学位論文要旨



No 122652
著者(漢字) ホアン アン ブ
著者(英字) Hoang Anh Vu
著者(カナ) ホアン アン ブ
標題(和) 骨髄増殖性疾患におけるETV6/FLT3融合遺伝子の単離と機能解析
標題(洋) Cloning and functional study of the ETV6/FLT3 fusion gene in myeloproliferative disorder
報告番号 122652
報告番号 甲22652
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2948号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 助教授 渡邊,洋一
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 北村,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

要旨

 FMS様チロシンキナーゼ3(FLT3)遺伝子は受容体型チロシンキナーゼ・サブクラスIIIファミリーに属する遺伝子であり、正常造血において重要な役割を果たしている。また、血液腫瘍で最も高頻度に変異が認められる遺伝子の一つであり、阻害剤開発の魅力的な標的とされている。この遺伝子を活性化する変異には、膜近傍(juxtamembrane:JM)ドメイン内の縦列配列重複、チロシンキナーゼ(tyrosine kinase:TK)ドメイン内の点突然変異などがあるが、これらの遺伝子変異は急性骨髄性白血病の約1/3に、また、数は少ないが骨髄異形成症候群にも認められる。

 この度、私はt(12;13)(p13;q12)転座を伴う骨髄増殖性疾患の1患者において、FLT3遺伝子がETS変異6遺伝子(ETV6)と融合遺伝子を形成することで白血化に関与している可能性を見出したので報告する。ETV6遺伝子はチロシンキナーゼや転写因子をコードする多くの相手遺伝子と融合遺伝子を形成することが報告されている。この患者においてはRT-PCRにより、7種類のETV6/FLT3 融合mRNAと1種類のFLT3/ETV6 融合mRNAとが検出された。しかし、蛋白質レベルではETV6/FLT3融合蛋白のみが発現していた。それぞれのETV6/FLT3融合産物はアミノ末端側にETV6由来の完全なHLHドメインを持っていた。最長のETV6/FLT3融合産物であるEF1はカルボキシル末端側にFLT3由来のほぼ完全なJMドメインと2つの完全なTKドメイン(TK1 とTK2)とを持っていた。似たタイプのETV6/FLT3融合産物であるEF6では、JMドメインは保持されていたが、TK1ドメインとTK2ドメインはほぼ全欠失であった。EF7ではJMドメインとTK1ドメインのアミノ末端側が欠失していた。

 結果として、EF1蛋白は構造的に活性化されたFLT3キナーゼであり、Ba/F3細胞にIL3非依存性増殖能を付与するが、EF6蛋白やEF7蛋白はそうではないことが判った。構造的に活性化されたETV6/FLT3融合蛋白(EF1蛋白)はSTAT5やCBLを含む多数の細胞チロシンキナーセをリン酸化した。EF1から作成したJMドメイン欠失体をBa/F3細胞に導入したところ、キナーゼ活性やSTAT5活性は高く保持されていたにも拘わらず、IL3非依存性増殖能は著しく低下することが判った。このことは、FLT3のJMドメインはBa/F3細胞にIL3非依存性増殖能を付与する点では極めて重要な役割を果たしていること、完全なIL3非依存性増殖能付与責任部位はキナーゼ活性付与責任部位とは異なることを示唆している。さらに、TK1ドメインのY630を含むアミノ末端側を欠失させたところ、Ba/F3細胞のIL3非依存性増殖能、自己リン酸化能、STAT5活性化は完全に消失した。この事実は、Ba/F3細胞が完璧にIL3非依存性増殖能を獲得するためにはJMドメインとTK1ドメインのアミノ末端側領域との両方が必要であり、しかも、キナーゼ活性とSTAT5活性化にはTK1ドメインのY630を含むアミノ末端側領域が極めて重要であることを示している。

