学位論文要旨



No 122670
著者(漢字) 宮崎,徹
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,トオル
標題(和) 誘導体合成を指向した抗腫瘍活性物質(+)-ビンブラスチンの合成研究
標題(洋)
報告番号 122670
報告番号 甲22670
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1215号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 浦野,泰照
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】ビンブラスチン(1)はCatharanthus roseusから単離されたビンカアルカロイドの一種であり1、チューブリン重合阻害作用を示すことから、悪性リンパ腫等の治療薬として幅広く臨床応用されている化合物である2。その臨床的有用性と構造上の複雑さから、多くの合成化学者の興味を集め、2002年に当研究室で達成した全合成を含めて5例の合成例がこれまでに報告されている3。今回我々は、当研究室で行われたビンブラスチンの全合成研究より得られた知見を生かし、チューブリンとの結合に重要であると報告されているビンブラスチン上部ピペリジン環の4'位に4、様々な官能基を導入可能とする新規合成経路の開発を行うこととした。

【逆合成解析】合成の終盤において様々な官能基変換が可能であると考えられるエチニル基を、4'位に配した化合物2を設計した(Scheme 1)。当研究室での全合成経路に基づくと、ビンブラスチン(1)はエチニル基を有する11員環化合物2とビンドリン(3)より導くことが可能である。さらに2は、イソチオシアナート4と鎖状エステル5へと分解可能であると考えられる。そこで今回、エチニル基を有する鎖状エステル5に対して新たな逆合成解析を行った。5は6のような二環性ラクトンの開環と続く還元によって導かれると考えた。また4'位へのエチニル基の導入は、シスに縮環した二環性ケトン7のコンベックス面側から立体選択的に行うことを計画した。

【結果・考察】Trostらによって報告されているパラジウム触媒を用いた不斉アルキル化反応によって2'位に不斉導入を行い5、光学活性マロン酸エステル付加体8(96% ee)を得た(Scheme 2)。8は2工程を経てカルボン酸9へと変換した後に、酸化的ラクトン化によりビシクロ[3.3.0]骨格を構築し、その後ラクトール10へと導いた。次に10に対してWittig反応を用いて開環とともに1炭素増炭を行い、得られたエノールエーテル11を酸性条件下再び環化させることにより、エチニル基導入前駆体である、シスに縮環したビシクロ[4.3.0]骨格を有するケトン12を合成した。続く12に対するTIPSアセチリドの付加反応は低温下、二環性骨格のコンベックス面側から高立体選択的に進行し、4'位の立体化学を構築することができた。得られたアセチレン付加体は酸性条件下BOM基の除去を行いジオール13へと導いた。なお、この段階で再結晶を行うことで光学的に純粋な13を得ることができた。その後二級水酸基を酸化し、続いてmCPBAを用いたBaeyer-Villiger酸化を行ったところ、位置選択的に環拡大が進行した二環性ラクトン14を得た。

 14は4工程を経てラクトン15へと変換後、塩基処理によってエノラートとし、イソチオシアナート16への付加反応を行った(Scheme 3)。続いて得られたチオアニリド17を、ラジカル条件に付すことでインドール環を構築し18を得た6。その後6工程でトシラートを経由してエポキシド19へと変換し、アジ化ナトリウムによるエポキシドの開環反応によって、立体障害の大きい4置換炭素のα位へ窒素原子の導入を行った。導入したアジド基はアミノ基へと還元後、p-Ns基の導入を行った。その後PMP基及びTIPS基の除去を行い、3級水酸基のみを選択的にTMS化することで環化反応前駆体20を得た。鍵となる環化反応は、20を角田らによって開発された光延反応条件に付すことで円滑に進行し7、得られた環化体21は3工程を経てビンドリン(3)とのカップリング前駆体である22へと導いた。

 引き続き当研究室で開発された手法に従い、ビンドリン(3)とのカップリングを行った(Scheme 4)。インドール22をt-ブチルハイポクロライトで処理することでクロロインドレニン23へと変換した。その後ビンドリン存在下トリフルオロ酢酸で処理することで、4'位にエチニル基を有する本基質においても、望みの立体化学でビンドリン(3)が導入された25を単一の立体異性体として得た。この結果は、当研究室で既に報告した全合成やSchillらによって報告されているモデル化合物を用いたカップリングの場合と同様8、23は酸処理によって活性なイミニウム中間体24を与え、立体障害の少ない24のα側からビンドリン(3)が付加したためだと考えられる。ビンドリン付加体25のp-Ns基を除去した後、塩基性条件下加熱することでピペリジン環を構築し、4'位にエチニル基を有するビンブラスチン誘導体26を合成した。26はTMS基の除去及びエチニル基の還元を行うことでビンブラスチン(1)へと変換可能であり、合成した化合物の各種スペクトルデータは天然物のものとよい一致を示した。

