学位論文要旨



No 122661
著者(漢字) 澁口,朋之
著者(英字)
著者(カナ) シブグチ,トモユキ
標題(和) 分子内に二つの認識点を有する不斉有機分子触媒の開発と一価銅触媒を用いたケトイミンに対する触媒的不斉アリル化反応の開発
標題(洋)
報告番号 122661
報告番号 甲22661
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1206号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

1. 分子内に二つの認識点を有する不斉有機分子触媒の開発

 α-アミノ酸は天然物や医薬品、農薬、機能性材料などの機能性分子の重要なキラルビルディングブロックの一つであるだけでなく、不斉補助基や不斉触媒として現代の有機合成化学において広く用いられている化合物である。現在まで様々な合成法が報告されてきたが、その中でグリシンシッフ塩基を基質として用いた不斉相間移動触媒反応はアトムエコノミーの観点から有用な手法であると考えられる。不斉相間移動触媒としてCinchonaアルカロイド由来の触媒や人工的にデザインされた骨格を有する触媒が報告されており、それらは高い不斉および化学収率を発現する1もののその適応範囲は主に不斉アルキル化反応に限られていた。当研究室では分子内に二つの認識点を有する不斉有機分子触媒TaDiAS (Tartrate-derived Di-Ammonium Salts) (1)を開発し、グリシンシッフ塩基に対する不斉アルキル化反応2、マイケル反応2、マンニッヒ型反応3に有効であることを報告してきた。しかし、α,β-不飽和ケトンに対する不斉マイケル反応および不斉マンニッヒ型反応においてその選択性に改善の余地が残されており、私は天然物および医薬品合成に適応可能なより実用性の高い触媒の開発に向け研究を開始した。

1-1. 触媒構造の最適化

 より合理的な触媒構造変換を行うため不斉マイケル反応で最も高い選択性を与える触媒1aのX線結晶構造解析を行った(Figure 1)。それまでの構造検討の結果からアセタール部位が選択性に影響を与えることが分かっていたが、このアセタール炭素上の置換基が触媒のジオキソラン環に対し垂直方向に位置していることが分かった。そこでより反応点近傍の不斉環境へ影響を与えられるようにアセタール部位に環構造を有し、側鎖に立体的に混みいった芳香環を持つ触媒1bを考案した。各異性体1ba〜1bcを合成し、それぞれの反応に適用した。

1-2. 不斉マイケル反応への適用

 本触媒をアクリル酸メチルに対する不斉マイケル反応に適用した。Scheme 1に示すように本反応では1baが1aよりも高い選択性を与え、本触媒のデザインが妥当であることが分かった。さらにα,β-不飽和ケトンに対する不斉マイケル反応の検討を行ったところ(Scheme 2)、アクリル酸エステル類とは異なり1bbが本反応に有効であることが分かった。種々検討の結果、1,3-diF-benzeneを溶媒として用い-60℃で反応を行ったところ93%, 80%eeにて目的物を得ることに成功した。

 本触媒反応は基質一般性が高く、高度に官能基化されたdienone 4に対しても82%eeにて目的物を与えることが分かった。得られたα-アミノ酸誘導体5を用いて本学博士課程1年の三原により(+)-cylindricine C (6)および(-)-lepadiformine (7)の短工程合成が達成された(Scheme 3)4。

1-3. 不斉マンニッヒ型反応への適用

 続いて不斉マンニッヒ型反応の検討を行った。Scheme 4に基質一般性の検討の結果を示すが、すべての基質において以前の触媒よりも1baを用いることで選択性が改善されていることを確認している。更に脂肪族イミンに対しても本触媒反応は円滑に進行し、高いジアステレオ選択性および良好なエナンチオ選択性にて目的のα,β-ジアミノ酸誘導体が得られることが分かった。そこで本触媒反応をnemonapride (17)(5a)の合成に展開することとした。Nemonaprideは山之内製薬株式会社で開発され、現在アステラス製薬株式会社よりエミレース錠Rとして販売されている抗精神薬であるが、nemonaprideはラセミ体として販売されており、現在までにその不斉全合成は形式全合成1例のみである(5b)。そこで私は本反応を用いて17の触媒的不斉全合成を達成した(Scheme 5)。

