学位論文要旨



No 122633
著者(漢字) 白井,由紀
著者(英字)
著者(カナ) シライ,ユキ
標題(和) 白血病/悪性リンパ腫患者の終末期の症状・治療内容の実態と終末期医療に対する遺族評価および遺族の精神健康状態に関する研究
標題(洋)
報告番号 122633
報告番号 甲22633
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2929号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助教授 内丸,薫
 東京大学 助教授 中川,恵一
 東京大学 講師 永田,智子
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 予後不良の患者に対するケアとして、WHOは全人的苦痛の緩和を主体とする緩和ケアを推奨している。わが国においても緩和ケアの重要性は指摘されており、終末期に生じる問題や具体的ケアに関する研究、実践への適用が行われている。しかし、現在、緩和ケアの主な対象は固形がん患者である。海外では、白血病/悪性リンパ腫患者の多くが適切な緩和ケアを受けられず、急性期の治療環境で亡くなっていることが報告されているが、わが国では、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期像の詳細を調べた研究はない。また、白血病/悪性リンパ腫患者への終末期医療の量的評価を試みた調査は、国内外においてみられない。

 緩和ケアでは、遺族へのケアも重視される。がん患者遺族の精神健康状態に関する研究も多く行われている。一方、白血病、悪性リンパ腫は「がん」という慢性疾患でありながら、治療関連死の多さや終末期まで積極的治療が実施されるといった急性期の要素を併せもつ。そういった特徴をもつ終末期を体験した遺族が、どのような精神健康状態で過ごしているかについては、まったく把握されていない。

 本研究では、白血病/悪性リンパ腫患者とその家族(遺族)を支援するためのケアの方向性を検討するために、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期の症状・治療内容を明らかにするとともに、終末期医療の遺族評価を実施し、同時に、遺族の現在の抑うつ状態を測定した。さらに、死亡前1週間に受けたケアの遺族評価と、遺族の抑うつ状態に関連する要因を探索した。

II.方法

 自記式調査票を用いた郵送法による質問紙調査と、診療記録調査を実施した。

 調査対象は、首都圏にある大学病院4施設の血液内科または血液・腫瘍内科で治療をうけ、調査開始の半年から2年半前に当該施設内で死亡した白血病/悪性リンパ腫患者(診療記録調査対象)と、その主介護者(質問紙調査対象)のうち、適格基準を満たすものとした。調査期間は2005年11月から2006年6月であった。

 診療記録調査の調査項目として、治療内容・症状(発熱、出血、疼痛、呼吸困難)の推移を、「死亡前1ヵ月間(死亡7日前-30日前)」「死亡前1週間(死亡2日前-6日前)」「死亡前1日」の3期間について、治療方針、ADL(食事摂取、排泄、会話)、輸液の有無と輸液量の推移を、「死亡1ヵ月前」「死亡1週間前」「死亡1日前」の3時点について、情報を収集した。その他、死亡前1週間の輸血の有無と輸血量、死亡前1ヵ月間の院内資源(院内緩和ケアチーム、精神科・心療内科、ペインクリニック)の利用、死亡前48時間以内の医療処置と家族への意思確認に関する記載、患者背景について情報を収集した。

 質問紙調査の調査項目として、終末期医療の評価は、死亡前1週間に受けたケアに関する評価を、「ホスピス・緩和ケア病棟ケアに対する評価尺度(以下、ケア評価尺度)」で尋ねた。その他、最終入院期間中に受けた医療への満足度を8件法で尋ねた。発病時と最終入院期間中の意思決定主導者、最終入院期間中の患者の予後に関する認識についても尋ねた。「患者様のからだの苦痛は最小限だったと思いますか」などの患者の「望ましい死」に関する認識を6項目、「思う」から「思わない」の4件に「わからない」を加えた5件法で尋ねた。現在の抑うつ状態の評価には、「Center for Epidemiologic Studies Depression Scale:CES-D Scale(以下、抑うつ尺度)」を用いた。対象者背景についても情報収集した。