【まとめ】今回我々は、二環性骨格を利用した4'位へのエチニル基の立体選択的導入及びNsアミド基による分子内光延反応を用いた11員環構築を鍵工程とする、多様な誘導体合成を指向したビンブラスチン(1)の新規合成経路の開発を行った。その結果、チューブリンとの結合への関与が示唆されている4'位に、種々官能基化可能なエチニル基を有し、ビンブラスチン(1)自体への変換も可能な26の合成に成功した。この研究成果によって、エチニル基の種々変換を行うことによる26を基盤としたビンブラスチン誘導体の合成及びその活性評価に基づいたビンブラスチン(1)の構造活性相関研究への展開が可能になると考えている。

【参考文献】1)a) Noble, R.L.; Beer, C.T.; Cutts, J.H. Ann.N.Y.Acad.Sci. 1958, 76, 882. b) Svoboda, G.H.; Neuss, N.; Gorman, M. J.Am.Pherm.Assoc.Sci.Ed. 1959, 48, 659. 2) Rowinsky, E.K.; Donehower, R.C. Pharmacol.Ther. 1991, 52, 35. 3)a) Kutney, J.P. Lloydia 1977, 40, 107. b) Langlois, N.; Gueritte, F.; Langlois, Y.; Potier, P. J.Am.Chem.Soc. 1976, 98, 7017. c) Kuehne, M.E.; Matson, P.A.; Bornmann, W.G. J.Org.Chem. 1991, 56, 513. d) Magnus, P.; Mendoza, J.S.; Stamford, A.; Ladlow, M.; Willis, P. J.Am.Chem.Soc. 1992, 114, 10232. e) Yokoshima, S.; Ueda, T.; Kobayashi, S.; Sato, A.; Kuboyama, T.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. J.Am.Chem.Soc. 2002, 124, 2137. 4) Gigant, B.; Wang, C.; Ravelli, R.B.G.; Roussi, F.; Steinmetz, M.O.; Curmi, P.A.; Sobel, A.; Knossow, M. Nature 2005, 435, 519. 5) Trost, B.M.; Bunt, R.C. Angew.Chem.Int.Ed.Engl. 1996, 35, 99. 6) Tokuyama, H.; Yamashita, T.; Reding, M.; Kaburagi, Y.; Fukuyama, T. J.Am.Chem.Soc. 1999, 121, 3791. 7) Tsunoda, T.; Yamamiya, Y.; Kawamura, Y; Ito, S. Tetrahedron Lett. 1995, 36, 2529. 8) Schill, G.; Priester, C.U.; Windhovel, U.F.; Fritz, H. Tetrahedron 1987, 43, 3765.

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) NaCl, H2O, DMSO, 160℃, 81%(b)aq. KOH, MeOH, 60℃, 95% (c) H2WO4 (cat.), aq. H2O2, t-BuOH, 80℃, 71%; (d) BOMCl, i-Pr2NEt, TBAI (cat.), CH2Cl2, rt, 93%; (e) DIBAL, CH2Cl2, -78℃; (f) MeOCH2PPh3Cl, NaHMDS, THF, 0℃ to rt, 93% (2 steps); (g) CSA, 2,4,6-collidine, toluene, reflux, 86%; (h) BH3・SMe2, THF, rt; aq. NaOH, aq. H2O2, rt; (i) TPAP (cat.), NMO, MS4A, CH2Cl2, rt, 80% (2 steps); (j) TIPS acetylene, n-BuLi, LiBr, THF, -78℃ (dr=98:2); (k) conc. HCl (cat.), MeOH, reflux, then recrystallization, 87% (2 steps), >99% ee; (l) TPAP (cat.), NMO, CH2Cl2, rt; (m) mCPBA, NaHCO3, CH2Cl2, 0℃ to rt, 78% (2 steps).