2. 一価銅触媒を用いたケトイミンに対する触媒的不斉アリル化反応の開発

 ケトイミンの不斉アリル化反応によって得られるキラルα-三置換ホモアリルアミンは医薬合成において有用性の高いキラルビルディングブロックの一つであると考えられる。しかし、今までケトイミンに対する不斉アリル化反応では量論量のキラル化剤を必要としており、その触媒的不斉反応は開発されていなかった。さらにケトイミンに対する触媒的アリル化反応はラセミ条件下でさえほとんど開発されていなかった。そこで私は基質一般性の高いケトイミンに対する触媒的不斉アリル化反応を開発することとした。

2-1. ケトイミンに対する触媒的アリル化反応の開発

 当研究室ではすでに一価銅触媒存在下ケトンに対する触媒的不斉アリル化反応の開発に成功している6。その反応条件を基にラセミ反応の検討を行ったところ、保護基としてベンジル基を有するイミン18を用い、プロトン供与体としてtBuOHを添加することでCuF・3PPh3を1 mol%にまで減じても反応は円滑に進行することが分かった(Scheme 6)。本触媒反応は基質一般性が高いということが分かり、続いて不斉反応に展開することとした。

2-2. ケトイミンの触媒的不斉アリル化反応の開発

 市販のCuF2・2H2Oと不斉リン配位子から還元的に調製したCu(I)F触媒を用い18aを基質として反応条件を検討したところ、添加物として加えているLa(OiPr)3のロットを変えると化学収率と選択性が変化し、再現性を得ることが困難であった。当研究室出身の和田博士によりLiOiPrを用いることでLa(OiPr)3と同様の反応性・選択性を再現性よく得られることと、不斉配位子として当研究室で新たに開発した(R,R)-cyclopentyl-DuPHOS (21)を用いることで目的のアリル化体20aが高い選択性で得られることが明らかになった。これを基に基質一般性の検討を行ったところ本触媒反応は芳香族ケトイミンに対し高い選択性を与えたが、α,β-不飽和ケトイミンや脂肪族ケトイミンでは満足のいく選択性は得られなかった(Scheme 7)。基質一般性に改善の余地を残すものの本反応はケトイミンに対する初の触媒的不斉アリル化反応である7。

2-3. 反応機構解析

 種々のNMR解析からScheme 8に示す触媒サイクルを考えている。LiOiPrは非常に求核性の高いアリル銅23の生成促進に作用していると考えている。つまり、19とLiOiPrから形成される22a、19とCuFから形成される22bとの間でカウンターイオン交換が起こり電子豊富なアルコキシボレート22cを形成する。この22cから活性種であるアリル銅23が速やかに生成するため反応が促進されているのではないかと考えている。生成した23がケトイミン18に求核攻撃し、銅アミド24が生じる。tBuOHは生成物の触媒からの解離を促進し、生成したCuOtBuと19から22cと同様なアルコキシボレートを介して活性種23が再生するものと考えている。

References1. a) Maruoka, K.; Ooi, T. Chem. Rev. 2003, 103, 3013. b) O' Donnell, M. J. Acc. Chem. Res. 2004, 37, 506.2. a) Shibuguchi, T.; Fukuta, Y; Akachi, Y; Sekine, A.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. Tetrahedron Lett. 2002, 43, 9539. b) Ohshima, T.; Shibuguchi, T.; Fukuta, Y.; Shibasaki, M. Tetrahedron 2004, 60, 7743.3. Okada, A.; Shibuguchi, T.; Ohshima, T.; Masu, H.; Yamaguchi, K.; Shibasaki, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 4564.4. a) Shibuguchi, T.; Mihara, H.; Kuramochi, A.; Sakuraba, S.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. Angew Chem. Int. Ed. 2006, 45, 4635. b) Mihara, H.; Shibuguchi, T.; Kuramochi, A.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. Heterocycles in press.5. a) Iwanami, S.; Takashima, M.; Hirata, Y; Hasegawa, O.; Usuda, S. J. Med. Chem. 1981, 24, 1224. b) Huang, P. Q.; Wang, S. L. Zheng, H.; Fei, X. S. Tetrahedron Lett. 1997, 38, 271.6. a) Yamasaki, S.; Fujii, K.; Wada, R; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 6536. b) Wada, R.; Oisaki, K.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 8910.7. Wada, R.; Shibuguchi, T.; Makino, S.; Oisaki, K.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 7687.

