学位論文要旨



No 122660
著者(漢字) 齋藤,奨
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ススム
標題(和) アルカリ土類金属を用いる高効率的触媒反応の開発
標題(洋)
報告番号 122660
報告番号 甲22660
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1205号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
内容要旨 要旨を表示する

 近年の有機合成化学の分野において、用いる反応試剤や触媒量の低減化は原子および反応効率の観点から非常に重要である。また、これまでに多段階の工程数を経なければ得られなかった化合物を、より短工程で効率的に得る新規手法の開発も同時に重要な研究分野である。筆者は、これまでに報告例の無かった触媒量の塩基のみを用いるアミドのアルデヒドやイミンへの触媒的1,2-付加反応の開発、および新規キラルカルシウム錯体を触媒として用いる、グリシン誘導体のα,β-不飽和カルボニル化合物への触媒的不斉1,4-付加反応と[3+2]付加環化反応の開発研究を行った。

1. アミドのアルデヒドへの触媒的アルドール反応の開発(1))

 アルドール反応は、β-ヒドロキシカルボニル化合物を最も効率的に合成する有用な手法の一つである。これまでに、珪素エノラートを用いる向山アルドール反応が報告されて以来、数多くの触媒的不斉合成反応が報告されてきた。しかしながら、原子効率や反応効率などを考慮に入れると、必ずしも満足できる結果が得られない場合もあった。近年、これらの点を考慮してケトンを直接基質として用いるアルドール反応が報告され、収率および選択性のみならず原子効率をも満足させる反応が開発されてきたが、基質一般性において問題がある場合もあった。一方で、エステルやアミドなどの基質においてはケトンと異なりカルボニル基のα位プロトンの酸性度が低くエノール化させにくいため、これまでにこれら基質を用いたいわゆる直接型のアルドール反応の報告例はなかった。そこで筆者は、アミドを基質として用いることを計画し、アルデヒドとの直接型アルドール反応の検討を行った。まず始めに、アミドとしてN-Bocアセトアニリド誘導体を用いることとした。反応を検討したところ、アルカリ土類金属を用いたときに反応が進行することが分かり、さらに得られてきた生成物を分析した結果、Boc基が窒素から酸素へと転移していることが明らかとなった(Table 1)。反応条件を最適化した結果、最終的に小過剰量のアミドを用いるだけで目的物が高収率で得られることを明らかとした。また、基質一般性の検討の結果、芳香族アルデヒドだけではなく、α,β-不飽和アルデヒドや複素環アルデヒド、収率は中程度ながら脂肪族アルデヒドに対しても反応が進行することを明らかとした(Table 2)。

 一方で、プロピオン酸アミドを基質として用いるとジアステレオ選択的な反応が期待できるが、これまでに開発されてきたケトンの直接型アルドール反応の例において、高いジアステレオ選択性が期待できるのはα-ヒドロキシケトンの場合がほとんどであり、ヘテロ原子で置換されていない基質を用いる高ジアステレオ選択的反応の開発が望まれていた。実際に、アミド1bを調製して検討に用いたところ、良好な選択性で目的物が得られることが分かった。反応条件の最適化を行ったところ、収率87%、syn/anti=5/95の選択性で目的物が得られることを明らかとした(Table 3)。さらに基質一般性の検討を行った結果、幅広い基質が適用可能であることを明らかとし、さらに触媒量は2 mol%まで低減化可能であった(Table 4, entry 4 in parenthesis)。

 現在想定している触媒サイクルをFigure 1に示す。本反応ではアミドα位のプロトンがフェノール誘導体を経て、最終的にアミドのプロトンへと移動する極めて効率的なプロトン移動反応が実現していると考えている。

2. アミドのイミンへの触媒的Mannich型反応の開発(2))

 次に、アミドとイミンとの触媒的Mannich型反応の開発を行った。この場合、イミン窒素上の置換基が反応性に大きな影響を与え、スルフォニルやジフェニルホスフォノイル(DPP)イミンの場合に反応が進行することを明らかとした。反応はDMSO等の極性溶媒中でより円滑に進行することが分かり、最終的に高収率で目的物が得られることが分かった。また、基質一般性の検討の結果、様々なイミンに対して有効であることを見いだした。この場合にもプロピオン酸アミドを用いることによって、ジアステレオ選択的な反応へと展開可能であることも明らかとした(Scheme 2)。

