学位論文要旨



No 122671
著者(漢字) 森元,俊晴
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,トシハル
標題(和) Chartelline類の合成研究
標題(洋)
報告番号 122671
報告番号 甲22671
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 白石,充
 東京大学 助教授 宮地,弘幸
 東京大学 講師 杉浦,正晴
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 Chartelline類(1-3)は1985年、Cristphersenらにより海洋コケムシChartella papyraceaから単離された海洋性アルカロイドである1)。本化合物は中心となる十員環骨格に加え、イミダゾール、インドレニン、スピロβ-ラクタム環といった複素環骨格を有している。さらに、高度にハロゲン化された特異な構造を有しているため、様々な生理活性が期待されているが、その詳細は未だ明らかとなっていない。Chartelline類の合成研究は数例報告されているが、全合成の報告はBaranらによる一例のみである2)。演者は、この特異な構造と未知の生理活性に興味を持ち、Chartelline類の合成研究に着手した。

【結果・考察】

 合成戦略として、アミド窒素上に脱離基を有する大環状ラクタム4をインドール2とイミダゾール3から合成し、インドール環との反応を利用してスピロβ-ラクタム環を合成しようと考えた(Scheme 1)。まず、イミダゾール環をベンゼン環へと置き換えたモデル化合物5を用いて、十二員環ラクタムの構築の検討を行った(Scheme 2)。当研究室で開発されたイソニトリルのラジカル環化反応を用いて合成した2-ヨードインドール6にβ-テトラロンから8工程を経て合成したアルキン5を薗頭反応により導入し、カップリング体7を合成した。インドール窒素をBoc基で保護、接触水素化反応により、アルキン部位をシス-オレフィン8へと変換した。得られた8からエステル部位をヒドラジド9、ヒドラジニウム塩10へと変換し、光延反応などにより、十二員環ラクタムの環化を試みたが望む環化は進行しなかった。そこで、反応性の高いヒドロキサム酸エステル11とした後、同様に光延反応を行ったところ、複雑な混合物を与えるのみであった。次に、TBS基を除去、得られたアルコール部位をヒドラジン12へと変換後、トリメチルアルミニウムによる環化やエステルをカルボン酸13へと変換し、縮合反応を行った。しかしながら、ヒドラジン12、13は非常に不安定であったため、マクロラクタム環を構築することはできなかった。

 前述の合成ルートでは、望む反応を行うことはできなかった。そこで、合成序盤にβ-ラクタム環を構築後、アルキンユニットの導入、十員環ラクタム形成を行うことで、Chartelline類の母骨格を構築しようと考えた。2-ニトロトルエン(16)を出発原料としてLeimgruber-Batcho法3)により増炭を行った後、エナミンの加メタノール分解、ニトロ基の還元を行いアニリン17へと変換した(Scheme 3)。続いて、アセタール存在下に亜硝酸アミルとアジ化ナトリウムで処理することで中性条件下アニリン窒素部位にアジド基を導入し、フェニルアジド18を得た。さらに、アセタールの除去、Kraus酸化、カルボン酸のメチル化によりメチルエステル19へと変換した。ベンジル位をプロモ化、p-アニシジンとの反応により窒素の導入を行い、20を合成した。さらに、クロロアセチルクロライドによりアミド21とした後、炭酸カリウムで処理することにより、β-ラクタム環22の合成に成功した。最後にメチルエステルをカルボン酸とした後、酸塩化物23へと変換しアルキンユニット導入の前駆体とした。

 次に、β-ラクタムユニットとアルキンとのカップリングを行った(Scheme 4)。アルキンユニットとして、酸化的開裂によって温和な条件下アルデヒドへと変換可能なジオールユニットをもつアルキンユニット24を合成した。酸塩化物23とアルキン24とのカップリング反応を行い不飽和ケトン25を合成した。p-メトキシフェノールおよび、アセトナイドの除去を行いジオール26を得た。得られたジオール26を酸化的に切断することで望むアルデヒド27へと変換し、所望の十員環ラクタムの形成を試みた。27をトリエチルアミンで処理した後、アセチル化を行い生成物を単離した。その結果、望む十員環化合物29ではなく、エノールのアルキンへのMichael反応が起こった後、β-ラクタムの窒素原子と反応した四環性化合物28が得られたことが明らかとなった。