 解析は、症状・治療内容の実態については各項目を単純集計した。複数期間(または複数時点)で調査した項目については推移を示した。終末期医療の評価は、ケア評価尺度については緩和ケア病棟での全国調査とWelchの検定で比較した。その他の項目は回答割合を示した。「発病時と最終入院期間中の意思決定主導者」は、回答割合の推移を示した。ケア評価に関連する要因探索として、ケア評価尺度の各ドメイン得点、全体の平均点(ケアに対する評価)と、質問紙調査・診療記録調査の項目について単変量解析を行った。2値変数はt検定あるいはWelchの検定、3値以上の名義変数は分散分析を実施し、順序変数または連続変数はピアソンの相関係数を算出した。抑うつ状態の評価は、抑うつ尺度の合計点の平均と標準偏差を示し、カットオフ値(16点)を超えた人数と割合を示した。抑うつ尺度得点と、質問紙調査の項目について単変量解析を行った。2値変数はt検定あるいはWelchの検定を実施し、順序変数または連続変数はピアソンの相関係数を算出した。すべての解析は、両側検定とし、p<0.1を「傾向あり」、有意水準を5%とした。

 本研究は、各施設の倫理審査委員会からの承認を得た。

III.結果

1.調査対象者

 調査対象期間死亡者231名のうち、診療記録調査を実施できたのは182名(78.8%)であった。質問紙調査対象者177名のうち、有効回答が得られたのは103名(58.2%)であった。

2.白血病/悪性リンパ腫患者の終末期の症状・治療内容の実態

 患者は男性が65.4%を占め、平均年齢は62±14歳であった。疾患は、白血病30.2%、骨髄異形成症候群21.4%、悪性リンパ腫48.4%であった。死亡1日前に1/4の患者で治癒・延命を目的とした積極的治療が指向されていた。「中心静脈ライン」「抗生剤・抗真菌剤」「ステロイド」「酸素」「膀胱留置カテーテル」は、死亡前1ヵ月間を通してほとんどが7割以上の実施率であった。「抗がん剤」は死亡前1ヵ月間に約半数で使用されていた。1日平均輸液量は1900ml前後で推移しており、患者の約2/3が死亡前1週間に輸血をうけていた。死亡前1週間の症状は、発熱74.2%、出血63.7%、疼痛57.7%、呼吸困難41.8%であった。死亡前1ヵ月間の院内緩和ケアチームの利用は21.5%、精神科・心療内科は15.9%、ペインクリニックは2.2%であった。

3.白血病/悪性リンパ腫患者とその家族への終末期医療に対する遺族評価

 回答者は女性が73.8%を占め、平均年齢は57±13歳であった。死別後経過期間は平均531±221日であった。死亡前1週間に受けたケアに関する評価は、緩和ケア病棟での全国調査に比べて、10ドメイン中9ドメインで有意に低かった。特に身体的ケア、精神的ケア、説明・意思決定のケア、介護負担軽減のためのケア、費用や医療者間の連携・継続についての評価が低かった。最終入院期間中に受けた医療に対して、満足度が高いとはいえない回答が57.0%であった。主介護者の4割が患者の予後を認識していなかった。患者の「望ましい死」に関する主介護者の認識では、患者の「からだの苦痛が最小限だった」との回答は33.0%、「こころの苦痛が最小限だった」は21.4%であった。

4.白血病/悪性リンパ腫患者とその家族が死亡前1週間に受けたケアの遺族評価に関連する要因

 ケアの評価に、主介護者の当時の健康状態や経済状況が関連していた。現在独居の主介護者で、介護負担軽減のためのケアについての評価が低かった。また、意思決定や予後についての主介護者の認識も関連していた。当時の治療方針はケアの評価に関連していなかった。

5.白血病/悪性リンパ腫患者遺族(主介護者)の抑うつ状態の評価

 抑うつ状態が重いとされるカットオフ値(16点)を超える主介護者が54.1%存在した。

6.白血病/悪性リンパ腫患者遺族(主介護者)の抑うつ状態に関連する要因

 死別後経過期間と当時の健康状態が関連していた。また、介護負担軽減のためのケアについての評価が低い主介護者、患者の生き方や価値観が尊重されていたと「思わない」主介護者で抑うつ状態が強かった。

IV.考察

 死亡1日前でも4人に1人は「積極的治療」を指向されていたことから、終末期の特徴として「積極的治療」から「緩和的治療」への移行の困難さが示された。また、治療方針の変更後も治療内容に大きな変更がみられないことも、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期医療の特徴と考えられた。また、死亡前1週間の苦痛症状の出現率は高かった。一方で、院内緩和ケアチームや精神科・心療内科などの利用は少なく、専門職へのアクセスが十分ではない現状が示唆された。医療者は、固形がんとは異なる白血病、悪性リンパ腫の疾患特性を理解し、病期や治療の指向性にとらわれることなく、早期から、患者と家族のQOL向上を目指したケアの提供を心がける必要がある。

