学位論文要旨



No 122636
著者(漢字) 小山,智典
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,トモノリ
標題(和) 正常知能を有する広汎性発達障害児における認知・症状プロフィール
標題(洋) Cognitive and Symptom Profiles in Normally Intellectual Children with Pervasive Developmental Disorders
報告番号 122636
報告番号 甲22636
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2932号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 講師 春名,めぐみ
 東京大学 講師 山崎,あけみ
 東京大学 特任助教授 金生,由紀子
 東京大学 特任講師 渡邉,慶一郎
内容要旨 要旨を表示する

研究1 注意欠陥/多動性障害(ADHD)との比較

【背景と目的】

 広汎性発達障害(PDD)は、(1)対人的相互反応、(2)コミュニケーション、(3)反復的で常同的な行動・興味、の障害を有する発達障害群で、国際的な診断基準DSM-IVでは、自閉性障害、レット障害、小児期崩壊性障害、アスペルガー障害、特定不能のPDD(PDDNOS)の5つの下位診断で構成されている。近年、世界で初めて1%超の報告がされるなど、従来よりもかなり高い有病率が報告されているが、この背景として、知的発達が良好な高機能PDD(HPDD)が広く認識されたことがあると考えられている。HPDDは、広義には知的に遅れのない(IQ≧70)、狭義には正常知能を有する(IQ≧85)PDDを指す。

 注意欠陥/多動性障害(ADHD)は、著しい不注意、多動・衝動性の少なくとも一方を有する障害で、PDDの約5〜10倍の有病率がある。国際的な診断基準では、PDDであればADHDと診断しないとされているが、いくつかの先行研究がHPDDとADHDの類似点や差異に注目している。ADHDでも対人関係や社会性の障害が存在すると報告されている一方、HPDDの約6割がADHDの診断基準を満たすとの報告がある。症状の軽い高機能PDDNOSでは、ADHDと誤診されることもある。

 著者の知る限り、これまでにWechsler式児童用知能検査第3版(WISC-III)で正常知能を有するPDDとADHDの差異を検討した研究はない。本研究の目的は、世界最大規模のHPDDサンプルに基づいて認知・症状プロフィールを検討し、ADHDとの鑑別診断に有用な手がかりを得ることである。

【方法】

 WISC-IIIは、6言語性下位検査と7動作性下位検査で構成され、言語性、動作性、全検査IQが算出できる。また、因子分析から特定された4つの群指数「言語理解」「知覚統合」「注意記憶」「処理速度」が求められる。

 CARS-TVは、米国で開発された小児自閉症評定尺度(CARS)の日本語版で、子どもの自閉症状の評価に広く用いられている。15項目で構成され、各項目の異常を1点(年齢相応)から4点(重度に異常)まで0.5点間隔の7段階で評価する。総得点は15項目の得点を合計して算出し、得点が高いほど自閉的であることを示す。

 対象は、首都圏3療育相談機関のいずれかを受診した児童のうち、経験ある児童精神科医を含む臨床チームがDSM-IVに基づいて診断し、全検査IQが85以上のHPDD児100名(平均8.6歳、男80名)とADHD児53名(同8.8歳、男41名)で、両群間で平均年齢および性比に有意差はなかった。

 WISC-IIIの得点とCARS-TV総得点は、両群の平均点をt検定で比較した。CARS-TVの下位項目については、2点(軽度に異常)以上である児の割合をFisherの直接法で比較した。有意水準は両側5%とした。

【結果】

 WISC-IIIのIQと群指数で両群間に有意差はなかった。下位検査ではHPDD群はADHD群と比べ、単語(9.6対10.9)と理解(8.4対9.8)が有意に低く、数唱(11.7対10.6)と積木模様(11.6対10.0)が有意に高かった。

 CARS-TV総得点は、HPDD群(21.61)がADHD群(17.94)よりも有意に高かった。下位項目では「情緒」「視覚的反応性」「言語的コミュニケーション」など8項目で、HPDD群が有意に多く異常を示した。両群間に有意差はなかったが、ADHD群は「変化への適応」や「活動性の水準」で比較的多く異常を示した。

