学位論文要旨



No 122655
著者(漢字) 筧,広行
著者(英字)
著者(カナ) カケイ,ヒロユキ
標題(和) 希土類錯体を用いたα,β-不飽和カルボニル化合物の触媒的不斉エポキシ化反応及びシクロプロパン化反応の開発
標題(洋)
報告番号 122655
報告番号 甲22655
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1200号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

1. α,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の開発

 光学活性エポキシドは重要なキラルビルディングブロックの一つであり、種々の変換を施すことで様々な有用合成中間体への誘導が可能である。そのため光学活性エポキシドの高効率的、高選択的合成法の開発は有機合成化学におけるきわめて重要な課題の一つとなっている。

 私は本学修士課程において、一般的に最も反応性が低いといわれているα,β-不飽和アミドが、希土類(rare-earth=RE)-BINOL錯体に対し、例外的に高い反応性を示すことを見出した。実際に種々の条件検討を行ったところSm-BrNOL-Ph3As=O錯体が最もよい結果を示すことを見出し、広範な基質一般性を有するα,β-不飽和アミドの触媒的不斉エポキシ化反応の系を確立した(Scheme 1)(1))。

 私は博士課程では、その変換の多様性により、α,β-エポキシアミドと比べても、より有用なキラルビルディングブロックであるといえるα,β-エポキシエステルの効率的合成法を目指し検討を開始することとした。

1-1. BINOL配位子を用いたα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の開発(2))

 私は、まず始めにα,β-不飽和アミドの系でよい結果を与えたRE-BINOL錯体を用い検討を行った。α,β-不飽和アミドの系においては、中心金属の選択による、ルイス酸性の調節が鍵であった。そこで私はα,β-不飽和エステルの系においても中心金属の選択が鍵になるのではないかと考え、α,β-不飽和エステル3aを用い検討を行った。Table 1のEntries 1-6に示すように種々のRE-BINOL-Ph3As=O (1:1:1)錯体を検討したところ、希土類金属の中でも特に高いルイス酸性を有するYを用いた際に、収率は50%と中程度であるものの、99% eeときわめて高い不斉収率で目的のエポキシド4aを得ることに成功した。私は、更なる反応性の改善を目指し、触媒の添加剤についての検討を行った。添加剤としてPh3As=Oに比べて配位能の弱いPh3P=Oを用いてもEntry 7に示すように、同様の結果が得られた。この結果を受けPh3P=Oの当量を検討したところ、Entries 8-9に示すように中心金属に対して2-3倍量のPh3P=Oを加えた際に不斉収率を保ったまま87-88%と良好な収率で目的のエポキシドを得ることができた。この最適化した条件を用い、種々のα,β-不飽和エステル3a-3gに適用した(Table 2)。その結果Entries 1-5に示すように、種々のβ-アルキル置換のα,β-不飽和メチルエステル3a-3eから、目的の光学活性エポキシド4a-eを66-87%、93-97% eeと良好な結果で得ることに成功した。また、本反応は酸化剤の1,4-付加反応を介して進行するために、3c-dのように基質内部に炭素-炭素二重結合やカルボニル基を有する基質に対しても適用できるという点は既存の触媒系(3))に対する大きなメリットである。ところが、このY-(S)-BINOL-Ph3P=O (1:1:2)触媒系はエチルエステル3fを用いると大きく不斉収率が低下してしまう(Entry 6)、また、β-アリール置換の基質3gに対する反応性が低い(Entry 7)という大きな問題点が残っている。

 私は、1-1の結果を受け、より基質一般性の広いα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の確立を目指し、検討を開始した。Figure 1はRE-BINOL-Ph3As=O (1:1:1)錯体を用いた際の想定遷移状態を示したものである。この遷移状態から判断すると、BINOLの中心金属から見て外側のフェニル基は不斉誘起に大きく影響しておらず、右に示すようなより立体的に小さいbiphenyldiol型配位子(5))を用いれば、基質の触媒への配位を促すことによって、不斉収率を保ったまま触媒の反応性を向上させることができると考え検討を開始することとした。

