学位論文要旨



No 122662
著者(漢字) 須藤,豊
著者(英字)
著者(カナ) ストウ,ユタカ
標題(和) 一価銅錯体を触媒とするエステル等価体のC=X結合への付加反応の開発
標題(洋)
報告番号 122662
報告番号 甲22662
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1207号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 炭素-炭素結合は多くの有機化合物の骨格をなすため、その結合生成反応の有用性は非常に高い。代表的な炭素-炭素結合生成反応の一つであるAldol反応やMannich反応は、生成物であるβ-ヒドロキシカルボニル化合物やβ-アミノカルボニル化合物の有用性から、現在にいたるまで数多くの化学者により研究されてきた。最近では求核剤の適用性を拡張した反応、特に生成物のカルボニル基が容易に他の官能基に変換可能であることから、エステル等価体を求核剤とする反応の研究が積極的に行われている。近年、アルデヒドやアルドイミンを基質とする場合には、エステル等価体をそのままプレ求核剤として用いる直接的な反応が最も精力的に研究されている。反応性の低いケトンなどを基質とする場合には、アトムエコノミーの観点からは望ましくないが、ケテンシリルアセタールなどの事前に活性化された求核剤を用いる方法が一般的である。両反応形式ともに活発に研究され大きく発展してきたが、未だ解決されなければならない問題を残している。私は本学博士課程において、アセトニトリルを求核剤とする直接的触媒的不斉Aldol型反応およびケトイミンを基質とする触媒的Mannich型反応の開発に携わり、それぞれの反応における問題点の解決を目指した。

1. アセトニトリルを求核剤とする直接的触媒的不斉Aldol型反応

 カルボニル化合物のシアノアルキル化反応は生成物であるβ-ヒドロキシニトリルが容易にβ-ヒドロキシカルボニル化合物やγ-アミノアルコールに変換可能であり、エステルエノラートを求核剤としたアルドール反応の代替反応と考えられる。特にアルキルニトリルを直接求核剤として用いる直接的触媒的シアノアルキル化反応はグリーンケミストリーの観点からも非常に優れた反応である。

 私は本学修士課程において一価銅アルコキシドを触媒とし、アルキルニトリルを直接求核剤として用いるアルデヒドの直接的触媒的シアノアルキル化反応の開発に成功した。(1))本反応においては直鎖アルデヒドを含む各種のアルデヒドを基質として用いることができ、α位に置換基を有するβ-ヒドロキシニトリルの合成も可能である。さらに本反応の不斉反応への展開を目指して不斉ホスフィン配位子を用いて検討を行った。

 各種反応条件の検討を行ったところ、DTBM-SEGPHOSのような、強固な骨格と、非常にかさ高い置換基を有するホスフィン配位子が本反応には有効であることがわかった。Table 1に示すように、脂肪族アルデヒドを基質として用いた場合、比較的高い選択性で目的物を得ることができ、直鎖アルデヒドを基質とした場合にも良好な収率、選択性で目的物を得ることができた(entry 1,3)。(2))また、毒性の高いHMPAの代わりにDMPUを溶媒として用いた場合にも遜色のない結果を得ることができた(entry 9)。反応条件の検討の結果、溶媒の種類や添加剤などは反応の立体選択性にほとんど関与せず、適切な不斉配位子の適用が本反応の選択性向上に関して重要であることがわかったので、ビフェニル骨格を有する不斉ホスフィン配位子の合成、検討を行った。その結果MeO-BIPHEP誘導体4を用いることで若干ながら不斉収率の向上が見られた(entry 2, 7)。現在さらなる選択性の向上に向けて新規のストラテジーを含む各種検討を行っている。

2. 単純ケトイミンに対する触媒的不斉Mannich型反応の開発

 β-アミノ酸は多くの天然物や各種の医薬品の中に見られる重要構造単位であり、生物学的ツールとしても近年、注目を集めている。Mannich反応は生成物であるβ-アミノエステルがβ-アミノ酸へと容易に変換でき、炭素-炭素結合形成反応を介した最も有用かつ直接的なβ-アミノ酸前駆体合成法の一つである。そのため、アルデヒド由来のイミンを基質とした触媒的不斉反応の例が数多く報告されている。しかし一方でケトイミンを基質として用いた例は非常に少なく、特に単純なケトイミンを基質とした触媒的Mannich反応はラセミ体合成反応ですら未だ報告例がない。これは一般にケトイミンは求核剤に対する反応性が低く、またα-位にプロトンを有するために容易にエナミンへと異性化してしまい、その基質としての適用が困難であるためと考えられる。