 Michael反応の抑制と、直線的なアルキン部位の角度を変化させるために、不飽和ケトン30をコバルト錯体として保護することを考えた(Scheme 5)。近傍の立体障害のために形成反応は、長時間を必要としたが望みとするコバルト錯体31を得ることができた。続いて、アセトナイドの除去、及びジオールの切断を行った。生成したアルデヒド32は、反応系中でβ-ラクタムの窒素と反応し望みとする十員環化合物と思われる化合物33が得られた。現在、水酸基をアセチル化した後、ジアステレオマーを分離し構造解析を行っているところである。

 また、Chartelline類合成に必要な4,5-二置換イミダゾールユニットの合成を行った(Scheme 6)。イソプロピルメチルケトン(36)を出発原料とし、3工程を経てケトン37へと変換した。続いて、α-ケトオキシムへと変換後、Gallagherらの方法4)に従い酢酸中、ホルマリンと酢酸アンモニウムで処理することによりN-ヒドロキシイミダゾール誘導体38を得た。さらに、N-O結合の切断、イミダゾール窒素の保護を行った後、5工程を経て側鎖部分に必要な官能基の導入を行い42とし、イミダゾールユニットの合成を達成した。

 今後は、インドレニンの構築、コバルト錯体の除去、シス-オレフィンへの変換を行いモデル化合物を合成した後、イミダゾールユニット37を用いてChartelline A(1)の合成を行っていく予定である。

【参考文献】1) Chevolot, L.; Chevolot, A.-M.H.; Gajhhede, M.; Larsen, C.; Anthoni, U.; Christophersen, C. J.Am.Chem.Soc. 1985, 107, 4542. 2) Baran, P.S.; Shenvi, R.A. J.Am.Chem.Soc. 2006, 128, 14028. 3) Batcho, A.D.; Leimgruber, W. Org.Synth., Coll. Vol.VII 1990, 34. 4) Gallaghar, T.F.; Fier-Thompson, S.M.; Garigipanti, R.S.; Sorenson, M.E.; Smietana, J.M.; Lee, D.; Bender, P.E.; Lee, J.C.; Laydon, J.T.; Griswold, D.E.; Chabot-Fletcher, M.C.; Breton, J.J.; Adams, J.L. Bioorg.Med.Chem.Lett. 1995, 5, 1171.

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and Conditions: (a) Pd-C, PPh3, CuI, Et3N, DME-H2O, 80℃, 69%; (b) Boc2O, DMAP, MeCN, 91%; (c) Pd-C, H2, MeOH, quant.

Scheme 3

Reagents and Conditions: (a) Me2NCH(OMe)2, DMF, reflux; (b) CSA, MeOH; (c) Pd-C, H2, EtOH; (d) i-AmONO, NaN3, t-BuOH-H2O, 50℃; (e) TsOH・H2O, acetone-H2O, 50℃; (f) NaClO2, NaH2PO4・2H2O, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-H2O; (g) K2CO3, MeI, acetone; (h) NBS, AIBN, CCl4, reflex; (i) p-anisidine, benzene, reflex; (j) chloroacetyl chloride, benzene, 50℃, 92% (10 steps); (k) K2CO3, DMF, 80℃, 54%; (l) LiI, AcOEt, reflux, 90%, (m) (COCl)2, DMF, benzene, 0℃.

Scheme 4

Reagents and Conditions: (a) 24, n-BuLi, -78℃, 55% (2 steps); (b) CAN, MeCN-H2O, 0℃, 60%; (c) CSA, MeOH, 0℃, 56%; (d) Pb(OAc)4, benzene, 0℃; (e) Et3N, toluene; (f) Ac2O, pyridine, CH2Cl2.

Scheme 5

Reagents and Conditions: (a) Co2(CO)8, CH2Cl2; (b) CSA, MeOH; (c) Pb(OAc)4, benzene, 0℃; (d) Ac2O, Pyr, CH2Cl2.

Scheme 6

Reagents and Conditions: (a) (CH2O)n, TFA, reflux, 67%; (b) TBDPSCl, imidazole, DMF, 91%; (c) LHMDS; allyl iodide, THF, 0℃, 95%; (d) i-AmONO, t-BuOK, THF, 90%; (e) NH4OAc, formalin, AcOH, 40℃, 55%; (f) Zn, NH4Cl, EtOH, 50℃, 70%; (g) NaH; Me2NSO2Cl, THF, 39%; (h) OsO4, NaIO4, acetone-H2O; (i) CSA, HC(OMe)3, MeOH, 38% (2 steps); (j) TBAF, THF, reflux; (k) TPAP, NMO, MS4A, CH2Cl2, 44%; (l) CH3C(O)C(N2)P(O)(OMe)2, K2CO3, MeOH, 60%.