Figure 2. Structure of biphenyldiol ligands (S)-7a-e, (S)-8

 実際に、桂皮酸メチル3gを基質として、種々の炭素鎖をリンカーとしたbiphenyldiol型配位子7a-7eを用い検討を行ったところ、炭素数5から7の適切な長さの炭素鎖で結ばれた配位子7b-dを用いた触媒が、BINOLを用いた際に比べてY(O-i-Pr)3由来のi-PrOHによるトランスエステル化体5g及びTBHP由来のt-BuOHによるトランスエステル化体6gを含め2倍程度のエポキシ体を与えることを見いだした(Table 3, Entries 3-5)。

 しかし、配位子を配位子群7に変えるだけでは不十分であったので、配位子に関して更なる検討を行った。ESI-MS測定等の反応解析実験の結果から、RE-BINOL-Ph3As=O錯体やRE-7-Ph3As=O錯体は、系中で錯体のオリゴマー化を起こしており、反応活性種の発生が大部分抑制されていると考えた。そこで、配位子の極性を高めることによって、錯体の会合状態が解けるのではないかと考え、ジエチレンエーテルをリンカーとした配位子8を合成した。すると、Table 3に示すように反応性の大きな改善が見られた。配位子8を用いた触媒は触媒量を2mol%まで減じても、十分に進行し、また副生成物であるトランスエステル化体の生成が抑えられた形で、高い収率で目的のエポキシド4gを得ることができた(Table 3, Entry 10)。

 また、Y-(S)-8-Ph3As=O触媒はエステル部分がエチルエステルになった基質3gに対しても問題なく適用できた(Table 4, Entry 1)。また、酸化剤をSlow Additionすることで触媒量を1mol%まで減じても問題なく反応が進行することが分かった(Entry 3)。さらに、最適化した触媒を種々のβ-アリール置換のα,β-不飽和エステル3i-3rに適用した。すると立体的に大きなナフチル基を有する基質3i,jやベンゼン環上に電子吸引基や電子供与基を有する基質3k-3oから高収率、高立体選択的に目的のエポキシド4i-4oを得ることに成功した(Entries 4-10)。また、本反応は、3p-rに示すようなヘテロ環を有する基質に対しても適用でき、これまでに開発されてきたα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応(3))と比べて大きなメリットを有していると考えられる。

 本Y-(S)-8-Ph3As=O触媒は、5-10mol%と若干多めの触媒量を必要とするが、β-アルキル置換のα,β-不飽和エステル3s-3vにも適用できた(Table 5)。特に基質内部に炭素-炭素二重結合を有する基質3tやケトン3uを有する基質を用いても官能基選択的にエポキシ化反応が進行し目的のエポキシドを得ることができるというのは大きなメリットである(Entries 3,4)。

 また、本触媒を用いた際には,Y-(S)-BINOL-Ph3P=O (1:1:2)触媒系を用いた際と異なり、エステル部分がエチルエステルになっても、不斉収率の低下は見られず良好な不斉収率で生成物を得ることができた。

2. α,β-不飽和ケトンの触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発

 光学活性シクロプロパン骨格は、数多くの医薬品及び天然物に含まれる合成化学的に重要な化合物群である。α,β-不飽和カルボニル化合物を基質とした、触媒的不斉シクロプロパン化反応としてはMacMillanらによるイミニウム触媒を用いたα,β-不飽和アルデヒドの触媒的シクロプロパン化反応が唯一の報告例(6))であり、α,β-不飽和ケトンを基質とした反応は報告されていない。そこで、私はα,β-不飽和ケトンに対する、触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発に着手した。

