学位論文要旨



No 122653
著者(漢字) 磯村,峰孝
著者(英字)
著者(カナ) イソムラ,ミネタカ
標題(和) (-)-テトロドトキシンの合成研究
標題(洋)
報告番号 122653
報告番号 甲22653
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1198号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 講師 杉浦,正晴
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】 (-)-テトロドトキシン(1,以下TTXと略す)は、フグ毒として知られる海洋性アルカロイドであり、Naチャネルを阻害する性質から神経生物学における標準試薬としても用いられている。また小分子ながら、8個の連続する不斉中心と、オルトエステルおよびグアニジン部位を含むジオキサアダマンタン骨格を有する高度に官能基化された構造をもち、合成化学的にも非常に興味深い化合物である。今回我々は独自の合成戦略に基づき、誘導体合成をも視野に入れた合成経路の確立を目指し本研究に着手した。

【逆合成解析】 Scheme 1に合成のコンセプトを示す。TIX(1)の全合成には、オルトエステルとグアニジン部位を除いたコア骨格2の等価体をいかに立体選択的、高効率的に構築するかが鍵となるが、そのために我々はビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物を基盤とする合成戦略を立案した。すなわち、ビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物4に対し、その特徴的な立体化学を利用することで2に対応する各官能基(4a,5,7,8位)の立体化学を制御することを考えた。また窒素原子の導入は、4の太線で示した構造を足がかりとして適当な転位反応を用いて行うこととした。このようにして3に対応する官能基を導入した後、点線の位置でビシクロ[2.2.2]部位の炭素-炭素結合を開裂することで2の等価体の合成を目指すこととした。

【結果・考察】 まず鍵中間体4の合成を分子内Diels-Alder反応を鍵反応として以下のように行った(Scheme2)。市販のイソバニリン(5)のフェノール性水酸基をアリル化したのちクライゼン転位を行うことでオルト位にアリル基を導入して6とした後、フェノール性水酸基をMOM基で、アルデヒドをジメチルアセタールとして保護し7とした。続いて3工程を経てアリル基を減炭してスチレン誘導体8とした後、四酸化オスミウムを用いたオレフィンのジオール化と、それに続く1級水酸基の保護、分子内アセタール形成により9とした。TBS基をプロパルギル基へとかけかえた後、環状アセタールをJones酸化によりラクトン10とし、酸性条件下MOM基の除去と、生じたフェノールのパラ位のプロモ化を経てDiels-Alder反応前駆体11を合成した。鍵となる分子内Diels-Alder反応は、メタノール中ジアセトキシヨードベンゼンを用いる条件下円滑に進行し、望みとするビシクロ[2.2.2]骨格を有する生成物4を良好な収率で得ることができた。

 続いてこの骨格の立体的特性を活用し、各官能基の立体化学の制御を行うこととした(Scheme 3)。まずカルボニル基の立体選択的還元と保護により12とした後、付加脱離によるパラメトキシフェノールの導入とAc基の除去をワンポットで行い、生じた2級水酸基をMOM基で保護することで13とした。続いて3置換オレフィンの立体選択的ジオール化を行った後2級水酸基をAc基で保護し14とした。14に対して高圧水素雰囲気下接触還元を行ったところ、4置換オレフィンの還元と続くラクトンの組み替えが起こり15を与えた。生じた2級水酸基を2工程にて形式的に脱水し16とした後、ラクトンの還元的開環とAc基の脱保護を行いトリオールとし、1級水酸基をTIPS基で保護して17を得た。ここで17を四酢酸鉛で処理することにより、炭素-炭素結合の開裂が進行し18を得ることができた。

