学位論文要旨



No 122667
著者(漢字) 原田,真至
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,シンジ
標題(和) 立体選択的な触媒的炭素-炭素結合形成反応の開発
標題(洋) Development of Stereoselective Catalytic Carbon-Carbon Bond-Forming Reactions
報告番号 122667
報告番号 甲22667
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1212号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 講師 杉浦,正晴
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

1.エステル等価体求核剤を用いる直接的触媒的不斉マンニッヒ型反応

 不斉炭素-炭素結合形成反応において、非修飾型の求核剤から反応系中にて触媒的にエノラートを生成させて反応を行うことは近年多くの注目を集めている分野である。この10年の間に金属触媒を用いる例や有機分子触媒を用いる例等非常に多くの論文が報告され大きな進展があったといえるが、未だ改善の余地を残している。例えば、金属触媒を用いる報告では、その基質はほとんどの場合ケトンに限られている。カルボン酸と同じ酸化状態にある基質を用いた反応は生成物の汎用性を考えると有用な反応であるが、基質のα位プロトンのpKaの値の高さから触媒的なエノラート形成が困難であり、現在でも難しい研究課題の1つである。

 金属触媒を用いる例において、エステル等価体を求核剤とする直接的触媒的不斉アルドール反応およびアルドール型反応に関する報告例はあるものの、いずれも問題点を抱えており、真に触媒的かつ直接的な不斉炭素-炭素結合形成反応の成功例は未だ報告されていない。またエステル等価体を求核剤とする直接的触媒的不斉マンニッヒ型反応についても報告例がない。そこで私は、新規エステル等価体を用いて、新しい直接的触媒的不斉炭素-炭素結合形成反応の開発を目指し、研究を始めることとした。

 研究を始めるにあたり、まず私はN-アシルピロールをエステル等価体として設定した。N-アシルピロールは以下のような特徴を持っている。つまり、ピロール環の芳香属性のために窒素上の電子のカルボニルへの流れ込みが少なくなり、ケトンに近い反応性を持ち、触媒的なエノラート形成も比較的容易に達成できることが期待できる。また、単座配位型の基質であることから、ケトンの場合と同様な触媒設計が可能となり、既に当研究室で開発した触媒1への適用が可能であると期待される。そして、触媒的反応条件下にも耐えうる比較的強固なC-N結合が挙げらる。一方で、変換反応を行う場合には、種々の官能基への変換がいずれも温和な条件下で容易に進行することが知られている。これらの特徴から、N-アシルピロールは非常に汎用性の高い基質であると言える。

 種々配位子および中心金属を検討した結果、Tsイミンに対するマンニッヒ型反応において、新規In(O-iPr)3/linked-BINOL触媒系を用いた時に、中程度の収率ながら良好な選択性にて目的のマンニッヒ体が得られることを見出した(Table1,entry2)。ケトンに対して有効であったEt2Zn/linked-BINOL触媒1を用いた場合には反応はほとんど進行しなかった(entry1)。さらにo-Tsイミンを用いることで収率・選択性の両方を向上させることに成功した(entry3)。

 基質一般性の検討を行った結果、電子供与基、電子吸引基および複素芳香環を持つ種々のα,β-不飽和イミンに対してよい収率で生成物が得られ、芳香族イミンに関しては若干ジアステレオ選択性は低下するものの、いずれもsyn選択的かつ高い不斉収率でβ-アミノ-α-ヒドロキシカルボン酸誘導体が得られた(Table2)。一方で、反応基質としてベンゼン環のオルト位に置換基の付いた芳香族イミンを用いたところ、反応のジアステレオ選択性が逆転し、いずれもantiの相対配置を持つ生成物がメジャーに得られた(Table3)。このように、ジアステレオ選択性(syn/anti=91/9-14/86)は用いるイミンに因るが、反応はいずれも中程度から高収率(y.68-98%)、高エナンチオ選択的(91-98%ee)に進行した。2

