学位論文要旨



No 122668
著者(漢字) 槇,圭介
著者(英字)
著者(カナ) マキ,ケイスケ
標題(和) 生物活性物質の効率的合成を志向した触媒的不斉反応の応用と開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 122668
報告番号 甲22668
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1213号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 触媒的不斉反応は触媒量の不斉源から光学活性な化合物を与える反応であり、アトムエコノミー・環境負荷軽減の観点から非常に好ましい。そのため、生物活性物質や機能性物質の合成への応用や、有用な新規反応の開発が望まれる。筆者は触媒的不斉反応の生物活性物質の効率的合成への応用、および生物活性物質の合成に応用可能な触媒的不斉反応の開発を目指して、研究を行った。

I.8-epi-fostriecinの触媒的不斉合成とC-8位立体化学の生物活性への影響1

 Fostriecin(1)はStreptomyces pulveraceusの代謝産物より単離された抗腫瘍活性物質である。その活性は2Aサブタイプ選択性の非常に高いセリン・スレオニンプロテインホスファターゼ(PP)阻害作用に起因すると考えられており、そのユニークな作用機序から新規抗癌剤のリード化合物として注目されている。この化合物の構造活性相関研究では、C-8位に結合したメチル基と水酸基が生物活性に重要であることは指摘されているものの、不斉中心の立体化学の生物活性への影響については調べられていなかった。したがって、C-8位の立体異性体8-epr-fostriecin(2)を合成し、この化合物のPP1およびPP2Aに対する阻害活性を評価することは非常に意義深いと考えられる。

 複数個の不斉中心を有する化合物の合成において、全ての不斉中心を不斉触媒の制御にて構築することができれば、当該不斉反応の選択性を逆転させることにより、望みのジアステレオマーを迅速に合成でき得る。この概念の実証および標的化合物のPP阻害活性の評価を目的として、筆者は8-epr-fostriecin(2)の合成研究に着手した。

 我々が既に達成しているfostriecin(1)の全合成2の合成経路を参考にして、4つの触媒的不斉反応を用いる次のような8-epr-fostriecin(2)の逆合成経路を立案した(Scheme 1)。すなわち、当研究室で開発されたケトンの(S)-選択的触媒的不斉シアノシリル化反応により8位不斉炭素を構築した後、アルデヒド10に対して山本尚のAgF触媒による不斉アリル化を行って5位不斉点を、アルデヒド8に対して当研究室で開発された(S)-LLB 7によるアセチレンケトン9の直接的触媒的不斉アルドール反応を行って9位の不斉点をそれぞれ制御して合成を進め、アセチレンケトン6の野依還元により11位の不斉点を構築した後、カップリング反応により不安定なトリエン部位を合成の終盤に導入する経路である。

 最初にケトン12に対し、ガドリニウム触媒によるシアノシリル化を行ったところ、91%収率、86%eeにて目的物13が得られた(Scheme 2)。本反応は120gスケールでの実施が可能であった。Fostriecin(1)の合成ではチタンを中心金属として用いて13の鏡像体を95%収率、85%eeにて得ている。13から官能基変換・再結晶を経て、光学的に純粋なアルデヒド10を効率的に得た。次に(R)-p-tol-BINAP-AgF触媒による山本尚のアリル化を用い、触媒制御にて16:1のd.r.で目的物17を得た後、アクリロイル化、閉環メタセシス等を経てアルデヒド8に導いた(Scheme 2)。