 鍵となるビシクロ[2.2.2]部位の開裂に成功したので、続いてコア骨格合成に必要な残る官能基の立体選択的構築のためさらなる変換を行った(Scheme 4)。まずアセトニトリル中、臭化マグネシウムを用いることでメトキシ基の選択的β脱離を行いα,β-不飽和アルデヒド19とした後、アルデヒドのみを選択的に還元しアリルアルコール20とした。これをバナジウム触媒を用いるエポキシ化の条件に付したところ、アリルアルコール部位のオレフィンの立体選択的エポキシ化と続く開環が一挙に進行し、生じたジオールをアセトニドとして保護することでジケトン21が得られた。21の二つのカルボニル基の還元はいずれも望みの立体選択性にて進行し、生じた二つの水酸基を7員環環状炭酸エステルとして保護することで22とした。続いて下部環状エノールエーテル部位の開裂のため、ジメチルジオキシランによるエポキシ化と続く酸処理によってジオール23とした後、四酢酸鉛によりジオールの開裂を行いホルミルアルデヒド24を得た。生じたアルデヒドをKraus酸化によってカルボン酸とし、酸塩化物を経由して酸アジドとした後、トルエン中100℃に加熱することでCurtius転位が円滑に進行し、生じたイソシアネートをアリルアルコールで捕捉することで、窒素原子の導入された25を得ることができた。

 さて、TTXの全合成に必要となる残る課題は、保護基の除去および酸化段階の調節と、それにともなうオルトエステルおよびグアニジン部位の導入であるが、それに関する最近の知見をScheme 5に示す。Curtius転位生成物25に対してピロリジンによるホルミル基の除去を行ったのち、生じたアルコールを酸化してアルデヒドとし、炭酸水素ナトリウム水溶液で後処理をおこなうことにより、7員環環状炭酸エステルの除去と続くアルデヒドへの環化が進行し、ヘミアセタール26を与えた。生じた2つの水酸基をアセチル基で保護したのち、酸性条件下ヘミアセタール部位のアセトキシ基のみを選択的に水酸基へと変換して27とし、TPAPを用いてヘミアセタールの酸化をおこなうことで、現在までにラクトン28を得ることに成功している。

 以上筆者は、分子内Diels-Alder反応により合成したビシクロ[2.2.2]骨格を有する化合物を基盤として各官能基の立体化学の制御を行い、その後のビシクロ[2.2.2]部位の開裂と窒素原子の導入により、TTXおよびそのコア骨格のもつ7カ所の立体化学の制御を含めた基本骨格の構築に成功した。今後はTTXの全合成を目指しさらなる検討を行う予定である。

(-)-tetrodoxin (1)

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) allyl bromide, K2CO3, acetone, 50℃; (b) PhNMe2, reflux; (c) MOMCl, i-Pr2NEt CH2Cl2, 0℃; (d) HC(OMe)3, cat. CSA, MeOH, 0℃; (e) O3; Et3N; NaBH4, CH2Cl2-MeOH, -78 to 0℃; (f) MsCl, Et3N CH2Cl2, 0℃; (g) t-BuOK, DMSO, 80℃ (77%, 7 steps); (h) cat. OsO4, NMO, acetone-H2O, rt; (i) TBSCl, imidazole DMF, rt; (j) cat. PPTS, MeOH, rt; (k) TBAF, THF, rt (86%, 4 steps); (l) propargyl bromide, NaH, THF-DMF, 0℃ to rt; (m) Jones reagent, acetone, 0℃; (n) cat. CSA, MeOH, 50℃ (93%, 3 steps); (o) NBS, THF, 0℃ to rt; (p) Phl(OAc)2 MeOH, rt (65%, 2 steps).

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) n-Bu4NBH4, AcOH, CF3CH2OH-CH3CN, -45℃, 76%; (b) Ac2O, cat. DMAP, pyridine, rt; (c) PMPOH, K2CO3, CH3CN, 80℃; MeOH, 50℃ (91%, 2 steps); (d) MOMCl, NaH, THF-DMF, 0℃ to rt; (e) cat. OsO4., NMO, acetone-H2O, rt; (f) Ac2O, pyridine, rt (93%, 3 steps); (g) H2 (650 psi), cat. Pd/C, EtOAc, 100℃, 69%; (h) CS2, Mel, NaH, THF-DMF, 0℃ to rt, 94%; (i) 230℃, 78%; (j) LiAlH4, THF, 0 to 50℃, 100%; (k) TIPSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, 0℃ to rt, 78%; (l) Pb(OAc)4, benzene, rt.