 また、低分子TKキナーゼ阻害剤であるPKC412により、ETV6/FLT3蛋白の全てのシグナル伝達系と細胞内活性は阻害された。

審査要旨 要旨を表示する

 FMS様チロシンキナーゼ3(FLT3)遺伝子は受容体型チロシンキナーゼ・サブクラスIIIファミリーに属する遺伝子であり、正常造血において重要な役割を果たしている。また、血液腫瘍で最も高頻度に変異が認められる遺伝子の一つであり、阻害剤開発の魅力的な標的とされている。この遺伝子を活性化する変異には、膜近傍(juxtamembrane:JM)ドメイン内の縦列配列重複、チロシンキナーゼ(tyrosine kinase:TK)ドメイン内の点突然変異などがあるが、これらの遺伝子変異は急性骨髄性白血病の約1/3に、また、数は少ないが骨髄異形成症候群にも認められる。しかし、血液腫瘍における変異の頻度が高いにも関わらず、これまでFLT3遺伝子が他の遺伝子と融合遺伝子を形成したという報告はない。本研究はt(12;13)(p13;q12)転座を伴う骨髄増殖性疾患の1患者において、FLT3遺伝子がETS変異6遺伝子(ETV6)と融合遺伝子を形成することを初めて見出し、白血化の機序について解析を行ったもので結果は以下の通りである。

1. FLT3遺伝子はETV6遺伝子と融合遺伝子を形成しており、患者検体からは7種類のETV6/FLT3 融合mRNAと1種類のFLT3/ETV6 融合mRNAとが検出された。しかし、蛋白発現解析ではETV6/FLT3融合蛋白のみが得られた。それぞれのETV6/FLT3融合産物はアミノ末端側にETV6由来の完全なHLHドメインを持っていたが、FLT3由来部位はそれぞれ異なっていた。即ち、最長のETV6/FLT3融合産物であるEF1はカルボキシル末端側にFLT3由来のほぼ完全なJMドメインと2つの完全なTKドメイン(TK1 とTK2)とを持っていたが、EF6ではJMドメインは完全、TK1ドメインとTK2ドメインはほぼ全欠失、EF7ではJMドメインとTK1ドメインのアミノ末端側が欠失していた。

2. EF1、EF6、EF7コンストラクトの他、JMドメインやTK1ドメインに欠失のある欠失変異体2種類、JMドメイン内の4個のチロシン残基(Y589, Y591, Y597, Y599)とTK1ドメイン5'側のチロシン残基(Y630)をフェニルアラニンに変異させた点変異体5種類、合計10種類のコンストラクトを作成し、マウスproB細胞由来株であるBa/F3細胞に導入して発現蛋白の解析を行った。その結果、以下のことが判明した。

1)EF1蛋白(完全なETV6/FLT3融合蛋白)は構造的に活性化されたFLT3キナーゼであり、STAT5を活性化し、PIM-1の発現を亢進させ、Ba/F3細胞にIL3非依存性増殖能を付与するが、EF6蛋白やEF7蛋白はそうではない。

2)JMドメイン欠失体をBa/F3細胞に導入したところ、キナーゼ活性やSTAT5活性は高く保持されたにも拘わらず、IL3非依存性増殖能は著しく低下することが判った。この事実は、FLT3のJMドメインはBa/F3細胞にIL3非依存性増殖能を付与する点では重要であるが、完全なIL3非依存性増殖能を付与するためには他の部位が必要であること、IL3非依存性増殖能付与部位とキナーゼ活性付与部位とは異なることを示唆している。

3)TK1ドメインのY630を含むアミノ末端側を欠失させたところ、Ba/F3細胞のIL3非依存性増殖能、自己リン酸化能、STAT5活性化は完全に消失した。このことは、完全なIL3非依存性増殖能を付与するためにはJMドメインとTK1ドメインのアミノ末端側領域との両方が必要であり、キナーゼ活性とSTAT5活性化にはTK1ドメインのY630、JMドメイン内の3個のチロシン残基(Y591, Y597, Y599)との協働作用が重要である可能性を示している。

3. 低分子TKキナーゼ阻害剤であるPKC412は、ETV6/FLT3蛋白の全てのシグナル伝達系とIL3非依存性増殖付与能を阻害した。

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