 反応生成物はいずれもカルボニルのβ位の立体が同じであり、その不斉収率も同等に高いことから、触媒によるイミンの面選択性はほぼ完壁であることが分かる。イミン5a-5fを用いた反応ではTS-1の遷移状態をとって進行する結果、syn体がメジャーになると考えている。イミン5g-5lでは、置換基による立体要因やイミンの特異な立体電子効果によって捩じれた構造をとっている結果、TS-1ではピロール環との反発が生じるため、TS-2の遷移状態をとって反応が進行する結果、anti体がメジャーになると考えれる(Figure 1)。

 生成物の合成化学的有用性を示すべく、N-アシルピロール部位の変換反応も行い、種々の官能基へ容易に変換が可能であることを示した(Scheme 1)。

 このようにN-アシルピロールをエステル等価体求核剤とする直接的触媒的不斉マンニッヒ型反応の開発に成功したが、その基質はα位に水酸基を持つものに限定されていた。さらなる基質一般性の拡大を目指すため、N-propionylpyrrole(2)を次なる基質として設定した。しかしながら、α-hydroxyの基質1に対して有効であったindium alkoxideの触媒系を用いた場合には、種々の求電子剤との反応を検討したがいずれも反応はほとんど進行しなかった。そこで私は、系中でのエノラート形成がindium alkoxideでは不十分であったと考え、indium alkoxideにかわる触媒系を探索することとした。その際に必要となる条件として、より塩基性が高いだけではなく、求核性を持たないことが重要であった。

 そこで私は、trialkylindiumに注目し、Bocイミンとのマンニッヒ型反応において、良好な収率で目的物が得られることを見出した。基質一般性の検討を行ったところ、芳香族Bocイミンだけでなく、脂肪族Bocイミンに対しても良好に反応は進行し、いずれもsyn選択的に生成物を与えた(Scheme2)。3また、このtrialkylindiumを触媒とする反応はα-hydroxyのN-アシルピロール1に対しても適用可能であり、別途LiClを添加することで、Dppイミンとのマンニッヒ型反応が進行し、いずれもsyn選択的に目的物が得られた(Scheme3)。3

2.アセチレン等価体を求核剤とするアルデヒドへの触媒的不斉アルキニル化反応

 アルキン類を求核剤とする触媒的不斉反応は今日までにいくつかの報告例があるが、その中でもアセチレンもしくはアセチレン等価体を求核剤として用いれば、反応後に末端アセチレン部位を薗頭反応やアルキル化反応に用いることができるため、合成化学的に有用なキラルユニットとなる。現在までのアセチレンもしくはアセチレン等価体を求核剤とする不斉反応の報告例に関しては、当量以上の金属試薬を用いた例は多く知られているが、真に触媒的な不斉反応の例は限られており、また芳香族アルデヒドとの反応に関しては未だ成功例はない等、未解決の分野である。そこで私はアセチレン等価体を用いた、より有用性の高い触媒的不斉反応を開発することとし、シリルアセチレンに比べて安価に購入することのできる2-methyl-3-butyn-2-ol(12)を基質として設定し、検討を開始した。

 まず、当研究室で開発され、種々のアルキン類に適用可能であった3価インジウム触媒4を用いて検討を行ったが、詳細な反応条件検討の後にも反応はほとんど進行しなかった。末端アセチレンの保護基部位の立体障害によって、インジウムによるアセチレンの活性化がうまく機能していないのではないかと考え、配位子を添加することでインジウム中心の立体環境をチューニングすることとした。種々の単座配位型、二座配位型の配位子を検討したがいずれも結果の改善には至らなかった。しかしながら、2,2'-biphenolを用いた場合にのみ劇的な配位子加速効果がみられた。詳細な反応条件検討の後、この条件に対して配位子として(S)-BINOLを用いると反応性を損なうことなく97%eeにて目的物が得られた。

