学位論文要旨



No 122629
著者(漢字) 松本,大輔
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ダイスケ
標題(和) 脂肪由来幹細胞のcharacterizationと組織増大治療への応用
標題(洋)
報告番号 122629
報告番号 甲22629
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2925号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 客員教授 高橋,恒夫
 東京大学  大須賀,穣
 東京大学  後藤田,貴也
 東京大学  鄭,雄一
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 近年の再生医療の進歩は目覚しく、血管新生、心筋再生、骨再生や軟骨再生など様々な分野でまさに現実のものとなりつつある。脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stromal or stem cell、以下ASC)は、培養せずに臨床応用が可能な程度の豊富な細胞数、簡便・非侵襲的な採取法、高い増殖能、そして脂肪・骨・軟骨・筋・心筋・神経・血管内皮など胚を越えた多岐にわたる分化能をもっているという点で骨髄に代わる新たな幹細胞源として注目を集めている。一方、脂肪組織は、移殖材料(脂肪注入術)として古くから用いられ、その施術数は近年増加の一途を辿っているが、生着率の低さや石灰化など未だに解決されない問題点がある。本研究では、前半にて脂肪組織から採取できる幹細胞を含んだ細胞群の組成や特長などについて調べ、後半では、この細胞群を利用して脂肪移殖の問題点の解決を試みた動物実験の結果を報告する。

2.脂肪由来幹細胞のcharacterization

2.1 研究の背景と目的

 脂肪組織を酵素処理して得られる細胞分画(Stromal vascular fraction=SVF)には、胚を越えた多分化能を持つASCが含まれている。ASCは脂肪吸引物から細胞治療に十分な細胞数を新鮮な状態で得ることができるため既に多くの臨床研究で用いられているが、SVFの正確な組成は不明であった。

2.2 方法

 脂肪吸引物中の脂肪層、液体層の双方をASCの採取源として評価するとともに、各々から採取された細胞群を新鮮な状態および培養後にその特長を調べた。更に、SVFの組成を詳細に調べ、培養ASCに発現する種々の表面抗原の中で培養BM-MSC(骨髄由来間葉系幹細胞)には発現のないCD34に着目しその発現の経時的変化を調べた。また、CD34陽性ASCとCD34陰性ASCをFACSにてソーティングし、増殖能、間葉系分化能、血管形成能(Matrigel assay)、血管関連遺伝子発現(realtime RT-PCRおよびFACS)の相違について検証した。

2.3 結果

 脂肪吸引物の脂肪層および液体層には割合こそ異なるもののASCと同等のcharacterを持つ細胞群が含まれていた。ASCを含むヘテロな細胞集団であるSVFの組成についてマルチカラーFACSを用いて調べると、ASCは脂肪組織由来細胞の70%以上を占めていた。その他の集団としては、血管内皮細胞ないし血管内皮前駆細胞から成る集団、血管周皮細胞あるいはその前駆細胞とも考えられる集団、線維芽細胞などと考えられる集団などが見られた。培養ASCと培養BM-MSCの表面抗原を比較すると、培養ASCにのみCD34の発現が見られた。CD34陽性ASCとCD34陰性ASCを比較すると、増殖速度はCD34陽性ASCが高く、脂肪・骨への分化能はCD34陰性ASCが高く、血管形成能には有意差が見られなかった。Real time RT-PCRを用いた血管関連遺伝子発現の比較では、VEGF、HGFといった血管新生誘導因子の分泌能においては、CD34陽性ASCとCD34陰性ASCの間で有意差が見られなかったが、Flk-1に関しては、CD34陽性ASCでCD34陰性ASCの約30倍の発現が見られた。これをFACSで確認したところ、混入した血管内皮細胞以外にもCD34陽性ASCの一部にFlk-1の発現があることが確認された。