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) MgBr2, CH3CN, 50℃ (84%, 2 steps); (b) NaBH3CN, AcOH, CH2Cl2-MeOH, 0℃ to rt, 79%; (c) cat. VO(acac)2, TBHP, toluene, 0℃ to rt; (d) 2,2-dimethoxypropane, PPTS, THF, 50℃, (63%, 2 steps); (e) NaBH4, MeOH, 0℃; (f) triphosgene, CH2Cl2, 0℃ (65%, 2 steps); (g) dimethyldioxirane, acetone-H2O; cat. p-TsOH, 0℃ to rt, 69%; (h) Pb(OAc)4, benzene; (i) NaClO2, NaH2PO4, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-H2O, 0℃; (j) (COCl)2, cat. DMF, CH2Cl2; (k) NaN3, DMF, 0℃ (53%, 4 steps); (l) toluene, 100℃; allylalcohol, 100℃, 89%.

Scheme 5

Reagents and conditions: (a) pyrrolidine, ClCH2CH2Cl, 0℃; (b) Dess-Martin periodinane, CH2Cl2, 0℃ to rt then aq. NaHCO3; (c) Ac2O, DMAP, pyridine; (d) 1N HCl-THF, 60℃; (e) TPAP, NMO, MS4A, CH2Cl2.

審査要旨 要旨を表示する

 (-)-テトロドトキシン(1)は、フグ毒として知られるアルカロイドであり、Naチャネルを阻害する性質から神経生物学における標準試薬としても用いられている。また小分子ながら高度に官能基化された構造をもち合成化学的にも興味深い化合物である。磯村は分子内Diels-Alder反応を用いた合成戦略に基づき、効率的な合成経路の確立を目指し本研究を行った。

 まず磯村は鍵中間体となる9の合成を行った(Scheme 1)。イソバニリン(2)のフェノール性水酸基をアリル化したのちクライゼン転位を行うことで3とした後、フェノールをMOM基で、アルデヒドをジメチルアセタールとして保護し4とした。続いて3工程を経てアリル基を減炭してスチレン5とした後、オレフィンのジオール化と1級水酸基の保護、分子内アセタール形成により6とした。TBS基をプロパルギル基へとかけかえた後、環状アセタールをJones酸化によりラクトン7とし、MOM基の除去と生じたフェノールのパラ位をプロモ化しDiels-Alder反応前駆体8を合成した。鍵となる分子内Diels-Alder反応は、メタノール中ジアセトキシヨードベンゼンを用いる条件下円滑に進行し、望みとする9を良好な収率で得ることができた。

 続いて磯村は、この骨格の立体的特性を活用し、各官能基の立体化学の制御を行った(Scheme 2)。まずカルボニル基の立体選択的還元と保護により10とした後、付加脱離反応とAc基の除去をワンポットで行い、生じた水酸基をMOM基で保護することで11とした。続いて3置換オレフィンのジオール化を行った後2級水酸基をAc基で保護し12とした。12に対して接触還元を行ったところ、4置換オレフィンの還元と続くラクトンの組み替えが起こり13を与えた。生じた2級水酸基を2工程にて14とした後、ラクトンの還元とAc基の除去を行いトリオールとし、1級水酸基をTIPS基で保護して15を得た。ここで15を四酢酸鉛で処理することにより、炭素-炭素結合の開裂が進行し16を得ることができた。

 テトロドトキシンの炭素基本骨格をもつ16の合成に成功したので、,磯村は続いて残る官能基の立体選択的構築のためさらなる変換を行った(Scheme 3)。まず臭化マグネシウムを用いてメトキシ基をβ脱離させ17とし、アルデヒドを還元しアリルアルコール18とした。これをSharplessのエポキシ化条件に付したところ、4置換オレフィンの立体選択的エポキシ化と開環が一挙に進行し、生じたジオールをアセトニドとして保護することで19が得られた。19の二つのカルボニル基の還元はいずれも望みの立体選択性にて進行し、生じた二つの水酸基を7員環環状炭酸エステルとして保護することで20とした。続いて下部エノールエーテルに対してジメチルジオキシランによるエポキシ化と続く酸処理によってジオール21とした後、四酢酸鉛によりジオールの開裂を行い22を得た。生じたアルデヒドを3工程にて酸アジドとした後、トルエン中加熱することでCurtius転位が進行し、生じたイソシアネートをアリルアルコールで捕捉することで、窒素原子の導入された23を得ることができた。