 基質一般性の検討を行ったところ、電子供与基の付く基質に関しては中程度の収率に留まるものの、種々の芳香族アルデヒドおよび脂肪族アルデヒドに関して良好な収率、選択性にて目的物が得られた(Table 4)。また、40mmolスケールの反応においても反応性、選択性ともに問題なく進行した(entry 11)。触媒量の低減化も達成した(entry 12)。5

 生成物の脱保護条件の改良も行い、準量論量にまで塩基の量を減じても、既存の方法と同等の収率にて保護基の除去が可能であること示した(Scheme 4)。

【参考文献】(1)For aldol reaction:(a)Kumagai, N.; Matsunaga, S.;Kinoshita, T.; Harada, S.; Okada, S.; Sakamoto, S.; Yamaguchi, K.; Shibasaki, M. J.Am.Chem.Soc. 2003,125,2169. For Michael reaction: (b)Harada, S.; Kumagai, N.; Kinoshita, T.; Matsunaga, S.; Shibasaki,M. J.Am.Chem.Soc. 2003,125,2582.For Mannich-type reaction:(c)Matsunaga,S.;Kumagai,N.;Harada,S.;Shibasaki,M.J.Am.Chem.Soc.2003,125,4712.(2)Harada, S.; Handa, S.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Angew.Chem.Int.Ed. 2005,44,4365.(3)Harada, S.; Noda, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. manuscript in preparation.(4)Takita, R.; Yakura, K.; Ohshima, T.; Shibasaki, M. J.Am.Chem.Soc. 2005,127,13760.(5)Harada, S.; Takita, R.; Ohshima, T; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Chem.Commun. 2007, Advance Articles(DOI:10.1039/b614958h).

Table 1. Direct Catalytic Asymmetric Mannich-type Reaction of 1

Table 2. Syn-Selective Mannich-Type Reaction of 5a-5f

Table 3. Anti-Selective Mannich-Type Reaction of 5g-5l

Figure 1. Postulated Transition-State Models

Scheme 1. Transformation of Mannich Adducts

Scheme 2. Mannich-type Reaction of N-Propionylpyrrole (2)

Table 4. Asymmetric Alkynylation of Aldehydes with 12

Scheme 4. Removal of Protecting Group to Give Terminal Alkyne 16a

審査要旨 要旨を表示する

1.エステル等価求核剤を用いる直接的触媒的不斉マンニッヒ型反応

 不斉炭素-炭素結合形成反応において、非修飾型の求核剤から反応系中にて触媒的にエノラートを生成させて反応を行うことは近年多くの注目を集めている分野である。この10年の間に大きな進展があったといえるが、未だ改善の余地を残している。例えば金属触媒の例ではその基質はほぼケトンに限られている。カルボン酸と同じ酸化状態にある基質を用いた反応は生成物の汎用性の面から有用な反応であるが、基質のα位プロトンのpKaの値の高さから触媒的なエノラート形成が困難であり、現在でも難しい研究課題の1つである。

 金属触媒を用いる例において、エステル等価体を求核剤とする直接的触媒的不斉アルドール反応に関する報告例はあるものの、いずれも問題点を抱えており、真に触媒的かつ直接的な不斉炭素-炭素結合形成反応の成功例は未報告である。またエステル等価体を求核剤とする直接的触煤的不斉マンニッヒ型反応も報告例がない。そこで原田真至は新規エステル等価体を用いた、直接的触媒的不斉炭素-炭素結合形成反応の開発を目指し研究を行った。