2.4 考察

 脂肪吸引物からASCを採取する際は、従来、浮遊する脂肪層のみを処理していたが、我々は、下層の廃液層からも一定量のASCを含む細胞群を回収できることを発見した。術中の機械的な傷害あるいは術中・術後に放出される内因性の酵素により、ASCが脂肪組織から遊離したものと考えられた。脂肪組織が骨髄に代わる幹細胞採取源として注目される理由の1つに、低侵襲で多くの細胞数を確保することができ、細胞培養をすることなく臨床応用が可能である点が挙げられ、臨床応用を考える際にSVFの組成・性質を調べることは大きな意義がある。我々がマルチカラーFACSにてSVFを分析した結果、新鮮ASCはCD31-CD34+CD45-CD90+CD105-CD146-といった表面抗原発現を示す集団であった。その他の集団としては、CD34+とCD34-の双方の中の、CD146+およびCD146-の各々の細胞集団の存在が注目すべき点で、CD31-CD34-CD146+細胞が血管周皮細胞、CD31-CD34+CD146+細胞がその前駆細胞的性質を持った細胞と想定できる。培養ASCと培養BM-MSCの表面抗原発現の違いについては、CD34の発現の有無がその大きな違いだが、ASCにおいては継続的に培養することによりCD34の発現が低下もしくは消失していく。ASCはCD34の発現を失うことにより増殖速度は低下するものの、脂肪・骨といった間葉系への分化能はむしろ高くなるといった結果を得た。造血系細胞においては、CD34が分化の抑制の機能を持つとの報告[Fackler et al.,1995]があり、ASCにおいてもCD34が分化を抑制することでstemnessを維持している可能性が示唆される。ASCの血管新生治療への応用を考えると、CD34陰性ASCもCD34陽性ASCと同程度の血管形成能やVEGF、HGFの分泌能を持つことは、長期培養後のASCでも血管新生治療に有用な可能性を示唆する結果と考えられる。CD34陽性ASCとCD34陰性ASCの血管関連遺伝子発現の比較で、唯一大きな違いの見られたFlk-1は、血管芽細胞など血管系の幹細胞〜前駆細胞の最も初期に発現が見られることが知られ、このFlk-1の発現が血管幹細胞的性質、すなわち血管内皮細胞と血管壁細胞の双方への分化能と相関があるのではといった仮説も考えられる。細胞治療に理想的な条件を兼ね備えたASCは今後も様々な分野で臨床応用が進むことが予想され、本研究結果が、ASCの臨床応用の一助となれば幸いである。

3.Cell-assisted lipotransfer (CAL):ASCの組織増大治療への応用

3.1 研究の背景と目的

 脂肪注入術は、生着率の低さや石灰化など未だに解決されない問題があるが、軟部組織を増大させる方法として、ほとんど傷痕を残すことなく、また異物(人工物)に伴う合併症もないという唯一の方法であり、有効性と安全性が確立されれば、美容形成および再建外科領域における軟部組織増大術の手段として第一選択となることが期待される。

3.2 方法

 吸引脂肪と切除脂肪を光学顕微鏡あるいは走査電顕にて比較、また、各々から採取できるASC数の比較を行った。次に、ASCを補助的に利用した脂肪移殖(ASCを別途採取した脂肪から単離し、吸引脂肪組織をscaffoldとして添加、接着させて移植する方法)が、上記脂肪注入の問題点を解決する一手法となり得るのではないかと考え、cell-assisted lipotransfer(CAL)と命名し、マウスやラットを用いた動物実験にてその有効性を評価し、移植後のASCの動態も追跡した。

3.3 結果

 光顕像および電顕像では、吸引脂肪は切除脂肪と同様に脂肪組織の基本的な構築は保たれているが、中等度以上の口径を持つ血管構造がほとんど見られなかった。採取ASC数の比較では、吸引脂肪からの採取ASC数は、切除脂肪からの採取ASC数の約57%(平均)であった。次に、ヒト吸引脂肪組織にSVFを添加、接着させてSCID (Severe Combined Immune Deficiency)マウスに移殖 (CAL)したところ、SVFを添加していない脂肪 (non-CAL)よりも3割程度生着率が高かった。移殖脂肪の光顕像では、CAL fatの方が生着した脂肪層が厚く、毛細血管の増生が顕著であった。SVFを蛍光色素DiIでラベルし、吸引脂肪に添加してSCIDマウスに移殖すると、DiIラベルされたASCの成熟脂肪細胞間や結合組織内での生着が観察された。免疫染色の結果では、DiIとvWF(von Willebrand Factor)の両方が陽性のASCも観察され、血管内皮細胞への分化が示唆された。また、GFP(Green Fluorescent Protein)ラットのSVFを採取し、同系のSDラットの破砕脂肪組織に添加して移殖した実験でも、移殖脂肪内の一部の血管にvWFとGFPの両方が陽性の所見が見られ、ASCの一部は血管内皮細胞として新生血管の構築に寄与していることが示唆された。

