臨床応用に活性化DCの導入が期待される。

図1

図2

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、第一部で進行性腎細胞癌患者に対して樹状細胞を用いた腫瘍特異的免疫療法を行うことで、安全性の確認と抗腫瘍効果を得ることを目的として行ったものと、第二部でヒト樹状細胞に発現するNotchリガンドの変化を観察することで末梢性免疫応答との関与について解析することを目的にして行ったものであり、下記の結果を得ている。

(第一部)

1.進行性腎細胞癌患者に対して試験を行い、患者1〜3ともフローサイトメトリーによる解析で95%以上の細胞はCD80、CD83、CD86、CCR7が強度陽性となり、成熟DCへの分化を確認した。なお投与時の細胞液の細菌および真菌培養検査はすべて陰性であり、エンドトキシン濃度は測定限界以下であった。有害事象は皮内投与部位の軽度発赤のみで、NCI-CTCのgrade3〜5に該当する所見はなかった。

2.臨床評価では、患者1は癌性リンパ管症による腫瘍関連死となりPDと判定した。患者2は肺転移が増大傾向となり、新たに腰椎への骨転移を認めPDと判定した。患者3は評価対象部位の肺転移に変化なくSDと判定した。

3.免疫学的評価では、DTH法は患者2においてはKLHのみで4〜16週間後まで陽性所見を認めた。患者3においてはKLHおよび腫瘍抽出蛋白で4〜16週間後まで陽性所見を認めた。さらに同上の患者でELISpot法を施行したが、2症例とも末梢血単核球中のIFN-γ産生細胞数の有意な増加を認めなかった。

(第二部)

1.ヒトNotchリガンド導入CHO(r)細胞のそれぞれの発現量をフローサイトメトリーで解析し、いずれも発現良好なクローン細胞を樹立した。それらの細胞に対してヒトNotchリガンド抗体が特異的な抗体反応を示すことを確認した。

2.Notchリガンド抗体によるフローサイトメトリー解析により、ヒト単球ではDelta1、Jagged1およびJagged2が発現していた。未熟DCではJagged1のみが発現し、Delta1およびJagged2の発現は消失した。成熟DCではJagged1の発現が未熟DCの発現より減弱した。

3.成熟DCに可溶性ヒトCD40リガンドまたはヒトCD40リガンド発現U251細胞を用いる2種類の系とも、DCにおけるDelta4発現の上昇を認めた。また未熟DCにAxCAhCD40Lを感染させた場合、CD40リガンド、CD83およびDelta4発現の上昇が確認され、Jagged1発現の変化は認められなかった。

4.ヒト未熟DCに対してヒトDelta4の刺激を行うことでDCの成熟化マーカーであるCD83発現の上昇や、共刺激分子であるCD86発現の増強を確認した。またヒト未熟DCをサイトカインにより成熟化させる際に、ヒトDelta4の刺激を行うことで、DCのDelta4発現が上昇することを確認した。

5.ヒトCD8Tリンパ球をCD3抗体で刺激することでその90%以上で活性化マーカーのCD69発現が陽性となり、さらにNotch2発現の増強が確認された。

6.MAPPERによる解析によりDelta4の上流500bpからエクソン1までの配列において、NF-κBファミリーであるp50と4ヶ所、p65と3ヶ所、c-Relと2ヶ所での結合が予測された。ヒト未熟DCに対してAxCAhCD40Lの感染により発現したDelta4が、SC-514を添加した場合では濃度依存性にその発現が抑制されたが、CD40L、CD83およびJagged1の発現には変化はなかった。

 以上、本論文は第一部で進行性腎細胞癌患者に対して樹状細胞を用いた免疫細胞療法を行うことにより、安全性を確認することができ、免疫学的解析において抗腫瘍効果を確認することができた。このことから樹状細胞の作製方法やプロトコールの更なる改良を行うことで、臨床効果を期待できると考えられる。また第二部でヒト樹状細胞におけるNotchリガンドの発現変化をTNF-α,IL-1β,PGE2やCD40リガンドによる刺激により蛋白レベルで確認し、その他の結果からもNotchシグナルが末梢性免疫応答の制御に関与することが考えられる。特にCD40リガンドの刺激により活性化されたDCは強力なTh1誘導能を有するが、その際にDelt4を発現することが確認されたことから、悪性腫瘍に対しての免疫細胞療法を検討する上でも重要な結果と推察され、学位の授与に値するものと考えられる。

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