 その後さらなる検討により磯村は以下の変換に成功した(Scheme4)。すなわち23のホルミル基を除去したのち、生じたアルコールの酸化と続く7員環環状炭酸エステルの除去により24とし、その後3工程を経てオルトエステル部位構築の足がかりとなる26を得ることができた。

 以上のように、磯村は興味深い構造を有するテトロドトキシンの全合成を目的として研究を行い、その基本骨格を立体選択的に構築する合成経路を確立し、その全合成への道を切り開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

(-)-tetrodotoxin (1)

Scheme 1

Reagents and conditions: (a) allyl bromide, K2CO3, acetone, 50℃; (b) PhNMe2, reflux; (c) MOMCl, i-Pr2NEt CH2Cl2, 0℃; (d) HC(OMe)3, cat. CSA, MeOH, 0℃; (e) O3; Et3N; NaBH4, CH2Cl2-MeOH, -78 to 0℃; (f) MsCl, Et3N CH2Cl2, 0℃; (g) t-BuOK, DMSO, 80℃ (77%, 7 steps); (h) cat. OsO4, NMO, acetone-H2O, rt; (i) TBSCl, imidazole DMF, rt; (j) cat. PPTS, MeOH, rt; (k) TBAF, THF, rt (86%, 4 steps); (l) propargyl bromide, NaH, THF-DMF, 0℃ to rt; (m) Jones reagent, acetone, 0℃; (n) cat. CSA, MeOH, 50℃ (93%, 3 steps); (o) NBS, THF, 0℃ to rt; (p) Phl(OAc)2 MeOH, rt (65%, 2 steps).

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) n-Bu4NBH4, AcOH, CF3CH2OH-CH3CN, -45℃, 76%; (b) Ac2O, cat. DMAP, pyridine, rt; (c) PMPOH, K2CO3, CH3CN, 80℃; MeOH, 50℃ (91%, 2 steps); (d) MOMCl, NaH, THF-DMF, 0℃ to rt; (e) cat. OsO4., NMO, acetone-H2O, rt; (f) Ac2O, pyridine, rt (93%, 3 steps); (g) H2 (650 psi), cat. Pd/C, EtOAc, 100℃, 69%; (h) CS2, Mel, NaH, THF-DMF, 0℃ to rt, 94%; (i) 230℃, 78%; (j) LiAlH4, THF, 0 to 50℃, 100%; (k) TIPSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, 0℃ to rt, 78%; (l) Pb(OAc)4, benzene, rt.

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) MgBr2, CH3CN, 50℃ (84%, 2 steps); (b) NaBH3CN, AcOH, CH2Cl2-MeOH, 0℃ to rt, 79%; (c) cat. VO(acac)2, TBHP, toluene, 0℃ to rt; (d) 2,2-dimethoxypropane, PPTS, THF, 50℃, (63%, 2 steps); (e) NaBH4, MeOH, 0℃; (f) triphosgene, CH2Cl2, 0℃ (65%, 2 steps); (g) dimethyldioxirane, acetone-H2O; cat. p-TsOH, 0℃ to rt, 69%; (h) Pb(OAc)4, benzene; (i) NaClO2, NaH2PO4, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-H2O, 0℃; (j) (COCl)2, cat. DMF, CH2Cl2; (k) NaN3, DMF, 0℃ (53%, 4 steps); (l) toluene, 100℃; allylalcohol, 100℃, 89%.

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) pyrrolidine, ClCH2CH2Cl, 0℃; (b) Dess-Martin periodinane, CH2Cl2, 0℃ to rt then aq. NaHCO3; (c) Ac2O, DMAP, pyridine; (d) 1N HCl-THF, 60℃; (e) TPAP, NMO, MS4A, CH2Cl2.

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