3. 新規キラルカルシウム錯体を触媒として用いる触媒的不斉1,4-付加反応の開発

 グリシン誘導体とα,β-不飽和カルボニル化合物との触媒的不斉1,4-付加反応は、光学活性なグルタミン酸誘導体を直接的に得る最も効率的な手法の一つである。これまでに、主に相関移動触媒を用いた触媒系が開発されてきているが、ほとんどの反応において過剰量の塩基および求電子剤を用いなければならず、原子効率の観点からは必ずしも十分に満足できる反応系ではなかった。筆者はこの点を改善することを目的に、用いる金属としてアルカリ土類金属に着目し開発検討を行った。グリシンエステル誘導体とアクリル酸エステルとの触媒的1,4-付加反応を検討したところ、カルシウム、ストロンチウム、およびバリウムアルコキシドが有効に機能することを見いだした。さらに、不斉反応へと展開し光学活性なメチレン架橋型ビスオキサゾリン配位子が有効に機能することを見いだした(Figure 2)。反応条件の最適化を行った結果、最高で収率88%、光学収率94%で目的物が得られることを明らかとした。想定される触媒サイクルをFigure 3に示す。キラルカルシウム錯体がグリシン誘導体9をエノール化させ、キラルカルシウムエノラート11が生成する。これがα,β-不飽和カルボニル化合物と反応してエノラート12が生成する。このエノラート12が系中のアルコールと反応する(pathway 1)、もしくはグリシン誘導体を脱プロトン化する(pathway 2)ことで生成物10を与え、触媒が再生しているものと考えている。この反応では、触媒量の塩基のみで反応が進行し、非常に興味深い反応開発が行えたのではないかと考えている。(Scheme 3)。

4. キラルカルシウム錯体を触媒として用いる触媒的不斉[3+2]付加環化反応の開発

 触媒的不斉[3+2]付加環化反応は、一段階の反応で最大4つの不斉炭素を構築でき、光学活性なピロリジン誘導体を直接的に与える最も効率的な反応の一つである。ピロリジン骨格は生理活性化合物などにも多く見られる構造であり、より効率的な合成法の開発が望まれている。筆者は、キラルカルシウム錯体を触媒として用い、アゾメチン化合物等を基質として用いて検討を行ったところ、[3+2]付加環化反応が極めて効率的に進行することを見いだした。さらに、基質一般性の検討を行ったところ、アクリル酸およびクロトン酸エステルなど様々なα,β-不飽和カルボニル化合物が円滑に反応し、良好な位置およびエナンチオ選択性で目的物を与えることが分かった(Scheme 4)。

この反応では、グリシン以外のα-アミノ酸エステル誘導体も基質として用いることができ、高エナンチオ選択的に不斉四級炭素の構築も可能であることを示せた。

 以上のように、筆者はこれまで不可能であったアミドを用いるアルデヒドやイミンへの触媒的1,2-付加反応、および新規キラルカルシウム錯体を用いるグリシン誘導体とα,β-不飽和カルボニル化合物との触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応の開発を行った。これらの結果は、原子効率や反応効率を考慮した触媒反応の構築だけではなく、アルカリ土類金属の触媒としての新たな可能性を示すものである。

[参考文献]1) Saito, S.; Kobayashi, S. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 8704.2) Saito, S.; Tsubogo, T.; Kobayashi, S. Chem. Commun. 2007, in press.

Table 1. Effect of Metal Souces

Table 2. Catalytic Aldol Reactions of an Amide with Various Aldehydes and Ketone

Table 3. Effect of ortho-Substituents of Phenol Ligands

Table 4. Highly Anti-Selective Catalytic Aldol Reactions of Amides with Various Aldehydes

a R.t. in DME. b Relative configuration was assigned by analogy.

c 2,6-Dimethylphenol was used instead of ligand 1.

* The result using 2 mol% catalyst is in parenthesis (72 h).

Figure 1. Assumed Catalytic Cycle

Scheme 2. Catalytic Mannich-type Reactions of Amides with N-DPP imines

Figure 2 Assumed sutructure of chiral catalyst

Figure 3. Assumed Catalytic Cycle

Scheme 3. Catalytic Asymmetric 1,4-Addition Reactions of Glycine Ester Derivatives

Scheme 4. Catalytic Asymmetric [3+2] Cycloaddition Reactions of α-Amino Acid Derivatives

審査要旨 要旨を表示する

 アルカリ土類金属は鉱物や海水中に広く分布しているが、これまで有機合成では、Grignard試薬やマグネシウムルイス酸などの例を除きその使用は限定されてきた。本論文は、アルカリ土類金属の特質からブレンステッド塩基触媒としての可能性に着目し、これまでに報告例の無かった触媒量のバリウム塩基を用いるアミドのアルデヒドやイミンへの1,2-付加反応の開発、および新規キラルカルシウム錯体を触媒として用いる、グリシン誘導体のα,β-不飽和カルボニル化合物への不斉1,4-付加反応と[3+2]付加環化反応の開発研究について述べたものである。