 死亡前1週間に受けたケアに関する評価は、緩和ケア病棟での全国調査に比べ、全体的に低かった。特に身体的ケア、精神的ケア、情報提供や意思決定への支援、介護負担軽減のためのケア、費用や医療者間の連携・継続について改善が求められていた。

 ケアに関する評価に、主介護者の当時の健康状態や経済状況が関連していたこと、家族の介護力の関連が示唆されたことから、患者のみならず家族の健康状態や経済状況、介護負担への配慮も重要であることが考えられた。また、主介護者の4割が患者の予後を認識しておらず、情報提供やコミュニケーションに関して、患者・家族と医療者との間に認識の乖離があることが示唆された。コミュニケーションに関する意識や技術の向上のための取り組みが重要と考える。

 白血病/悪性リンパ腫患者の主介護者の過半数が、重い抑うつ状態にあることが推測された。家族の健康状態や介護負担に留意したケアと、患者の生き方を尊重したケアの実践が、遺族の抑うつ状態への予防的ケアにつながることが示唆された。

 今後、白血病、悪性リンパ腫に特化したアセスメントシートの開発やケア評価尺度の導入により、緩和ケアの視点を意識したケア提供とその評価が必要である。また、遺族の精神健康状態に関するより詳細な実態調査や遺族ケアニーズの把握も重要である。さらに、医療者と患者・家族との認識の相違を明らかにすること、コミュニケーション技術向上のためのプログラム開発とその評価も重要な課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期の症状・治療内容を明らかにするとともに、終末期医療を遺族の視点から評価し、同時に、遺族の現在の抑うつ状態を測定したものであり、下記の結果を得ている。

1. 死亡1日前でも4人に1人が「積極的治療」を指向されていたこと、2割の患者で死亡時の病態が「寛解」「未判定」と、突発的で予測困難な死であったと推測されることから、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期の特徴として、「積極的治療」から「緩和的治療」への移行の困難さが示唆された。さらに、治療方針の変更後も、輸液や輸血、抗生剤・抗菌剤など治療内容の大幅な変更はみられなかったことからも、医療者は、病期や治療の指向性にとらわれず、早期から、患者と家族のQOL向上を目指したケアの提供を心がける必要があると考えられた。また、死亡前1週間に、発熱74.2%、出血63.7%、疼痛57.7%、呼吸困難41.8%と、苦痛症状の出現率は高く、その一方で、院内緩和ケアチームの利用やペインクリニックの利用は少なく、症状緩和のための専門職へのアクセスが十分ではない現状が示唆された。

2. 死亡前1週間に受けたケアに関する評価は、緩和ケア病棟での全国調査に比べ、全体的に低かった。特に身体的ケア、精神的ケア、情報提供や意思決定への支援、介護負担軽減のためのケア、費用や医療者間の連携・継続について改善が求められていた。また、遺族(主介護者)の4割が患者の予後を理解していなかったと回答し、情報提供やコミュニケーションに関して、患者・家族と医療者との間に認識の乖離があることが示唆された。

3. 死亡前1週間に受けたケアの評価に、遺族(主介護者)の当時の健康状態や経済状況が関連していた。また、家族の介護力の関連も示唆された。患者のみならず家族の健康状態や経済状況、介護負担への配慮も重要であることが考えられた。さらに、意思決定や予後についての主介護者の認識も関連していた。コミュニケーションに関する医療者の意識・技術の向上を目指した取り組みが重要と考えられた。

4. 死別後半年から2年半が経過しても、抑うつ状態が重いとされるカットオフ値を超える遺族(主介護者)が54.1%と多かった。患者の生前からの予期悲嘆のケアや、死別後の遺族ケアの必要性は高いと考えられた。

5. 当時の健康状態が不良だった主介護者、介護負担軽減のケア評価が低い主介護者で抑うつ状態が強かったことから、患者の生前から主介護者の健康状態や介護負担に留意したケアが、死別後の抑うつ状態への予防的ケアにつながる可能性が考えられた。

 以上、本研究は、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期の症状・治療内容の詳細な記述と終末期医療の遺族評価、および遺族の抑うつ状態を測定することで、白血病/悪性リンパ腫患者の終末期像と遺族の精神健康状態を明らかにし、終末期医療におけるケアの改善点や留意点、さらに遺族ケアの必要性を示した。本研究は、これまで皆無に等しかった本邦における白血病/悪性リンパ腫患者を対象とした緩和ケア研究の礎となりうるもので、学位の授与に値すると考えられる。

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