学位論文要旨



No 122640
著者(漢字) ホム ナス チャリセ
著者(英字) Hom Nath Chalise
著者(カナ) ホム ナス チャリセ
標題(和) ソーシャルサポートと孤独感および主観的幸福感との関連 : ネパール人高齢者における比較文化研究
標題(洋) Social Support and Its Correlation to Loneliness and Subjective Well-being : A Cross-cultural Study of Nepalese Older Adults
報告番号 122640
報告番号 甲22640
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2936号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 講師 山崎,あけみ
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
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背景

 過去60年間、ソーシャルサポートは老年学を含む多くの分野において注目を集めてきた。加齢に伴うライフイベントによりサポートネットワークが脅かされるため、高齢者にとってソーシャルサポートの問題は特に重要である(Kahn et al., 2003)。これまでの研究により、ソーシャルサポートが健康や主観的幸福感に大きく影響する、ということは明らかになってきたが、どのように影響するのかについてはあまり明らかになっていない(George, 1989)。サポート源によるサポート授受の違いについて扱った研究も少ない。また、こうした研究の多くは欧米文化圏で行われており、他の社会への一般化可能性についてもよくわかっていない(See Chen and at all, 2004)。加えて、サポートが健康に及ぼす影響を理解するのに適した理論的枠組みが欠けていることも問題となっている(See Fernandez-Ballesteros, 2002; Schreurs & de Ridder, 2000, p. 90)。

ネパールの現状

 ネパールはヒマラヤ山脈の麓にある、陸地に囲まれた小さな王国である。インドと中国に挟まれており、総人口は2500万である。(ネパール統計中央局, 2004)。最貧国の一つであり、人口のおよそ40%が貧困ライン以下の生活を送っている(アジア開発銀行, 2002)。また、ネパールはチベット・ビルマ語族かインド・アーリヤ語族に属する、60以上のカーストや民族集団からなるモザイク国家である。これらの集団は長い歴史の中で混ざりあってきたものの、アニミズムや仏教、ヒンドゥー教といった要素も組み合わさっており、その文化は非常に多様である。

 ネパールでは、一般的に60歳以上が高齢者とみなされる。平均寿命は61歳(CBS, 2003)である。過去数十年間における出生率の低下と乳幼児や児童の死亡率の改善により、近年、高齢化が進んでいる(Chalise & Brightman, 2006)。2001年の国勢調査によると、高齢者は総人口の6.5%であるが、1991年から2001年までの高齢者人口の増加率は年3.39%であり、総人口の増加率である2.3%を上回っている。ネパールでは人口抑制政策により出生率が下がっているため、さらに高齢化が進むと予想されるが、貧困や経済の停滞といった問題もあり、高齢化に伴う急速な変化への対応が困難である。また高齢者の現状やニーズに関する調査も不足している。

目的

本研究の目的は以下の通りである。

1. 高齢男性と女性のソーシャルサポート授受の実態について分析する

2. 高齢者の孤独感や主観的幸福感と有意に関連するソーシャルサポート源について明らかにする

3. ChhetriとNewarという異なるカースト/エスニシティに属する高齢者において、以上の結果が共通するか否かを明らかにする(交差妥当性の検証)

方法

調査方法

 2005年、ネパールの首都カトマンズのある1地区に住む60歳以上の高齢者に対して訪問面接形式による質問紙調査を行った。そのうち、本研究では、Chhetriに属する高齢者(N=137、平均年齢69.1歳、標準偏差7.2歳)とNewarに属する高齢者(N=195、平均年齢68.8歳、標準偏差7.7歳)のデータを使用した。Newarはカトマンズ渓谷に住む先住民族であり、チベット・ビルマ語族に属し、Newar語を話す。総人口に占める割合は5.6%である。エリート集団の一つであり、その多くが熟練技術者や商人、または貿易商である。近年は公務員や教員、行政官になる者も増えている。80%がヒンドゥー教徒であり、20%が仏教徒である。

 Chhetriは伝統的な4つのカーストの中で2番目に高い地位であり、社会的公正や調和を司る役割を持ち、官公庁や軍に奉職する者もいる。その多くがヒンドゥー教徒であり、東インド・アーリヤ語族に属する。総人口に占める割合は最も高く、16%である。