 まず、第一章ではアミドを用いる触媒的アルドール反応について述べている。アルドール反応は、β-ヒドロキシカルボニル化合物を与える最も効率的な合成手法の一つであり、これまでにケイ素エノラートを用いる向山アルドール反応など、数多くの触媒的不斉合成反応も報告されている。近年これに加えて、ケトンを直接基質として用いる触媒的アルドール反応が報告され、収率および選択性のみならず原子効率をも満足させる反応が開発されてきている。一方で、エステルやアミドなどは、ケトンとは異なり、カルボニル基のα位プロトンの酸性度が低くエノール化しくいため、これまでこれらの基質を用いるいわゆる直接型のアルドール反応の報告例はなかった。本論文はこの問題の解決を図り、アミドを基質として用いるアルデヒドとの直接型アルドール反応の開発を行っている。まず、アミドとしてN-Bocアセトアニリド誘導体を用い、アルカリ土類金属存在下でアルデヒドとの反応が円滑に進行し、さらに得られてきた生成物が、Boc基が窒素から酸素へと転位していることを明らかにしている。反応条件を最適化した結果、小過剰量のアミドを用いるだけで目的物が高収率で得られること、また、芳香族アルデヒド、α,β-不飽和アルデヒド、複素環アルデヒド、脂肪族アルデヒドも本反応に適用可能であることを明らかにしている。さらに、プロピオン酸アミドを用いると、高収率かつ高いanti選択性をもって目的物が得られることを明らかにしている。さらに本論文ではこの反応の触媒サイクルとして、アミドα位のプロトンがフェノール誘導体を経て、最終的にアミドのプロトンへと移動する極めて効率的なプロトン移動のプロセスを推定している。

 続いて第二章では、アミドを用いる触媒的Mannich型反応について述べている。ここでは、イミン窒素上の置換基が反応性に大きな影響を与え、スルフォニルやジフェニルホスフォノイル(DPP)イミンの場合に反応が円滑に進行することを明らかにしている。反応はDMSO等の極性溶媒中でより収率よく進行すること、様々なイミンに対して有効であること、さらに、プロピオン酸アミドを用いることによって、ジアステレオ選択的な反応へと展開可能であることも明らかにしている。

 第三章では、新規キラルカルシウム錯体を触媒として用いる触媒的不斉1,4-付加反応について述べている。グリシン誘導体とα,β-不飽和カルボニル化合物との触媒的不斉1,4-付加反応は、光学活性なグルタミン酸誘導体を直接的に得る最も効率的な手法の一つである。これまでに、主に相関移動触媒を用いた触媒系が開発されてきているが、ほとんどの反応において過剰量の塩基および求電子剤を用いなければならず、原子効率の観点からは必ずしも満足できる結果を与えない場合もあった。本論文はこの点を改善することを目的に、アルカリ土類金属触媒に着目し開発検討を行っている。グリシンエステル誘導体とアクリル酸エステルとの触媒的1,4-付加反応を検討し、カルシウム、ストロンチウム、およびバリウムアルコキシドが有効に機能することを見い出している。さらに、不斉反応へと展開し光学活性なメチレン架橋型ビスオキサゾリン配位子が有効に機能し、高収率かつ高いエナンチオ選択性をもって目的物が得られることを明らかにしている。ここではキラルカルシウム錯体がグリシン誘導体をエノール化させキラルカルシウムエノラートが生成し、これがα,β-不飽和カルボニル化合物と反応して新たなエノラートが生成、このエノラートが系中のアルコールと反応する、あるいはグリシン誘導体を脱プロトン化することで生成物を与え、同時に触媒が再生する触媒サイクルを提唱している。

 最後に第四章では、キラルカルシウム錯体を触媒として用いる不斉[3+2]付加環化反応ついて述べている。触媒的不斉[3+2]付加環化反応は、一段階の反応で最大4つの不斉炭素を構築でき、光学活性なピロリジン誘導体を直接的に与える最も効率的な反応の一つである。ピロリジン骨格は生物活性化合物などにも多く見られる構造であり、より効率的な合成法の開発が望まれている。本論文は、キラルカルシウム錯体を触媒として用い、アゾメチン化合物等を基質として用いて検討を行うことで、[3+2]付加環化反応が極めて効率的に進行することを見い出している。さらに、アクリル酸およびクロトン酸エステルなど様々なα,β-不飽和カルボニル化合物に本反応が適用可能であり、良好な位置およびエナンチオ選択性をもって目的とする付可体が得られることも明らかにしている。さらに、グリシン以外のα-アミノ酸エステル誘導体も基質として用いることができ、高エナンチオ選択的に不斉四級炭素の構築も可能であることを示している。

 以上、本論文はこれまで不可能であったアミドを用いるアルデヒドやイミンへの触媒的1,2-付加反応、および新規キラルカルシウム錯体を用いるグリシン誘導体とα,β-不飽和カルボニル化合物との触媒的不斉炭素―炭素結合生成反応の開発を行ったものである。これらの結果は、原子効率や反応効率を考慮した触媒反応の構築だけではなく、アルカリ土類金属の触媒としての新たな可能性を示すものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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