学位論文要旨



No 122637
著者(漢字) 小山,友里江
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ユリエ
標題(和) 変形性股関節症患者の手術療法後の経過とQuality of Lifeに関する研究
標題(洋)
報告番号 122637
報告番号 甲22637
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2933号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 甲斐,一郎
内容要旨 要旨を表示する

研究目的

 変形性股関節症(以下、変股症)は、股関節に退行性変性が生じ、10年から30年かかって悪化する進行性の慢性疾患である。臨床症状は疼痛と可動域制限からおこる日常生活動作(Activities of Daily Living, 以下、ADL)の障害である。

 治療は保存療法と手術療法に大別される。保存療法は第1に選択される治療法で、保存療法が奏効しない場合、手術療法に進むのが治療の原則とされている。手術療法は、末期を対象とし、疼痛の緩和と可動域制限の改善を目的として行われる人工関節全置換術(Total Hip Replacement, 以下、THR)と、病期があまり進行していない時期に、進行の防止あるいは改善を目的として行われる関節温存手術とに分けられる。日本では、一般的に自分の骨を温存する関節温存手術が推奨されており、特に寛骨臼回転骨切術(Rotational Acetabular Osteotomy, 以下、RAO)は、一生自家骨で症状を管理できる可能性が高い術式として期待されている。THRはやむを得ない場合の選択とされている。

 変股症の予後を予測することは難しいが、関節温存手術の適応があれば、手術療法を選択することにより、病期の進展を遅らせ、症状をコントロールできる可能性がある。患者に求められるのは、人生と治療計画の長期的な展望を踏まえて、適切な時期に適切な治療法を選択していくことである。治療方針の決定する際には、疾患、機能、活動の状態を日本整形外科学会股関節機能判定基準(以下、JOAスコア)などの臨床指標で評価を行い、治療後、その成果をまた同じ尺度により測定する。しかし、患者が将来の人生設計を踏まえて、適切な時期に適切な治療を選択していくためには、これら股関節機能の評価だけでは不十分であると考えられる。患者の主観的な評価である健康関連Quality of Life(以下、HR-QOL)尺度による測定を加えることにより、患者本人の感じている心身の健康状態が、心身機能、活動に与える影響を測定、評価する必要がある。

 そこで今回の研究では、RAO、THRの治療目標を考慮し、RAO、THRを受けた患者の術後の経過と抑うつ、HR-QOLを評価することを目的とする。

研究方法

1.調査方法

 東京大学医学部附属病院整形外科外来にて自記式調査と診療録調査を実施した。

2.調査対象

 当該施設に通院する変股症患者で、RAO、THRどちらかの手術療法を受けたことがある20歳以上80歳未満の患者とした。

3.調査期間

 2005年7月から2006年6月までの1年間とした。

4.調査内容

1) HR-QOL:SF-36 version 2.0「身体機能」「日常役割機能(身体)」「身体の痛み」「全体的健康感」「活力」「社会生活機能」「日常役割機能(精神)」「心の健康」の8下位尺度36項目からなる。

2) 術前と術後現在の病期分類:レントゲン画像で判定された病期

3) 日本整形外科学会股関節機能判定基準:JOAスコア 可動域、疼痛、歩行能力、ADLの4下位尺度からなり、左右別々に合算して用いる。

4) 抑うつ:The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)

5) 抑うつの関連要因:股関節の現在の痛み、臨床指標(罹患群、罹患側、罹患年数、術後経過年数)

6) 患者背景:年齢、性別、自己申告による体重とBMI、学歴、経済的ゆとり、職業

5.分析方法

 RAO群とTHR群に分け、Chanleyの分類に従い、片側罹患と両側罹患を別々に解析した。

 RAO群の術後の経過を把握するため、術前の病期と術後現在の病期の度数と割合を算出した。病期が進行したのかをWilcoxonの符号付順位和検定を用いて検討した。術側のJOAスコアの平均値を経過年数別に算出し、経過年数との傾向をSpearmanの相関係数を用いて検討した。両側手術をしている場合は、調査日から近い手術日と術式を採用した。

 抑うつについては、経過年数別のCES-Dの平均値を算出し、CES-Dを目的変数、年齢、性別、現在の痛み、現在の病期、JOAスコア、術後経過年数、BMI、学歴、経済的ゆとり、職業を説明変数とする重回帰分析を行った。

