学位論文要旨



No 122643
著者(漢字) レイシェル バロナ
著者(英字) Rachel Varona
著者(カナ) レイシェル バロナ
標題(和) フィリピンにおける虚弱高齢者への介護 : 2年間の追跡研究
標題(洋) Caregiving for the Frail Elderly in the Philipines : A Two-year Follow-up Study
報告番号 122643
報告番号 甲22643
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2939号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 助教授 黒岩,宙司
 東京大学 講師 田高,悦子
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 平均寿命の伸びは地域に生活する高齢者数の増加を意味する。しかし、公共医療サービスは限られており、また高齢者のために利用できる資源は限られている。フィリピンにおいて老人ホームのような制度化された施設は、親類のいない人々のためにあり、また広く利用されておらず、人気は無い。結果的に、高齢者の身体的機能が低下したとき、家族や親戚により必要な介護が行われるのが通常である。加えて、フィリピンでは、高齢化が進行する中、平均寿命の伸びに伴う感染症、怪我そして慢性病のリスク増加という二重の拘束に苦しんでいる。介護の需要は増加し、財政的資源を持たない家族は弱者に転落することが予想される。高齢者を在宅で介護することは、ある家族にとっては大きな負担となり、支援が必要となる。

 西欧諸国による多くの縦断的研究では、介護負担感や時間的制約に対するストレス認識が高いことが要介護者の施設入所に関連する要因と指摘されている。高所得国において、介護に関する横断調査研究が増加している一方、フィリピンなどの低所得国において、高齢者人口が増加しているのにもかかわらず実証研究がほとんどなされていない。

目的

 本研究の目的は、フィリピンにおける高齢者の主介護者を対象とした追跡研究において、1)2年後の介護者継続状況を把握すること、2)その関連要因を初回調査のデータとの関連において明らかにすること、また、介護継続のみを対象に、3)介護負担感を予測する要因を縦断的に把握することである。

方法

 調査対象地域はダバオ市である。ダバオはフィリピン共和国の3番目の規模の都市である。16の地域健康センターが180の地域においてサービスを提供している。この研究のために選定されたコミュニティは、都市機能へ容易にアクセスできる4箇所の地域健康センターから医療サービス供給を受けている。4箇所の地域医療センター所属の330名のバランガイ・ヘルスワーカーの中で、57名が調査に参加し、要介護の60歳以上の虚弱高齢者の507世帯のリストを提供した。この研究における主介護者の定義は、最も個人的な直接的介護を提供する介護者である。

 2003年10月に、507世帯を対象に訪問面接調査を行い、436名の主介護者から有効回答を得た(初回調査データ)。2年後の2005年10月から11月、同436名を対象追跡調査を実施し、435名の介護者から有効回答を得た(第二回調査データ)。435名の中、総計280名の家族・親族が分析された。(33名の友人介護者、122名の既に死亡した介護者は分析対象から除外)。

 二つの従属変数は負担感、2年後における介護継続有無である。負担感は、KosbergとCairlによる"Cost of Care Index(CCI)(1986)"を用い測定し、介護継続の有無は「2年後の今でも、あなたは依然として主介護者ですか。」という質問にイエスかノーと答えることによって評価された。分析上「イエス」は介護継続、「ノー」は介護非継続とカテゴリー化された。

 以下の5つの変数が独立変数と評価された。

 1)「年齢」、「性別」、「結婚歴」、「労働状態」、「世帯年収」、「健康状態」という介護者の社会・人口学的性質が質問された。

 2)介護者と虚弱高齢者との関係、介護時間、介護年数という介護に関連している変数が質問された。また扶養義務感に関する質問も用いられ、SeelbachとSauer(1977)による扶養義務感期待測定スケールにより評価され、さらに同居者の有無もまた調査された。