 続いて8に対して(S)-LLBを用いたアセチレンケトン9の直接的触媒的不斉アルドール反応を行った。d.r.は2:1と低いものの触媒の立体制御により反応が進行し、目的のジアステレオマーを主生成物として得ることができた。種々の条件検討の結果、LiOTfの添加により反応性・選択性がともに改善され、アルドール体が85%収率、4:1の選択性で得られた。このアルドール体をアセトニド6に変換し、11位の不斉点を野依還元により制御して10:1以上の選択性で目的のジアステレオマー19を得ることができた。ここにおいて、2の全ての不斉中心を触媒的不斉反応にて制御することができたことになる。続くアセチレン部位のヨウ素化、シス還元と水酸基の脱保護により得られたトリオール20は結晶性の化合物であったので、この化合物のX線結晶構造解析を行うことで、化合物が望みの立体配置を有することを確認することができた。20の水酸基を選択的に保護して4に導き、ビニルスズ化合物3とのStilleカップリングによりトリエン部位の導入を行った。この後リン酸基の導入と脱保護を経て、8-epi-fostriecin(2)の合成を達成した(Scheme 2)。

 合成した8-epi-fostriecin(2)とfostriecin(1)によるPPの阻害活性の評価を、4種類の基質を用いて行った。その結果、次の2点が明らかになった。

(1)fostriecin(1)と8-epi-fostriecin(2)は、それぞれが異なる基質を高いPP2A選択性にて阻害する。

(2)8-epi-fostriecin(2)はfostriecin(1)に比べて阻害活性が低い。

この2点から、C-8位の立体化学がfostriecin(1)の生物活性に大きな影響を与えることが示された。

II.触媒量の外部塩基を用いるニトロアルカン求核剤のアリル位置換反応の開発

 ニトロアルカンは窒素源として含窒素生物活性物質の合成に適用可能であるほか、種々の官能基の導入に利用可能であるため、合成的有用性が非常に高い。しかし、有機合成において最も有用な不斉炭素構築法の1つである触媒的不斉アリル位置換反応において、ニトロアルカンを求核剤に用いる例は少ない。また、ニトロアルカン求核剤の反応には通常当量以上の外部塩基を用いるが、触媒量や塩基非存在下での反応も可能である。しかし、そのような場合には、目的物の収率が中程度を超えず、適用可能な基質も反応性の高いものに限定される。触媒量の外部塩基での反応は、アトムエコノミーの観点だけでなく、触媒的不斉反応へのアプローチとして不斉塩基の使用を選択肢に入れられる点からも、望ましい。そこで、筆者は触媒量の外部塩基存在下で、高収率かつ高い基質一般性が得られる反応の開発を行うこととした。

 Table1に示すように、非プロトン性極性溶媒DMSO中で強塩基DBUを用いた場合に、最もよい結果が得られた。極性溶媒中においては、生成するπ-アリルパラジウム種のカチオン性、およびそのカウンターアニオンであるアルコキシドの塩基性が上がるために、DBUの再生およびニトロナートの求核反応が加速されるためであると考えられる。続いて、パラジウムのリガンドとしてPPh3またはrac-BINAPを用いて、基質一般性の検討を行った(Table2)。Entry5のようにπ-アリルパラジウム種が2つのアルキル置換基を有する場合はほとんど反応が進行しなかったものの、その他のentryにおいては、従来は触媒量の塩基を用いる条件では低収率であった種々の基質において良好な結果を得ることができた。

 現在、不斉反応への展開を検討中である。初期検討の結果の一例を下に示す(Scheme 4)。

【参考文献】(1)Maki,K.; Motoki,R.; Fujii,K.; Kobayashi,T.; Tamura,S.; Kanai,M.; Shibasaki,M. J.Am.Chem.Soc. 2005,127,17111.(2)Fujii,K.; Maki,K; Kanai,M.; Shibasaki,M. Org.Lett.2003,5,733.