 私は、求核剤としてCorey、Chaykovskyによって報告されている(7))dimethylsulfoxonium methylideを用い、α,β・不飽和ケトンを基質とした際に、ルイス酸-ルイス酸複合金属触媒を用いれば不斉誘起が可能ではないかと考えた。触媒としてはルイス酸-ルイス酸複合金属触媒として働く(8))と考えられるLa-Li-biaryl (1:3:3)錯体を用いることとした。

 種々検討の結果、添加剤としてNaIを加えることでLa-Li-biaryl (1:3:3)触媒による不斉誘起が起こることを見出した。またその不斉収率はbiaryl配位子の構造によって大きく異なり、興味深いことにBINOLを配位子として用いた際には生成物10はほぼラセミ体であったが、biphenyldiol型配位子を用いた際に光学活性な生成物10が得られた。また、その不斉収率は配位子のリンカー長に大きく依存し、biphenyldiol型配位子7bを用いた際に最も高い不斉収率で生成物が得られることを見出した(Table 6)。

 現在更なる反応性、立体選択性及び基質一般性の向上に向けて検討中である。

[参考文献]1) Nemoto, T.; Kakei, H.; Gnanadesikan, V.; Tosaki, S.-y.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 14544-14545. 2) Kakei, H.; Tsuji, R.; Ohshima, T.; Morimoto, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki M. Chem. Asian J. Earyl View. 3) (a) Wu, X-.Y.; She, X.; Shi, Y. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 8792. (b) Furutani, T.; Imashiro, R.; Hatsuda, M; Seki, M. J. Org. Chem. 2002, 67, 4599. (c) Jacobsen, E. N.; Deng, L.; Furukawa, Y.; Martinez, L. E. Tetrahedron 1994, 50, 4323. 4) Kakei, H.; Tsuji, R.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc .2005 127, 8962-8963. 5) Biphenyldiol型配以子の合成に関して Harada, T.; Tuyet, T. M. T.; Oku, A. Org. Lett. 2000, 2, 1319. 6) Kunz, R. K.; MacMillan, D. W. C. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 3240. 7) Corey, E. J.; Chaykovsky, M. J. Am. Chem. Soc. 1962, 84, 867. 8) Yamagiwa, N.; Qin, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 13419.

Scheme 1. Cataltic Asymmetric Epoxidation of α,β-Unsaturated Amides Using Sm-(S)-BINOL-Ph3As=O(1:1:1)Complex

Table 1. Optimization of reaction conditions using RE-(S)-BINOL complexes

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC.

Table 2. Catalytic asymmetric epoxidation of α,β-unsaturated esters using Y-(S)-BINOL-Ph3P=O (1:1:2) complex

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC.

1-2. 効率的なα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の開発を指向した新規Biphenyldiol型配位子の開発(4))

Figure 1. Possible trandition state of catalytic asymmetric epoxidation

Table 3. Ligand effects of catalytic asymmetric epoxidation of α, β-unsaturated ester 3g using Y-ligand-Ph3As=O(1:1:1) complex

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC

Table 4. Catalytic asymmetric epoxidation of β-aromatic α,β-unsaturated esters using Y-(S)-8-Ph3As=O (1:1:1)complex

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC. [c] 4 mol % of Ph3P=O as an additive was used instead of Ph3As=O. [d] 1.05 equiv of TBHP was used. TBHP (0.2 equiv) was added in one-portion, and then additional TBHP (0.85 equiv) was slowly added over 24 h.

Table 5. Catalytic asymmetric epoxidation of β-aliphatic α,β-unsaturated esters using Y-(S)-8-Ph3As=O (1:1:1)complex

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC. [c] 10 mol % of Ph3P=O as an additive was used instead of Ph3As=O.

Table 6. Ligand effects of catalytic asymmetric cyclopropanation of α,β-unsaturated ketone 9 using La-Li-ligand(1:3:3) complex

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC.