【考察】

 本研究は臨床ケースが対象であるために症状が重篤な児童が多い可能性があり、結果の一般化には慎重であるべきだが、臨床現場における有用性を考えると、本研究の知見は意義がある。HPDD児は、先行研究と同様、理解が低く積木模様が高かった。このプロフィールは、視覚空間的能力に優れ"社会的知能"に劣る自閉的な子ども特有の知的構造を反映していると考えられ、ADHD児との鑑別に有用であるかも知れない。

 HPDD児で数唱が優れていたことは、Mayesらの高機能自閉症児の報告と一致しない。しかし、Ozonoffらは高機能自閉症児の数唱の低さを報告しておらず、またSiegelらによれば、数唱は高機能自閉症者が得意な検査のひとつである。この相違はさらなる研究で明らかにする必要がある。

 ADHD児では、CARS-TVの「変化への適応」で表される"こだわり"を示した者がいたが、自閉症状の核である「情緒」や「視覚的反応性」などの対人的相互反応や、コミュニケーションで異常を示した者はいなかった。両者の鑑別の際は、こだわりを過大に評価せず、対人関係の障害に注意を払う必要があるだろう。

 近年、HPDDにはADHDを重ねて診断すべきだと議論が提起されている。本研究ではCARS-TVの「活動性の水準」以外にADHD症状を評価していないが、今後はより詳細にそれらを評価する必要があるだろう。

研究2 PDD下位診断での比較

【背景と目的】

 アスペルガー障害(AS)はPDDの一型で、言語獲得に遅れがないことなどで特徴づけられる。一方、自閉性障害(自閉症)では言葉が遅れることが多いが、中には知的に遅れがない者がおり、高機能自閉症(HFA)と呼ばれている。多くのASも知的に遅れがないことから、HFAとASは異なる状態なのか議論されている。

 これまで、いくつかの研究がHPDDのWechsler知能検査のプロフィールを検討している。そのうちHFAとASの差異を検討した研究は6つで、言語性検査を中心にASの優位を報告した研究が多いが、一致した見解は得られていない。理由として、対象が少ないこと、診断基準の違い、そして両群のIQの不均衡などが考えられる。また、PDDの大部分を占めるPDDNOSを含めていないことも、先行研究の限界である。

 著者の知る限り、これまでにWISC-IIIでHPDDの3群を比較した研究はない。本研究の目的は、先行研究の課題に対処しながら、3群が区別されるかどうか、認知・症状プロフィールを検討することである。

【方法】

 研究1のHPDD児100名を、DSM-IV診断に基づき、HFA群20名(平均9.4歳、男15名)、AS群23名(同9.6歳、男20名)、高機能PDDNOS(HPDDNOS)群57名(同7.9歳、男45名)に分けた。3群間で平均年齢に有意差があったが、性比にはなかった。

 WISC-IIIの得点は、3群の平均点を一元配置分散分析で比較した。また、各下位検査について、全検査IQとの相対で苦手、普通、得意な児の割合を算出し、x二乗検定で群間比較した。CARS-TVの総得点は一元配置分散分析で、下位項目は2点以上である児の割合をx二乗検定で比較した。有意水準は両側5%とし、対比較はTukey法を用いた。

【結果】

 WISC-IIIのIQと群指数で3群間に有意差はなかった。下位検査では算数で3群間に有意差があり、対比較ではHFA群(12.0)がHPDDNOS群(9.7)よりも有意に得点が高かった。3群はともに理解が苦手で、積木模様の得点が高かった。

 CARS-TV総得点で3群間に有意差はなく、PDDのカットオフを超えたのはわずかに数名で、現状での自閉症状はかなり軽かった。下位項目でも3群間に有意差はなかった。

【考察】

 Wechsler知能検査と現状での自閉症状で比較した限り、正常知能を有するPDDの3群は、ほとんど区別ができなかった。PDD下位診断とは関係なく、理解が低く、積木模様が高い特有の知的構造を示した。ほとんどすべての先行研究と一致する積木模様の高さは、HPDDのWechsler知能検査研究における最も強固な知見だろう。

 HFA児がHPDDNOS児よりも算数が高い結果は、典型的な自閉的な子どもでしばしば見られる数字への強い関心を反映しているのかも知れないが、Mayesらの報告と一致しないため、今後の追試が必要である。