 術後現在のSF-36の実態を把握するため、経過年数別にSF-36の平均点、分散、標準偏差を算出した。また経過年数別に、性・年齢で調整した国民標準値、対象者人数の割合で重み付けした国民標準値の分散と標準偏差を算出し、対象者の得点との対応のないt検定を行った。また術後経過年数とSF-36の各下位尺度得点とのSpearmanの相関係数を算出した。

6.倫理的配慮

 本研究は、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得た。

結果

A.RAO群

1.応諾状況

 RAOを受けた258名中230名(89.1%)が調査に回答した。フォローアップ率は、術後5年未満では65.3%、5年以上10年未満では54.1%、10年以上15年未満では50.8%、15年以上20年未満では43.8%、20年以上では31.3%であった。

2.患者背景

 平均年齢は片側罹患群で51.3歳、両側罹患群で46.7歳、平均術後経過年数は片側罹患群で15.3年、両側罹患群で11.8年であった。

3.術前と術後の病期

 術後現在の病期は、片側罹患群46名中、前股関節症10.9%、初期47.8%、進行期17.4%、末期23.9%であった。両側罹患群166名中、前股関節症28.3%、初期37.4%、進行期21.1%、末期13.3%であった。Wilcoxonの符号付順位和検定の結果、両群ともに、術前に比べ病期の進展は統計的に有意であった。

4.経過年数別JOAスコア

 術後5年未満では片側罹患群86.8点、両側罹患群87.5点であり、5年以上10年未満86.4点、86.8点、10年以上15年未満88.6点、84.6点、15年以上20年未満83.4点、82.1点、20年以上77.4点、75.2点であった。

 相関係数を検討した結果、JOAスコアの合計点は、片側罹患群、両側罹患群ともに経過年数が長くなると有意に低くなっていた。

5.CES-D得点

 平均得点は、片側罹患群の5年未満の対象者では8.2点、両側罹患群では11.0点、5年以上10年未満では10.6点、9.4点、10年以上15年未満では9.0点、13.2点、15年以上20年未満では11.4点、13.3点、20年以上では10.1点、9.3点であった。

6.CES-Dの関連要因

 CES-Dを目的変数とした重回帰分析の結果、片側罹患群では、CES-Dの得点は、関連のみられる要因はなく、両側罹患群では、現在の痛みがあり、学歴が低いほうが、統計的に有意に高かった。

7.SF-36の国民標準値との比較

 片側罹患群では、どの経過年数でも国民標準値と差はなかった。また経過年数が短いほうが「全体的健康感」の得点が統計的に有意に高くなっていた(r=-0.44, P=0.002)。

 両側罹患群では、5年未満では「身体機能」76.4点、「身体の痛み」61.3点が国民標準値より統計的に有意に低かった。5年以上10年未満では「身体機能」が78.9点と統計的に有意に低かった。10年以上15年未満では、統計的に有意な差はみられなかった。15年以上20年未満では、「身体機能」75.3点、「日常役割機能(身体)」75.8点が、統計的に有意に低かった。20年以上では「身体機能」66.5点、「日常役割機能(身体)」75.2点、「身体の痛み」58.0点が、統計的に有意に低かった。経過年数との関連はみられなかった。

B.THR群について

1.応諾状況

 THRを受けた214名中199名(93.0%)が調査に回答した。フォローアップ率は、5年未満では49.4%、5年以上10年未満では56.3%、5年以上10年未満では34.5%、5年以上10年未満では43.1%、5年以上10年未満では29.5%であった。

2.患者背景

 平均年齢は片側罹患群で67.3歳、両側罹患群で64.7歳、術後経過年数は6.7年、6.0年であった。

3.経過年数別JOAスコア

 術後5年未満では片側罹患群80.4点、両側罹患群75.6点であり、5年以上10年未満83.0点、75.4点、10年以上15年未満82.0点、72.1点、15年以上20年未満81.6点、69.4点、20年以上70.0点、56.9点であった。

 相関係数を検討した結果、片側罹患群では経過年数との関連はみられなかったが、両側罹患群では経過年数が長くなるとJOAスコアの得点が有意に低くなっていた。

4.CES-D得点

 片側罹患群の5年未満の対象者では12.4点、両側罹患群では10.3点、5年以上10年未満では14.4点、11.8点、10年以上15年未満では8.5点、12.6点、15年以上20年未満では6.5点、11.9点、20年以上では8.5点、18.0点であった。