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) K2CO3, EtOH, rt; (b) NaBH4, EtOH-EtOAc, 10℃; (c) CSA (cat.), CH2Cl2, rt, 93% (3 steps); (d) TESCl, imidazole, DMR, 90℃, 92%; (e) KHMDS; 13, THF-HMPA, -78℃, 88%; (f) n-Bu3SnH, Et3B (cat.), DMF, rt, 77%; (g) Et3N, MeOH-CH2Cl2, 0℃, 93%; (h) MOMCl, i-Pr2NEt, TBAI (cat.), CH2Cl2, rt, 98%; (i) Boc2O, Et3N, DMAP (cat.), CH3CN, rt; (j) CSA (cat.), MeOH-CH2Cl2, rt, 90% (2 steps); (k) TsCl, Me2N(CH2)3NMe2, CH3CN, rt; (l) K2CO3, MeOH, 0℃; (m) NaN3, NH4Cl, DMF, 80℃; (n) DBU, toluene, reflux, 74% (4 steps); (o) SnCl2, PhSH, Et3N, CH3CN, rt; (p) p-NsCl, Et3N, CH2Cl2, rt, 89% (2 steps); (q) CAN, THE-H2O, 0℃; (r) TBAF, THF, rt, 78% (2 steps); (s) TMSCl, Et3N, DMF, rt; (t) K2CO3 (cat.), MeOH, 0℃, 93% (2 steps); (u) TMAD, n-Bu3P, toluene, 35℃; (v) BF3・OEt2, EtSH, CH2Cl2, 0℃ to rt; (w) TsCl, Me2N(CH2)3NMe2, CH3CN, rt; (x) TMSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, rt, 81% (4 steps).

Scheme 4

Reagents and conditions: (a) t-BuOCl, CH2Cl2, 0℃; (b) (-)-vindoline (3), TFA, CH2Cl2, 0℃, 84% (2 steps); (c) HSCH2CO2H, DBU, CH3CN, rt, 85%; (d) NaHCO3, i-PrOH-CH3CN-H2O, 60℃, 91%; (e) TBAF, THF, rt, 99%; (f) H2, Pd/C (cat.), EtOH, rt, 89%.

審査要旨 要旨を表示する

 ビンブラスチン(1)はマダガスカル原産のCatharanthus roseusから単離されたビンカアルカロイドの一種であり、チューブリン重合阻害作用を示すことから、悪性リンパ腫等の治療薬として幅広く臨床応用されている化合物である。その臨床的有用性と構造上の複雑さから、数多くの合成化学者の興味を集め、これまでに5例の合成例が報告されている。宮崎は、近年当研究室で達成したビンブラスチンの全合成研究より得られた知見を生かし、チューブリンとの結合に重要であることが示唆されているビンブラスチン上部ピペリジン環の4'位に、エチル基に代わってあらかじめエチニル基を配することで、様々な官能基を導入可能とする新規合成経路の開発を行った。

 まず、Trostらによって報告されているパラジウム触媒を用いた不斉アルキル化反応によって得られる光学活性マロン酸エステル付加体2(96% ee)に対して、2工程を経てカルボン酸3へと変換した後に、酸化的ラクトン化によりビシクロ[3.3.0]骨格を構築し、その後ラクトール4へと導いた(Scheme 1)。次に4に対してWittig反応を用いて開環とともに1炭素増炭を行い、得られたエノールエーテル5を酸性条件下再び環化させることにより、エチニル基導入前駆体である、シスに縮環したビシクロ[4.3.0]骨格を有するケトン6を合成した。続く6に対するTIPSアセチリドの付加反応は低温下、二環性骨格のコンベックス面側から高立体選択的に進行し、4'位の立体化学を構築することができた。得られたアセチレン付加体は酸性条件下BOM基の除去を行った後再結晶を行うことで光学的に純粋なジオール7へと導いた。脱保護によって生じた二級水酸基を酸化し、続いてmCPBAを用いたBaeyer-Villiger酸化を行ったところ、位置選択的に環拡大が起こった二環性ラクトン8を得た。

 8は4工程を経てラクトン9へと変換後、塩基処理することでエノラートとし、イソチオシアナート10への付加反応を行った(Scheme 2)。続いて得られたチオアニリド11を、ラジカル条件に付すことでインドール環を構築し12を得た。その後6工程でトシラートを経由してエポキシド13へと変換し、アジ化ナトリウムによるエポキシドの開環反応によって、立体障害の大きい4置換炭素のα位に窒素原子の導入を行った。アジド基はアミノ基へと還元後p-Ns基の導入を行い、続いて、PMP基及びTIPS基の除去、3級水酸基選択的なTMS化を行うことで、環化反応前駆体14を得た。鍵となる環化反応は、14を角田らによって開発された光延反応条件に付すことで円滑に進行し、得られた環化体15は3工程を経てビンドリンとのカップリング前駆体である16へと導いた。