 先行研究と異なり、CARS-TVでは3群間で有意差がなかったが、先行研究よりも年齢が高いことが関係しているのかも知れない。PDD児がよく発達して必ずしも自閉的に見えなくなり、年齢が高くなって下位診断が似てくるとすれば、HPDDの症状をより細かく評価できる尺度の開発が必要だろう。

 本研究は類似の先行研究と比べてサンプル数が大きく、群間のIQに大きな差がないことは強みであるが、さらに大規模で詳細な研究が必要だろう。

<結論>

 PDDの見落としは適切な介入の機会を失わせ、過剰診断は無用な混乱を招く可能性がある。専門家は、HPDDや他の近縁発達障害の臨床的特徴に精通しているべきである。

 世界最大規模のサンプルに基づいて、正常知能を有するPDD児のWechsler知能検査と現状での自閉症状プロフィールを明らかにした。HPDDの3群はいずれも、理解が低く積木模様が高い自閉的な子どもに特有な知的構造を示し、この特徴はADHDとの鑑別に有用かも知れない。HPDDをADHDと区別するには、自閉症状の核である対人関係の障害に注意を払うことがとても大切で、こだわりを過大に評価すべきではない。

 本研究で示されたように、HPDD児は学齢の頃にはかなり症状が軽くなり、下位診断の区別も困難になる。自閉症状は通常幼児期に最も明確であるので、PDDの診断には、発達歴に関する親からの詳細な情報が不可欠である。

 本研究によりHPDD児の認知・症状の特徴がいくつか明らかになったが、確定診断には総合的な発達歴が考慮されるべきである。本研究の知見が、専門家が正常知能を有するPDD児を区別する補足的な手がかりとして役立つことを希望する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、正常知能を有する広汎性発達障害(PDD)児の認知能力検査と自閉症状評定尺度のプロフィールを、以下の二側面より検討したものである。まず、臨床場面における鑑別に混乱が生じている注意欠陥/多動性障害(ADHD)児のプロフィールと比較し、両者の鑑別診断に有用な手がかりを得ることを試みた。また、臨床的差異がこれまで十分に検討されていないPDDの下位診断、すなわち自閉性障害(自閉症)、アスペルガー障害、および特定不能のPDD(PDDNOS)の3群で、そのプロフィールが区別されるかどうかを比較検討した。

 本研究では、正常知能を有するPDD児100名(自閉症20名、アスペルガー障害23名、PDDNOS 23名)とADHD児53名を対象に、Wechsler式児童用知能検査第3版(WISC-III)と、子どもの自閉症状を評価する小児自閉症評定尺度東京版(CARS-TV)を施行した結果に基づき、下記の結果を得ている。

1. 正常知能を有するPDD児は、3群いずれについても、WISC-IIIにおいて、「理解」が低くて「積木模様」が高い、特異な認知プロフィールを示した。この特徴はADHD児のそれとは明確に異なり、両者の鑑別診断に有用な手がかりとなる。

2. 正常知能を有するPDD児は、CARS-TVにおいて、対人的相互反応やコミュニケーションなど多数の項目で、ADHD児と比して有意に多く自閉的な症状を示した。

3. ADHD児の約3人に1人は、自閉症状のひとつである"こだわり"を示した。正常知能を有する児で、その子がPDDであるかADHDであるかを鑑別しようとする際には、両者に共通した特徴であるこだわりを過大に評価するべきではない。

4. 認知能力検査と自閉症状評定尺度において、正常知能を有するPDDの3群の間でほとんど差がなかったことから、本研究のように学齢に達した正常知能を有するPDD児の下位診断の区別は、発達歴に関する親からの詳細な情報なしには、かなり困難であることが示唆された。

 以上、本論文は正常知能を有するPDD児の臨床的特徴を明らかにした。もとより対象者が少ない当該研究分野において、先行研究と比して十分な例数を確保して比較検討したことは、学術的に価値が高い。また、診察治療場面における鑑別に混乱が生じているADHD児との差異を明らかにした臨床的意義は大きく、学位の授与に値するものと考えられる。

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