 3)介護者の社会的サポートと社会活動も変数として含まれた。

 4)年齢、性別というような虚弱高齢者の性質も尋ねた。身体的機能にはBarthel Indexを用いた。認知状態はMini-Mental State Exam(MMSE)、また日常生活動作能力および問題行動の有無はRevised Memory and Behavior Problem Checklist(RMBPC)を用いて測定した。

 5)介護意向、在宅介護に関する意向の変数も含めた。なお第二回目の調査において、介護を中断した事例として、主介護者であることを辞めた理由について自由記述で尋ねた。

 統計分析は、記述統計、二項変数、回帰分析(ロジスティック回帰分析、多変量回帰分析)を含む。ベースラインデータそして第二回調査のデータが用いられた。データはSPSS14.0を用いて分析された。有意水準はp<.05とした。

結果

 死亡ケースを除く280名中、239名(85.4%)の介護者が2年間同一の虚弱高齢者に対し介護を継続していた。介護非継続群における非継続理由として仕事で忙しくなった(n=15)、病気のため(n=9)、介護者と虚弱高齢者の家族、親族もしくは虚弱高齢者本人との間で葛藤があったため(n=7)、高齢者の好み(n=5)、その他(n=5)が挙げられた。介護継続群では、介護非継続群と比較して、「既婚者」の割合が有意に高かった。また、子供(51.0%)と配偶者(20.9%)の割合が有意に高く、介護継続期間が1年以下の割合が低い傾向がみられた(継続群:15.1%、非継続群29.3%)。虚弱高齢者の特性では、継続群では非継続群と比較して女性の虚弱高齢者の割合が高い傾向がみられた。

 介護継続の有無に関連する要因をロジスティック解析分析の結果、子と配偶者の関係の場合、有意に介護を継続した。そして、女性虚弱高齢者を介護する場合、有意に継続していた。また、女性介護者、高い扶養義務感をもつ場合、介護を継続する傾向がみられた。

 介護継続群のみにおいて、負担感の関連要因を検討する重回帰分析を行った結果、女性介護者ほど負担感が低く、介護時間が長いほど負担感が有意に高かった。また高学歴の者ほど負担感が低い傾向がみられた。

考察

 本研究における介護継続率(2年間で85.4%)は日本における知見と同様であり、欧米における知見と比較して高かった。これらの違いは介護に対する社会文化的規範の違いを反映しているものかもしれない。介護の頻度や強度、介護負担感は介護継続にほとんど影響せず、むしろ、「仕事が忙しい」が非継続群の最多理由となるなど、介護者の他の役割その他の要因が影響を与えていた。

 本研究において、女性介護者の介護負担感は低く、介護を継続する傾向がみられた。同様に、高い扶養義務感を持つ者、女性虚弱高齢者介護をしている介護者は介護を継続していた。多くのアジア諸国において、女性の家族成員が介護者としての役割を担っているケースが多いのと同様に、フィリピン社会における規範と社会文化的期待がこの結果を規定したのではないかと考えられる。先行研究において、ケアの互酬性と扶養義務への期待が介護継続を促進するという、いくつかの先行研究がみられる。女性は、男性よりも長い人生を享受するなかで、より介護役割を担うことが期待され、その対価としてより介護を受けやすいのかもしれない。

 本研究では、学歴の低い者ほど負担感が高い結果となった。この結果は、高所得者の国々における先行研究結果と一致している。これらの研究でいわれるように、学歴が低い者ほど対処能力が低く、負担感が高くなった可能性がある。また本研究の場合、低学歴と貧困とが関連しており、貧困のためにより働かなければならず、役割過多をもたらすことによって負担感を高めた可能性もある。

 兄弟姉妹や甥・姪など親戚が介護を行う場合と比較して、配偶者や子どもの介護は継続率が高かった。先行研究では親戚は短期間の介護の場合に有効に機能するといわれる。本研究では、対象者の多くが拡大家族のなかで生活しており、親戚が介護する場合、主介護者役割をやめたい時には替わってもらえる家族員が他にいる場合が多いと考えられる。一方、配偶者や子どもの場合は、社会的規範や敬愛心によって、他の家族員の有無や介護負担感の高低によらず介護継続することになると考えられる。