Figure 1

Scheme 1. Retrosynthetic analysis of 2

Scheme 2. Synthesis of aldol precursor 8

Reagents & conditions: (a)Gd(O/Pr)3,(2mol%),ligand11(4mol%),TMSCN,EtCN,-65℃,95%,86%ee;(b)6NHCI/EtOH,60℃,83%;(c)NaBH4,MeOH,88%;(d)p-NO2-C6H4-COCl,py,CH2Cl2,100%;recryst.78%,>99%ee;(e)K2CO3,MeOH,100%;(f)TIPSCI,imidazole,DMF,96%;(g)MOMCI,iPr2NEt,CH2Cl2;100%;(h)Na,NH3,-78℃,93%;(i)MnO2,CH2Cl2,93%;(i)AgF(5mol%),(R)-p-tol-BINAP(5mol%),allyltrimethoxysilane,MeOH,-20℃,88%(d.r.=16:1);(k)acryloyl chloride,Et3N,CH2Cl2,87%;(l)2nd generation Grubbs' catalyst(2mol%),CH2Cl2,reflux,93%;(m)3HF-NEt3,THF,50℃,82%;(n)DMP,H2O(0.5mol eq),CH2Cl2,94%.

Scheme 3. Completion of the synthesis of 2

Reagents and conditions: (a)(S)-LLB(10mol%),LiOTf(20mol%),THF,-20℃;(b)2,2-dimethoxypropane,TsOH-H2O,acetone,50℃,65%(d.r.=4:1)(2steps);(c)Noyori's catalyst5(3.3mol%)-KOH(3mol%),iPrOH,81%;(d)NIS,AgNO3(0.6mol eq),EtOH(10 mol eq),acetone,0℃,87%;(e)NBSH,NaHCO3,MeOH,58%(31% recovery);(f)1M HCl aq.in MeOH,73%;(g)TBSOTf,2,6-lutidine,CH2Cl2,-78℃;TESOTf,-78℃ to -40℃,89%;(h)1M HCl aq.-THF-CH3CN(1:3:6),-10℃,53%(20% recovery);(i)PdCl2(MeCN)2(50mol%),3,DMF,40℃,85%;(j)iPr2NP(Oallyl)2,1H-tetrazole,CH2Cl2,0℃;l2,py-H2O-THF(1:2:7),-20℃;(k)Pd(PPh3)4(100mol%),PPh3,formamide,THF;48% HF aq.-H2O-MeCN(1:2:20),py,50%(4steps).

Table 1. Solvent/base effect

Table 2. Substrate generality

Scheme 4. Catalytic enantioselective reaction

審査要旨 要旨を表示する

 槇は「生物活性物質の効率的合成を志向した触媒的不斉反応の応用と開発に関する研究」というタイトルで以下の研究をおこなった。

I.8-epi-fostriecinの触媒的不斉合成とC-8位立体化学の生物活性への影響

 Fostriecin(1)はStreptomyces pulveraceusの代謝産物より単離された抗腫瘍活性物質である。その活性は2Aサブタイプ選択性の非常に高いセリン・スレオニン・プロテインホスファターゼ(PP)阻害作用に起因すると考えられており、そのユニークな作用機序から新規抗癌剤のリード化合物として注目されている。この化合物の構造活性相関研究では、C-8位に結合したメチル基と水酸基が生物活性に重要であることは指摘されているものの、不斉中心の立体化学の生物活性への影響については調べられていなかった。槇は、当研究室で達成したfostriecin(1)の全合成を参考にして、C-8位の立体異性体8-epi-fostriecin(2)を合成し、この化合物のPP1およびPP2Aに対する阻害活性を評価することを計画した。

 槇がとった合成戦略は、8-epi-fostriecinの有する4つの不斉中心をすべて外部不斉源制御による触媒的不斉反応で構築するというものである。最初にケトン3に対し、当研究室で開発したガドリニウム触媒によるシアノシリル化を行ったところ、91%収率、86%eeにて目的物4が得られた(Scheme 1)。本反応は120gスケールでの実施が可能であった。4から官能基変換・再結晶を経て、光学的に純粋なアルデヒド8を効率的に得た。次に(R)-p-tol-BINAP-AgF触媒による山本尚のアリル化を用い、触媒制御にて16:1のd.r.で目的物9を得た後、アクリロイル化、閉環メタセシス等を経てアルデヒド11に導いた(Scheme 1)。

