学位論文要旨



No 122631
著者(漢字) 分山,秀敏
著者(英字)
著者(カナ) ワケヤマ,ヒデトシ
標題(和) 破骨細胞におけるアポトーシス促進分子Bimの発現調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 122631
報告番号 甲22631
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2927号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 客員教授 井上,聡
 東京大学 助教授 川口,浩
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

 正常な骨組織の発達ならびに維持は恒常的な骨形成・吸収バランスの調節により行われている。骨形成は軟骨細胞や骨芽細胞による内軟骨性骨化や膜性骨化によって行われ、骨吸収は破骨細胞が中心的な役割を果たすことが知られている。成長を終えた後の骨組織の新陳代謝の過程は「骨リモデリング」と呼ばれるが、リモデリングサイクルの開始を規定するのは破骨細胞による骨吸収であり、多くの骨代謝疾患が破骨細胞の形成や機能の異常を原因としていることが知られている。骨吸収の異常によって骨組織機能の破綻した例を挙げるならば、骨粗鬆症や関節リウマチ、あるいは悪性腫瘍の骨転移などが挙げられる。これらは相対的な骨吸収亢進によって病的な状態に陥った例であり、骨組織の脆弱性、骨破壊をきたす。一方骨吸収が低下したためにやはり病的な状態に陥った例として大理石病が挙げられる

 骨吸収量を総合的に規定しているのは破骨細胞の分化・活性化・アポトーシスの3つの要素である。破骨細胞は最終分化した細胞であり、分化後、生存因子や骨芽細胞などの支持細胞が存在しない状態では速やかにアポトーシスを起こして細胞死に陥り生体内から除去される。

 破骨細胞のアポトーシスメカニズムの詳細は明らかになっていないが、Bcl-2ファミリーに属するアポトーシス誘導因子Bimが重要な役割を果たすことが明らかになっている。BimはBH(Bcl-2 homology)3-only familyに属するアポトーシス促進作用を持つタンパクであり、ミトコンドリアを経由するアポトーシス経路を調節している。Bimはミトコンドリアに局在し、Bimと他のBcl-2familyタンパクの相互作用により最終的にeffector caspasesである、Caspase-3やCaspase-7を活性化し、アポトーシスに至る。これまでに遺伝子欠損マウスを用いた実験により、BimはT細胞、B細胞、骨髄細胞、神経細胞のアポトーシスに不可欠であることが報告されている。また破骨細胞においても、bim遺伝子欠損細胞は野生型と比較して長い生存期間を持つ一方で、骨吸収能はむしろ低下していたことから、Bimは破骨細胞の生存能と活性化の双方に必須の調節因子であることが明らかになっている。

 Bimの発現は転写レベルと転写後レベルの双方で調節を受けている。Bimの調節機構については、様々の報告がなされているが、破骨細胞においては転写レベルの調節ではなく、ユビキチンープロテアソーム系を介した調節を受けていることが既に明らかにされている。本研究はBimの転写後調節の更なる詳細な解析をすることを目的とした。

 まず、Bimの強制発現を行うための細胞として、Bimと拮抗した働きを持つBcl-2の発現を、doxycyclineの投与によって調節可能なマウス線維芽細胞株(MEF/Bcl-2 cell-line)を樹立した。この細胞において、強制発現されたBimはBcl-2の発現低下およびそれに引きつづいて起こるcaspaseの活性化・アポトーシスに伴って発現が急速に低下することがわかった。BimのmRNA量は変化していないことより、この現象は転写後の調節(degradation)であると考えられた。また、このdegradationは、カスパーゼインヒビターならびにプロテアソームインヒビターにより抑制をうけた。このことより、MEF/Bcl-2cellにおけるBimのdegradationはカスパーゼ、ユビキチンープロテアソーム系によって調節をうけていると考えられた。次に、sh(small hairpin) RNAを用いた遺伝子ノックダウンをcaspase-3,caspase-7について行った。Sh/caspase-3を導入したMEF/Bcl-2cellにおいてはBimのdegradationは抑制をうけた。しかしながら、sh/caspase-7導入群では抑制を受けなかった。このことより、caspase-3がBimのdegradationに重要な役割を果たしていると考えられた。また次に、MEF/Bcl-2細胞にUVを照射することでアポトーシスを誘導したところ、Bcl-2の発現量は変化しないものの、BimはBcl-2との結合を弱め、Baxとの結合を強めることでcaspase-3の活性化を生じ、やはりBimのdegradationが見られた。このことはcaspaseがBimのdegradadtionに重要な役割を果たしていることを更に強く示唆する結果であった。

 次に、破骨細胞において同様なBimの調節機構が見られるかを解析した。成熟破骨細胞では、生存因子を除去することで12時間後に急速なBimの上昇が観察されるが、同時にcaspase-3の活性化がを生じ、生存因子除去後24時間では再びBimの発現レベルは急速に減少することがわかった。また、これはカスパーゼインヒビター並びにプロテアソームインヒビターにより抑制された。次にshRNAを用いて、caspase-3,caspase-7の遺伝子ノックダウンを破骨細胞前駆細胞に行ったのちに破骨細胞に分化誘導することで実験をおこなった。Sh/caspase-3を導入した破骨細胞においては、casapse-7の活性化はみられるもののcaspase-3の活性化はほとんど見られず、Bimのdegradationは抑制をうけた。Sh/caspase-7導入群では抑制されなかった。以上の結果より、破骨細胞においてもBimのdegradationは観察され、caspase-3が重要な役割を果たしていることがわかった。

 以上の結果をふまえ、Caspase-3欠損破骨細胞について解析をおこなった。BimのdegradationはCaspase-3欠損破骨細胞において抑制されていることがわかった。