3.4 考察

 吸引脂肪組織は切除脂肪組織に比べてASCの数が少ない。組織学的評価では、吸引脂肪には中等度以上の口径の血管がほとんど見られなかった。脂肪吸引後の吸引部位には、血管や神経の穿通枝を含む蜂巣状の構造が残っていることが知られており、ここにASCが残存していると考えられる。また、我々は前半にて、脂肪吸引物下層の液体層からもASCが採取できることを示したが、これも吸引脂肪においてASCの数が少ない一因であろう。本研究では、吸引脂肪組織にASCを添加し接着させて移殖に用いることで脂肪移殖の有効性が向上するとの結果を得た。そのメカニズムは(1)ASCが血管内皮細胞に分化し移殖脂肪が生着する際の血管新生に寄与している、(2)移植後に成熟脂肪細胞間や脂肪組織間質に生着したASCが、脂肪前駆細胞としての役割を果たし脂肪細胞の将来のターンオーバーに備える、(3)ASCの一部が成熟脂肪細胞へと分化し、移殖脂肪の一部となる、(4)移植後急性期の低酸素環境下においてASCがVEGFやHGFなどの血管新生誘導因子を分泌しパラクライン的に周囲宿主組織からの血管新生を促進する、といった機序が考えられる。臨床的に、吸引脂肪を用いた脂肪注入は長期的な生着率が低いことが知られているが、これは吸引脂肪組織がASC欠乏脂肪組織であるが故に術後の短期的な組織のターンオーバーがうまくいかず徐々に移殖脂肪が萎縮していく結果なのかもしれない。この仮説は、ラットの大網[Masuda et al.,2004]、あるいはマウスの脂肪[Moseley et al.,2006]を用いたASC混合脂肪移殖の報告において、3〜6ヶ月後の長期的な脂肪萎縮が抑えられているという結果からも支持される。(3)の機序に関しては、ASCは従来、脂肪前駆細胞として知られていた細胞であり、in vivoで成熟脂肪細胞に分化することは自明である。(1)、(4)に関しては、本研究以外でも文献的報告が多数見られ、CAL fat内の著明な血管新生や生着脂肪層が厚い一因と考えられる。移殖に付随する外科的な侵襲、およびその後の低酸素環境と炎症反応を伴う創傷治癒過程などによって、ASCの脂肪細胞や血管内皮細胞、壁細胞といった方向への分化が惹起されていることも推定される。CALにおけるASCの真の役割については今後も検討を要する問題であるが、吸引脂肪にASCを添加して移殖すると、そのまま移殖するよりも生着率が高いという事実は、従来の脂肪移殖において生着率が低い一因を示している可能性が考えられ、この解決法としてCALという手法が提唱され得る。脂肪注入術は、傷痕を残さず、異物による合併症も起こさず、形態改善の自由度も高い。その有効性・安全性さえ確立されれば軟部組織増大の理想的な手段となり得る手術法であり、本研究をはじめ多くの基礎研究の結果から現実のものとなることが期待される。