 結果として、フィリピンにおいては、成人した子供が主介護者であり、介護を担う他の家族員が得られない場合、介護ニーズの量的。金銭的増加に従い支援が必要となるだろう。今後この地域で更にこれらの介護者を追跡する必要がある。

 本研究の限界として、一般化可能性の問題が挙げられる。フィリピンにおける一都市のみを対象としていること、対象者の選定方法が、ヘルスワーカーからの紹介であったことにより、何らかのバイアスが生じている可能性がある。また本研究で使用した介護負担感(CCI)の妥当性の問題が挙げられる。本研究では信頼性が高いことは確認されたが、今後フィリピンにおける妥当性の検証が必要である。

結論

 フィリピンの一都市における介護者への追跡調査から、初回調査から2年後の介護継続率は85.4%であること、女性介護者(娘や妻)、高い扶養義務感を有する者ほど介護を継続していること、女性介護者、高学歴の者では介護負担感が低く、介護時間が長い者で介護負担感が高いことが明らかになった。フィリピンにおいて介護負担感が高いにも関わらず介護継続率が高いのは、扶養意識の高さを反映している可能性がある。家族ケアを代替する支援よりはむしろ、家族ケアを支援するようなプログラム作りが重要であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、これから高齢化を迎えるフィリピンにおいて、今後の対策を検討する資料を提示するために、高齢者の主介護者を対象とした追跡研究を行い、1)追跡から2年後の介護継続状況を把握すること、2)その関連要因を初回調査のデータとの関連において明らかにすること、また、介護継続のみを対象に、3)介護負担感を予測する要因を縦断的に抽出したものであり、以下の結果を得ている。

追跡から2年後の介護継続状況では、

1.死亡ケースを除く280名中、239名(85.4%)の介護者が2年間同一の虚弱高齢者に対し介護を継続していた。

2.介護非継続群における非継続理由として仕事で忙しくなった(n=15)、病気のため(n=9)、介護者と虚弱高齢者の家族、親族もしくは虚弱高齢者本人との間で葛藤があったため(n=7)、高齢者の好み(n=5)、その他(n=5)が挙げられた。

3.介護継続群では、介護非継続群と比較して、「既婚者」の割合が有意に高かった。また、子供(51.0%)と配偶者(20.9%)の割合が有意に高く、介護継続期間が1年以下の割合が低い傾向がみられた(継続群:15.1%、非継続群29.3%)。虚弱高齢者の特性では、継続群では非継続群と比較して女性の虚弱高齢者の割合が高い傾向がみられた。

介護継続における関連要因については、

4.介護継続の有無に関連する要因をロジスティック解析分析の結果、子と配偶者の関係の場合、有意に介護を継続した。そして、女性虚弱高齢者を介護する場合、有意に継続していた。また、女性介護者、高い扶養義務感をもつ場合、介護を継続する傾向がみられた。

介護負担感を予測する要因については、

5.介護継続群のみにおいて、負担感の関連要因を検討する重回帰分析を行った結果、女性介護者ほど負担感が低く、介護時間が長いほど負担感が有意に高かった。また高学歴の者ほど負担感が低い傾向がみられた。

以上より、フィリピンの一都市における介護者への2年間の追跡調査では、介護継続率は8割以上と高く、その介護者は妻や娘であり、高い扶養義務感を有する者ほど、介護を継続していることがフィリピンの介護者の特徴であることが明らかにされた。本研究の結果は、すでに高齢社会として位置づけられる日本をはじめ米国、欧州での結果と異なり、家族間の扶養意識の高さがその要因に挙げられ、フィリピンの高齢化対策に関して世界で類をみない新しい介入プログラム立案に貢献するものであり、学位の授与に値するものであると考えられる。

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