 一方、当研究室では生長らによってCuF・3PPh3・2EtOH-Taniaphos錯体を触媒とし、当量の(EtO)3SiFを添加することでケテンシリルアセタールを求核剤とする各種ケトンに対する触媒的不斉アルドール反応を報告している。(3))本反応における真の求核種は、ケイ素エノラートと一価銅の間のトランスメタレーションによって生じる銅エノラートであると考えている。また、和田らによってCuF-DuPHOS錯体を触媒としたケトイミンの触媒的不斉アリル化反応が報告されている。(4))以上のことから、一価銅錯体を用いることでケトイミンの異性化を引き起こさない温和な条件下、求核力の高い銅エノラートを発生させることができ、ケトイミンに対する触媒的不斉Manncih反応の開発が可能であると考えた。

 上記のアルドール反応をもとに各種反応条件の検討を行ったところ、一価銅としてCuOAc、配位子としてDTBM-SEGPHOSを用いることで、ホスフィノイルイミンを基質とし、化学収率は低いものの非常に高い不斉収率で目的物を得ることができた。本反応においては求核種である銅エノラートがケトイミンに求核付加した後に中間体として銅アミドが生じるものと考えられる。この中間体からの触媒活性種の再生が律速段階となるために反応が低収率にとどまってしまうものと推定した。上記のアルドール反応においては、フッ素源であるPhBF3Kを触媒量添加することで(EtO)3SiFから(EtO)2SiF2を発生させて触媒活性種の再生を促進させている。しかし、本反応においては同様の方法はほとんど効果がなかったため、トラップ剤である各種ケイ素化合物の検討を行った(Table 2)。よりルイス酸性度の高い(MeO)2SiF2を用いた場合、高収率で目的物を得ることができたが(entry 4)、その合成は難しく大量スケールでの合成には向かないと考えられ、さらに検討を行った。その結果、容易に合成可能である(EtO)2Si(OAc)2を用いることで、不斉収率を損なうことなく良好な収率で目的物を得ることができた(entry 7)。さらにケトイミンの保護基をジキシリルホスフィノイル基とすることで、より高い不斉収率で目的物を得ることができた(entry 8)。しかし同様の反応条件を脂肪族イミン6jに適用した場合、不斉収率は高いものの、収率は29%にとどまってしまった(Table 3, entry 1)。エナミンへの異性化とそれによる副反応が低収率の原因であると思われ、さらに反応条件を検討した結果、(EtO)3SiFを添加剤とし、DuPHOS誘導体11を配位子として用いることで収率99%、不斉収率81%にて目的物を得ることができた(entry 4)。

 以上検討した反応条件を用いて基質一般性の検討を行った(Table 4)。芳香族ケトイミンを基質とする場合、配位子としてDTBM-SEGPHOS、添加剤として(EtO)2Si(OAc)2を用いた。基質の反応性が低い場合には求核剤を4当量必要としたが、各種芳香族ケトイミンから非常に高い不斉収率でMannich体を得ることができた。脂肪族ケトイミンを基質として用いる場合には配位子としてDuPHOS誘導体、添加剤として(EtO)3SiFを用いることで、比較的高い不斉収率で目的物を得ることができた。一般的に11を用いた場合、市販の10を用いた場合より高い選択性で目的物を得ることができ、今後さらに配位子の最適化を行うことで選択性を向上できるものと考えられる。

 本反応で得られたMannich体は容易に対応するβ-アミノ酸へと変換することができる。Scheme 1に示すように、酸性条件下によるホスフィノイル基の除去、NaOHによるエステルの加水分解によって収率81%にてβ-アミノ酸を得ることに成功した。

 本反応は単純なケトイミンを基質とした初の触媒的不斉Mannich反応であり、新規β-アミノ酸合成法および不斉四置換炭素構築法として、さらなる反応系の改良が望まれる。現在、触媒量の低減化、脂肪族イミンを基質として用いた場合の不斉収率の向上に向けて検討を行っている。

References(1) Suto , Y.; Kumagai, N.; Matsunaga, S.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2003, 5, 3147.(2) Suto, Y.; Tsuji, R.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Org. Lett. 2005, 7,3757.(3) (a) Oisaki, K.; Suto, Y.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 5644. (b) Oisaki, K.; Zhao, D.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 7164.(4) Wada, R.; Shibuguchi, T.; Makino, S.; Oisaki, K.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 7687.