 引き続き当研究室の全合成の手法に従い、ビンドリンとのカップリングを行った(Scheme 3)。インドール16をt-ブチルハイポクロライトで処理することでクロロインドレニン17へと変換した。その後ビンドリン存在下酸処理することで、4'位にエチニル基を有する本基質においても、イミニウム中間体18を経由して望みの立体化学でビンドリンが導入されたと考えられる19を単一異性体として得た。得られたビンドリン付加体19のp-Ns基を除去した後、塩基性条件下加熱することでピペリジン環部位を構築し、4'位にエチニル基を有するビンブラスチン誘導体20を合成した。最後に20のTMS基の除去及びエチニル基の還元を行い、ビンブラスチン(1)の全合成を達成した。

 以上のように宮崎は、二環性骨格を利用したアセチリドの立体選択的付加及びNs基を用いた分子内光延反応による11員環構築を鍵工程とした、多様な誘導体合成を可能とするビンブラスチン(1)の新規合成経路の開発に成功した。また、この新規合成経路における合成中間体20のエチニル基を変換することで、20から短工程にて4'位に種々官能基を有するビンブラスチン誘導体を合成することにも成功している。この成果は薬学研究に寄与するところ大であると考えられ、従って博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Scheme 1

Reagents and conditions: (a) NaCl, H2O, DMSO, 160℃, 81% (b) aq. KOH, MeOH, 60℃, 95% (c) H2WO4 (cat.), aq. H2O2, t-BuOH, 80℃, 70%; (d) BOMCl, i-Pr2NEt, TBAI (cat.), CH2Cl2, rt, 93%; (e) DIBAL, CH2Cl2, -78℃, 99%; (f) MeOCH2PPh3Cl, NaHMDS, THF, 0℃ to rt, 95%; (g) CSA, collidine, toluene, reflux, 86%; (h) BH3・SMe2, THF, 0℃ to rt; aq. NaOH, aq. H2O2, 0℃ to rt; (i) TPAP (cat.), NMO, MS4A, CH2Cl2, rt, 80% (2 steps); (j) TIPS acetylene, n-BuLi, LiBr, THF, -78℃ (dr=97:3); (k) conc. HCl (cat.), MeOH, reflux, then recrystallization, 87% (2 steps), >99% ee; (l) TPAP (cat.), NMO, CH2Cl2, rt; (m) mCPBA, NaHCO3, CH2Cl2, 0℃ to rt, 75% (2 steps).

Scheme 2

Reagents and conditions: (a) K2CO3, EtOH, rt; (b) NaBH4, EtOH-EtOAc, 10℃; (c) CSA (cat.), CH2Cl2, rt, 93% (3 steps); (d) TESCl, imidazole, DMF, 90℃, 92%; (e) KHMDS; 13, THE-HMPA, -78℃, 88%; (f) n-Bu3SnH, Et3B (cat.), DMF, rt, 77%; (g) Et3N, MeOH-CH2Cl2, 0℃, 93%; (h) MOMCl, i-Pr2NEt, TBAI (cat.), CH2Cl2, rt, 98%; (i) Boc2O, Et3N, DMAP (cat.), CH3CN, rt; (j) CSA (cat.), MeOH-CH2Cl2, rt, 90% (2 steps); (k) TsCl, Me2N(CH2)2NMe2, CH3CN, rt; (l) K2CO3, MeOH, 0℃; (m) NaN3, NH4Cl, DMF, 80℃; (n) DBU, toluene, reflux, 74% (4 steps); (o) SnCl2, PhSH, Et3N, CH3CN, rt; (p) p-NsCl, Et3N, CH2Cl2, rt, 89% (2 steps); (q) CAN, THF-H2O, 0℃; (r) TBAF, THF, rt, 78% (2 steps); (s) TMSCl, Et3N, DMF, rt; (t) K2CO3 (cat.), MeOH, 0℃, 81% (2 steps); (u) TMAD, n-Bu3P, toluene, 35℃; (v) BF3・OEt2, EtSH, CH2Cl2, 0℃ to rt; (w) TsCl, Me2N(CH2)2NMe2, CH3CN, rt; (x) TMSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2, rt, 81% (4 steps).

Scheme 3

Reagents and conditions: (a) t-BuOCl, CH2Cl2, 0℃; (b) (-)-vindoline, TFA, CH2Cl2, 0℃, 84% (2 steps); (c) HSCH2CO2H, DBU, CH3CN, rt, 85%; (d) NaHCO3, i-PrOH-CH3CN-H2O, 60℃, 91%; (e) TBAF, THF, rt, 99%; (f) H2, Pd/C (cat.), EtOH, rt, 89%.

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