調査項目

従属変数: 孤独感と主観的幸福感を従属変数とした。孤独感の計測にはカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)版孤独感尺度3項目版(Hughes et al., 2004)を用いた。主観的幸福感の計測には生活満足度尺度K(LSIK)(Koyano and Shibata, 1994)を用いた。確証的因子分析の結果、LSIKの3つの構成要素のうち1つがよく適合しなかったため、これを除外し、SWB生活満足度(認知的側面/長期)とSWB生活安定性(感情的側面/短期)に分けて測定した。両者の内部一貫性は十分であった(0.79以上)。

 本研究では、受けたソーシャルサポート(SSR)と、提供したソーシャルサポート(SSP)として7項目(1. 必要な時に話をきく 2. 悩みや悲しみを共有する 3. よい助言をする 4. 信頼と愛情 5. 楽しい時を過ごす 6. 寝たきりになった場合に手助けをする 7. 必要な時に医者に連れて行く)を設け、サポート授受の対象として4項目(配偶者、同居している子ども、別居している子ども、友人や近所の人)を設けた。

 先行研究をもとに、年齢、性、婚姻状況、教育、身体機能、世帯構成、経済的満足度をソーシャルサポートの交絡変数とした。これらは高齢者の孤独感や主観的幸福感に影響すると報告されている。

分析方法

 t検定、対応のあるt検定、多重回帰分析を行った。最後にソーシャルサポートとカースト/エスニシティとの間の交互作用を検討するために、傾きの有意差の検定を行った。この検定でt統計量はt=〓という式で算出される。bは非標準化回帰係数であり、SEはbの標準誤差である(Marascuilo & Levin, 1983)

倫理的配慮

 本研究は2005年6月に東京大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を受けた。インタビューに際しては、全ての協力者に研究目的を説明し、口頭で同意を得た。インタビューは協力者の自宅で行われ、他の家族は同席しなかった。

結果

 両カースト/エスニシティとも、主要なサポート授受の相手は同居している子どもと配偶者であった。平均値を比較すると、統計的優位ではないが両カースト/エスニシティとも女性は男性に比べより多く子どもからサポートを受け取っており、男性は女性に比べ配偶者とサポートの授受を行っていた。ただし、多くの高齢女性は夫をサポートすることが自分の義務(ネパール語でダルマ)であると考えている。これはヒンドゥー教徒の伝統的な考え方である(Chalise et al., in press)。このため女性においては配偶者とのサポート授受の程度が実際より少なく評価された可能性がある。

 両カースト/エスニシティに共通して、同居している子どもとのサポート授受では、SSRがSSPと比較して有意に高く、友人と近所の人とのサポート授受ではSSPがSSRと比較して有意に高かった。これは男女共にあてはまる結果であった。配偶者とのサポート授受に関しては、男性のみ、両カースト/エスニシティで有意にSSRがSSPと比較して高かった。子どもとのサポート授受に関しては、文化的にネパール人高齢者は子ども(特に息子と息子の妻)からより多くサポートを受けることを期待しているためと考えられる。

 交絡要因の影響をコントロールしたところ、両カースト/エスニシティにおいて、配偶者、同居している子どもからのSSR、配偶者、同居している子ども、友人と近所の人へのSSPは孤独感を有意に低下させていた。両カースト/エスニシティ間での傾きの有意差はみられなかった。

 ChhetriにおいてSWB生活満足度を有意に増加させていたのは、配偶者からのSSR、配偶者、友人と近所の人へのSSPであった。一方、NewarにおいてSWB生活満足度を有意に増加させていたのは、子ども(同居、別居ともに)との間でのSSRとSSP、友人と近所の人へのSSPであった。配偶者、同居している子どもからのSSR、配偶者へのSSPにおいて、両カースト/エスニシティ間の傾きの有意差がみられたが、友人と近所の人へのSSPにおいてはみられなかった。