Figure 1. Crystal Structure of (S,S)-TaDiAS 1a and Newly Designed Catalyst 1b

Scheme 1. Catalytic Asymmetric Michael Reaction (Acrylate)

Scheme 2. Catalytic Asymmetric Michael Reaction (MVK)

Scheme 3. Catalytic Michael Reaction with Dienone 4

Scheme 4. Catalytic Asymmetric Mannich-type Reaction

Scheme 5. Synthesis of Nemonapride (racemi)

Scheme 6. Catalytic Allylation of Ketoimines

Scheme 7. Catalytic Asymmetric Allylation of Ketoimines

Scheme 8. Proposed Catalyst Cycle

審査要旨 要旨を表示する

 澁口は「分子内に二つの認識点を有する不斉有機分子触媒の開発と一価銅触媒を用いたケトイミンに対する触媒的不斉アリル化反応の開発」というタイトルで以下の研究をおこなった。

1. 分子内に二つの認識点を有する不斉有機分子触媒の開発

 分子内に二つの認識点を有する不斉有機分子触媒TaDiAS (Tartrate-derived Di-Ammonium Salts) (1)を構造変換することによって、α,β-不飽和ケトンに対する不斉マイケル反応および不斉マンニッヒ型反応のエナンチオ選択性の向上をおこなった。

 より合理的な触媒構造変換を行うため不斉マイケル反応で最も高い選択性を与えた触媒1aのX線結晶構造解析を行った(Figure 1)。それまでの構造検討の結果からアセタール部位が選択性に影響を与えることが分かっていたが、このアセタール炭素上の置換基が触媒のジオキソラン環に対し垂直方向に位置していることが分かった。そこでより反応点近傍の不斉環境へ影響を与えられるようにアセタール部位に環構造を有し、側鎖に立体的に混みいった芳香環を持つ触媒1bを考案した。各異性体1ba〜1bcを合成し、上記2つの反応に適用した。

 α,β-不飽和ケトンに対する不斉マイケル反応の検討を行ったところ、1bbが本反応に有効であることが分かった。種々検討の結果、1,3-diF-benzeneを溶媒として用い-60℃で反応を行ったところ93%, 80%eeにて目的物を得ることに成功した。また天然物合成へと展開可能な高度に官能基化されたα,β-不飽和ケトン対しても、合成的に有用な選択性を発現した。

 不斉マンニッヒ型反応においては、1baを用いることで検討したすべての基質において以前の触媒よりも選択性が改善されていることが明らかとなった。更に脂肪族イミンに対しても本触媒反応は円滑に進行し、高いジアステレオ選択性および良好なエナンチオ選択性にて目的のα,β-ジアミノ酸誘導体が得られることが明らかとなった。本触媒反応を用いてnemonaprideの触媒的不斉全合成を達成した(Scheme 1)。

2. 一価銅触媒を用いたケトイミンに対する触媒的不斉アリル化反応の開発

 ケトイミンの不斉アリル化反応によって得られるキラルα-三置換ホモアリルアミンは医薬合成において有用性の高いキラルビルディングブロックの一つである。澁口は、保護基としてベンジル基を有するケトイミンを基質として用い、プロトン供与体としてtBuOHを添加することで、CuF・3PPh3を触媒(1 mol %)、La(OiPr)3を助触媒(1.5 mol %)とした基質一般性の高い触媒的アリル化反応を開発した。

 さらに本反応をケトイミンに対する触媒的不斉アリル化反応へと展開した。不斉配位子として当研究室で新たに開発した(R,R)-cyclopentyl-DuPHOSを用い、La(OiPr)3のかわりにLiOiPrを助触媒とすることで、芳香族ケトイミンから目的のアリル化体が高い選択性で得られることが明らかになった。α,β-不飽和ケトイミンや脂肪族ケトイミンでは満足のいく選択性は得られなかった(Scheme 2)。基質一般性に改善の余地を残すものの本反応はケトイミンに対する初の触媒的不斉アリル化反応である。また本反応の詳細な機構解析をおこない、LiOiPrの加速効果の要因についての知見を得た。

 以上の業績は医薬品の新規効率合成法の開拓に有意に貢献するものと考えられることから、博士(薬学)の授与に相当するものと結論した。

Figure 1. Crystal Structure of (S,S)-TaDiAS 1a and Newly Designed Catalyst 1b

Scheme 1. Synthesis of Nemonapride

Scheme 2. Catalytic Asymmetric Allylation of Ketoimines

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