4. おわりに

 本研究は、黎明期にある再生医療研究における臨床応用を意識して行ったものである。幅広い分野で臨床応用にむけたトランスレーショナルリサーチが進んでいるが、その中で臨床応用する際に大きな壁となっているのが安全性の問題である。細胞培養、遺伝子導入、形質転換を誘導する薬剤、他家移殖、などの未知の危険性と再生医療の有効性を天秤にかけたときに、臨床応用は代替治療法がなく重症度の高い疾患を対象にした分野に限定される。本研究では安全性重視の観点から、自己新鮮細胞をminimal manipulationで補助的に用いる治療モデルを検証した。まずは安全性を第一に考えた方法で切り拓かれ、その中で得られた新たな知見を下に、細胞培養、遺伝子導入などを組み合わせた方法が、より高い有効性を目指して臨床応用されていくものと思われる。近い将来、現時点では満足のいく治療法の確立していない様々な分野において、再生医療研究の中から新しい医療技術が開拓されていくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、骨髄に代わる幹細胞採取源として脂肪吸引物の有用性について検証し、脂肪移殖の問題点解決に向けて、脂肪由来幹細胞(Adipose-derived stem cell=ASC)を応用した脂肪移殖の動物実験を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 従来廃棄されてきた脂肪吸引物の脂肪層からのみならず、その下層にある廃液層からも同様の細胞群が採取可能であることを発見し、これらが、増殖能、分化能(脂肪・骨・軟骨)、表面抗原発現プロファイルなどの点で、ASCとしての特徴を持つ、脂肪層由来の細胞群と同様の細胞を含む集団であることを確認した。

2. 脂肪吸引物から酵素処理によって採取したStromal vascular fraction(=SVF)は、ASCを含むヘテロな細胞群であるが、このSVFを採取直後にFACSを用いてその組成を検証した。main populationであるASCはCD31-CD34+CD45-CD90+CD105-CD146-の集団で、脂肪由来細胞の70%以上を占めており、その他の集団としては、血管内皮細胞ないし血管内皮前駆細胞から成る集団、血管周皮細胞あるいはその前駆細胞とも考えられる集団、線維芽細胞などを含むことが示された。

3. 培養ASCと培養BM-MSC(骨髄由来間葉系幹細胞)の表面抗原プロファイルを比較し、ASCでのみ発現の見られたCD34に着目、その発現の意義について検証した。FACSにてCD34陽性ASCとCD34陰性ASCをソーティングして各々を比較すると、増殖速度はCD34陽性ASCが高く、脂肪・骨への分化能はCD34陰性ASCが高く、マトリゲル上での血管ネットワーク形成能には差が見られなかった。Real time RT-PCRを用いた血管関連遺伝子発現の比較では、VEGF、HGFといった血管新生誘導因子の分泌能においては、CD34陽性ASCとCD34陰性ASCの間で有意差が見られなかったが、Flk-1に関しては、CD34陽性ASCでCD34陰性ASCの約30倍の発現が見られた。これをFACSで確認したところ、混入した血管内皮細胞以外にもCD34陽性ASCの一部にFlk-1の発現があることが確認された。

4. 吸引脂肪と切除脂肪を光学顕微鏡あるいは走査電顕にて比較したところ、吸引脂肪は切除脂肪と同様に脂肪組織の基本的な構築は保たれているが、中等度以上の口径を持つ血管構造がほとんど見られなかった。また、各々から採取できるASC数の比較では、吸引脂肪からの採取ASC数は、切除脂肪からの採取ASC数の約57%(平均)であり、吸引脂肪はASCを半数近く失っていることが示された。

5. ヒト吸引脂肪組織にSVFを添加、接着させてSCID(Severe Combined Immune Deficiency)マウスに移殖したところ、SVFを添加していない脂肪よりも3割程度生着率が高いことが示された。SVFを蛍光色素DiIでラベルし、吸引脂肪に添加してSCIDマウスに移殖すると、DiIラベルされたASCの成熟脂肪細胞間や結合組織内での生着が観察された。免疫染色の結果では、DiIとvWF(von Willebrand Factor)の両方が陽性のASCも一部観察され、血管内皮細胞への分化が示された。また、GFP(Green Fluorescent Protein)ラットのSVFを採取し、同系のSDラットの破砕脂肪組織に添加して移殖した実験でも、移殖脂肪内の一部の血管にvWFとGFPの両方が陽性の所見が見られ、ASCの一部は血管内皮細胞として新生血管の構築に寄与していることが示された。

 以上、本論文は、脂肪吸引物より得られるSVFの中にある幹細胞様の分画の表面マーカー及び分化能を詳細に検討してその性質を明らかにするとともに、脂肪注入術にSVFを添加して用いることで、動物実験での有効性を示した。本研究は、これまで未知に等しかったSVFの組成を明らかにしたことで、幹細胞採取源として脂肪吸引物を用いる際に重要な貢献をなすと考えられ、また脂肪移殖に応用できる可能性も大変興味深い結果であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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