審査要旨 要旨を表示する

 α,β-不飽和カルボニル化合物に対する触媒的不斉エポキシ化反応は有機合成化学における重要な反応の一つである。反応性の高いα,β-不飽和ケトンに対する触媒的不斉エポキシ化反応は数多く報告されているものの、生成物がより有用であると考えられるα,β-不飽和エステルに対する触媒的不斉エポキシ化反応は、その基質の反応性が低いため報告例が少ない。筧 広行は希土類錯体の高い反応性及びBiphenyldiol型配位子の構造的多様性を活用し、これまで困難であったα,β-不飽和エステルに対する触媒的不斉エポキシ化反応を達成すべく研究を開始した。

1 .BINOL配位子を用いたα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の開発

 筧 広行は、α,β-不飽和ケトンやα,β-不飽和アミドの系で有効であったRE(rare earth)-(S)-BINOL錯体の中心金属及び添加剤の検討をすることで、反応性の低いα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応にも適用できるのではないかと考えた。実際に中心金属としてルイス酸性の高い希土類金属であるYを用い、添加剤として中心金属に対し2当量のPh3P=Oを用いた際に、基質の適用範囲はβ-アルキル置換のα,β-不飽和メチルエステルに限定されるものの、良好な収率及び不斉収率で目的物であるα,β-エポキシエステルを得ることに成功した。

2. 効率的なα.β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の開発を指向した新規Biphenyldiol型配位子の開発

 基質一般性の高いα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応の確立を目指し、更なる検討を行った。反応の遷移状態の考察により、これまで用いてきたBINOL型の配位子に比べて立体的に小さいBiphenyldiol型の配位子を用いることで、反応性の改善が出来るのではないかと考えた。検討の結果、Biphenyldiol型配位子のリンカー部位に酸素原子を挿入したリガンドを用いることで、触媒の反応性を大幅に向上させることに成功し、極めて基質一般性の広いα,β-不飽和エステルのエポキシ化の開発に成功した。本反応は、通常の酸化条件では困難である、ケトン部位、炭素-炭素二重結合部位及び複素環を有する基質からも目的のエポキシドが官能基選択的に得られるという点でこれまでに報告されてきたα,β-不飽和エステルの触媒的不斉エポキシ化反応と比べて大きなメリットを有している。

3. α,β-不飽和ケトンの触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発

 筧 広行はBiphenyldiol型配位子の有用性をさらに広げるべく、触媒的不斉シクロプロパン化反応の開発にも取り組んだ。ルイス酸-ルイス酸複合金属触媒を用い、基質であるα,β-不飽和ケトンと求核剤であるイリドをコントロールすることを計画した。検討の結果、ルイス酸-ルイス酸複合金属触媒として働くRE-alkali metal-biphenyldiol (1:3:3)錯体を用い、添加剤としてNaIを加えることでLa-Li-biphenyldiol (1:3:3)触媒による不斉誘起が起こることを見出した。配位子として、炭素数5の炭素鎖で結んだBiphenyldiol型の配位子を用いた際に最も良い結果を得た。本反応はα,β-不飽和ケトンに対する触媒的不斉シクロプロパン化反応として数少ない報告例であり、基質一般性や反応性の向上等、今後の更なる展開が期待される。

 以上の結果は創薬化学研究に対し重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

Scheme 1. Catalytic asymmetric epoxidation of α,β-unsaturated esters using Y-(S)-BINOL-Ph3P=O (1:1:2) complex

Figure 1. Postulated transition state of catalytic asymmetric epoxidation.

Table 1. Catalytic asymmetric epoxidation of α,β-unsaturated esters using Y-(S)-ligand-Ph3As=O (1:1:1)complex

[a] Isolated yield of analytically pure compound. [b] Determined by chiral HPLC. [c] 4 mol % of Ph3P=O as an additive was used instead of Ph3As=O. [d] 1.05 equiv of TBHP was used. TBHP (0.2 equiv) was added in one-portion, and then additional TBHP (0.85 equiv) was slowly added over 24 h.

Table 2. Catalytic asymmetric cyclopropanation of α,β-unsaturated ketones using (S)-La-Li-ligand

(1:3:3) complex

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