 次にこのようなBimの調節機構が破骨細胞の生存と活性に与える影響を見るために実験をおこなった。Sh/caspase-3を導入した破骨細胞、並びにcaspase-3欠損細胞のいずれも、コントロール群と比較して生存能はむしろ低下し、骨吸収活性はむしろ上昇していた。また、Caspase-3欠損マウスは、野生型に比べてin-vivoにおいても破骨細胞数の減少を来していた。

 Caspase-3がBimのdegradationを誘導するメカニズムを解析するために、リコンビナントタンパクを用いてin-vitroの活性を調べたところ、caspase-3はBimを直接degradeする作用は持たなかった。Bimのプロテアソーム系を介したdegradationにはc-Cblが関与していることが既に報告されているが、sh/caspase-3導入破骨細胞およびcaspase-3欠損破骨細胞のいずれでも、Bimとc-Cblの結合性はコントロール群に比べて抑制されていた。このことより、caspase-3はBimとc-Cblの結合を調節することで、Bimのdegradationを調節していることが考えられたが、正確なメカニズムについては未知であり、今後も解析を続けていく予定である。

 以上の結果から、Bimの下流に位置しアポトーシスを実行する分子であるCaspase-3がBimのdegradationを促進するという、全く新しいnegative-feedback機構の存在が明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、破骨細胞のアポトーシスおよび骨吸収活性において重要な役割を担っていると考えられている、Bcl-2 familyに属するアポトーシス促進分子であるBimの発現調節機構について詳細な解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.Bimと結合し、アポトーシス抑制作用をもつBcl-2を恒常的に発現し、なおかつTet-off systemを用いて、doxycyclineを添加することでBcl-2の発現を抑制することが可能なマウス線維芽細胞株(MEF/Bcl-2 cells)を樹立し実験をおこなった。Bimを強制発現したMEF/Bcl-2細胞ではdoxycyclineの添加により、Bcl-2の発現低下に続きcaspase-3およびcaspase-7の活性化が起こり、それに伴いBimの発現レベルも低下した。BimのmRNAレベルは変化しておらず、またproteasome-inhibitorおよびcaspase inhibitorによりこのBimのdegradationは抑制をうけた。以上のことより、MEF/Bcl-2細胞においてBimはcaspase依存性に蛋白レベルでdegradeをうけていることが示された。

2.MEF/Bcl-2細胞におけるBimのdegradationに与えるcaspase-3/7の影響をさらに詳細に解析するために、shRNA(small hairpin RNA)をもちいた遺伝子ノックダウンを行った。Caspase-3のshRNAを導入したMEF/Bcl-2細胞では、doxycycline添加によるBimのdegradationが著明に抑制を受けた。しかしながら、Casapase-7のshRNAを導入した細胞ではBimのdegradationの抑制は見られなかった。以上の結果から、MEF/Bcl-2細胞におけるBimのdegradationにはcaspase-3が促進的に働くことが示された。

3.次にマウス破骨細胞で実験をおこなった。成熟破骨細胞においては生存因子の除去後約12時間でBimの発現上昇がみられるが、同時にCaspase-3の活性化が観察され、それに伴いBimのdegradationがみられた。これはproteasome-inhibitorならびにcaspase inhibitorにより抑制をうけた。ShRNAをもちいて、caspase-3およびcaspase-7の遺伝子ノックダウンを行ったところ、caspase-3の発現抑制によってBimのdegradationは抑制された。Caspase-7の発現抑制ではBimのdegradationは抑制されなかった。以上をふまえcaspase-3欠損マウスの骨髄細胞より分化誘導した破骨細胞においても同様の解析を行ったところ、野生型とくらべ、Bimのdegradationは著明に抑制されていた。これらの結果より、破骨細胞においてもBimのアポトーシスにおけるdegradationはみられ、caspase-3が促進的に働いていることが示された。

4.Caspase-3がBimのdegradationに促進的に働くメカニズムを明らかにするために、まずリコンビナントタンパク同士を作用させたところ、caspase-3にはBimを直接degradeさせる作用はなかった。Bimのプロテアソーム系を介したdegradationに関与することが既に分かっている分子c-CblとBimとの結合を解析したところshRNA/caspase-3導入破骨細胞およびcaspase-3欠損破骨細胞のいずれにおいてもコントロールと比較してBimとc-Cblの結合能は低下していた。以上の結果より、Caspase-3はBimとc-Cblの結合を調節することでBimのdegradationに促進的に働いていることが示された。

5.Bim-caspase-3という系が破骨細胞の生存と活性に及ぼす影響を観察した。ShRNA/caspase-3導入破骨細胞、およびcaspase-3欠損破骨細胞のいずれにおいても、コントロール群と比べて、生存はむしろ低下していた。また骨吸収能はむしろ亢進していた。Caspase-3欠損群ではcaspase-7の活性化はコントロールと比べて同等もしくは亢進しており、Bimのdegradationの抑制すなわち発現上昇が、caspase-7を介したアポトーシスの亢進につながり、Bimの発現上昇が骨吸収能の活性化につながったものと考えられた。またCaspase-3欠損マウスはin-vivoにおいても破骨細胞数の減少を来していた。以上の結果より、Bim-caspase-3という軸が破骨細胞の生存と活性にも重要な役割をはたしていることが示された。

以上、本論文は、破骨細胞の生存と活性に重要な役割を持つBimが、そのアポトーシス活性の下流分子であるCaspase-3によってdegradationをうけ、発現をむしろnegativeに調節されているという全く新しい調節機構の存在を明らかにした。破骨細胞の生存および活性の調節機構に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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