審査要旨 要旨を表示する

 Chartelline類(1-3)は1985年、Cristophersenらにより海洋コケムシChartella papyraceaから単離された海洋性アルカロイドである。本化合物は中心となる十員環骨格に加え、イミダゾール、インドレニン、スピロβ-ラクタム環といった複素環骨格を有している。さらに、高度にハロゲン化された特異な構造を有しているため、様々な生理活性が期待されているが、その詳細は未だ明らかとなっていない。Chartelline類の合成研究は数例報告されているが、全合成の報告はBaranらによる一例のみである。そこで、森元は、この特異な構造と未知の生理活性に興味を持ち、Chartelline類の効率的な全合成を目指して研究を行った。

 まず、アミド窒素上に脱離基を有する大環状ラクタムからインドール環との反応を利用してスピロβ-ラクタム環を合成するルートを検討した(Scheme 1)。当研究室で開発されたイソニトリルのラジカル環化反応を用いて合成した2-ヨードインドール4にβ-テトラロンから8工程を経て合成したアルキン5を薗頭反応により導入し、カップリング体6を合成した。インドール窒素をBoc基で保護、接触水素化反応により、アルキン部位をシス-オレフィン7へと変換した。得られた7からエステル部位をヒドラジド8、ヒドラジニウム塩9へと変換し、光延反応などにより、十二員環ラクタムの環化を試みたが望む環化は進行しなかった。そこで、反応性の高いヒドロキサム酸エステル10とした後、同様に光延反応を行ったが、複雑な混合物を与えるのみであった。次に、TBS基を除去、得られたアルコール部位をヒドラジン11へと変換後、トリメチルアルミニウムによる環化やエステルをカルボン酸12へと変換し、縮合反応を行った。しかしながら、ヒドラジン11、12は非常に不安定であったため、マクロラクタム環13を構築することはできなかった。

 このように前述の合成ルートでは、望む反応を行うことが困難であったので、森元は合成序盤にβ-ラクタム環を構築後、アルキンユニットの導入、十員環ラクタム形成を行うことで、Chartelline類の母骨格を構築することにした(Scheme 2)。市販の2-ニトロトルエン(15)を出発原料としてLeimgruber-Batcho法により増炭を行った後、エナミンの加メタノール分解、ニトロ基の還元を行いアニリン16へと変換した。続いて、アセタール存在下に亜硝酸イソアミルとアジ化ナトリウムで処理することで中性条件下アニリン窒素部位にアジド基を導入し、フェニルアジド17を得た。さらに、9工程を要して酸塩化物18へと変換し、アルキンユニット導入の前駆体とした。温和な条件下アルデヒドへと変換可能なジオールユニット19とのカップリングを行い20を合成した。続いて、p-メトキシフェニル基の除去とコバルト錯体としてアルキンの保護を行った後、アセトニドの除去を行いジオール21とした。四酢酸鉛を用いて処理を行うことで、望むアルデヒド22が生成した後、反応系中でアミド窒素と反応した十員環化合物23を得た。23の安定性を考慮し、粗成生物をアセチル化した後、構造解析を行い十員環化合物24であることを明らかにした。

 また、Chartelline類合成に必要な4,5-二置換イミダゾールユニットの合成を行った(Scheme 3)。市販のイソプロピルメチルケトン(25)を出発原料とし、4工程を経てα-ケトオキシム26へと変換後、Gallagherらの方法に従い酢酸中、ホルマリンと酢酸アンモニウムで処理することによりN-ヒドロキシイミダゾール誘導体27を得た。さらに、N-O結合の切断、イミダゾール窒素の保護を行いイミダゾールユニット28へと変換した。続いて、5工程を経て側鎖部分に必要な官能基の導入を行い29とし、イミダゾールユニットの合成を達成した。

 以上のように、森元は様々な複素環が縮環した特異な構造を有するChartelline類(1-3)の全合成を目的として研究を行い、4,5-二置換イミダゾールユニットの合成と母骨格である十員環骨格の合成経路を確立した。これにより、Chartelline類の全合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

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