 ChhetriにおいてSWB生活安定性を有意に増加させていたのは配偶者との間でのSSRとSSP、そして友人と近所の人へのSSPであった。NewarにおいてSWB生活安定性を有意に増加させていたのは配偶者、同居している子ども、別居している子ども、友人と近所の人からのSSR、そして配偶者、別居している子ども、友人と近所の人へのSSPであった。両カースト/エスニシティ間の傾きの有意差はみられなかった。

結論

 本研究はネパール人高齢者において、精神健康度に対するソーシャルサポートの重要性を、サポート源に着目して検討した初めての研究である。本研究により、高齢者の孤独感や主観的幸福感とサポート源との関わりについての理解が進むことが期待される。

 ネパール人高齢者はその家族や友人と積極的にサポート授受を行っていた。中でも同居の子どもや配偶者との授受が多かった。友人とのサポート授受量はそれと比較して少ないものの、同様に孤独感や主観的幸福感にポジティブな影響を与えていた。また、両カースト/エスニシティで、サポート授受の性差、誰との授受が多いか、そして孤独感や主観的幸福感に影響を及ぼすサポートは全体的に似ていた。したがって、ネパールにおけるChhetriとNewarカースト/エスニシティについては、ソーシャルサポートは交差妥当性があると考えられる。今後、他地域や他のカースト/エスニシティも対象に同様の研究を行うことで今回の知見を発展させる必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、ネパール人高齢者におけるソーシャルサポートと孤独感および主観的幸福感(SWB)との関連を、サポート源に着目して検討した。また、ChhetriとNewarという、社会的地位や語族が異なるカースト/エスニシティの間において、結果の交差妥当性を検討した。

 対象はネパールの首都カトマンズの1地区に住む60歳以上の高齢者であり、Chhetriに属する高齢者137名、Newarに属する高齢者195名から協力を得た。ソーシャルサポートは提供したサポート(SSP)、受けたサポート(SSR)に分けて尋ねた。また、サポート内容は7つに分類し、それぞれ4つのサポート源別に授受の程度を尋ねた。本研究の結果は以下の通りである。

1.両カースト/エスニシティとも、主要なサポート授受の相手は同居している子どもと配偶者であった。また、同居している子どもとのサポート授受では、SSRがSSPと比較して有意に高く、これは男女共にあてはまる結果であった。配偶者とのサポート授受に関しては、男性のみ、両カースト/エスニシティで有意にSSRがSSPと比較して高かった。

2.両カースト/エスニシティにおいて、配偶者、同居している子どもからのSSR、配偶者、同居している子ども、友人と近所の人へのSSPは孤独感を有意に低下させていた。両カースト/エスニシティ間での傾きの有意差はみられなかった。

3.ChhetriにおいてSWB生活満足度を有意に増加させていたのは、配偶者からのSSR、配偶者、友人と近所の人へのSSPであった。一方、NewarにおいてSWB生活満足度を有意に増加させていたのは、子ども(同居、別居ともに)との間でのSSRとSSP、友人と近所の人へのSSPであった。配偶者、同居している子どもからのSSR、配偶者へのSSPにおいて、両カースト/エスニシティ間の傾きの有意差がみられた。

4.ChhetriにおいてSWB生活安定性を有意に増加させていたのは、配偶者との間でのSSRとSSP、そして友人と近所の人へのSSPであった。NewarにおいてSWB生活安定性を有意に増加させていたのは、配偶者、同居している子ども、別居している子ども、友人と近所の人からのSSR、そして配偶者、別居している子ども、友人と近所の人へのSSPであった。両カースト/エスニシティ間の傾きの有意差はみられなかった。

 以上、本論文はネパール人高齢者における、サポート授受の特徴を明らかにするとともに、孤独感や主観的幸福感との関連を明らかにした。また、その結果が、ChhetriとNewarという異なるカースト/エスニシティにおいて一定の交差妥当性があることも明らかにした。ネパール人高齢者を対象にこうした検討を行った研究はこれまでにない上、異なるカースト/エスニシティ間での交差妥当性も検討しており、本研究は学術的に価値が高いと思われる。また、ネパールでは高齢化が急速に進んでおり、こうした高齢者の健康に関する研究の重要性は高まりつつある。したがって本研究は、学位の授与に値するものと考えられる。

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