学位論文要旨



No 122632
著者(漢字) 渡邉,玲
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,レイ
標題(和) 接触過敏反応におけるB細胞反応制御分子CD19の役割
標題(洋)
報告番号 122632
報告番号 甲22632
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2928号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 講師 佐伯,秀久
内容要旨 要旨を表示する

 接触過敏反応は、主として抗原特異的effector T細胞を介して生じる皮膚免疫反応と考えられ、感作相と惹起相に分けられる。マウスにおいては、接触過敏反応の感作相は、一定濃度の感作抗原を剃毛した腹部または背部に塗布することで成立し、Tc1、Th1、Th2、ランゲルハンス細胞などを由来とする多種のサイトカインが感作相の反応を制御する際に重要とされる。また惹起相は、希釈された抗原を感作成立したマウスの感作時以外の皮膚、通常耳介に再度塗布することによって引き起こされ、抗原提示を受け活性化されたeffector T細胞がIFN-γなどのサイトカインを放出し、多形核白血球を誘導するケモカインの産生を局所組織の細胞に働きかける結果、抗原再塗布より24から48時間後に最も強い耳介腫脹反応が成立する。この惹起相では、IFN-γを産生するCD8陽性T細胞が重要な役割を果たすことが知られている。

 以上のように、接触過敏反応は自己免疫疾患、アレルギー反応、腫瘍免疫などさまざまな疾患におけるTh1反応のモデルと考えられている。一方、近年の報告では、接触過敏反応におけるB細胞の重要性も示唆されており、B細胞欠損マウスやB-1細胞機能不全を呈するxidマウスにおいて接触過敏反応が抑制されること、また、B細胞欠損マウスでは、接触過敏反応の耳介抽出物中IFN-γ量が減少することが報告されているほか、惹起相の初期における抗原特異的IgM/IgG抗体の関与、接触抗原への暴露と抗原特異的B-1細胞の関係なども指摘されている。

 B細胞の機能、分化はB細胞受容体を介したシグナル伝達の影響によるところが大きいが、そのシグナル伝達はB細胞受容体刺激を増強または抑制するシグナル伝達分子により制御されている。これら制御分子の中で、CD19はB細胞と濾胞性樹状細胞に発現し、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する約95kDaの糖蛋白である。CD19欠損マウスは、腹腔内B-1細胞の著明な減少が認められること、脾臓における正常な濾胞形成がみられず、marginal zone B細胞が欠如すること、B細胞の各種膜刺激に対する増殖反応が著しく減弱していること、血清中Ig、特にIgMとIgG1が著明に減少していること、T細胞依存性抗原に対する反応性が低下していることなどから、「免疫不全」の表現型を有するということができ、一方、CD19を過剰表現するマウスでは、その発現量に応じてB細胞における抗原受容体刺激をはじめとするさまざまな刺激への反応が亢進し、自己抗体を産生することも知られている。従ってCD19はB細胞のシグナル伝達を正に調整し、免疫系のバランスを自己免疫の傾向に近づける分子としてとらえられてきた。