Table 1.

Catalytic Enantioselective Nitrile Aldol Reaction

Table 2 Optimization of Reaction Conditions to Aromatic Ketoimine

Table 3 Optimization of Reaction Conditions to Aliphatic Ketoimine

Table 4. Catalytic Enantioselective Mannich Reaction of Ketoimines

Scheme 1. Conversion to β-Amino acid

審査要旨 要旨を表示する

須藤は「一価銅錯体を触媒とするエステル等価体のC=X結合への付加反応の開発」というタイトルで以下の研究をおこなった。

1.アセトニトリルを求核剤とする直接的触媒的不斉Aldol型反応

 カルボニル化合物のシアノアルキル化反応は生成物であるβ-ヒドロキシニトリルが容易にβ-ヒドロキシカルボニル化合物やγ-アミノアルコールに変換可能であり、エステルエノラートを求核剤としたアルドール反応の代替反応と考えられる。特にアルキルニトリルを直接求核剤として用いる直接的触媒的シアノアルキル化反応はグリーンケミストリーの観点からも優れた反応である。須藤は、キラルー価銅アルコキシドを触媒とし、アセトニトリルをプレ求核剤として用いるアルデヒドの直接的触媒的シアノアルキル化反応の開発をおこなった。DTBM-SEGPHOSのような、強固な骨格と、かさ高い置換基を有するホスフィン配位子が本反応には有効であることがわかった。Table 1に示すように、脂肪族アルデヒドを基質として用いた場合、比較的高い選択性で目的物を得ることができ、直鎖アルデヒドを基質とした場合にも良好な収率、選択性で目的物を得ることができた(entry 1,3)。また、毒性の高いHMPAの代わりにDMPUを溶媒として用いた場合にも遜色のない結果を得ることができた(entry 9)。不斉収率の向上を目指して検討をおこなった結果、MeO-BIPHEP誘導体4を用いることで若干ながら不斉収率の向上が見られた(entry 2,7)。

2.単純ケトイミンに対する触媒的不斉Mannich型反応の開発

 β-アミノ酸は多くの天然物や各種の医薬品の中に見られる重要構造単位であり、生物学的ツールとしても近年、注目を集めている。Mannich反応は生成物であるβ-アミノエステルがβ-アミノ酸へと容易に変換でき、炭素-炭素結合形成反応を介した最も有用かつ直接的なβ-アミノ酸前駆体合成法の一つである。しかし単純ケトイミンを基質とした触媒的Mannich反応は、ラセミ体合成反応ですら報告例がなかった。それに対して須藤は、一価銅としてCuOAc、配位子としてDTBM-SEGPHOS(3)あるいはDuPHOS誘導体(5aまたは5b)、添加剤として(EtO)2Si(OAc)2あるいは(EtO)3SiFを用いることで、ホスフィノイルケトイミンを基質としたシリルエノラートの触媒的不斉Mannich反応を開発した(Table 2)。芳香族ケトイミンおよび脂肪族ケトイミンの双方から高いエナンチオ選択性で目的物が得られた。

 本反応で得られたMannich体は容易に対応するβ-アミノ酸へと変換することができた。Scheme 1に示すように、酸性条件下によるホスフィノイル基の除去、NaOHによるエステルの加水分解によって収率81%にてβ-アミノ酸を得ることに成功した。

 本反応は単純なケトイミンを基質とした初の触媒的不斉Mannich反応であり、新規β-アミノ酸合成法および不斉四置換炭素構築法として、さらなる発展が期待できる。

 以上の結果は新規キラルビルディングブロックの効率合成に大きく貢献すると考えられ、博士(薬学)の授与にふさわしいものと結論した。

Table 1.

Catalytic Enantioselective Nitrile Aldol Reaction

Table 2. Catalytic Enantioselective Mannich Reaction of Ketoimines

Scheme 1. Conversion to β-Amino acid

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