5.CES-Dの関連要因

 CES-Dを目的変数とした重回帰分析の結果、片側罹患群では、BMIが小さいほうが、CES-Dの得点は統計的に有意に高かった。両側罹患群では、非術側の病期が進んでいないほうが、CES-Dの得点は統計的に有意に高かった。

6.SF-36の国民標準値との比較

 片側罹患群では、統計的に有意な差はみられなかった。相関係数で検討した結果、経過年数が短いほうが、「全体的健康感」の得点が統計的に高くなっていた(r=-0.44, P=0.002)。

 両側罹患群では、5年未満では、「身体機能」63.6点、「日常役割機能(身体)」65.7点、「社会生活機能」72.6点、「日常役割機能(精神)」71.1点で、性・年齢で調整した国民標準値より統計的に有意に低かった。5年以上15年未満では、統計的に有意な差はみられなかった。15年以上20年未満では「身体機能」53.3点が、統計的に有意に低かった。20年以上では「身体機能」30.3点が、統計的に有意に低かった。相関係数で検討した結果、経過年数とSF-36の得点とに関連はみられなかった。

考察

 RAO群では、JOAスコアは術後20年未満までは80点台を保っており、THR群の片側罹患群では術後20年未満までは80点、両側罹患群では15年未満まで約70点を保っていた。HR-QOL(SF-36)はRAOの片側罹患群に関しては、国民標準値と変わりがなかった。両側罹患群は身体面のドメインは国民標準値までは回復せず、やや低い状態のままであること、精神面のドメインは国民標準値と差がないことが明らかにされた。THR群は、片側罹患群では、身体面のドメイン、精神面のドメインともに国民標準値と差がなくなること、両側罹患群では、保存療法の末期の患者よりは得点が高くなり、術後15年未満まではその状態が保たれることが明らかにされた。医療者はこれらの知見をふまえ、変股症患者に情報提供していくことで、適切な時期にライフスパンを考慮した治療方針の選択ができるようになる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、変形性股関節症(以下、変股症)で、寛骨臼回転骨切り術(Rotational Acetabular Osteotomy, 以下、RAO)、人工関節全置換術(Total Hip Replacement, 以下、THR)を受けた患者を対象として、術後の経過、抑うつ、HR-QOLを評価することを目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1.RAO群では、術後現在の病期が前・初期であった対象者が片側罹患群、両側罹患群ともに5割以上いた。RAOは変股症の進展を予防することができる手術として期待されており、術後経過年数が平均10年以上で、進んでいない病期の対象者が半数以上であることからも、今回の対象者に関しては、術後成績は狙い通りの結果を得られていると考えられる。

2.RAO群のJOAスコアは片側罹患群、両側罹患群ともに、術後20年未満まで80点台を保っていることが確かめられた。

3.CES-D得点は、RAO群の片側罹患群では全体の12.8%、両側罹患群では18.6%がカットオフ値16点を上回っていたが、RAO後抑うつが多く発生しているとはいえないと考えられた。

4.HR-QOL得点を経過年数別に検討した結果からは、RAO群の片側罹患群に関しては、身体面は疼痛も含め一般人と変わらないHR-QOLを保つことができていた。両側罹患群では身体面のHR-QOLは術後も一般人よりは低い値であること、15年以上の長期例ではHR-QOLは一般人に比べると低い値になることが明らかになった。

5.THR群のJOAスコアは、片側罹患群では5年以上10年未満をピークとして緩やかに減少する傾向にあった。両側罹患群では経過年数がたつにつれて、スコアが統計的に有意に低くなっていた。片側罹患群ではJOAスコアは術後15年以上20年未満でも80点台を保っており、両側罹患群では70点近かった。

6.CES-D得点は、THR群の片側罹患群では全体の26.4%、両側罹患群では19.0%がカットオフ値16点を上回っていた。

7.HR-QOL得点を経過年数別に検討した結果からは、THR群の片側罹患群ではどの経過年数においても、統計的に有意な差はみられなかった。今回は術前のデータと比較することはできないが、末期でTHRを受けた場合、手術によりHR-QOLが有意に改善するという可能性を現しているものと考えられる。

 以上、本研究は、変股症でRAO、THRを受けた患者の経過、抑うつ、HR-QOLを測定することで、術後の現在の経過、抑うつ、HR-QOLを明らかにした。本研究は、これまで長期経過した術後患者の報告がない中で、術後現在の経過、HR-QOLを詳細に明らかにした点で、学位の授与に値すると考えられる。

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