 これらのことを背景にして、本研究において、CD19欠損マウスを用いて接触過敏反応におけるB細胞反応制御分子CD19の役割を検討したところ、CD19欠損マウスでは、免疫不全傾向を有し腹腔内B-1細胞が著明に減少しているにもかかわらず、接触過敏反応が亢進、延長することが判明し、接触過敏反応におけるCD19の抑制性機能が示唆された。組織学的には、接触過敏反応の惹起局所における多形核白血球、CD8陽性T細胞の浸潤割合が、CD19欠損マウスで著明に高く、また、CD19欠損マウスの感作鼠径リンパ節、反応惹起した耳介組織ともに、IFN-γの発現増強、IL-10の発現減弱と、Th1/Tc1へ偏ったサイトカイン発現を認めた。感作マウスの鼠径リンパ節、脾臓細胞を未感作マウスにtransferして未感作マウスに惹起される接触過敏反応を検討すると、donor細胞が野生型、CD19欠損マウスいずれの由来であっても、recipientマウスにCD19が発現していれば接触過敏反応が正常に収束することが分かり、CD19が接触過敏反応の主に惹起相で重要な役割を果たすと考えられた。また、donor細胞がB細胞のみでは接触過敏反応をrecipientマウスにtransferすることはできないが、donor細胞の由来にかかわらずB細胞が含まれるときには、recipientがCD19欠損マウスの場合に接触過敏反応の遷延が抑制される傾向があり、B細胞の抑制性の機序が示唆された。このB細胞の抑制性機序は、donor細胞に野生型由来の脾臓B細胞が含まれる場合により強く認められ、さらに野生型マウスの脾臓B-2細胞、特にmarginal zone B細胞を単体で、通常通り感作されたCD19欠損マウスにtransferすると、このrecipientマウスでは接触過敏反応が遷延せず、正常に収束することが分かり、B細胞におけるCD19の発現が、marginal zone B細胞に含まれると考えられる「regulatory B細胞」の機能を介して、接触過敏反応の反応収束に関与している可能性が推察された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、従来T細胞や樹状細胞が重要な役割を果たすと考えられてきた接触性皮膚炎におけるB細胞の役割、特にB細胞反応制御分子CD19の役割を、マウスモデルである接触過敏反応にて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.野生型、CD19欠損マウスに対し接触過敏反応を感作、惹起したところ、CD19欠損マウスでは反応が増強し、有意に延長した。組織学的検討においては、CD19欠損マウスでは、接触過敏反応の惹起局所において、野生型より有意に強い多形核白血球、CD8陽性T細胞の浸潤を認めた。また、感作リンパ節、惹起局所の皮膚におけるサイトカイン発現量に関して、いずれにおいてもCD19欠損マウスでIFN-γ発現の増強、IL-10発現の減弱がみられ、CD19欠損によりT細胞分化がTh1/Tc1へ偏ると考えられた。

2.CD19欠損マウスの感作リンパ節細胞を未感作野生型にtransferすると、通常の野生型より強い接触過敏反応が惹起され、この傾向はCD19欠損マウスの感作T細胞のみを抽出してtransferした場合により強いことが示された。従って、接触過敏反応の大きさは感作細胞が由来するマウスの表現型に依存すると考えられ、またCD19がB細胞特異的分子であるにもかかわらず、接触過敏反応がT細胞のみで再現可能であり、B細胞は不可欠ではないことが示された。さらに、野生型、CD19欠損マウスとも、感作リンパ節のB細胞がCD19欠損マウスにtransferされた場合に何らかの抑制性作用が顕在化することも示唆された。

3.感作リンパ節細胞をtransferする実験では、さらに、野生型の感作リンパ節細胞を未感作CD19欠損マウスにtransferしても接触過敏反応は正常に収束せず、逆にCD19欠損マウスの感作リンパ節細胞を未感作野生型にtransferしても、接触過敏反応は延長しないことが示された。一方、感作脾臓細胞transferの実験では、野生型の感作脾臓細胞を未感作CD19欠損マウスにtransferした場合、CD19欠損マウスの接触過敏反応が正常に収束することが判明した。従って、野生型の脾臓細胞に、より強い抑制性作用を有する細胞が存在することが示唆された。

4.感作、未感作脾臓細胞をtransferする実験では、感作脾臓細胞を全細胞CD19欠損マウスにtransferした場合には接触過敏反応が正常に収束するのに対し、脾臓T細胞のみをtransferしても反応が収束しないこと、また、通常通り感作、惹起されたCD19欠損マウスに野生型の脾臓B-2細胞、特にmarginal zone B細胞をtransferした場合に、野生型の感作、未感作にかかわらず、接触過敏反応が正常に収束することが示された。従って、野生型の脾臓marginal zone B細胞に抑制性作用を有するB細胞が含まれることが示唆された。

 以上、本論文は、従来T細胞や樹状細胞が反応の主体をなすと考えられてきた接触過敏反応において、正常な反応の収束にはB細胞、特にB細胞特異的分子であるCD19発現が必要であることを明らかにした。また、本研究から、CD19がmarginal zone B細胞に含まれるregulatory B細胞の作用を介して接触過敏反応を収束させることが示唆された。本研究は、接触過敏反応の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、さらに、CD19が、接触過敏反応をはじめとするTh1疾患の治療における標的分子とみなしうる可能性を提示しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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