 続いて11に対して(S)-LLB-LiOTfを用いたアセチレンケトン12の直接的触媒的不斉アルドール反応を行い、アルドール体を85%収率、4:1の選択性で得た。このアルドール体をアセトニド13に変換し、11位の不斉点を野依還元により制御して10:1以上の選択性で目的のジアステレオマー14を得ることができた。その後適当な変換を経て16に導き、ビニルスズ化合物とのStilleカップリングによりトリエン部位の導入を行った.最後にリン酸基の導入と脱保護を経て、8-epi-fostriecin(2)の合成を達成した(Scheme 2)。

 合成した8-epi-fostriectinとfostriecinによるPPの阻害活性の評価をおこない、C-8位の立体化学が生物活性に大きな影響を与えることを明らかにした。

II.触媒量の外部塩基を用いるニトロアルカン求核剤のアリル位置換反応の開発

 ニトロアルカンは窒素源として含窒素生物活性物質の合成に適用可能であるほか、種々の官能基の導入に利用可能であるため、合成的有用性が非常に高い。槇は非プロトン性極性溶媒DMSO中で強塩基DBUを触媒量用いるニトロアルカンの四級炭素構築型アリル化反応を開発した。本反応を不斉四級炭素構築型触媒的アリル化反応に展開した(Scheme 3)。

 以上の業績は医薬品の新規効率合成法の開拓に有意に貢献するものと考えられることから、博士(薬学)の授与に相当するものと結論した。

Scheme 1. Synthesis of aldol precursor 11

Reagents & conditions:(a)Gd(OiPr)3,(2mol%), D-glucose-derive ligand(4mol%),TMSCN,EtCN,-65℃,95%,86%ee;(b)6NHCl/EtOH,60℃,83%;(c)NaBH4,MeOH,88%;(d)p-NO2-C6H4-COCl,py,CH2Cl2,100%;recryst.78%,>99%ee;(e)K2CO3,MeOH,100%;(f)TIPSCl,imidazole,DMF,96%;(g)MOMCl,iPr2NEt,CH2Cl2;100%;(h)Na,NH3,-78℃,93%;(i)MnO2,CH2Cl2,93%;(j)AgF(5mol%),(R)-p-tol-BINAP(5mol%),allyltrimethoxysilane,MeOH,-20℃,88%(d.r.=16:1);(k)acryloyl chloride,Et3N,CH2Cl2, 87%;(l)2nd generation Grubbs' catalyst(2mol%),CH2Cl2,reflux,93%;(m)3HF-NEt3,THF,50℃,82%;(n)DMP,H2O(0.5mol eq),CH2Cl2,94%.

Scheme 2. Completion of the synthesis of 2

Reagents and conditions:(a)(S)-LLB (10mol%),LiOTf(20mol%),THF,-20℃;(b)2,2-dimethoxypropane,TsOH-H2O,acetone,50℃,65%(d.r.=4:1)(2 steps);(c)Noyori's catalyst(3.3mol%)-KOH(3mol%),iPrOH,81%;(d)NIS,AgNO3(0.6mol eq),EtOH(10mol eq),acetone,0℃,87%;(e)NBSH,NaHCO3,MeOH,58%(31% recovery);(f)1M HCl aq. in MeOH,73%;(g)TBSOTf,2,6-lutidine,CH2Cl2,-78℃ ;TESOTf,-78℃ to -40℃,89%;(h)1M HCl aq.-THF-CH3CN(1:3:6),-10℃,53%(20% recovery);(i)PdCl2(MeCN)2(50mol%),vinyl-Sn reagent,DMF,40℃,85%;(j)iPr2NP(Oallyl)2,1H-tetrazole, CH2Cl2,0℃;I2,py-H2O-THF(1:2:7),-20℃;(k)Pd(PPh3)4(100mol%),PPh3,formamide,THF;48%HF aq.-H2O-MeCN(1:2:20),py,50%(4 steps).

Scheme 3. Catalytic enantioselective reaction

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