1.1 N-アシルピロールを求核剤とする直接的触媒的不斉マンニッヒ型反応

 原田真至はN-アシルピロールをエステル等価体として設定した。N-アシルピロールはケトンに近い反応性を持ち、触媒的反応条件下にも耐えうる比較的強固なC-N結合を持つ一方で、変換反応を行う場合には、種々の官能基への変換が温和な条件下で容易に進行することが知られており、非常に汎用性の高い基質である。種々配位子および中心金属の検討の後、Tsイミンに対するマンニッヒ型反応において、新規In(O-iPr)3/linked-BINOL触媒系を用いた時に、良好な選択性にて目的のマンニッヒ体が得られることを見出した。芳香族および種々のα,β-不飽和イミンに対して適用可能であり、いずれもsyn選択的かつ高い不斉収率でβ-アミノ-α-ヒドロキシカルボン酸誘導体が得られた(Table 1)。一方で、反応基質としてベンゼン環のオルト位に置換基の付いた芳香族イミンを用いると、anti体が主生成物として得られた(Table 2)。

 このようにジアステレオ選択性(syn/anti=91/9-14/86)は用いるイミンによるが、中程度から良好な収率(y.68-98%)、高エナンチオ選択的(91-98%ee)に反応は進行した。これは、金属触媒によるエステル等価体を用いる直接的触媒的不斉マンニツヒ型反応の初の成功例である。

 反応生成物の立体化学から、触媒によるイミンの面選択性はほぼ完壁であり、イミンの立体要因によって求核剤の反応面が変わることでジアステレオ選択性の相違が生まれている事が示唆された。さらに原田は生成物の合成化学的有用性を示すべく、N-アシルピロール部位の変換反応も行い、種々の官能基へ容易に変換が可能であることを示した。

1.2 N-Propionylpyrroleを求核剤とする直接的触媒的マンニッヒ型反応

 N-Propionylpyrroleを基質として、種々の求電子剤との反応を検討したがindium alkoxide触媒系では反応が進行しなかった。原田真至はindium alkoxideにかわる触媒系としてtrialkylindiumに注目し、Bocイミンとのマンニッヒ型反応において、良好な収率で目的物が得られることを見出した。芳香族Bocイミンだけでなく、脂肪族Bocイミンでも良好に反応は進行し、いずれもsyn選択的に生成物を与えた。また、α-hydroxyのN-アシルピロール1に対しても適用可能であり、別途LiClを添加することで、Dppイミンとのマンニッヒ型反応が進行し、いずれもsyn選択的に目的物が得られた。

2.アセチレン等価体を求核剤とするアルデヒドへの触媒的不斉アルキニル化反応

 アルキン類を求核剤とする触媒的不斉反応はいくつかの報告例があるが、その中でもアセチレンもしくはアセチレン等価体を求核剤として用いれば、反応後に末端アセチレン部位を薗頭反応等に用いることができるため、合成化学的に有用なキラルユニットとなる。しかしながら、真に触媒的な不斉反応の例は限られており、未解決の分野である。そこで原田真至は非常に安価な2-methyl-3-butyn-2-ol(6)をアセチレン等価体として設定し、より有用性の高い触媒的不斉反応の開発を目指し研究を行った。

 当研究室で開発した3価インジウム触媒では反応はほとんど進行しなかった。原田真至は末端アセチレンの保護基部位の立体障害によって、インジウムによるアセチレンの活性化が機能していないと考え、配位子を添加することでインジウム中心の立体環境をチューニングし、2,2'-biphenolを用いた場合にのみ劇的な配位子加速効果がみられることを見出した。さらに、配位子として(S)-BINOLを用いると反応性を損なうことなく97%eeにて目的物が得られた。芳香族アルデヒド、脂肪族アルデヒド共に良好な収率、選択性にて目的物が得られた(Table 3)。また、スケールアップと触媒量の低減化にも成功した(entries 11-12)。生成物の脱保護条件の改良も行い、準量論量にまで塩基の量を減じても保護基の除去が可能であること示した。

 以上の研究成果は、有機合成化学、触媒化学、薬学の分野に広く貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

Table 1. Syn-Selective Mannich-Type Reaction of 4a-4f

Table 2. Anti-Selective Mannich-Type Reaction of 4g-4l

Table 3. Asymmetric Alkynylation of Aldehides with 6

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